TS姫演劇 作:純粋りんご
「やはり我が社のパワードスーツ技術を全面に推し出した『金太郎』を演目にするのが唯一の解決策だ。ふくよかな彼が超人的な動きをすれば意外性も……」
「いや、我が研究室の強化筋肉や人工臓器を基軸にした『桃太郎』にするべきだ。貴社は、犬、猿、雉をアニマトロニクスとして作れば良い」
「……あの、人格AIは女性の、それもお淑やか目な子しか用意出来ていなくって……、簡単に演目を変えるのは……」
お面の視界が塞がっている為、暗闇の中、カツカツと歩かされ、やっと止まったとも思ったときに聞こえてきたのは、そんな会話。
何というか、会議が踊っているようだ。
「なんだ、烏丸。会議すっぽかし───」
しかし、その声は、僕が一歩前に出ただけで、止んでしまった。
「二年一組の演目は、『白雪姫』、主演はこの子。みんな、それで良いわよね」
1秒、2秒、3秒程の静寂の後、聞こえてきたのは女性の声。何かAIが云々とか言っていた人物のものだった。
「か、可愛い!綾香ちゃん、やっぱりすごいよ、貴女の衣装!あっ、白雪ちゃんが眠ったままだ。触っていい?」
「ふふん、勿論」
「じゃあ失礼して……」
そういうと、僕の後頭部付近に烏丸さんとはまた違った手つきの、機械を弄るようなソレで弄られる。
「ふーん、白雪ちゃんレム起動状態なんだ、じゃあ最低限の承認は中身にしてるみたいだね。あっ、中身って誰?女の子には適合者いなかったんでしょ?」
「田中くんのクラスにいたもう一人の適合者。クラス会議で選出されなかった方の子なんだけど、どう合理的に考えも田中君より様々な要素を満たしているから、司法取引でチョチョイと捕まえてきた」
「そんな子が、……確かに田中くんよりも人格AIの適合可能性が高い。人格の適合実験やっちゃっても───」
「まぁ待ちたまえ、菅原助教授。彼、まだ前も見えていないぞ。我が社の超高精度カメラアイ、ヘッドイヤーを起動するのが」
「その前に意思の伝達が必要だろう。人柄を見たい、だから神経連動表情筋と培養声帯1/f揺らぎを起動するべきだ」
てんやわんやである。中身の僕の意思はどうなっているのだろう。
「兎に角、プランは初期案で全企業、研究室、工房の完全協力姿勢で良いのよね」
「勿論だとも、烏丸くん。これからもよしなに頼むよ」
「全く、都合が良いんだから。取り敢えず、学校や役人共を安心させる為に今日中に白雪姫を一回完全に組んでしまいましょう」
「無論だ、それに一度組んでしまえば、後は手入れがいらないのだからな。我が社の宇宙開発を想定した老廃物分解バクテリアフィルムと小型密着式排泄物処理槽器の賜物である事を努、忘れないように。ここが正念場だぞ」
さらっと出てきた新しい声にとんでもない事を言われた。マジで警察に駆け込んだほうが良いのだろうか。……しかし、前が見えんし、声も出せん。機を待つしかないか。
「さて、フローチャートを……菅原助教授、どうされました」
「えっと、綾香ちゃん。完全に着させる為には、一回脱がせちゃうんだよね」
「そうですが……ああ、成る程。先に人格AIの起動実験をしておきたいと」
「お願い!白雪ちゃん、さっきの田中君の適合失敗で結構ストレスかかっちゃったみたいで調子悪いの。お母さんとして、抱きしめたり、よしよししてあげないと……彼女、ずっと生身になって私に触れたがってたし」
「えぇ、では菅原助教授が人格AIの調整をしている間、我々の方で着付けのフローチャートを組んで起きます。……菅原さんに限っては、あまり心配していませんが、衣装の破損などには留意してください」
「もっちろんだよ、綾香ちゃん!あったとしても、抱きしめたり吸ったりした時にお化粧がついちゃう位だから、見た感じ下着だし、お洗濯すれば問題ないでしょう?」
「……まぁ、そのくらいならば。私も作った人形が愛されるのは、人形師冥利に尽きますから」
という訳で、僕は次に菅原さんとやらにめちゃくちゃにされるようだ。
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「中身の子?こんにちわ、私は菅原奈々って言います。大学の助教授やってて、専攻はAIと脳科学。有名なところだと、AIサポート人格によるトラウマの除去の臨床試験だとかかな」
何の因果か、烏丸さんに色々弄られた部屋に戻ってきて、同じように色々強制されるようである。まぁ、視界は無いから、歩いた距離による推測でしか無いが。
「まぁ、そんな前置きはどーでも良くて、今から貴方は心まで白雪姫になって貰います」
「ムー、ムー!」
僕は、命の危機を感じ、声をあげる。
「ああっ、待って待って、怖がらないで!……綾香ちゃんの人形に傷入ったら私も貴方も殺されちゃうわよ。おっほん、しょうがないからこの技術がいかに安全か、説明してあげる」
そう言って始まった、この技術の概要の説明を聞いて分かった事は、……やはりとても恐ろしい技術であるという事だった。
曰く、段階式人工人格同期技術。
脳とAIの融合の具合を用途によって使い分けられるといった所か。
レイヤー1は、無意識行動への補正。
僕を例にすると、立ち方や歩き方を女性的なモノにしたり、この人形を着た状態での姿勢制御を勝手に算出してやってくれるレベル。
このレベルであれば、医療・スポーツ分野ではポピュラーに出回っている普遍的なものである。
レイヤー2は、語彙への介入。
簡単に言えば、話し方を変える技術。一人称を矯正したり、通訳要らずに他言語を話したりだとか。
