クルミの他に乾燥肉、骨ナイフ、皮布、脂、薬草類。
武器としての石器類とそれらの予備。勾玉、動物骨を整形して作られた呪具っぽいナニか。
それらがこの場に置き去りにされていた骨美さんの持ち物類だったようだ。
火おこしの為の火打石や火きり板も入っていたようだったが、昨晩の雨で浸水して濡れてしまっている。乾けば使えるかもしれない。
また、携帯できる小壺などもあったが、これは割れてしまっていた。袋を落とした時の衝撃のせいだろうか。
骨ナイフでクルミをほじくり出して食べる骨美さんは、私に片方……というより両方とも渡そうとしてきたが、私はお腹が空いてないし、多分骨美さんの方が必要だと思うので譲った。
骨美さんは渋々と受け取ったが、次に取り出した乾燥肉に関しては私も少し興味を唆られた。
私は飯を食わなくても生きていけるらしい、ということはすでにわかっていることだ。しかし、味覚がまだ機能しているのかどうかがわからない。
もしこの体になって味覚も失われてしまっているのだとしたら、私のこれからの人生は非常に味気ないものになってしまう気がした。食べる必要がないなら必要ないと言ってしまっていいのかもしれないが、気持ちの問題だ。
美味しいものを食べても美味しいと感じれない生活なんてあんまりだ。
だから私は今まで意図的に口の中に何かを入れることを避けてきた。もし、その時何も味を感じなかったら私は生きる目的を失ってしまうような気がしたんだ。
だけどいつかは向き合わなきゃいけないし、ハッキリとする事実だと思う。それを知るのが早いか遅いかの違いでしかない。どうせいつかは知るなら、傷が浅く済むうちに知っておきたい。
というわけで私は骨美さんから乾燥肉を受け取り、じっと凝視した。なんも見えないけど。
肉を前に、口に入れるでもなく噛み切るでもなく持ったまま固まっている私に骨美さんは訝しげな様子だ。まぁ、そりゃ他の人から見れば私は何やってんだこいつって感じだろう。
だけどやっぱり覚悟が必要だ。この一瞬でこれからの人生の楽しみが9割方決まると言っていい。そんな「これも何かの儀式なんでしょうか……」みたいな真剣な眼差しで見ないで。恥ずかしいから。
……悩んでても仕方ないな。
ええい、ままよ!
かっっっっっっっっっった!!!!???
アホか!!!
ガチン、という食べ物から鳴ってはいけない音がして私の歯を弾いて見せた乾燥肉から口を離す。小さな歯形が薄らとついた肉を前に、私は再びじっと目を凝らした。
なんだ今の感触。私は肉を食っていたと思っていたが、いつの間にか石を食わされていたのか? まさか骨美さんが私の目が追いつかないスピードで肉を取り替えたのか? だとしたらちょっとアホだと思う。
肉をじとっとねめつけながら、もう一度私は口に入れた。
か、硬い。硬い……が、顎に力を加えれば噛み切れないほどではないな。食べ物としてはギリギリの硬さだ。
そして噛み切って咀嚼してみると、今度は味が薄い。なのに獣臭さが口と鼻いっぱいに広がる。ハッキリ言って美味くはない。
それでも噛み続けると、鉄っぽい苦みが滲み出てくる。多分これは血の匂いが残ってるんだな。塩もスパイスもないこの時代の肉は、本当に素材そのままの味って感じ。
だけど……。
味はする。
薄いけど、臭いけど、鉄っぽいけど、味はする。
味はしたのだ。
「──」
骨美さんが驚いたように目を見開いた。
視界が段々と滲んできた。
美味しくない。硬い。臭い。今まで食べた中で最悪の肉だ。
だけど食べれば食べるほど、何故かしょっぱさだけは増していくのだった。
◆
気づけば骨美さんがにこにこと生暖かい目で私を見ていた。
あー恥ずい。恥ずいわー。まーじ恥ずいこれ。
全然美味しくない乾燥肉でこんな情緒乱されるとは思わんかったわ。あーびっくりした。
あ、いや、骨美さんがくれたものを悪く言うわけじゃないんだ。現代日本と比べたらそりゃなんだって味気なく感じるんだから。
