ランチが無理矢理用意した最前列から、私は天下一武道会を眺めていた。
「よろしくな」
「誰が握手などするか、雑魚め」
「へっ、スカしたやろーだぜ」
丁度今、クリリンとマジュニア……つまりピッコロが向かい合っていた。
いやぁ、これまでの試合も中々に見応えがあったな。
桃白白と天津飯の試合は、天津飯の圧勝で終わったが……独特な歩法で残像を生み出す技術には舌を巻いた。
あれが残像拳ってやつかと、ちょっと感動した。
今度、マネしてみようかな。
「いくぞっ!はっ!」
「ふん、そんなくだらん技など!」
孫悟空とチチの試合は……これまた悟空の圧勝だった。
そして、原作通り、悟空はチチとの約束を守り、結婚する事となった。
まぁ、約束ならば仕方ない。
しっかし、この頃のチチは可愛いな。
クリリンが悟空に嫉妬するのも分かる。
「避けろーっ!クリリン!」
「なっ……!?」
「ほう、今のを避けるか」
あの試合……試合?
惚気を観て、私が感じているのは安堵だ。
これで悟空とチチが結婚して、孫悟飯が誕生する事となる。
原作通りコトは進んでいる、一安心だ。
しかし、まぁ、結婚か。
あの悟空が。
原作知識で知ってはいたが……結婚。
急に昔からの友人が結婚したかのような、こう、謎の焦燥感がある。
「思ったよりもやるな。だが、雑魚は雑魚だ」
「調子にのってられんのも、今のうちだぞ!」
結婚ねぇ。
自分が結婚するイメージは全くないし、別に婚活しようって気分じゃないんだけど。
将来的に後継者が欲しいというのは分かる。
これでも結構、長い間生きていたから……血の繋がっていない後継者を迎えた事で、滅んだ国を何度か見た事がある。
忠臣は見ず知らずの誰かより、忠義を果たすべき主の、血の繋がった息子の方が良いという訳だ。
そう、私の目的は平穏な生活。
であれば、コルド大王のように後継者を用意して隠居するのも手だ。
だからまぁ、結婚という概念に対してぼんやりとした前向きさはある。
「正直言って驚いたぞ……ここまでやるとはな。だからこそ、お前は地獄を見るだろう」
「なんだよ、何が言いたいんだ」
でも結婚する相手なぁ、居ないしなぁ。
結婚するなら私のことを恐れないってことが最低条件だけど、残念ながら宇宙人の殆どは私を恐れている。
だから、本当に限られた奴しか、その最低条件すら満たすことが出来ない。
「クリリン!うしろだーっ!」
「なっ……うがっ!?」
私のことを恐れていない、男か……。
ブロリー?
いや、ダメだろ。
彼は子供だし、弟みたいなものだ。
パラガスは論外。
あいつ男やもめだし……男やもめ?
パラガスに男やもめって単語、全く似合わないな。
それはともかく。
フリーザはマジで弟だし。
となると、サウザーぐらいか?
いやぁ、ないな。
サウザーは私のことメチャクチャ好きっぽいけど、私はそういう目で見た事ないし。
まぁ確かに結婚すれば良い主夫になりそうだけど、恋愛感情とか湧かないし。
サウザーも私なんかより、良い人見つけた方が幸せでしょ。
うん。
ほな、結婚は無理か。
当分は独身のまま女帝を名乗り続けるしかなさそうだ。
「へ、へへ……だめだ、まいった」
……あれ?
試合が終わってる。
まぁ、予定通りマジュニアの勝ちか。
私は一つ伸びをして、ぼんやりとマジュニアを見ると……なんだか目があった。
のだが。
「………フン」
なんか睨まれちゃった。
なんでさ。
困惑している私を他所にマジュニアが待合室に帰っていく。
「ね、クウラちゃん……あいつ、すっごい睨んでたけど」
「そそそ、そうだぜ!おめーなんかしたのか?こえー!」
ブルマとウーロンは怯えながら、そんな事をいう。
さもありなん。
この頃のピッコロってめちゃくちゃ人相悪いし、めちゃくちゃ怖いもんな。
「いや、覚えはないけど……あんな顔が緑色の人会った事ないし」
私は二人の言葉に首を傾げながら、お腹を撫でた。
小腹が空いている。
今の重要事項はマジュニア
「ブルマ。ちょっと売店で、ご飯買ってくる」
