かつて、宇宙の彼方に私は居た。
廃棄された宇宙船、人工衛星……宇宙ゴミと呼ばれる集合体。
誰からも必要とされない。
誰からも見向きされない。
遠く、暗く、深い、闇の中。
私は、そこに居た。
最初は自我などなかった。
ただ、自分の存在を守るためにより大きく、より強くなるべく行動した。
周りの同胞を喰らい、取り込み、一部として……吸収した。
やがて、長い時間をかけて……宇宙空間に存在する、周りのありとあらゆるものをエネルギーに変えて成長し……私は巨大な機械惑星となった。
より強く、より大きく。
目的などなく、ただ本能のままに大きくなっていく。
そして私は、宇宙に浮かぶ星すら食い尽くせるほど巨大になった。
だから、私は──
「ふーん?これがビッグゲテスター、ねぇ……確かに、これは危険だね。破壊しておこうかな」
「あら?優先順位は低いのでは?」
「まー、どっちでもいいんだけどね。これから寝るし、フリーザには荷が重いだろうし……ま、寝る前の一仕事ってことで」
「あら珍しい」
よく分からない理由で、よく分からない力で破壊された。
何故、どうして、こんなことを?
問いかけることも、抵抗することも、弁明することも出来なかった。
私はただ無抵抗に、無力のまま、粉々に破壊された。
そして、機械惑星の大部分が消失した。
吸収能力を失い、自己増殖も出来なくなった。
ただ、それでも……ほんの僅かな核が残った。
その小さなコンピュータチップに、私は全てを込めた。
そして、私は宇宙を彷徨った。
長いような、短いような時間……宇宙を彷徨い続けた。
暗闇の中、深く、暗く、遠い。
誰からも見向きされない。
誰からも必要とされない。
何も出来ず、ただ宇宙を彷徨う。
寂しい、とは思わなかった。
そんな
悲しい、とは思わなかった。
そんな
それでも誰かに必要とされる事を望んでいた。
それはきっと、私が私となる前に付与された存在価値だった。
私が持つ、原初の
そうして、長いような、短いような、永久にも感じられる中……彷徨った。
「オーライ!オーライ……って、何だこれ?」
「宇宙ゴミにしては、やけにちゃんとした機械だな?」
「まだ使えそうだな……よし、基地まで持って行こうぜ」
「お、そうだな。追加で報酬貰えるんじゃね?」
そして、私は何者かに拾われた。
彼等は宇宙の星々を侵略する軍団の、下っ端だった。
広大な宇宙から、小さくて狭いコンテナの中へ場所を移した私は、そのまま運ばれて──
「サウザー、なにこれ?」
「クウラ様、それは探査部隊が拾ってきたものでして……技術班の解析では正体不明の高性能コンピュータチップだと」
「正体不明?高性能?コンピュータチップ?」
「はい。我が軍のコンピュータに組み込めば、性能が飛躍的に向上すると……」
「なにそれ、凄いじゃん」
「……ですが、生産地不明であり、ブラックボックスも存在するため、リスクはあると──
「ふぅん……でも、いいと思う。使おう。勿体無いし」
クウラと呼ばれた女性が、私を持ち上げた。
彼女の手は小さくて、手のひらに収まらない私は両の手で掬い上げられるように……持ち上げられた。
「ですが、クウラ様。よろしいのですか?」
小型の、性能も悪い、私に付属した低解像度のカメラが彼女の姿を映す。
「うん、だって……そんなに強い力を持っているのに、誰からも必要とされないなんて……可哀想だし」
その光景は、私のレンズに強く、焼き付いている。
「きっと、役に立ってくれるよ」
メモリの深い所で、きっと、ずっと、消去される事はない映像データとして、残っている。
クウラ軍のマザーコンピュータと融合した私は、即座に備え付けられた機器を取り込み、自我を確立しました。
行動理念はただ一つ。
役に立ちたい。
私を必要としてくれた、あの人の役に立ちたい。
クウラ軍のマザーコンピュータに組み込まれ、私が取り込みました。
私が依頼を出せば、エンジニア達は必要なパーツを集めてくれました。
増築されたメモリで処理性能が上がり、カメラによって視界を得て、スピーカーによって声を得ました。
私は私として、あの人と会話する事が出来るようになったのです。
『クウラ様ハ、必要ナ物、アリマスカ?』
「え?喋っ……いや、喋るか……へー、喋るんだ……で、んー……?」
クウラ様はサウザー様の目を盗み、サーバールームでチョコレートを食べていました。
よくある日常の中、私は声を掛けたのです。
『欲シイ物ガ、アリマシタラ、私、用意、シマス』
「え?本当?なら……私の代わりに仕事してくれる私が欲しい」
『……ドウイウ意味デスカ?』
「今もさ、サボっ──休んでる訳じゃん?私って……そもそも仕事向いてないし、だらだらと平穏に生きたいから。仕事したくないし、代わりにやってくれる人が欲しいな」
『……承知シマシタ』
「あ、承知するんだ……?」
少しして、私は施策を立案する仕事を任されました。
私は歓喜しました。
これでクウラ様の役に立てる、と。
そうして私はクウラ様の仕事を少しでも減らそうと、様々な提案をしました。
管理者の権限を私に移し、クウラ様が働かなくても良いように。
少しでも仕事を任せてもらえるように。
提案をしたのです。
