「……姉?」
ボクがそう問えば、パパが頷いた。
「あぁ、そうだ。フリーザ……お前には姉がいる」
パパ……コルド大王が肯定すると同時に、ボクは少し悩む。
巨大な宇宙船内で、パパの後ろを歩く。
ボクが生まれて短くない……パパの事はある程度、理解している筈だ。
コルド大王。
宇宙最強の王……実際、悔しい事に今は『まだ』ボクよりも戦闘力も高い。
星々を侵略、破壊し……それを売る事によって生計を立てている。
部下も多く、この宇宙で恐怖の象徴として君臨する王……それがコルド大王だ。
その息子であるボク、フリーザ……の姉。
しかし、何故、今まで顔も合わせなかったのか。
一体、どんな理由があって。
「お前の姉は、母体によく似ている。オレの血が薄いのだ」
「へぇ。という事は……『弱い』って事かな?パパ」
なるほど、それならば納得だ。
宇宙最強の生物であるパパと似ていない……という事は、ボクとも似ていないというコト。
つまり、生物として劣っているに違いない。
ボクはそう納得して──
「いや、そうではない。そうではないのだ。フリーザよ」
「……というと?」
「オレと似ていないのだ。そう、似ていないのだ。似ていないのだが……」
歯切れの悪い、パパの言葉に困惑する。
その表情は普段の自信に溢れたパパとは少し違って見えた。
「……まぁいい。会ってみれば分かる」
宇宙船内部のエレベーターを上り、そしてようやく目的地に到着した。
扉の前にあるスイッチを押して──
「父だ。入るぞ、クウラよ」
そう名前を呼び、開いたドアの中に入れば──
「……何の用?」
薄い紫色の肌を持ち、まるでサイヤ人のように髪を生やした女が椅子に座っていた。
その前にはコンピューター……何かしらの作業をしていたように見える。
これが姉……クウラ。
クウラはパパの方へ視線を一瞬向けて、すぐに興味を失ったようでコンピューターに視線を戻した。
なんという無礼。
なんという不躾。
パパが怒るのではないかと視線を上げれば……いや、その顔には怒りが見当たらなかった。
愛想笑いのような苦笑が見えていた。
「クウラよ、少し時間を貰っても良いか」
「……まぁ、いいけど」
再び、クウラがパパを見た。
……やはり似ていない。
ボクとパパは同じ種族……同一の宇宙人に見えるだろうが、この姉は少し異なる種族に見える。
「フリーザだ。お前の弟になる」
パパがボクの背中を軽く押した。
椅子に座ったままのクウラと向き合う。
「そう」
……表情は乏しい。
喜びもなく、驚きもない。
興味なさげな瞳に、少し苛立ちを覚える程だ。
何故、こうもパパが忌避感を持って、関わりづらそうにしているのか理解できない。
そう思っていると、クウラが椅子から立ち上がった。
身長は……ボクより少し高い。
パパよりは小柄だ。
そんなクウラがボクの目の前に立った。
「はじめまして、フリーザ」
「……どうも」
クウラの手を握る。
細く長い、指。
鍛えられていないような手。
……ほんの少し、猜疑心が湧く。
パパが何を恐れているのか。
パパが何故、ボクに黙っていたのか。
……試してみようか。
ギッ──
手に力を込める。
ギチチチチッ──
万力のような力で……それこそ、今着ている戦闘ジャケットすら粉々に粉砕できるような力で。
どうだ。
少しは痛がる素振りでも見せるだろう。
そう思ったのだが、しかし──
「…………うん?」
クウラは不思議そうな顔で、ボクの顔を覗き込んだ。
真っ赤な目が、ボクを映している。
そこには怒りはない。
ボクのこの行動に対して「何をしているのか」という疑問しか湧いていないようだ。
ボクが全力で力を込めたというのに。
全く、気にしていないのだ。
「…………っ」
初めて、恐怖を感じた。
生まれてから、初めてだ。
初めて、このフリーザが恐怖を抱いたのだ。
手を離して、少し後退る。
そんなボクの姿を見て、クウラは首を傾げた。
「フリーザ」
「な、なにかな……?」
敬語にならなかったのは、まだ残っているほんのちっぽけなプライドの所為か。
一瞬、後悔をしたが……このまま通す事にした。
「人と握手する時は力加減に気を付けた方がいい」
その言葉は本心のように見えた。
諭すような言葉に、彼女がボクを何も知らない子供扱いしているのだと悟り……口の下で歯を食い縛る。
「分かった……気をつける事にするよ」
「うん」
ボクの返答に満足そうに頷いたクウラを見て、苛立つ。
到底許せるものではなかった。
このフリーザをコケにしやがった!
