惑星クウラNo.2。
ちょっとした遠出……というか侵略活動を終えてきた私は、訓練用の重力室に顔を出した。
昔は300倍の重力が限界だったが、装置の大型化やら色々と拡張を続けたお陰で、今は400倍となっている。
パラガスは勿論、サウザーが入っても死にかねない重力だ。
こんな所に入れるのは私と──
「ただいま、ブロリー」
「あ、姉さん……!」
ブロリーぐらいだ。
出会った頃よりも大きくなって、ちょっと可愛げを残しつつも青年という風貌になったブロリー。
そんなブロリーが上半身を裸にして、重力室で訓練をしていた。
筋肉質で顔に似合わずムキムキだ。
そんな彼の身体を見ると、傷跡だらけな事がわかる。
私に次ぐ強さを持つブロリーを傷付ける者がいるのか?
そういう訳ではない。
小惑星バンパで遭難していたような幼い頃に、現地の巨大生物から付けられた傷だ。
それがまだ残っているのだ。
肩や左胸、頬の下にある傷は昔の傷だ。
……あ、お腹の傷は3年前の傷だけど。
私がブン殴った事が原因で、火傷の痕みたいに、そこだけ変色してる。
「いい子にしてた?」
「……む。オレ、もう子供じゃない」
「つい、ね……ふふふ」
私からすれば、ブロリーはまだ若い。
身体が大きくなろうと──それこそ、私より身長が伸びたとしても──まだ子供の様に感じる。
「子供扱いは嫌いだ。好きじゃない」
「ごめんごめん、お土産買ってきたから一緒に食べよ?ね?」
「……姉さんはすぐ、そうやって誤魔化す。父さんに流されるなって、前に言われた」
チッ、パラガスめ。
余計な事を教えやがって。
しかし……“姉さん”か。
姉さんね。
うん、いい響きだ。
昔は私もブロリーを恐れていた。
いつ伝説の
でも、今は違う。
ブロリーは良い子だ。
サウザーと違って生意気じゃないし、パラガスと違って腹黒じゃない。
感性も豊かで、驚いて欲しいときに驚いてくれるし、褒めて欲しいときに褒めてくれる。
美味しいものを食べさせると、美味しそうに食べるし……可愛げがあるのだ。
まぁ、サウザーにも可愛げはあるけどね。
ブロリーはジャンルが違う。
私の中にある母性がくすぐられる。
いやぁ、母性なんてね……もう使ってなさすぎて蜘蛛の巣がはってるかと思ってたけど、存外、私にもあったのだ。
認めよう。
私はブロリーのことを、弟だと思っている。
可愛げのある弟だ。
本物の弟であるフリーザには悪いが、ブロリーを血の繋がらない弟として認めて欲しい。
ごめんよ、フリーザ。
きっとフリーザがこの事実を知れば、嫉妬しちゃうだろうけど。
私の強まる姉としての自覚が、無自覚に弟を増やしてしまった。
あぁ、なんて罪深い姉なのか。
でも安心して欲しい、フリーザ。
私はちゃんと、今でもフリーザの姉だから──
「……む?」
「フリーザ様、どうかなさいましたか?」
「いえ……誰かが、私のことを噂をしている気がします」
「おお、仕方ありません。ですが、フリーザ様の威厳を讃えているのでしょう」
「……どちらかというと、見当違いで不愉快な噂だと思います。寒気もしましたからね」
「寒気、ですか?」
「ええ、気色の悪い感触です。背中を舌で舐められたような、本当に気持ち悪い感覚……まったくもって不愉快ですね」
──っと、ブロリーに視線を戻す。
「美味しいお肉だよ?食べたくない?」
「……た、食べる。けど」
思春期なのか、子供扱いされると少し不貞腐れる。
私が重力室の装置を切断すると、ブロリーは荷重用の重りを床に置いた。
「姉さん。ご飯食べたら、手合わせしたい」
「え?えー……ご飯食べた後は嫌かな」
ブロリーとの手合わせは危険だ。
普通に痛いし、暴走されたら第五形態にならなきゃなんないし、疲れるし、しんどいし。
飯食った後に腹パンされたら、吐いちゃうかも知れないし。
「なら、今?」
「今は疲れてるからダメ」
「むぅ……」
「ごめんね」
出来るだけ避けたいのが、私の心情である。
「じゃあ、姉さん。明日は?」
「明日は……予定あるから」
ないけど、あることにしとこう。
「明後日は?」
「明日“は”じゃなくて、明日“から”なんだよね」
「むぅっ……何の予定?」
何、何?