それこそ、食を楽しむ余裕なんか無く。骨美さんにとっては今日一日を生きるだけで精一杯なはず。だから仕方ないんだ。
……なんか何言っても嫌味っぽくなるな!? やめとこ。
うん。正直に言って味はひどいもんだったけど、でも私にも味覚が存在してるとわかった。それだけで充分だ。本当に。
私が食べ終わったのを見計らってから、骨美さんは立ち上がった。
皮袋を肩にかけ、石器を背負い、人骨入り土器を胸に抱く……最初はこんな重荷を背負ってたのか。どうりで疲労困憊の状態だったわけだ。
というわけで石器と土器は私が半ば強引に、奪うような形で持つことにした。
「──!?」
骨美さんはびっくりした様子で、わたわたと「あなたに持たせるわけには参りません!」とばかりに奪い返そうとしてきたが、私の反射神経は並ではない。骨美さんも結構いい動きだが、私から荷物を奪い返すには至らなかった。
肩で息をしながら、私の意思が固いとわかった骨美さんは諦めた様子で皮袋だけを持って私の前を先導して進み始めた。
……今更だけど、この人は私を一体どこに連れて行こうとしてるんだろうか。
骨美さんが悪い人じゃないってことは、ここまでのやり取りでなんとなくわかる。
私のことを良く思ってくれているってのも、まぁわかる。
だけど、そもそも骨美さんは何のためにたった一人でこの危険な大昔の大地を歩いていたのか? それもこんな大荷物を持って。だいぶ遠くに行く用事があったはずだ。
そしてその“用事”に、私が胸に抱いてる土器とその中身が無関係なんてことはあり得ないと思う。
骨美さんは誰かに襲われ、他の荷を全て捨てて逃げたのにこの土器だけは強く胸に抱えて持っていたのだから。
土器の中に潜んでいる人骨は、いまだに強い魔力を放っている。いや、それどころか魔力はどんどん強くなっている。
そして、その魔力は私に絡みつこうとしてきていた。まるで意思を持っているみたいに。
私も自分で魔力を放って対抗しているけど、そういう術がない人にとって、多分この人骨はとても危険なものなんだと思う。
そんな危険なものを持ち出して、骨美さんはどこかへと向かっていた。そして今は何故か来た道を戻っている。
骨美さんは、私にこの人骨を見せた。そして何かを期待するかのような視線を私に向けていた。
だけど私が意図を読み取れないと知ると、自分が荷物を落とした場所まで戻って食糧を分け与えた。
これは果たして純粋な善意なんだろうか? 私にはわからない。
ただ、骨美さんが私に何かを期待していることは事実だ。
「──っ」
ふと、魔力感知に反応があり、同時にそれは私たちの前に姿を現した。
「はぐおつぉぉぉぉ」
魔物だ。昨日見たのとはまた違う個体らしい。細い体で、素早く動き出しそうな気配がある。
そして魔物が現れた瞬間、骨美さんは周囲をしきりに見回して怯え始めた。
……もしかしたら、骨美さんに怪我を負わせたのはあの魔物だったのだろうか。
骨美さんは魔物が見えないようだから、不意打ちで襲われて、何が起きたのかもわからないまま咄嗟に土器だけを抱えて逃げた。そんなところだろうか。
私は、骨美さんを安心させるように肩にポンと手を置くと、足元に背負っていた石器や土器を置く。
そうして身軽になった私は、不安そうにこちらを見つめる骨美さんの前でとん、とんと軽く跳躍した。
体内に魔力を巡らせる。
「はぐれるぉるぉるぉぉる」
遠く、どこかを見ていた魔物がぐるんと首を回してこちらに視線を向け、四足の手足を忙しく動かしながら急接近。
私はそれを、腰を深く落として構えた姿勢で待つ。
「はぐるぉっ」
そして、私と魔物の距離が十歩ほどの短さになった瞬間……放たれた私の“回し蹴り”が、魔物の胴体を吹き飛ばして塵に変えた。
闘いとすら呼べない一方的な蹂躙。力による暴力。
「──」
それを骨美さんは驚くでもなく、感嘆の声を上げるでもなく、ただじっと見つめていたのだった。