ピカチュウが暴走するシーンがあります。可愛いピカチュウ大好きな方はご注意下さい。
「あつっ・・・」
ミサキはゆったりと風呂に浸かった。熱い湯が、乾燥した肌に染み込みうるおいを与えてくれる。同時に草むらに入った時に受けた切り傷やすり傷が、ここぞとばかりに己を主張してくる。それらを大きなため息と共に吐き出せば、気持ち良さと心地よさが睡魔と共に意識をかすめる。しかし睡魔に屈することは決してない。なぜなら、ここは『せせらぎの丘』のぬしの間だからである。ここにはぬしポケモンという強力なポケモンが住んでおり、本来一般人は立ち入れない危険な場所だ。しかしこの場の管理人でもあり、ミサキの友人、キャプテンのスイレンの許可があれば別だ。ミサキは一番綺麗な場所の湧き水を沸かし、覗かれる心配のないこの場所で、久しぶりの手足が伸ばせるほどの風呂を満喫していた。彼女の周りではアシレーヌ、ガーディ、ピジョットが水浴びならぬお湯浴びを楽しんでいた。
別にこのような事をしなくても、島めぐりに挑戦している少年少女には、各町に専用の宿泊施設が設置されてるし、いざという時には、ポケモンセンターでもシャワーを貸してくれる。それでも土地勘がまだ浅く、やや人見知りのあるミサキにとっては、短い間とはいえ、知らない人と衣食住を共にするのに抵抗があった。それにしまクイーン、ライチを倒したミサキは今や注目の的でもあり、よくポケモン勝負を挑まれる。それだけならまだ良いのだが、インターネットの発展から、どこからかミサキの情報をかぎつけた、少し危ない雰囲気のするお兄さんらに声をかけられる事も増えた。またこの間は成り行き上仕方なかったとはいえ、大勢の目の前でスカル団のボス、グズマを倒してしまった。おかげで、スカル団からも着け狙われる羽目になってしまった。なかなか気の休まる時がない。まあ、それが嫌で仕方ないかと聞かれればそんな事はないが、落ち着きのない暮らしはやはりごめんである。ではだからと言ってこの素晴らしい冒険をやめたいかと言われれば、そうでもない。しかしこの先、更に過酷さを増していく試練に、不安を覚えないかと問われれば、それも嘘になる。
「・・・家にいれば今頃・・・」
お風呂でのんびりしていれば、美味しいご飯の香りが漂って来て、今夜の食事に胸躍らせながら、そのまま訪れるなんの不安もない明日は何をしようかと、半分眠りそうになりながら考えていたものだ。家の香りが懐かしい。傷つかない毎日が愛おしい。ママに会いたい・・・。島めぐりという大冒険に決した屈したわけではないが、若干のホームシックにも悩まされているのも事実であった。
凄腕のトレーナーと呼ばれているミサキだが、まだ11歳である。普通の少女ならば、とっくに根を上げて、島めぐりをリタイアしている頃だ。実際にミサキと同年代の少年少女は、『イリマの試練』『しまキング・ハラの大試練』はどうにかクリアできるものの、『スイレンの試練』でリタイアする者が半数以上だ。そこを通り抜け、『カキの試練』で自信をつけ、自分はポケモントレーナに向いているのかも。っと握りこぶしを作った少年少女を打ち砕くのが、『マオの試練』だ。結局島めぐりに出た彼ら彼女らの殆どは、しまクイーンのライチまでたどり着けずにリタイアしてしまう。この事実から見れば、しまクイーンライチを倒し、更に次のキャプテン、マーマネの試練をも突破したミサキが、どれほどすごいのか、どれほどの注目を受けているのかわかって頂けるであろう。
バシャっとミサキは顔に水をかける。ボーーっとして、勝手に色々と話しかけてくる意識を、強制的に黙らせる。
「いよいよ次はアセロラちゃんの試練か・・・」
