ミサキは掌の中にある『ほのおのいし』を握りしめた。 まだ見慣れない、同時に目に入れては感激を覚えるアローラ地方の美しい夕日と海との間から現れる水平線が、夜を知らせてくれていた。それは彼女にとって闇という不安を呼び覚ます残酷な知らせでもあり、今日もまた決意を固められなかったという敗北の刻印を押し付ける光でもあった。いっそのこと、明日へ決断を投げられるように、この『ほのおのいし』も投げ捨てられればいいのに・・・。それが出来ない自分の弱さに、ミサキは唇を噛み締めるしかなかった。
ミサキがアローラの『島めぐり』をはじめてから、そろそろ三か月が経とうとしていた。2人目の島クイーンライチも倒し、自分はポケモントレーナーとして、才能があるのではないかと、真剣に思い始めていた。ポケモンたちとの絆が深まり、バトルのコツが掴め、過酷な旅での暮らしにも慣れて来た。そんな矢先にこの悩みはぶつかってきた。
ガーディを進化させるのか?
ミサキがポケモントレーナーを目指した理由、それはカントー地方、元チャンピオンであり、トキワジムのジムリーダーでもあるグリーンにあった。テレビで見ていた彼の試合は、エースのカメックスと並んで、ウインディが活躍していた。その誇り高いたたずまい、どんな相手にでも立ち向かっていく勇敢さは、『伝説のポケモン』という名前に相応しかった。
「私もいつか、ポケモントレーナーになって、ウインディを連れて旅がしたい」
幼い日のミサキにとってそれは、手段もわからないのに、絶対に叶う夢だという自信があった。幼い少女の描く美しい未来の中にはウインディと共にポケモンリーグのチャンピオンとなった自分が、眩しいスポットライトを浴びて、大勢の観客が拍手の雨を降らせている。そんな輝かしい夢の中で、ミサキは呼吸していた。それは幼さ故に成し得られる神業だった。
しかし夢を叶えるチャンスは意外なほど早く目の前に降りて来た。カントーから遠く離れたアローラ地方への引っ越しが決まり、そこで彼女はポケモントレーナーとして旅に出られる事になったのだ。また旅に出てすぐにガーディをゲットする事に成功した。ククイ博士から貰ったアシマリ、カントーの友人から別れ際に貰ったピジョン、そしてガーディ・・・。ミサキの手持ちポケモンはどんどん増えていき、トレーナーとしての評価も上がってきていた。自惚れではなく、自分には才能があるのだ。そして本当に才能があるのなら、ここからが冒険の本番だと、握り拳を固めたのとほぼ同時に、ジュエリーショップで『ほのおのいし』が手に入った。ガーディをウインディに進化させられるアイテムだ。しかしミサキは、それを使えなかった。幼い頃の自分なら、間違えなくガーディを進化させていただろう。しかし今の彼女はトレーナーであり、ポケモンのおやでもあり、ガーディの友達だ。彼の気持ちを無視して、彼を大人にしてしまっていいのか?彼は本当に進化を望んでいるのか?何よりもウインディに進化させてしまったら、今のガーディが消えてしまうようで怖かった。それはミサキが今までに味わったことのない迷いであり、重くのしかかるプレッシャーだった。
「・・・。ガーディ」
ミサキはモンスターボールを投げ、ガーディを呼び出した。いつものように勇ましくワン!と吠え、ガーディが飛び出した。
「・・・。ガーディは、どうしたい?」
「・・・・・」
ミサキの表情がいつもと違う事に気が付いたガーディは、さっとかけより、その頬を舐めた。ミサキもありがとうと小声で言い、ガーディを抱きしめた。暖かい身体、フワフワの毛皮、脈動する筋肉。命の重たさと熱がそこにはあった。
「・・・私は、どうしたらいい・・・」
ミサキはガーディを更にきつく抱きしめた。ガーディはミサキの気持ちを知ってか知らないでか、その背中を優しく撫でた。
今日がもう終わろうとしている。明日がまた始まろうとしていた。塗り替えられていく時間の中で、変わらない今に必死ですがりつく少女の涙が、そこにはあった。
あとがき
まずはここまで読んで頂き、ありがとうございます。ご無沙汰しています。ナガレボシです。
『ギルます』が途中にも関わらず、またデータが飛んでしまい、寄り道もかねて、このような短編を書いてみました。20年ぶりくらいにポケモンをプレイして、その進化に感激したと同時に、あまりの懐かしさで、子供返りしたような感覚でした。小説の内容も、小学生の時の実体験だったりしますが、そこはいづれ活動報告にまとめて書こうと思っています。
それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。次はいつ出現するかわかりませんが、気長に待って頂ければ嬉しいです。