ネリルがじんわりと腫れた頬を押さえ、ルーデンスを見る顔に表情はない。
能面であることが不気味であり、エヴァーレインやレイに見せることも躊躇わなかった。
車内の雰囲気は最悪だった。
一時はネリルのルーデンスへのキスに色めき立つも、ルーデンスが拳を握って殴り返したためだ。
レイは唖然とするも、エヴァーレインは驚かない。
ルーデンスにその手の
「姉ちゃんを馬鹿にするな」
「あの、え?ルーデンス?」
「今の言葉を訂正しろ。姉ちゃんに代わりなんていない」
レイの言葉を制し、ルーデンスは毅然と言い放つ。
ネリルは腫れ上がった頬を押さえ、ルーデンスの眼差しにニヤリと笑みを浮かべる。
「あの
病気で身体が弱い弟なんて足手まといでしょ?あたしを妹にしていいよ?って言ったら、あんたのお姉ちゃんはかわいいあたしに何を向けてきたと思う?」
「クソババア?あの
エヴァーレインは笑顔のまま、ネリルに凄む。
エヴァーレインのヒルダ愛、ルーデンスの姉への思慕を知るレイには彼女がどれほど地雷原をスキップしているか、呆れるばかりである。
だが
それはアルビオン・ブリュンヒルドを限定着装し、右腕とブレードだけを顕現させた在りし日のヒルダ。
長い髪を髪紐で束ねて一本に結え、端正な顔は冷たい怒りに満ち、今のルーデンスにそっくりだった。
『訂正しろ、
私の弟に代わりなどいないこと、ルディは足手まといでないと。
私の弟への
私がお前の《ベイルナイト》を刻むのに時間はかからないからな』
殺意と拒絶を見せる、ヒルダは弟思いの良い姉だ。
組織人として見るならば、ヒルダの行いは決して正しくはない。
競技に使われているとはいえ、《ベイルナイト》の武装は立派な凶器になりうる。
それを当時世界最強のチャンピオンであったヒルダが振るえば、人殺しだって容易いのだから。
だが、ここまで拒絶されたネリルは。
ヒルダとルーデンス、アルビオン姉弟に面と向かって殺意を向けられた彼女はたいそう満足げに破顔している。
この状況さえも幸せとばかりに、何度もヒルダの言葉を
「んふふ、ヒルダ
あっ、みんなー!!こっちは何にもないから、安心して?」
ネリルは猫を被った“天使”モードで周囲に笑顔を振り撒き、物見遊山に顔を見せていた客たちに呼びかけた。
マグナスローネをイメージしたアクセサリーやネリルの姿を魔導プリントしたシャツを着用していたりと人気を窺える。
ぞろぞろと戻る様子はネリルのカリスマ性が見えた。
その後、天使の羽休めに到着するも、乗客達からの視線が刺さる。
ネリルは笑顔を振り撒きながら、一足先に去った。
「あんたのアルビオン、スクラップにしてあげるわね!」
笑顔でルーデンスたちに不穏な言葉を投げかけてである。
「スクラップにされるのはお前の方だろ」
「おっと今回ばかりはルディ坊やに同意見だわ」
ルーデンスが吐き捨てるようにいうと、エヴァーレインはルーデンスとハイタッチした。
エヴァーレインやルーデンスは慣れっこな様子だが、レイはそうではない。
「アタシとルーデンスは昔からこうだからねえ。
ルーデンスなんか、たまに外歩いてたら、ブリュンヒルドの弟かって言われるし。
……しかも、他ランカーのことはあの
おかげでルーデンスに友達できないのなんのでさぁ」
エヴァーレインはおっかしーの!と腹を抱えて笑っている。
しかも、姉の友人は《ベイルナイト》に携わるマギニックなら尚更だ。
「姉ちゃんがペンダントに入れた写真を配信中に公開するからな。
おかげで身バレ顔バレだ」
ルーデンスが煉瓦造りの改札口で切符をラクリマに翳すと、ラクリマが切符に内蔵された魔力を感知し、一瞬にして切符がかき消える。
これは《ベイルナイト》の武装を顕現する、魔力の物質化技術を応用したものであった。
これらの切符、テックステイツから天使の羽休めまでの運賃は全て
レイもルーデンスとエヴァーレインに倣うも、ラクリマに魔力を感知されるなり、姿を消すのは驚かされた。
「でも、綺麗な場所ね。天使の羽休めって」
「まーね?ここは世界一、美しいとされてるビーチだから。
浜辺の砂は貝殻でできてるとかなんとか」
ヒルダの言葉にエヴァーレインが同意する。
ルーデンスも初めてきた天使の羽休めのことは気に入っていた。
改札口を出ると、『ようこそ!天使の羽休めへ』と書かれた巨大な看板がある。
そこには第五位・“散弾天使”ネリルと愛機の《ベイルナイト》マグナスローネの立体像が二つのラクリマで背中合わせに映し出されていた。
周囲には宿やショッピングができる通りがあるが、そのさらに向こうに広がるまっさらなビーチと海が広がっている。
ルーデンスたち一行が到着した、現在は夕方で沈みかかった夕陽が美しい。
その絶好のロケーションでベイルバトルがしたい、着装者達が至るところでバトルをしているのにレイはため息をついた。
「店長さん、ルーデンス。忘れてない?
運賃はロックが出してくれたけどさ。
宿は取れなかったら、どうするの?」
「それはあれよ。
アタシがこう……」
「君たち、宿に困っているのか?」
レイのもっともな疑問にエヴァーレインが続けるより先に金髪の男が口を挟む。
顔に傷が走っているが、ブルーの瞳には力強い意思を感じられる。
ジャケットの左肩に目隠しと拘束具をはめられた三頭犬のエンブレムが入っており、それが何かエヴァーレインは気づいた。
「あんた、まさか」
「ん?私を、いや、
私は《ベイルナイト》飛行部隊『ハウンズ』隊長ニール・ヤード。
宿なら私の世話になっているところがあてになるかもしれない」
エヴァーレインの言葉に爽やかに返しつつ、青年ニール・ヤードはニカッと笑った。
ニール・ヤード。
以前、ネリルとマグナスローネに敗れた男。
こんな爽やかな軍人がいるのか、とレイが感心した時だった。
ニールはルーデンスの手を掴み、硬く握手する。
「私は君や君のお姉さんのアルビオンに惚れている!今日という日に私は運命を感じざるを得ない!」
見開かれた、ニールのその目に圧されながら、ルーデンスは圧されながらも、一つの提案した。
「俺とバトルしてくれ」