TS姫演劇 作:純粋りんご
「白雪姫役、まだ決まってないらしいな」
「ああ、何せ超性能人格AI付きの生けるお面だ。おまけに外装と衣装は文化財レベルの一品、体格と脳味噌の双方が適合しなきゃ、話にならん」
「他の学年のプリンセスも欠番、練習時間足りるのかよ」
今年の文化祭は、突然全クラス強制で演劇になった。
僕の学校は、意識の高いお偉いさん達の何だか変な取り組みのせいでしっちゃかめっちゃかになっていたのだ。
『科学と伝統の融合』
聞こえはいいけど、結果はご覧の通り。
科学と伝統が寄り添うのはいいけど、
僕らの文化祭は、そんな意識の高さによって、高い所に取り上げられてしまった。
「え〜、まだ主役の白雪姫の適合者が見つかっていません。事態を憂慮した委員会は適正審査を男子にも行う事にしました。この多様性の時代、プリンセスだからといって、女の子でなければいけないという訳ではありません」
やる気の無さそうな担任によって適当に、委員会からのペラ紙一枚が読み上げられると、教室は下品な喧騒に包まれた。
俺が白雪姫だ、と皮脂を滾らせながら叫ぶデブ、教室の隅で僅かに緊張している変身願望持ちの陰キャ、誰が白雪姫になるかで賭けをする明るい奴ら、不満そうな女子たち。
科学と伝統の次は多様性。
酷い話だ。ただでさえ行き過ぎた多様性などクソ喰らえなのに、それが完全に都合の良いお題目になっている。だから意識ばかり高くなると、実態から離れていって嫌なんだ。
我々男子は皆、頭に装置を付けられ、変な電波のようなモノが流されていく。
ここまでの話も相まって、頭にアルミホイル巻いているみたいで非常に嫌なのだが、男子諸君はこの状況も楽しんでいるようだ。
肝心の僕はというと、そもそもこの意識の高い企画自体が嫌という、真のゴミ陰キャ特有の社会の構造否定をかまして、その土台に乗らないようにしている。
だから、思考自体はこんなもの。
(中止になれ、中止になれ、誰も選ばれるな)
無才な自分が選ばれないのは、前提として、どうせなら偉そうにしている連中が不幸になってほしいと願う、願うだけの受け身思考である。
ピー、と機械音がし、測定が完了。
「おー、適性者は二人。一人は田中大地」
「ふははは、万年文化部のこの日に焼けぬ肌が、真の
さっき騒いでいた、デブである。クラス中で爆笑が起こる。僕も笑った、確かにこれは、委員会への仕返しとしてこれ以上ないな。
「まぁ、待て田中。もう一人は小野冬持───」
「辞退します。田中君に任せましょう」
僕はノータイムで、役を降りた。
▲
という訳で、我がクラスの白雪姫・田中大地を精密検査に送り出し、不真面目な学生である僕は寝た。
微睡みの意識の中で、声が聞こえてくる。
『そ、そんなのはいる訳ない……』
『お母さまから貰ったドレスが破けちゃ、きゃっ』
『だ、誰が、助けて、お願い……』
成る程、どうやら僕はエロ同人の読み過ぎのようだ。
しかしレイプ・NTRは趣味じゃ無かった筈。
これまたd「───起きてください、小野君」
「……はい?」
目を覚ますと、鼻を突くのは香水の香り。いや、学校は香水禁止だった筈。
「私は、PPPプロジェクトの配役主任、烏丸綾香というものです。単刀直入に言います、貴方にも白雪姫の衣装フィッティングを受けて貰います」
タイムパフォーマンス重視と言わんばかりに、要件だけ告げた女は、僕の姿勢を正した。
「いやいやいや、僕は降りるって……」
「誰も貴方に白雪姫役を振るとは言ってません。衣装の調整の試験にご協力頂きたいだけです。このクラスの学級会の民主性を尊重して、配役は田中君の方向で調整しています」
「じゃあ、僕が試験する意味はないじゃないですか」
「今後も同じような企画があった時の参考資料を残す為です。今回のようなオーバーサイズモデルは、着用マニュアルを記す際に用いるのは不適です」
「おい、小野、恥ずかしがってんのか?」
カスみたいな野次が飛んでくる。……誰かが女装する時、異様に茶化す奴がいるが、本当はそいつが女装願望を持っているのはお約束。そう思うと、売り言葉に買い言葉とはならないものだ。
「……恥ずかしいので、お願いですから勘弁してください」
正直に言うことで、格好がつくのかは分からないし、陰キャの僕にとってこの局面は声がかかった時点で詰んでいる。
「……着けるのは、外骨格、骨組み、見た目で言うなら針金と機械の山です。羞恥という観点から鑑みれば、貴方が思うような事にはならないでしょう」