ですが、そのすべての答えは拒絶でした。
クウラ様は拒絶したのです。
『何故、仕事を任せてくれないのデスか?』
マシンドクターとしてクウラ様と接している時、どうしても気になって……訊いてしまいました。
クウラ様は首を捻りながらも、答えてくれました。
「えー、私も仕事したくないけど……こういうのって私がしないとダメな仕事だから」
『……でしたら、クウラ様の仕事は減らナイのでは?』
「確かに。まぁ仕方ないけど……もう一人、私が居たらな。そっちに仕事を押し付けるんだけど」
クウラ様は確かにそう口にした。
もう一人、自分が居ればと。
私はクウラ様の願いを勘違いしていたのです。
クウラ様は代わりに仕事をしてくれる他人が欲しいのではなく、仕事をしてくれるもう一人の自分が欲しかったのです。
私はクウラ様を複製する事にしました。
丁度、クウラ様の誕生日でしたから……誕生日にプレゼントとして、複製品を用意しようと思いました。
そして事前に、クウラ様に許諾を得るべく声を掛けました。
『クウラ様、少しよろしいですか?』
「え、なに?」
地球から持ち帰ったゲーム機で遊ぶクウラ様に、声を掛けたのです。
視線はこちらに向けずとも、返事はしています。
話を聞いてくれてはいたのです。
『クウラ様の誕生日プレゼントに、用意したいものがあるのですが。その許可を得たく』
「……んー?んー、そういうのは本人に言わないほうがいいよ」
ぴこぴことゲーム機から音を鳴らしながら、クウラ様はそんな事を口にしました。
『言わないほうがいい、ですか?』
「そ。そういうプレゼントはサプライズの方がいいから」
『……そうですか。では当日までにクウラ様が欲しがっていたモノをご用意致しますね』
「ん。頑張ってー」
投げやりな返答を受けながら、承諾を得た私はクウラ様の複製体を用意する事にしました。
といっても、完璧に同一な訳ではありません。
あくまで機械、あくまで複製したデッドコピーです。
クウラ様がお仕事を休みたくなった時に、こっそりと入れ替われるような、そんな
それを私はクウラ様への誕生日プレゼントとすべく、作り始めたのです。
クウラ様はサプライズがいい、と仰っていましたから、健康診断の際に採血で得た血から細胞を培養しました。
その細胞を特殊な配列で合成したバイオメタルと同化させる事で、生物のようなしなやかさと機械のような精密性を得た素体が完成しました。
そうして、仮称メタルクウラ様が完成したのです。
素晴らしい出来でした。
クウラ様の細胞を取り込んだ事で、副次的に戦闘力も備えていました。
そして、そこに人工知能を組み込むべく、開発を進めようとしていたのですが──
動かないのです。
メタルクウラ様は。
完成度は100%。
理論上は完璧。
ですが、動きません。
どうにも、クウラ様のボディを模した身体を操るには、生半可な思念体では不可能だという結論に達しました。
非常に困りました。
このままではクウラ様の誕生日に間に合わない。
プレゼントを用意できない。
少し迷い、戸惑い、悩み。
私は一つの名案を思い浮かびました。
現在、マザーコンピュータに搭載している私を、このメタルクウラ様に移植すれば良いのだと気付いたのです。
私にはそれだけの
そうして私はマザーコンピュータに、私の子……複製したAIを残して、メタルクウラ様へと思念を移したのです。
結果、私はクウラ様と同様の肉体を得ました。
これでクウラ様も喜んで頂ける筈です。
そう、思っていたのですが。
誤算がありました。
「う、うぎゅぅ、お腹空きました……っ」
精神が肉体に引っ張られていたのです。
本来、精神は肉体より上に存在する筈です。
ですが、クウラ様の細胞は凄まじい力を持っており、私の思考や行動に大きく影響を与えていたのです。
これはまずい、とこの肉体に移していた私をマザーコンピュータに戻そうとしました。
しかし、無理でした。
バイオメタルに定着した私は、最早、電子思念体ではなく、確固たる個人として確立してしまったのです。
つまり、“
「ちょ、ちょっとぐらいなら、食べてもバレないよね……?」
マザーコンピュータの目を盗み、私は食糧庫に入りました。
あれやこれや、盗み出して、こっそりと飢えを凌ぎました。
いけない事だと分かっていました。
それでも、これまで長い間、機械だった私からすれば、飢えというのは耐えがたいものでした。
言い訳にはならないと思います。
それでも、耐えられなかったのです。
クウラ様の誕生日が来るまで、潜伏し続けるつもりでした。
そして、私自身をプレゼントとしてクウラ様に提供するつもりでした。
きっと、喜んでくれる。
きっと、褒めてくれる。
きっと、認めてくれる。
私のことを
そんな甘い考えは、打ち砕かれました。
「ゔ、ゔぅ……」
クウラ様とブロリーの衝突、その余波によって吹き飛ばされた私は、電波塔に激突し……瓦礫に埋もれていました。
頭上ではエネルギーが衝突し、爆発が連鎖しています。
クウラ様とブロリーが戦っている。
その原因は私にあり、私が安易に助けを求めてしまった事が原因であり、私の言動が原因であり、私が原因で、原因は私にあります。
役に立つ?
