火追いはおおよそ順調だった。
黄金戦争の終結。そしてカイザーを統治者とした聖都オクヘイマの完成。火を追う旅は着実に形を成し、遂にはカイザー自らがタイタンとの戦場に立った。
――そして、カイザーは剣旗卿セイレンス、そして銀麗卿エモステリアと共に姿を消した。
◆◇◆◇◆
カイザーが姿を消して長い時が経った。
【金織】アグライアはカイザーの後を継ぎ、停滞していた火追いの旅を再開させるべく動いていた。
「ようやく、見つけました」
「……アグライア。問――当機に何用か?」
彼女は今、かつて共にカイザーの軍にいたエモステリアの住処にやって来ていた。
カイザーと共に姿を消したエモステリア。その存在を見つけることができたのは、ほんの偶然だった。死んだと思われていた、大地の半神。今の彼女に、エモステリアを遊ばせておく余裕はない。
「今まで何をしていたのです?」
「解――カイザーの遺言の意味について、
「カイザーの、遺言? 貴方はカイザーの最後に立ち会ったのですか?」
アグライアはカイザーの最後を見ていない。分かっているのはカイザーが失敗し、剣旗卿と共に姿を消したことのみだ。
「カイザーが最後の試練に挑む約7システム時間前、カイザーに望みを問われた。故、当機は問への回答を要求した。『当機を定義づける為に必要なものは何か』」
「貴方の定義、ですか?」
「是。カイザーの返答は『貴様の納得する回答は、恐らくボクにはできない。貴様のその問は誰かに求めるものではなく、己が内から見つけるものだ。貴様がソレを見つけた時、貴様は真に
表情は無。発する言葉にも熱はない。しかしアグライアには、彼女がまるで暗闇で泣いている幼子のように見えた。
「……そうですね。その悩みは私には晴らしようがないものです。ですが、助言はできる。――貴方は人を知るべきです。様々な人と触れ合い、言葉を交わし、ルトロで共に湯船に浸かり、人の何たるかを学ぶのです。そうすれば、貴方も変わることができるはず。己を顧みることができるはずです」
「人を知る? 必要性を感じない。当機は永く人を見てきた。人という種についての理解に不足はない」
「いえ、貴方は人を知りません。貴方は人と深く関わるのを無意識に避けている」
「……否定――そんな筈はない。当機にそんな思考は――」
「
エモステリアの無表情に何処か動揺が見える。あり得ないことを目の当たりにしたような、そんな
「当機は……何故関わりを……■■■―?」
彼女の口から漏れた言葉を、アグライアは聞き取れなかった。だが、彼女が人と関わることを
「私についてきてください。火追いの旅に加わってください。貴方に必要なのは、人に対する表面的な知識ではなく、人との内面的な関わりです」
「……了。この躯は火追いの為に」
こうしてもう一人の半神が仲間に加わり、火追いの旅に大きく近づいた。
◆◇◆◇◆
「セファリアの様子を見てきてほしい?」
オクヘイマの表面的統一が成り、火追いの準備が一段落した頃。アグライアはエモットに頼み事をした。
「そうです。理由は分かりませんが、最近あの子は私を避けている。表立った不穏分子は取り除いた今、あの子が何処にいるのか、そして元気なのかを確かめてきてほしいのです」
「……連れ戻す事も可能だが?」
「あの子が避けている理由が分からない内に強引に連れ戻すのは得策ではありません。何より、私はそのようなことを望まない。今のあの子の様子を確認するだけで結構です」
「了」
返事をした次の瞬間には、エモステリアは地面に溶けるように消えた。
「……セファリア」
アグライアのその呟きには、抑えきれない寂しさが滲んでいた。
◆◇◆◇◆
半神サフェルは、噂を頼りにとあるお宝が眠っていると言われている辺境の遺跡にやって来ていた。
「さーてと! ここにあるお宝は――」
「セファリア」
「うわぁ!! ……エモット姉さん!? どうしてこんなところにいるのさ」
気配には敏感と自負していた自分の背後を取られたことに驚きつつ、サフェルは振り返る。
会った時から全く変わらない、人形のような少女がそこにいた。
「解――アグライアからセファリアの様子を見てくるよう要請を受けた」
「連れ戻せとでも言われた? 残念だけど、帰る気なんてないよ」
「否――アグライアの要望はセファリアの様子の確認のみ。連れ戻すことは含まれていない」
「へぇ~、そんなことの為にこんな辺境まで来るなんてね。行き先なんて誰にも言ってなかったと思うけど」
「当機は大地の半神。オンパロスの大地総てを観測、移動できる」
「何それ、反則じゃん!」
「…? 当機はオンパロスの規定に何も反していない筈だが…?」
