洞窟を出て、襲ってきた男たちを撃退して、人里を離れて。
私は体内の魔力操作に相変わらず精を出しながら、同時に周囲200m程度の離れた距離まで魔力を感知しながら歩いていた。
道中、一度だけ猪に襲われたが思いっきり足を踏み鳴らしたらどっか行った。流石に地面陥没させたのはやりすぎたかも。
そうして、しばらく歩いているうちに夜になった。そして、夜になってわかったことがいくつかある。
まず、夜になると魔力が増える。これは私の体の中だけじゃなくて、大気中の魔力も同じだ。魔力を視認できる……というかそれ以外見えない私にとっては、昼よりも夜の方が視界が開けて見えるという奇妙な状態だ。
そして、こんな薄着で外を出歩いているというのに私の体は全く寒さを感じなかった。ただ、気温はわかる。温度が下がると魔力の動きも鈍くなるのだ。だから夜の魔力というのは大きく増大して大気中を満たすが、代わりにゆっくりと揺蕩うように流れるってことだね。
どうして夜になると魔力が増大するのかは定かじゃないけど、私の予想では夜には“恐怖”が高まるからだ。
怒り、不安、恐怖、絶望……そういう負の感情は魔力の源泉だ。
昼に対峙した男たちも、私に対して恐れを抱けば抱くほど内に抱く魔力はわずかに高まっていた。それを上手く扱うための技量がなかったから上手く使えていないだけで。
この世界では、私のように魔力を認識してそれを操ろうとするような人間は珍しいのかもね。
まぁ、私もこの体になる前は魔力とか見えなかったし。もしかしたらこの体が特別なのかも? いや、もしかしたらじゃなくて絶対そうだな。
あの男たちには、私の体と決定的に違うところがあった。
それは私に纏わりつく“縛り付けるような魔力”がないことだ。
私以外の人間を見て気づいたんだけど、どうやら私の体にはどうやっても解けそうにない縛る魔力が存在してる。
それは私の目や足、内臓などに伸びてそこから何かを吸い上げてる。多分、私が目が見えなかったり、立てなかったりするのってこれが原因なんじゃないかな。
だけど同時にその縛る魔力は魔力の通り道のようにもなっていて、私の体に魔力を通す上でも、魔力を視認する上でもすごく大きな働きをしていることがわかる。
だから私は、目が見えなかったり立てなかったりする代わりに“魔力を認識する力”が凄く強いのだと思う。それが良い事なのか悪い事なのかはわからない。結局魔力を認識できなければただ体が不自由なだけだし。
だけど少なくとも私は救われたし、今のところはこの縛る魔力とも上手く共存できてる……と思いたい。
今は共存できていても、いつかはこれを解かなきゃいけない時も来るのかもしれないし。
と、まぁ。他にも色々気づいたことはあるんだけど……。
どうやら夜には、魔力だけじゃなくて別のものも増えるらしい。
「だずぉるるるるる」
……なんじゃありゃ。
私は岩陰に隠れて、私が立っている場所から見て少し低い位置にいるらしい魔力を纏った影を見た。
それは四足で、手足が長く、頭が異様に肥大化していた。
猪、ではない。熊でもない。そもそもあれは普通の獣ではないのだろう。なにせ、体が完全に魔力で構成されていたから。
魔力に触れるには、同じく魔力を纏う必要がある。
魔力を纏わなければ魔力に触れることも、操ることもできない。逆に魔力の方は人間に影響を及ぼすことができる。だけど、魔力を知覚できない人間には魔力が見えない。
私の眼前にいるのは、恐らく魔力を知覚できる人間以外には見ることができない怪物だ。
……なるほどな、完全に理解したぜ。
あれが“魔物”ってやつだな!!