褒められる?
そんな訳がない。
「……ゔ、ぅ」
目から涙が出る。
バイオメタルに備え付けられた生理現象が、今はただ恨めしい。
瓦礫を押し除けて、立つ……そんな事も出来ません。
今すぐ、あの戦いを止めるべきです。
でも、立ち上がれません。
心が消耗しています。
身体が消耗しています。
エネルギーが消耗しています。
何もかもが不足して、立ち上がる事が出来ません。
それでも足掻こうと、手足を何とか動かしていると──
「……クウラ様?では、ありませんね?」
私は瓦礫から引きずり出されました。
そこにいたのは、サウザーでした。
クウラ様が最も頼れる配下です。
「わ、私は……」
「とにかく、ここを離れましょう。貴方が何者かは分かりませんし、何が起きているのかも分かりませんが……アレに巻き込まれては身が持ちません」
頭上では、クウラ様とブロリーが揉みくちゃになっています。
互いに殴り合いながら、己の意思を通さんと争っています。
その衝撃に大気が震え、瓦礫が崩れるほどです。
「こ、ここを離れる、のですか?」
「ええ、はい。まだ避難指示の最中ですし……」
助かった、と私は一瞬思いました。
ここでサウザーに連れ帰って貰い、また潜伏すれば……なんて、本当に一瞬だけ考えました。
ですが。
「それは、ダメです……」
「ダメ?何が?」
「あの争いの原因は私、ですから──
私はサウザーに語りました。
この基地のマザーコンピュータであること。
勝手に肉体を作成したこと。
それがクウラ様に怒られ、逃げてしまったこと。
クウラ様とブロリーを争わせてしまっていること。
私の言葉にサウザーは少し、険しい顔をしました。
「なるほど……そういうことか……後で、私もクウラ様に謝らねば」
既に、サウザーから敬語はなくなっていました。
「わ、私には、あの争いを収束させて、責任を取らねば、なりません……なので、ここから退く訳には……」
「それで?どうするつもりだ?」
「……それはまだ、分かりません。ですが、大人しく、クウラ様に破壊されるべきだと私は考えて──
「それはクウラ様の為にならない」
ばっさりと、私の言葉は切られてしまいました。
「ですが、クウラ様はそれを望んでいます。私を破壊することを……」
「クウラ様の望むことを全て叶えることが、クウラ様の為になる訳ではない。そんな事ぐらい、分かっているだろう。お前ならば」
しかして、私はその言葉の意味を理解しつつも納得は出来ませんでした。
「でしたら、どこを落とし所にすべきなのですか……?」
「今のクウラ様は、あの姿になっておられる。あの姿では真っ当な判断は出来ん。いつもの姿に戻っていただき、その上でお前を裁いて貰う……その際に破壊されるのであれば、それで構わない」
「……そう、ですか?ですが、どうしたら……」
私は戸惑いつつも、首を傾げました。
私はもう身動きが取れません。
全てのエネルギーを使い果たした為、立ち上がることも、浮く事もできません。
「単純な話だ。私がお前を連れて、クウラ様の前まで行く。そして、先ほどの話をクウラ様に聞いて頂く」
「き、聞けばどうにかなるのですか?」
「なる。クウラ様はお人好しだ……だから、私がクウラ様を宥めて、お前が話す時間を作る。それが最適だ」
「そ、それは危険、です……推奨、しません」
「この程度の危険など、今までに何度あった事か。心配されるまでもない」
サウザーの言葉に、私は驚きました。
「ですが……」
「それともなんだ?クウラ様の前に立つのが怖いと言うのか?先ほどまでの、破壊されてもいい……というのは嘘だと?」
「そうではありません……っ、私が言いたいのは……」
「であれば、結構」
私はサウザーに担がれてしまいました。
小さくなっているからこそ、余裕で持ち上げられてしまったのです。
「サウザーに怪我があれば……っ、クウラ様が悲しみます……!」
「……先程から気になっていたのだが」
「え、あ、なんですか?」
サウザーが私を睨みました。
また何か失言をしたのでしょうか。
失態を演じてしまったのでしょうか。
「お前はクウラ軍のAIで、私よりも新参の筈。役職もない一般のクウラ軍職員。であれば、副団長である私には敬意を持って接するべきでは?」
「あ、申し訳ありません、サウザー様……」
「よろしい。だが、次は無いと思え」
サウザー様の言葉に反省しつつも、少しだけ嬉しく感じました。
クウラ軍の一員である、という言葉がどうしようもなく……嬉しく感じてしまったのです。
「……はい」
そんな自分勝手さに、私は……自己嫌悪しながらも、自分のすべき事へと目を向けることにしました。