何って、え?
何って、何だが?
何だろう……。
まずい。
このままでは嘘吐きの烙印を押されてしまう。
そうなれば、姉としての威厳が損なわれる。
捻り出そう。
明日の元々のスケジュールは……。
今日深夜までゲームする予定だから、昼まで寝るでしょ?
起きて、お昼ご飯を食べて、お昼寝するよね?
それで、寝て起きて晩御飯を食べて、またゲーム……。
うーん、忙しい。
でも、ブロリーは納得しないだろう。
であれば、そうだな。
うん、うん。
「ちょっと、遠くの惑星の視察にね」
「え、もう行くの?帰ってきたばかりなのに」
「うん、まぁね。色々と忙しいんだよ、私は」
嘘である。
視察の予定はない。
明日どころか、一ヶ月はない。
「姉さん、どこ行くの?オレも行く」
「え、あ……あー、今回は平和な惑星への視察だからね。あまり現地の人を刺激したくないから、ごめんね?」
「む……答えになってない。どこの星に行く?」
え、どこって。
ブロリー、私のことを疑っているのか?
視察に行くような星、現地を刺激しないように……適当に言ってたから該当する星が思いつかない。
惑星クウラみたいに侵略が済んでない、平和な惑星……そんな場所……あ、そうだ。
「地球だよ」
「チキュー?」
「そ、地球」
そういえば、ブルマからスカウターを返して貰ってないんだった。
それも3年も。
100年以上生きている私からすれば、3年なんてつい最近なのだが、地球人からすれば3年って結構な年月なんだよね。
そろそろ回収しに行かないと。
私の言葉にブロリーは首を傾げつつも、頷いた。
「分かった……オレ、留守番する」
納得してなさそうだが、私に迷惑をかけまいと頷いてくれる。
なんて良い子なんだ、ブロリーは。
「ありがとう。偉いね、ブロリーは」
思わず頭を撫でようとして……避けられた。
思春期だから、お姉さんに撫でられたくないのだろう。
まぁ、仕方ない。
「……地球から帰ってきたら、オレと手合わせしてくれる?」
「え、あー……まぁ、うん。いいよ?」
流石にそこまでいくと、断れない。
嫌なことは後回しにするが、最後までしなくて良い訳ではない。
いつか、やらなきゃならんのだ。
とほほ。
「やった……!」
私の返答にブロリーは屈託のない笑顔を浮かべた。
対して、私は胃の奥できりきりとした痛みを感じていた。
やらなきゃならないことを後回しにしたという事実に、私はちょっとしたストレスを感じていた。
そして、食後。
執務室にて。
「という訳で、明日から地球に行く。一週間ぐらい」
「という訳とはどういう訳ですか。ちゃんと説明してください、クウラ様」
私の前でため息を吐くサウザーに、なんで分かんねぇんだ……と思いつつ、説明する。
「ブロリーが手合わせを強請ってくる。手合わせしたくない。地球に逃げる。おっけー?」
「何をもって承諾すると思ってるんですか。新たに侵略した惑星に関して、色々と取り決める事があるでしょう」
「そこはほら、サウザーが代行承認すればいいじゃん」
「何を言ってるんですか?」
「あっ……サウザーさんが代行承認をして頂ければありがたいのですが」
「言い方の問題ではありません!」
ぎゃっ、雷が落ちてきた。
「でも、えーでも、友達に会いに行きたくて」
「友達……?地球に、クウラ様の友達とやらが居るんですか?というかクウラ様に、友達と呼べる存在が居るのですか?」
なんか疑わしそうな目でサウザーが見てくる。
友達なんか居ないと思ってるんだな、サウザーって。
失礼なやつだ。
「居るよ。友達ぐらい。私の特注スカウターを貸してるって言った。覚えてない?」
「あぁ、そういえば……アレももう旧式なので、今更返ってきても処分に困るのですが」
3年前、ブルマに貸したスカウターから、今のスカウターに至るまで、凄まじい技術進歩が起きたのだ。
今までのスカウターは単純に、対象のエネルギーなど測定して戦闘力として表示する機械だったのだが、今のクウラ軍に配備されているスカウターは少し違う。
現在、惑星クウラNo.2には、なんか宇宙で拾ってきた高性能な機械パーツを使ったスーパーコンピューターが存在する。
数年前に宇宙空間で拾ったやつで、よく分かんないけど、何故かめちゃくちゃ高性能なオーパーツだ。
新型スカウターは測定したデータをスパコンへ送り、高速演算した結果を戦闘力としてスカウターへ送り返すようになっている。