◆
魔力に魔物。いやー、もうこれ確定でしょこれ。
私、異世界転生してます(ドヤァ)。
しちゃったかー、とうとう。私も異世界ホルダー(?)になっちゃったか。
いやまぁ異世界かどうかはわかんない……ってか、多分普通に昔の日本だと思います。ここに来るまでに竪穴住居っぽい感じの建築物あったし。あと遠目だけどシカ狩りをしてるらしき人たちも確認できた。
けどまぁ、狩猟採集時代の日本なんて私にとっちゃ異世界も同然でしょ。この時代で私の実家あったところなんか、多分森か平野だし。故郷に帰っても全然実感は湧かないはずだ。
……ん? 待て。ここが異世界じゃなくて日本なら、異世界転生じゃなくてただの転生かこれ。でも、あんな明らかなファンタジー魔物前世でも見たこと……。
……いや、もしかしたら現代にもいたのかもな。ああいう魔物の類は。魔力と同じで私が気づかなかっただけで。
そして、実は魔力に目覚めた特別な人間だけが魔物を認識し、人知れず退治していた……!
なんつって。そんなわけないか。
見ることもできないのに、あんな化け物が現代に当たり前にいたらどんだけの人が殺されてたのか想像もつかない。きっとどこかで絶滅したんだろう。
だけど今の私の目の前にはいる以上、退治しないわけにゃいかんよね。
魔物の動きを観察して隙を窺う。いまんとこ、こちらに気づいている様子はないけど、あの魔物からは常に周囲に対する敵意とか憎悪、殺意みたいなものを感じる。
私の存在に気づけば、間違いなく襲いかかってくるだろうね。
そうなる前に先手を打てれば最善。もし気づかれても魔力量もそう多くないし、凄く機敏に動けるって図体もしてないからそんなに苦戦はしない……はず!
そうしてしばらく隙を窺っていると、不意に魔物がこちらに背を向け、遠くを見つめるような仕草をした。
その瞬間、私は魔力を通して強化していた足をバネのように跳ねさせて飛び出した。
「だずぉっ」
肥大化した頭に向けて、一直線に飛び掛かる。すれ違いざまに右の拳を思い切り振り抜き、魔物の頭部を殴打した。
魔物の体が奇妙な形に歪んだ、気がした。
次の瞬間、魔物の体が内側からパンと弾けた。
……お、おお。
いやまぁ、こんだけ魔力強化すれば倒せるとは思ってたけどさ。ま、まさか一撃とは。なんかちょっと悪いことしちゃった気分になるじゃん。
あれ。倒して良かったんだよね? 悪いヤツだったんだよね? 明らかに敵っぽい見た目だったじゃん。あれで実はこの辺りの土地守ってる女神様でしたとかやめてね。私、女神様の顔面ぶん殴ったやべー奴になっちゃうから。
それに死体丸ごと消えるとは。倒した魔物の素材採取して新しい装備に……! みたいなモンスターハンターは出来なさそうね。ちょっと残念。
さてさて。
魔物も倒したことだし、私もそろそろ寝ようかね。まぁ、寝る必要あんまりないみたいなんだけどね、私。洞窟の中にいた時も、時間感覚がないってのもあるけどほとんど寝てなかったし。それでも問題ないんだから、やっぱ結構私って人外じみてるよねー。強いんだか弱いんだか、ようわからん。
……と、思ったら魔力感知に反応アリ。しかもこりゃ人型だね。
こーんな夜中に出歩くなんて、一体どこの物好きが……って。
この人、怪我してるな。
足を引きずって歩いてるし、魔力も弱々しい。今にも倒れてしまいそうな感じだ。
どうしたもんかなー。
この時代で最初に会った人間にはいきなり武器を向けられた。この人がどういう境遇かは知らないけど、助けたところで後悔するような結果になって終わりかも知れない。
私は自分がどんな見た目なのかを知らない。だけど幼くして洞窟の中に幽閉されるぐらい、私は分かりやすく異端のような見た目をしていると予想できる。
だとしたら、私が人前に姿を見せるほど私の存在が広まって警戒されるかも知れないし、言葉も通じない以上あまり人と関わるのは……。
あ、倒れた。
……。
もー……しょうがないなぁ……。