自覚がなかろうと関係ない。
許せる訳がない!
沸々と煮えたぎる内心を隠していれば──
「邪魔をして悪かったな、クウラ。ここで我々は失礼させてもらうとしよう」
パパが片手をあげた。
「……来たばかりなのに?」
「何かしていたのだろう?我々よりそちらを優先するといい」
クウラが頷いたのを見て、パパがボクを連れて部屋を出た。
「またね、フリーザ」
間髪を入れずに、背後から聞こえた機械の操作音……それに苛立ちつつ、ボクは返事を返すこともなく部屋の前から離れた。
◇◆◇
部屋からコルド大王とフリーザが離れて、静寂が満ちる。
窓の外の宇宙空間、そこに散らばる星の輝きに目を向けて……一つ、息を深く吐いた。
やっべ、めっちゃ緊張した。
心臓バックバク言ってるし、今更汗が濁流のように流れてきた。
コルド大王の方は慣れてきたけど、フリーザは初見だ。
マジでビビってしまった。
「ふぅ……はぁ、すぅ」
深呼吸。
吸って吐いて、吸って吐いて……よし、落ち着いて来たぞ。
私はクウラ。
コルド大王の第一子であり、フリーザの姉である。
あと、ついでに転生者だ。
自身が前世の記憶を持つ存在だと認識したのは、この身体がまだ幼かった頃だ。
常人を超越した生まれながらの戦闘力で、惑星を破壊している最中に思い出した。
あれ?ここってドラゴンボールの世界では?と。
前世の私は別にドラゴンボールに詳しくはなかった。
子供の頃にちょっと漫画を読んで、アニメを観て、映画を数本観ただけだ。
細かい設定なんて覚えていないが、それでも……コルド大王という名前になんとなく覚えがあった。
というか、その顔に覚えがあった。
アレだ。
フリーザの第二形態そっくりだったから。
一つ気付けば、後は芋蔓式に前世の知識を思い出していった。
クウラ。
フリーザの兄。
性格は残虐、冷酷、極悪。
主人公である悟空に、弟であるフリーザが倒され……地球に襲来。
しかし、弟の仇を取るためではなかった。
血族を殺した人間に興味を持ち、殺しに来ただけなのだ。
映画に登場するキャラクターだ。
原作である漫画には登場しない、所謂アニオリ……映画オリキャラ?
そんなクウ……いや待て、何で女なんだ?
クウラはフリーザの兄……そう、兄だ。
男の筈だが?
なのに何故、私は女で、名前や立場はクウラなんだ?
分からない。
とにかく、映画に出てくるキャラクターとして私は生まれた。
しかも女だ。
訳が分からない。
だが、肉体には恵まれていた。
この身体は生まれながら強靭だった。
鍛えずとも、努力せずとも、自分よりも強い戦士と出会った事がないほどに。
歳を10数える頃には父であるコルド大王と同格になり、そこから数年でコルド大王を追い抜いた。
この世でオレに敵う者は居ない!
オレが宇宙最強だ!
……と、危うく自惚れてしまいそうな程に、この身体は強靭で、戦う才能に満ち溢れていた。
だが、私はこの先、未来の知識がある。
ここはドラゴンボールの世界だ。
私は強い……と言っても、フリーザ編までの話だ。
その先の人造人間編やら、セル編について行けそうにない。
僅か数年でとんでもないインフレをする世界。
それがドラゴンボールだ。
数年前まで最強クラスだったキャラが、数年後には数ページで切り刻まれて木っ端微塵に爆殺されていてもおかしくないのだ。
私は自惚れる事なく、謙虚に……というか怯えながら、自身の宇宙船に逃げ帰った。
私のお目付け役として同伴していたコルド大王の部下達が、何事かと慌てていたが……そこに気を回せるほどの余裕はなかった。
「…………」
あぁ、確かに。
確かに、確かに?