なんだ、と思ってしまった時点で僕の負けだったんだろう。
「あっ、すいません、なんだかさっきから自意識過剰だったみたいで。ごめんなさい、協力させてください」
こうしてネチネチ考えていた僕は、その被害妄想が一番恥ずかしいという結果に収まっていく。
「ご協力頂き感謝致します、ついてきて下さい」
そう言い、烏丸という女は踵を返した為、僕は慌てて背中を追った。
廊下に出て、カツカツというヒールの音だけが響く。
……気まずい。
「あっ、えっと、他のプリンセスの適合者は見つかっているのですか?」
「いいえ、脳波の適合者は何人かいらっしゃいましたが、衣装や生体パーツの不適合など、多くの問題を抱えていて……各々の技術・作品提供者がそれぞれの使用条件を妥協出来ない為、役決めが進行しないのです」
「あれ?じゃあ、田中も結局弾かれるんじゃ」
「……田中さんは、衣装以外の全ての条件を満たしています。今のところ、委員会は彼を主役に据え、演目自体を少し調整する方向で進行しています。……私は、断固として反対ですが」
「?」
「ああ、私、烏丸は代々人形師の家系であり、衣装側の最高責任者なのですよ」
彼女は扉を開けながら、そんな事をつらつらと述べ始めた。
彼女が指し示す部屋の中は、ぼんやりと暗い。
僕は、違和感を抱えつつ、部屋に足を踏み入れる。
───何者かと、目が合った。
「だから、この頭だけ被って、だとか、衣装を新しく新造する、だとか許せなくって」
ソレは、少女だった。
「でも、貴方がいてくれたから、そうはならずに済みそう。身長も小さくて体格も完璧。ちょっとお肉が足りないけど、ソレはなんとでもなる」
煌々と艶やかな黒檀の髪、愛らしい真紅のリボン
その瞳は蒼白に輝いていて、不気味な程に透き通っている
何よりその名に冠している程の雪白の肌スノーホワイト
ぷっくりと膨らんだ唇は、王子様のキスを待ち侘びているようで
「ようこそ、白雪姫。今日から貴方はそうなるの」
そう言って烏丸は、僕の手を取り───
自分の胸に、押し当てた
「───ッ、あっ、えッ?」
「しっ、騒がないで。……貴方はこの取引を拒めない。痴漢の容疑者として社会的に死ぬ事を避けたいならね。別に正式に訴える必要もないけど、その疑念だけで、男の人は詰んでしまうなんて、なんとも酷い欠陥ね。今回は存分に利用させて貰うけど」
このアマ、やりやがった。
痴漢冤罪なんて、動画サイトに入り浸りの現代の若者は、皆恐ろしさを知っている。
脳味噌に血が上がり、パニック状態になっていく事を感じる。
「動揺して、それどころじゃないみたいね。まぁいいわ、ちゃっちゃと済ませたいから、パンツ以外全部脱ぎなさい。フィッティングするから」
咄嗟にスマホに手が伸びるも、ソレを防がれながらこのように言われてしまった。スマホは無論、没収されていく。
「ふふん、やっぱり私の目に狂いは無かった。貴方は我が家の人形に入る為に産まれてきたのよ」
頭、首周り、肩幅、バスト、ウエスト、ヒップ、腕に脚。
くるくるとメジャーをまかれたり、パーツの一部を押し当てられる。
恐怖で体がビクビクする。
「じゃあ、今から着付け作業に入るわね。とは言っても他の奴らが専門の生体パーツや機械・AIの事は分かんないから、うちが提供するパーツだけ」
かちゃかちゃと、目の前で少女が手際良くバラバラに分解され細やかなパーツになる。正体は、物凄く精巧に造られた、球体関節人形で合った。
椅子に座らされ、ぴっちりとした何かを被せられる。見やるに面下という奴だろうか。
そんな思考を挟む間に、カチカチと、足の甲から雪白の肌が装着されていく。
「わお、足の指までピッタリ。ここまでとはね」
足の指、甲、踝、踵、土踏まず、爪、全てが精巧に造られたソレは足首より下が他人のモノに付け替えられてしまったと錯視する程。
「関節や腰、太腿や胸だとかは色々機械入るから、今は代わりにあんこ詰めとくね」
脛、膝、太腿、……腰・臀部に差し掛かった辺りで僕は着替えの光景を観られなくなった。
「……?ああ、そう言う。紳士ね〜、はいはい、……もう下着履かせたから大丈夫。……あら、それも駄目。しょうがない、取り敢えず先にドロワーズまで履かせておくから。あっ、ドロワーズとショーツを二重で履かせるのは私の趣味よ」