「いや、そういう意味じゃないし。エモット姉さんも相変わらずだねぇ」
思い出すのは初めて会った時。盗みを働いて捕まった自分が逃げる為に吐いたデマカセを信じて、オクヘイマを飛び出そうとしていた。
「……まぁいいや。用が済んだなら戻ったら? いつまでもここに居られる程暇じゃないでしょ?」
「……セファリア。貴方に質問がある」
「珍しいね。エモット姉さんが私に質問なんて」
「黎明のミハニを保たせているのは、詭術の能力か?」
「なっ――!?」
サフェルの顔色が変わる。
サフェルの半神としての力、詭術の力は嘘を用いて理すら騙し、捻じ曲げる。本来なら既に光を失っていた黎明のミハニを保たせているのもこの力だ。だが、詭術の権能の効果は嘘が暴かれれば消え失せる。それ故、嘘を見抜く金糸から逃れるしかなかった。
つまり、その事実は誰にも知られてはならないものだ。
「当機は詭術のルールの対象外だ。貴方の嘘が暴かれることはない。」
「……どういうこと?」
「これ以上は
「……よく分かんないけど、詭術の権能が効かないってことでいいの?」
「正確には【干渉できない】と言うべきだが、その認識で問題ない」
驚愕すべき話ではあるが、エモットにこのような嘘をつくメリットはない。事実なのだろう。
「――じゃあ、嘘をつく必要はないね。そうだよ、アタシが黎明のミハニを保たせてる。この詭術の権能でね。
「そうか。貴方の献身、当機が記録しておこう」
「別に献身とかそんなんじゃないよ。アタシはただ――いや、やっぱいいや。戻ったら皆に伝えておいてよ。『アタシは自由にやるから、アンタ達も精々頑張ってね』って」
「了。では、また会おう」
次の瞬間、エモットは地面に溶けるようにして消えた。
「――相変わらずだったなぁ」
「帰りたくなったか?」
背後から再び声がした。今度のはいつも聞いているおちゃらけた声。
「バトルズ。遅かったね」
「あの娘にはちょっと会いたくなくてな」
「何、昔の知り合い?」
エモットは何百年も同じ姿を保てる存在。彼の正体を考えても、バトルズがサフェルと出会う前から顔見知りだったとしても然程おかしな話ではない。
「まぁそんなとこ。で? どうなんだよ姉御。帰りたくなったのか? 何だったら――」
「うるさいよバトルズ。そんなことより目の前のお宝でしょ?」
「……それもそうだな」
遺跡へ歩を進めるサフェルの背に続く彼の目は、宝の眠る遺跡ではなく何処か遠くを見つめていた。
◇◆◇◆◇
「報告――セファリアは心身共に異常なし。此方に帰還するつもりもない。『アタシは自由にやるから、アンタ達も精々頑張ってね』との言伝だ」
「――そうですか。苦労をかけましたね、エモット」
「問題ない」
オクヘイマに帰還したエモットはサフェルについてアグライアに報告していた。
「そういえば、先程キャストリスが会いたがっていました。少し休息を挟んだ後にでも訪ねてあげてください」
「了」
返事とともに、地面に溶けるようにして消えるエモット。それを見送り、アグライアはため息を吐いた。
「……休息は、取らないのでしょうね」
◇◆◇◆◇
「キャストリス」
休息を必要としないエモットは、アグライアとの会話後すぐにキャストリスのもとへ向かった。
彼女は大地獣の獣舎で1人大地獣達を眺めていた。エモットが呼びかけると、
「エモット様!」
早足でエモットのもとへ駆けつけ、
「もう一人の半神とお会いするために出立したと聞いていたのですが、もうお帰りになったのですか?」
「肯定。任務は滞りなく達成された。――提案。また、少し話をしないか? 貴方が勧めた本の話を」
「
2人はその場で腰を下ろし、大地獣達を眺めながら話を始める。
はたから見れば仲睦まじい少女達に見えるだろう。片や触れるだけで生命を死へ誘う
そんな物騒な肩書を持つ者たちとは思えないほどに、その空間は穏やかだった。
きっかけは事故だった。
キャストリスが転倒しかけたのをエモットが受け止めただけ。
「外傷なし。――無事か?」
キャストリスにとって、触れても消えない温もりはこれが初めてだった。
それからというもの、エモットに会う度に無意識に触れ合うようになった。
何時触れても、温もりが返ってくる。彼女を膝に抱えて一緒に本を読んだこともあった。本来ならあり得なかった何気ない時間を、彼女となら共に過ごせた。
「疑問――彼らは、何故笑い合った?」
読んでいた本のとあるシーン。何気ない会話の後に笑い合う主人公と仲間。
基本的にどんなことでも知っていて、何事にも動じないエモットだが、人の感情に関してだけはまるで赤子のように無知だった。
「――それは、とても幸せだったからですよ。きっと」
私が今、そう感じているように。