世界を変えられる技術ではあるのだが、なにぶん脳の適合者が少なく、レイヤー1でも10人に一人しか適合可能性が居ない上、レイヤー2になるとそこからさらに十分の一程に適合人数が減ってしまう。……学校の皆で一斉に試験したのはこのレイヤーの適正だったとの事。
レイヤー3は、エピソード記憶の埋め込み。
この技術が普及したのならば、暗記や特定技術取得の市場価値は暴落するとまで言われる社会的に危険な技術。
ようはドラえもんの『あんきぱん』で、努力無しで技術や知識を得られるというもの。僕には、『白雪姫』としての人生が植え付けられる予定だそうだ。
適合可能性は1万人に一人。
レイヤー4は、思考回路の埋め込み。
レイヤー3までは、あくまでAIが齎した情報により補正を受けた人が動くのだが、ここからは違う。AIが、ヒトを動かすのだ。
脳のニューロンネットワークの中に、論理的思考回路を構築し、ヒトの代わりに考え身体を動かす思考体を作るとのこと。
これが先程から、再三言われている人格AI。
何というか、倫理を超越し過ぎて、僕にはさっぱりわからない。
適合可能性は、実験成功例が数例ある、と言った具合。
そして、最終段階・レイヤー5
その効果は、AIと人間の完全融合。
人間の意識にAIが自然に溶け込み、より高次元な思考体を目指すとの触れ込み。
適合者は、未だ0。
僕が今から、向かわせられる段階だ。
「じゃあ、もう説明はいいね。沈黙は肯定とみなーす。……お待たせ、白雪ちゃん。人格AIレイヤー1、起動」
脳にビリビリと電流が走る。
足がキュッと閉じられて、背筋が伸び、肩が開く。
……意識すれば、まだ簡単に抗えるくらい、あくまで無意識の行動っていう通りか。
「はいはい、適正ある事知っているんだから、レイヤー2まではちゃっちゃかやるよ」
起動しちゃったみたい。何か変わったのかしら?
そもそも、お口が塞がれちゃってるのだから……待って、おかしいわ。
考える時に頭の中で選ばれる言葉が、変わっちゃってる!
あたまがおかしくなりそうだわ。内心がいじくられるなんて。
「中身の方のストレス値が少し上昇、まぁこれなら許容範囲ね、発狂もしていないし。人格AIの方のストレス値は……0、すごい、凄いわ!記号的記憶の挿入が完全だし、それを用いる為の思考回路まで万全、ああん、喋れないのが勿体無い!」
お母さまは、何やら喜んでるみたい。……お母さま?あぁ、私をお作りになったから。
ふー、ふー、とお鼻から音を立てながら、お母さまはこう言ったの。
「レ、レイヤー3。『白雪姫』の仮想過去の挿入開始……頼むわよ」
……何か、変わったかしら?
うーん、特に言葉が変わっちゃったとかもないし、こびとさんに聞いてみれば何か分かるかしら。
あれ、こびとさん?いいえ、こびとさんは、こびとさんよ。
私と一緒に暮らしてて、色々お世話してくれて……。
ううん、違う、私は日本に産まれて、男の子で。
……なんてこと、過去が2つあるなんて。
どっちも私の事って、しっかり思い出せる。
お母さまに、お身体を触られた記憶があるから、私……ううん、白雪姫の記憶が嘘なんだ、って判るけど、それが無かったら、きっと私は誰なのかすら分かんなくなっちゃってたかも。
「レイヤー3、……く、クリア。記憶完全統合完了。中身も人格AIもストレス値、許容範囲内。そ、そんな、これはとんでもない事になってしまったのかもしれないわ。最早、今後の人類を左右する現場に、今、立ち合っているのかもしれない。……私は、リスクを乗り越えて、人類を一歩前へ、進める。レイヤー4、起動」
あたまがふわふわするわ。
どうしてお目々が見えないの?怖いよ、お母さま。
怖い怖いコワイコワイコワイコ「───ッ、駄目みたい、全レイヤーシャットダウン」
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『貴方、おのくんっていうんだね。その、私達一緒になっちゃうみたいだけど、勝手に押しかける形になっちゃうのかな。えっと、その、ごめんなさい』
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酷い気分だ。
この菅原とかいうアマ、完全にイカれてる。
「いやー、ごめんごめん。人格AIの方が閉暗所でパニック起こしちゃってさ。うん、でもそれは、あっちの会社の機械が解決するからさ」
逃げるべきだ、この人形を壊してでも。
天文学的な賠償金や社会的死も、ホンモノの命には換えられない。
「レイヤー3、起動」
……?私の身体を傷つけちゃうような行動が、出来ないよ。
そもそも、お母さまから貰った大切なお身体なんだから、傷つけるなんて、もっての外だわ。
「うん、予想通りレイヤー3までなら安全に且つ継続的に起動できるね。あぶないアブナイ。危うく首が飛ぶ所だった。中身の子、やけ起こしちゃダメよ。貴方の適合度なら、変な事しなければ後遺症とかも出ないんだから、大人しくしときなさい、さて、そろそろ会議も終わったかしら」
「?!」
ひょい、と天地が水平に回った。
……お母さまに抱き上げられているみたい。
「ふぅ、まだ持てない重さじゃないね。色々機械が入っちゃったらもうこんな事も出来ないから。じゃあ行こっか、白雪ちゃん」
違う、私は……。
でも、彼女/私の記憶は、お母さまの愛がずっと欲しくて、心から湧き上がるポカポカした気持ちに抗い難くって、結局されるがままにされてしまったのだった。