ごそごそと鞄から財布を取り出しつつ、私は離席した。
「え?あ、うん」
「けっ、まじで神経が図太い女だぜ」
おい、ウーロン聞こえてるぞ。
しかし今は空腹を満たす事が優先。
二人の視線を背中に浴びながら、私はその場を後にした。
しかして、次の試合。
試合の待ち時間の間に、私は肉串とビールを買ってくることに成功した。
野球中継を見るオッサンみたいな仕草だが、小腹が空いたので仕方ない。
ちなみに、私はアルコールで酔わない。
体の性質上、凄まじい勢いでアルコールが分解されて、酔う事ができないのだ。
ぐびっ。
「……クウラちゃん、ちょっと顔赤くない?」
「え?なに?」
ぐびぐびっ。
「酔ってるの?」
「酔ってないよ」
ブルマが心配してくるが、ビールを飲む。
ぐびっ。
私、お酒めちゃくちゃ強いし、酔わないよ。
まぁ、何でかサウザーから宇宙船内での飲酒を禁止されてるけど、あれは風紀の問題だから。
別に酔って暴れた訳じゃないし。
「なら、いいんだけど……」
ブルマは心配症だなぁ。
私は今、こんなにも自我がハッキリしてるのに。
焼いた肉の串を口にしつつ、それをあてにビールを飲む。
ん、もう無いや。
「おかわり貰ってくる」
「クウラちゃん、次の試合始まるわよ?」
「えー、次誰?」
「ヤムチャと、何だかよく分かんないおじさんだけど」
「…………じゃ、観るかぁ」
ヤムチャと
戦闘力の差は凄まじく、天地がひっくり返ってもヤムチャに勝ち目はない。
ヤムチャは良いやつかも知れないが、個人的にちょっと苦手なのでモチベーションが上がらない。
まぁ、彼氏の試合をスルーするとブルマに失礼だし、観ておくか。
なんて事を考えてると、隣のウーロンがため息を吐いた。
「あーあ、こりゃ呑んだくれだな」
なんだこいつ、うっせぇな。
私は酔ってない。
まぁ、一般人に憑依した神様相手に、ヤムチャが勝てる訳もなく。
殆ど手も出せず、ボコボコにされた。
……あれ?
あんなボコボコだったっけ?
一般人らしい振る舞いもせず、最初っから最後まで武闘家っぽい感じのシェンにヤムチャがボコボコにされていた。
操気弾も最初の一撃を避けて、即座に反撃されてたし。
なんか一発、地面から打ち上げてダメージ与えてた気がしたんだけど……あれ?私の思い違いか?
原作知識について、私はいまだに覚えているが……流石に100年以上経過しているせいで劣化している。
細部についてちょくちょく忘れている事がある。
これも記憶違いなのかな。
ぼんやりと空っぽになった紙カップの縁を齧っていると、シェンがこちらを観た。
探るような、緊張感のある視線だ。
そうして彼は少し目を細めて、その場を後にした。
なんなんだ、いったい。
さっきから。
私はただの観客だし、リミッターで戦闘力は抑えられている筈なのに。
……あ、いや、あれか?
肌が紫色なのがよくないのか?
目立つのがよくないのか?
……うーん、とりあえず──
試合終わったし、ビールのおかわりを貰ってくるとしよう。
次の試合は悟空と天津飯だった。
今までで一番、見所のある試合だった。
今までの試合とは一線を画すスピード勝負。
超高速のラッシュの応酬。
そして、四人に分身する天津飯。
……は?
いや、おかしいでしょ。
やっぱ天津飯、人間じゃないよ。
宇宙人でしょ、ぜったい。
まぁ、結局、分身することによって力が分散した天津飯を、悟空が一掃して終わっちゃった。
試合後の悟空に息切れはない。
試合になっていたように見えるが、悟空は重い道着を着ながら戦っていた筈だ。
だというのに、全力の天津飯に勝った。
この差は大きい。
……って、あれ?
重い道着を脱がずに、試合が終わっちゃった。
着てなかった、訳じゃなさそうだし。
うーん、やっぱり世界はナマモノなんだな。
原作と小さい乖離がいっぱいだ。
まぁ、概ねちゃんと筋書き通りだし許容範囲か。
……その小さい乖離で原作が破綻して宇宙が滅んだら、やばいけど。
要観察だなぁ。
原作と大きく乖離したら、私が介入すべきだろうか?