これによって小型のスカウターでありながら、超大型コンピューターの演算処理を活用できるのだ。
まぁ、惑星クウラNo.2と通信が届く範囲内限定だけどね。
そして、ブルマに渡したスカウターには、その機能がない。
今更、クウラ軍に戻ってきても、どうするんだーって話だ。
「でも、いいよね?技術が盗まれたら困るって言ってたのはサウザーでしょ」
「……まぁ、分かりました。地球に行くのは良いでしょう……最近、クウラ様も仕事漬けでしたから」
「よし」
私はガッツポーズをした。
サウザー、私が我儘を口にすると叱ってくるが、絶対に折れないと分かると渋々受け入れてくれるんだよね。
なんだかんだ、甘いというか……私のことが好きすぎというか。
へらへらと笑っていると、サウザーも笑みを浮かべた。
「ですが、条件があります」
「え?なになに?カレー買ってきて欲しいとか?」
サウザー、地球のカレーが好きなんだよね。
しょうがないなー。
買ってきてあげるのも、やぶさかではない。
「いえ。ここにクウラ様が承認、もしくは記載しなければならない書類がありますね」
「うん、あるね?」
サウザーが指差した先には書類の山があった。
新たに侵略した惑星の名前変更に伴う承認。
惑星の支配についての考案書。
クウラ軍内の軍紀の変更届。
色々とあるが、一筋縄でいかない書類塗れだ。
「これを今日中に終わらせましょう」
「え」
「終わった後でなら地球に行っても良いですよ」
「え」
視線を書類に戻す。
この山みたいになってる書類を?
「安心して下さい。私も手伝いますから」
サウザーから発せられる多少の気休めの言葉を聞きつつ、私は顔を顰めた。
何故こんな宿題みたいな真似をさせるのか。
こんなの横暴だ!
ボイコットしてやりたいぞ!
「……くっ」
だが、残念。
私は弱い。
するぞ、ではなく、してやりたいである。
できないのだ。
私は正論に弱い。
相手がちょっとでも間違えてたら、ゴネにゴネてゴネゴネのゴネッゴネでもうゴネゴネなんだけど。
マジの正論をぶつけられると、飲み込むしかなくなる。
根が真面目なんだよね、私って。
今回の件も、仕事を残して長期休暇を勝手に取るなというお告げだ。
甘んじて受け入れるしかない。
私は反論することなく、出来るだけ不機嫌そうな顔をしながら書類仕事を始めた。
そうして結局、地球行きの宇宙船ポッドに乗れたのは28時間後だった。
どうせ宇宙船ポッドの中で寝るからって、徹夜させなくてもいいのに。
私は生まれたての子鹿みたいにふらつきながら、宇宙船ポッドに転がり込んだ。
惑星クウラNo.2には宇宙船ポッド用の射出装置が存在する。
宇宙船ポッドは単独で重力を振り切り、宇宙空間へと上昇することもできるが、射出装置によって加速させることで遠い惑星への移動時間を短縮できる。
射出された宇宙船ポッドは惑星クウラNo.2の大気圏を突破し、そのまま宇宙空間へと到達した。
「ふぅ……」
特注で大きめに作ったが、それでも狭めの宇宙船ポッド内で自分の手足を確認する。
そこにはパラガスが手動で開発していた制御装置……今はリミッターと呼ばれるものがあった。
見た目は金色のリングが2つ重なったような姿で、それが両手両足……ついでに首からも似たような形で下げている。
パッと見なら、ただの装飾品だ。
しかし、これは装着者の戦闘力を吸い上げて霧散させる機能が備えられている。
それを複数個装備することで、スカウターなどで見える戦闘力を大幅に引き下げる事に成功していた。
億越えの私も、首と両腕両足の5つを装備する事でなんと4000まで引き下げられているのだ。
……ま、実際は身体から溢れているエネルギーを消耗しているだけで、肉体の強度は変わってないから、言うほど弱くなってないんだけどね。
しかし、しかしだ。
スカウターから見える戦闘力が減るってことは、気の探知にも引っかかり難いということ。
地球のZ戦士達の今の戦闘力の平均値がどれぐらいか忘れちゃったけど、4000まで下げれば「うわ、ちょっと強いな……」ぐらいで済むでしょ。
我ながら用意周到で、偉くて賢い。
万が一、交流ができても、ビビられたりしないだろう。
うむうむ。
「……取り敢えず、地球についたらブルマの家に行こ」
身体を背もたれに預けて、長期睡眠装置を起動する。
そろそろ眠気も限界だったし。
久々の地球に想いを馳せながら……。