ポケットモンスター 短編集   作:ナガレボシ

4 / 5
マンタインサーフ ~自然へ返る少女~

 豊かな自然とは、その美しさで人間を魅了し、時に狂わせるものだ。それはどんな美酒よりも心を酔わせ、どんな美しいドレスに身を通すよりも、幸福感で満たされるものだ。ここアローラは、世界各国から見て田舎国であり、文明の発達が進んでいるとは言えない。しかし文明に手が付けられていない豊かな自然は、小説や映画の中で登場するそれらよりはるかに鮮明であり、身体にその偉大さを惜しげもなく伝えてくる。時にそれは残酷な凶器となり、ある時には恵の雨となる。

 

 

 マンタインサーフ。 それはこのアローラが生み出した独自のスポーツである。マンタインをサーフボードに見立てて、島から島まで波に乗り移動するというものだ。これだけ聞けばただの移動手段だが、波にのり上空に飛び上がり、そこでマンタインと共にさまざまな『技』を決める。決めた技が難しいほどに高得点が入り、景品がもらえる。アローラの人懐こいマンタインと、温暖な気候が作る暖かい海があってこそできるスポーツだ。 マンタインサーフを極めるため多くの挑戦者が海に挑み、多くの技を編み出してきた。にも関わらず、その技はどういうわけか殆ど伝わっておらず、今も尚技の伝授を求め、アローラ中を旅するサーファは多い。

 我らが主人公ミサキも、このマンタインサーフに心奪われ、ポケモン図鑑完成の旅以上に、日々、鍛錬を重ねる者の1人だった。

 

 とはいえ

 

 ミサキは最初、このスポーツが好きではなかった。単純に怖いのだ。いくらマンタインが温厚で海に落ちて助けてくれるとは言っても、足場の悪い背中に乗り、波の荒い海を渡るのだ。怖くない方がおかしい。それでもハウやククイ博士に言われるままに、しぶしぶ挑戦する事となった。 

 

 結果は散々だった。

 

 何度も海に叩き付けられるは、溺れるは、呼吸を整える前に、マンタインは動き出すは・・・。しょっぱい塩水を大量に飲んでしまい、吐き気に襲われるものの、マンタインは止まってくれず、海上で嘔吐を繰り返してしまうは・・・。上げればキリがない。 どうにか無事に沖に立った時には、並行感覚が狂い、地面が波のように揺れていた。気分が悪くすぐに眠りたかったが、打撲の痛みや胃がねじられるような気持ち悪さがそれすら許してくれなかった。

「あんなもの、もう絶対にやらない・・・」

 ポケモンセンターのベッドの中で、ミサキは吐き気と戦いながらそう決めた。 はずだった・・・。 

 しかし! 体調が良くなるにつれて、あれほど恐ろしかったマンタインサーフをまたやりたいと思う自分がいた。 驚いた。あまりの驚きで、自分で自分の気が狂ったかと疑ってしまったくらいだ。しかしそれは理屈では説明できない衝動だった。 気が付いた時にはミサキは海へ向かって走っていた。その脳裏には、昨日のマンタインサーフでの光景が鮮明に蘇っていた。マンタインと共に水しぶきをあげ、空に浮き上がるあの感覚。海の水がしぶきへと姿をかえ、その粒1つ1つが太陽を反射して、まるで宝石のように美しく輝き、素肌にぶつかり吸い込まれていくあの感触。海の青と空の青との間に挟まれ、その両方に触れる事で、自分が自然の一部へと帰っていくような、あの懐かしさ・・・。 

 それはどれも昨日体験した事なのに、昨日はまったく感じられなかったものだ。それなのに・・・。

 

(私はなんで、この感覚を、ずっと前から知ってるの・・・?)

 

 興奮で心臓が張り裂けそうなのに、それは何処か心地よかった。身体がうずき海を求めていた。あの美しさと興奮を、もう一度味わいたい。できるだけ限り一緒にいたい。 どの感情もまったく筋が通らず、理解できないものだった。同時にその『理解できない』という言葉すら、大きな力の一端でしかなかった。 

 それが自然に魅せられるという事だ。これが海に憑りつかれるという事だった。

 

 それは何もない場所に雨水が流れ込み、月日をかけて湖になるのと似ている。ミサキの本能という器に、昨日の体験が流れ込み、時間を置く事でそれは心身に浸透した。結果彼女の中の『自然な部分』が母なる海を求めて覚醒したのだ。 無論ミサキにそんな事がわかるはずがなかったが・・・。それでもミサキは、またその感覚を我が物とするために、マンタインサーフに挑むのだった。

 

 

 怖くないと言えば嘘になる。不安定なマンタインの背中に乗り、波と共に飛び上がるなんて、無謀にもほどがある。 ミサキの理性はさっきからもう何度も、危険だ無理だと訴え続けている。しかし彼女の本能がそれを常に打ち消し、書き換え続けていた。

 

(マンタインと気持ちを1つにするんだ。今のジャンプだってもう一歩だった!次はもっと高く飛んでやる! 波の動きをよくみて! 怖くたって目を背けちゃダメ! こんな揺れ全然平気!気持ちが悪いと思うから吐きそうになるんだ!)

 そこに昨日恐怖に屈した少女の面影はなかった。あるのは挑戦者の瞳をした勇敢な少女の姿だった。そして理屈が成り立たない膨大な自然からのメッセージを、その身体全体で感じようとする人間の本来あるべき姿だった。

 

 

 





 あとがき



 ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございました。
 今回はマンタインサーフです。ウルトラサン、ムーンではまった方も多いのではないでしょうか?私は基本アクションがダメですが、これはとても面白かったです。
 下手なんですがね・・・(;'∀')
 ミサキが酷い目にあったにも関わらず、体調が戻ってから「またやりたい」という発想になるまでは、私の体験談です。私は豚ラーメンを食べて気分が悪くなりましたが、良くなるとまた食べたくなりましたね。このように昨日は嫌だったのに、間を置くとまったく違った感じ方をするという体験はないでしょうか?特に20代前半くらいまでは、日々色々な価値観が姿を変えてやってくるので、毎日が新鮮であると同時にパニックの連続でしたね。
 それではここまでのおつきあい、ありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。