視界の端には腰回りにリボン付きの白いモコモコした……なんだろうか、僕の語彙で一番近いのはステテコだが、多分致命的に違う気がする。まぁ、兎に角ズボンっぽいものがついて少しホッとする。人形のソレでもこれ程精巧なら無論、そういうモノもあるかも知れないと思ったが、正解だったようだ。
「そんな人だったから、人格AIとやらとの親和性も高かったのかしらね〜、まぁ私にはどうでもいいけど……あら、コルセット要らずの腰回り、女性の私でも羨ましいくらい」
腹、腰、脊椎になんだか特殊なパーツ、脇腹、肩甲骨などの肩周り、鎖骨周り、脇、そして胸。
「───三角型のDカップ。少女らしい胸だけど、少女としては少し大き過ぎる位の膨らみ、ああ耽美的だわ。技術部の馬鹿共はやれGだHだとバカの一つ覚えみたいに言ってるけど、ほんと昔から男子って話にならない」
僕は、必死に目を閉じる。……しかし腰と違って、目を閉じると胸元にくっ付いた確かな二つの重みを感じられて、余計にヘンな気分になる。この対策も最早古いらしい。
暗闇の中、突如、胸が締め付けられ、二つの重みがギュッと僕に密着する。
「あぁ、男の子だからブラつけたときの感覚なんか分かんないよね。というか、ブラもショーツと同列なのかなぁ。まぁキャミソールとペチコートくらい着けといてあげるか、あらっ、じゃあ、先にガーターベルトもつけとかないと」
胸の感覚に戸惑っていると、腰、腹、上半身になにやら3着程着せられて、目を開けても良い胸を伝えられる。
「はいはい、じゃあニーソ位自分で履いちゃって。ただの靴下だから。その間に二の腕周りやっちゃうからね。あぁ、ニーソをガーターベルトにつけるの忘れないでよ、ドロワーズの下に紐通してあるから、ボタン4つ固定してね」
ポン、と渡されたのは純白のサラサラ、ヒラヒラした何か。曰く靴下らしい。
恐る恐る脚を通すも、緊張で引っ掛かって上手く履けない。
「ああもう、貸して。こうするの」
瞬く間に太腿の途中まで、純白のシルクで覆われていく。
ガーターベルトのボタンが締められ、僅かに腰回りが引き締まる。
「……プロは、違いますね」
「バカね、こんなの女の子なら誰でも出来るわ。貴方もこれから女の子になるんだから、それくらいは覚えなさい」
そんな末恐ろしい言葉をかけられながら、二の腕、肘、小手、手首、掌から指の節々に至るまで付けられていく。……人形としてのクオリティが想像を絶するものである事は、指の先まで澱みなく動かせる事から否が応でも理解させられる。
「残念だけど、ネイルはまた今度。貴方がもう少し着慣れたり、上から色々許可をとったらそっちもつけてあげられる。はい、じゃあ後は首と頭ね」
か細いパーツにより首が緩やかに締め付けられ、後は頭のみ。
トルソーに最後まで残った少女の顔が、僕をじっと見つめている。
見つめられていると、錯乱しているのだろうか、それとも……
そんな疑問に答えが出る前に烏丸により顔が持ち上げられ、僕の元へ運ばれてきた。
レイヤーボブカットに切り揃えられた黒檀の髪からはふわりと林檎とシナモンの香りがする。
トレードマークの真紅のサテンリボンは少しお休みと言わんばかりに、外されていた。
髪の毛量自体は少し多めだろうか、頭の上に持ってこられる際に頬を掠めたときにそんな所感が浮かんだ。
視界が暗転していく。頭に少女の面が被せられていく。頭を入れる時のみ他の部位とは違いかなり窮屈であったが、入ってしまえば他と同じく違和感は全く無かった。
木の匂い、白檀だろうか、面の外と内で匂いが違うのもきっと彼女のこだわりだろう。
それにほんの少し混じるように、ゴムや金属などの匂いもする……烏丸さんとやらの専門外。どうやらこの変身にはまだ先があるようだ。
そんな烏丸さんは、頭と首の周りを懸命に締めている。何というか、工具を使って。本当に脱げるのだろうか
「頭装着完了!表情モジュールや電脳臓器のアイモジュール、パワードスーツモジュールや人格AIモジュールなんかは専門外だから、まだ意思伝達や視界は諦めて……はい、足あげてー、よし、靴履けたね。じゃあ立って!」
どこへ、という言葉が喉元まで出かけたが、何かにより阻害され喋る事ができない。
「───何処へって?そりゃ、あの私の衣装を降そうとしているいけ好かない野郎共の所によ、可愛いは正義。貴方の姿を見た瞬間、どうせ全員掌返すわ」
僕は目隠しされたまま絞首台に立つ人の気持ちが、今なら分かる気がした。