でも、そんな暗躍みたいなこと私が出来ると思わないしな。
宇宙の賢者でありIQ3万ぐらいある私にも無理な事はある。
ぐびっ。
「クウラちゃん、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「え?いや、そんな事ないと思うよ」
「でも、ほら」
ブルマが下を指差す。
私は視線を下げると、そこには大きな紙カップがひぃふぅみぃ、えと、いっぱい落ちていた。
私がビールを呑んだ残骸だ。
「でも酔ってないから。飲み過ぎじゃないから」
「でも……」
「宇宙人はアルコールに耐性があるから。心配してくれてありがとね。キスしよっか」
「しないし、絶対酔ってるでしょ」
「酔ってないよ」
私がそう口にすると、ランチさん(金髪)とウーロンが肩を組んでいた。
「ありゃダメだぜ」
「だよな。顔真っ赤だし」
なんか言ってるが、私は気にしない。
今とても気分がいいのだ。
なんというか、高揚感を感じる。
気が高まる、溢れる。
宇宙の酒、不味かったから。
やっぱり地球は飯も酒も美味い。
ケバブを食べながらビールを飲み……あ、空になった。
おかわり買ってこよう。
◇◆◇
天下一武道会。
武道館、待合室。
「神様」
呼ばれて、私はそちらへ目を向けた。
「孫か」
「気が付かなかった。そんな格好してんだもんな」
「フッ、ちょいと人間の体を貸して貰ってるのだ」
「そんなことも出来るんか」
孫悟空は修行によく励んでいた。
復活するピッコロ大魔王を倒すために、そして……宇宙から来たる巨悪を討つために。
当初想定していた何倍もの修行により、何十倍も孫は強くなった。
それこそ、今では私を越える程に。
「なんで神様がピッコロを倒しに来たんだ?オラなら倒せるって信じてねぇんか?」
「お前にピッコロは倒せん。それは実力の話ではない」
「ん?」
「孫悟空、お前はミスター・ポポから話を聞いたのだろう?」
「…………」
ピッコロと私は元々、同じ存在。
片方が死ねば、もう片方が死ぬ。
そして、私が死ねば私が作ったドラゴンボールは力を失う。
故に、蘇る事も出来ない。
そして……孫は非情になりきれない。
善良であるが故に、私を見捨てる選択を取れない。
故に、ピッコロを消す事は出来ない。
「ミスター・ポポめ。余計なお喋りをしよって」
「ミスター・ポポは神様のことが心配なんだ」
「分かっておる。だが、その話を聞いた上でお前はピッコロを倒すことができまい」
「殺さず何とかするさ……!そんために修行してたんだからよ」
「自惚れるでない。私は今のピッコロを見て思った。奴め、想像以上に強くなっておる」
「そうだけどよ……!」
「この件、元々、私がまいた種だ。責任は私がとる」
私の言葉に孫は顔を顰めた。
だが、納得していないようには見えない。
孫も気付いていたのだろう。
ピッコロは、私たちの想像を遥かに上回る強さに至っている。
「……死ぬ気か?神様」
「神が自殺などする訳ないだろう。良い案がある……それはお前の師匠が見せてくれたものだ」
「……じっちゃんが?」
「そうだ。その手が通らなかったら、考えるとしよう」
会場から歓声が聞こえる。
試合の開始時間が近づいているのだろう。
これから始まるのは決死の戦いである。
今のピッコロを前にして、勝利を確信するほど私は愚かではない。
万が一の場合は……借り物の体を解放して、私自身が前に出て戦うつもりだ。
私が死ねば、ピッコロは死ぬ。
死ぬ気で戦えば……どちらかが死ぬ。
そして、どちらも死ぬ。
それが最悪の場合だ。
「孫、最後に一つだけ話そう」
「なんだ?」
「そう畏まらんでいい」
「遺言なんて縁起でもねぇこと言わないでくれよな」
「たわけ、私も死ぬのは惜しい。遺言などではないわ」
私は孫と向き合う。
借り物の身体のまま、孫を見据える。
想定の何倍も、こやつは強くなった。
そして、これからも強くなるだろう。
これほど底のない武闘家は、私も初めて見た。
それほどの才能が、資質があるのだ。
「孫、ピッコロを倒せば世界は平和になると思うな」
「…………?」
「世界は広い。この天井の上、空の上、地球の外……そこには、私にも計り知れぬ巨大な悪が存在する」
「……へぇ」
「今のお前じゃ手も足も出ん。悪しき気を持つ者が、地球に降り立つ。いや、今までに何度も降り立っている。この地球が滅んでないのは、そやつの気紛れでしかない」
「そこまでの奴が……そりゃ怖ぇな」
そう孫は言いつつ、震えていた。
恐怖から、ではないことなど私にはすぐ分かった。
これは、武者震いだ。
……フッ、やはりこやつに託して良かった。
この地球を守るのは私ではない。
孫悟空なのだ。
「さて、言いたい事は言った。自分と戦いに行くとするか……」
孫の視線を背に受けながら、私は待合室の外へ足を進めた。
◇◆◇
「くしゅんっ」
私はデカいくしゃみをした。
何処かで誰かが噂しているに違いない。
「うわ、きったねぇ!くしゃみするならちゃんと手で覆えよ!」
ウーロンが罵倒してきた。
なんだと、美少女のくしゃみだぞ。
お前、そこは無条件で許すべきだろう。
女好きの風上にもおけん……って、あ。
「ゔゔ……ビールが、溢れぢゃった……」
くしゃみの反動でビールが零れてしまった。
幸い、服は濡らしていないが、紙コップが殆ど空になってしまった。
ちょっと泣きそうだ。
「あーあ……ほら、ティッシュあるから。顔拭いてあげる」
「ありがとう、ブルマ……ゔゔ」
ブルマ、なんて良い友人なんだ。
私は右手に紙コップ、左手に焼き鳥を持ちながら、サングラスを外してもらい、顔を拭かれる。
「デカい赤ちゃんだろ、こいつ」
ランチの言葉に、私は愕然とした。
なんて酷い事を言うんだ。
やはり金髪ランチはとんでもない極悪人だ。
気を許しかけていたが、強盗ばっかりするやつなんだ。
だからこんな、人を傷つけるような事が言えるんだ。
「ぐすん」
尊厳が破壊される音を聞きながら、私は残り僅かになってしまったビールを飲み干した。
ちょっぴりしょっぱかった。