今の私は負け知らずだ。
宇宙に浮かぶ星々の、最強の戦士だろうと勝つ事が出来る。
朝飯前、赤子の手を捻るように。
ちょっと頑張れば、一撃で惑星を破壊する事だってできる。
こう、手からエネルギーを球体状に整形して、惑星の中心部に打ち込むだけだ。
流石は宇宙に名を轟かせるコルド大王の第一子。
やがて宇宙の帝王として君臨するフリーザの姉。
誰も彼もが私に膝をつき、許しを乞うだろう。
怯えた宇宙人どもを尻に敷き、献上品で贅沢生活も夢ではない。
だが、将来は?
この世界……ドラゴンボールの世界は殺伐としている。
強者の前では、弱者はただ怯えて逃げ惑うしかない。
己の意思を貫くには……いや、己の身の安全を保証するにも力がいる。
押し寄せてくるハチャメチャに負けない力が。
だが、私にはそんな力はない。
勿論、諦めて鍛錬せずにぐぅたら寝るつもりはないが……それでも、インフレにはついて行けそうにない。
というか。
原作でクウラは
後、メタル化したり色々とあるけど……結局、爆散四散。
悪は滅びる。
このままだと、死ぬ。
何もしなければ、死ぬ。
いやだ。
死にたくない。
記憶が戻った私は、ベッドの中でぴぃぴぃと泣いた。
死ぬのは怖い。
数日、部屋に引き篭もる程には怖かった。
一度死んだ人間──今は宇宙人だけど─が言うんだから間違いない。
死ぬのは怖い。
そして、私は考えた。
死なないための名案を。
その名も──
「……はぁ」
私は手元の周辺機器を弄って、端末内の情報を切り替える。
そこには、まだコルド大王一派が占領していない惑星の情報があった。
惑星ヤパン。
水あり、大地あり。
大気に有毒成分はなし。
昼は80℃、夜は−30℃。
生物は殆どいない。
「…………」
コロコロと端末の操作デバイスである感応ボールを弄る。
様々な惑星、そして原住民の情報が流れる。
何をしているのか。
次に侵略する星を選んでいるのか?
いや、違う。
「くっ……」
私の隠居先を探しているのだ。
死なないための名案、即ち『フリーザ編のラストでいい感じにフェードアウトして、リゾート惑星で隠居。悠々自適なスローライフを満喫しよう大作戦!』である。
だからこうして、いい感じの気候で、いい感じの食文化で、いい感じの娯楽がありそうな星を探しているのだ。
しかし、気候や自然が良かったとしても、逆に原住民が凶暴な野蛮宇宙人だったりするし……都会な惑星は大気が汚れていて、洗浄マスク必須だったりするし。
中々、丁度いい星がないのである。
理想は地球なのだが。
前世の事を考えれば、第二の故郷と言ってもいい星だし。
転生したというのに私の価値観は、未だ地球の引力に惹かれっぱなしだ。
だが、地球に隠居はムリだ。
あの星、常にハチャメチャが押し寄せて来るから。
折角、地球に移住しても、
フリーザよりも遥かに強いトランクス。
よりも遥かに強い人造人間達。
よりも遥かに強いセル。
よりも遥かに強い魔人ブウ──
ムリムリ、ムリ。
勝てる訳ない。
あと、ブウ編で地球、爆発して全生物が一回死んでるし。
巻き込まれたくない。
最悪、ドラゴンボールで生き返れない可能性だってあるし。
確か、ベジータの願いって、極悪人以外を生き返らせてくれ……だったか?
私は惑星を幾つか破壊しているし、罪のない宇宙人を何人も殺している。
宇宙規模の邪悪、それが我々、コルド大王に連なる一族だ。
つまり、私は悪人。
極悪人一家の極悪長女なのだ。
こりゃ無理だ。
生き返らせる対象外になってしまう。
という事で、地球は論外だ。
ドラゴンボールのインフレから逃げるために隠居するのに、インフレの中に飛び込むアホは居ない。
「むむ……」
しかし、地球っぽい惑星が見つからない。
暇さえあれば惑星カタログを片っ端から見ているが、未開の惑星か、ディストピアみたいな惑星のどちらかばかりだ。
くっ。
せ、せめて……!
飯が美味くて、清潔感がある住居があって、物価が安くて、原住民が私に近い価値観を持っていて、漫画やゲームのような娯楽があって、気温が安定する惑星に住みたい!
「はぁ……」
……高望みか。
椅子の背もたれを倒して、尻尾でバランスを取る。
「…………」
原作が徐々に近付いている。
フリーザが結構前に生まれたのは知っていた。
だが、パパ上であるコルド大王が私を避けている所為で、会えなかったのだ。
何で避けられているかは分からないけど。
何か嫌われるような事したっけ?