今日はここでテントを張り、ポケモンたちに手料理をふるまう。島めぐりも半分を終え、強いトレーナーが増えてきた。今以上に強くなるためには、ポケモンや自分を鍛えるだけではダメだ。彼ら彼女らと、より息を合わせて最高のチームワークを作り上げなければいけない。技を出すタイミング、合図、相手の動きを見切る・・・。今まで以上に初歩的なテクニックが更に高度になり、ぶつかりあう・・・。そして・・・。
「キュン?」
「あ、アシレーヌ。どうしたの?」
よほど険しい顔つきをしていたのだろう。アシレーヌは慰めるようにすり寄って来た。ククイ博士から最初に貰ったあの小さかったアシマリが、今では最終進化を迎え、パーティのエースであり、良き理解者でもあった。
「そうだね、今日はゆっくりしよ」
ミサキがアシレーヌを抱きしめる。温かくてなんだか良い香りがした。それはまるで、小さい頃、寝る前にママに抱きしめられたような感覚だった。
「ワウ」
またガーディもミサキの頬を舐めた。
「くすぐったいよ。・・・でもありがとう」
少し後ろでは、カントーの友人から貰った、この間までピジョンだったピジョットが優しくミサキを眺めていた。
「ピカピー!!ピッカ、チュウウ!!」
一方その頃、ぬしの間から少し離れた場所で、ピカチュウは不満をあらわにしていた。その内容は、この可愛い声色と表情からは、とても結びつかないようなものであった。
ここからはポケモンたちの会話は『 』でお送りする事にしよう。
『どうしたんだよピカチュウ?』
ブヒブヒと鼻を鳴らしながら、『ジョウタロウ』と名付けられたオコリザルが飛び回るピカチュウを見る。
『今日は特に落ち着きがないな』
続けてガウガウと話しかけるのはゴーリキーだ。この3人は万が一ミサキの風呂を覗こうとする者がいたり、野生ポケモンが侵入しないためのガードマンだった。
『なんでガーディは、ミサキっちと風呂に入れて、ボクは居残りなんだヨォオオオ!!!!ボクもミサキっちとお風呂に入って、ギュウとか、なでなで、とかしてもらいたいよォオオ』
『お前さん、見た目からは想像できないほどドスケベだな』っとゴーリキー。
『オスのサガだろうが。なあジョウタロウさんよ』
『ヤレヤレだぜ。おあいにく、俺は人間の♀に興味はない』
『いや♀って・・・。ゴーリキーはどうよ』
『俺はこの間、ミサキさんとお風呂入ったぞ。身体も洗って貰えたし』
ゴーリキーは何事もなかったように言う。
『要するにミサキさんの気まぐ・・・』
「ピ、カ、チュウウウウウウウウウウウ!!!!!」
『ざ け てんじゃねえぞゴルァアアア!!!!!」
ピカチュウは今にも10万ボルトをぶっ放しそうな勢いだ。
『お前の、その、そのガタイで、ミサキっちと風呂になんか入ったら、完全にR18じゃないか!!はあ、規制タグものだぞこんちくしょう!!』
『ピカチュウは人間に近い感性のもいるって言うけど、よくわからない』
お手上げと言った感じのゴーリキーの横で、ジョウタロウが『ヤレヤレだぜ』とつぶやく。
「外もにぎやかね」
一方ミサキは外にいるピカチュウ、ゴーリキー、ジョウタロウの声を聞きながら、クスリと微笑んだ。ポケモンたちが仲良くしている声を聞くと、先ほどまで胸にうずまいていた不安が、少しずつほぐれていくような感じがした。
「また明日からも頑張れる!!」
ミサキは自分を鼓舞するように叫び、握りこぶしを作るのだった。
『ミサキちゃんがポケモンの言葉をわからなくってよかったわ』
『そうね』
アシレーヌとピジョットはヤレヤレとため息を吐くのだった。すっかり身体が火照り、半分寝ているガーディには、もう誰の言葉も届いていなかった。
あとがき
ナガレボシです。まずはここまでの読んでいただき、ありがとうございました。
今回は主人公の話をリアルに描こうと考えていましたが、結局このようなかたちにまとまりました。ただホームシックなミサキに焦点を当てられて、暴走するピカチュウといったシリアスとギャグが書けて、個人的には満足しています。
それでは、ここまでのお付き合いいただきありがとうございました。