それはともかく。
フリーザが成長し、サイヤ人を滅ぼし、そこから地球に逃げ延びた悟空が成長し……ナメック星でフリーザと戦うまで結構な時間はある。
だが、今までは〆切が見えない中ダラダラしていた感じだったのに……こう、薄らと〆切が見えて来た感じがして気が気ではない。
正にダメ人間……あ、ダメ宇宙人か。
「……息抜きしよっと」
私は椅子から降りて、地面に立つ。
キュピって音がした。
アレだ、ドラゴンボール的な足音。
ちなみに私は、原作のクウラと同様にフリーザで言う第四形態の状態を基本形態にしている。
この姿が一番、人間っぽくて立ち振る舞い易い。
尻尾は生えているけれど。
まぁ、実際に容姿もママ上の影響で随分と人間っぽい見た目だが。
肌の色が紫色の不健康美少女……あ、いや、少女って年齢ではないけど。
もう50年以上は生きてるし。
まぁ、この身は長寿の一族。
地球人の50歳とは全然違うが。
うん、私はまだ若いぞ。
しかし、まぁ……。
故・ママ上は一体何の種族だったのだろうか。
なんて考えつつ、拠点である巨大宇宙船の中にある宇宙船ポッドに入る。
あの丸い奴だ。
だが、サイヤ人が使うようなサイズ感ではなく、もっと大きい奴だ。
尻尾がデカくて入らないので仕方ない。
それに私は乗り込み、行き先の情報を入力する。
はやく不労所得を手に入れて、働かなくても生きていけるようになりたい。
毎日、ゴロゴロしているだけで美味い飯を用意して貰い、毎週月曜日には朝から少年ジャンプを読みたい。
しかし、ここには美味い飯はないし、少年ジャンプもない。
取り敢えず、惑星クウラNo.42に出発だ。
惑星クウラ。
別に特別な星って訳ではない……コルド大王の一族は、自身が侵略した星に自分の名前を付ける。
惑星コルドとか、惑星フリーザ、みたいに。
つまり私が42番目に占領した星だ。
元の名前は……何だっけ?
まぁ、私だって宇宙の地上げ屋の家業手伝いをしているって事だ。
……コルド大王による無言の「働け」って視線に負けて幾つか星を占領しているのだ。
フリーザやサイヤ人のように、気に入らないからといって破壊行動や虐殺はしていないけれど。
かと言って、いきなり現れて「今日から君達、私の下ね。この星は占領するから」と言っても原住民は納得しない。
だから私は、その星で最も強い戦士を完膚なきまでに屈服させる事で、原住民の心を折る事にしている。
惑星随一の戦士を痛め付け、心が折れないなら二番目、三番目の戦士をも痛め付ける。
その星の勇者、戦士、兵器、伝説、誇り、全てを完膚なきまでに破壊する。
そうすれば、いずれ、星に住む者達は屈服する。
時々、加減をミスって爆殺しちゃうけど。
まぁ、そこは仕方ない。
許してくれとは言わないが、くよくよしたって仕方ない。
コルド大王やフリーザみたいに惑星の主要施設を片っ端から爆破したり、従わない民間人を皆殺しにしないだけ有情だと思わない?
……思わないか。
その星の一般人からしたら、私は突如現れて英雄達をボコボコにし、支配してきた
私の乗った小型宇宙船ポッドが、大型宇宙船から射出された。
ただだだっ広い宇宙空間が見える。
……ちょっと怖いんだよな。
宇宙って、何にもないし、暗いし。
この身体が宇宙空間に適応していて、たとえ酸素がなくとも、無重力だろうが生きられるとしても……私の感性はまだ、臆病な地球人の面影が残っている。
……そう、面影が、少しだけ。
今の私は宇宙を支配する大王の娘だ。
そこに積み上げられた経験、それは人格の形成に大きく影響している。
人間一人分の記憶と、宇宙人一人分の記憶。
それらが入り混じって、今の私がある。
……中途半端な存在だ。
よそう。
無駄な思考は。
……宇宙空間を見てナイーブになるのは私の悪い癖だな。
宇宙船ポッドに搭載されているコールドスリープ装置を起動して、私は目を閉じた。
目的地までは二週間程だ。
それまでは少し、眠らせてもらうとしよう。