ルザミーネは若くして、エーテル財団代表という地位を父から受け継いだ。それは決して楽なものではなかったが、非常にやりがいのある仕事だった。
『私は、行き場の失ったすべてのポケモンたちの母となる』
元来正義感が強く、潔癖にも似た純粋さは、ルザミーネを、その気位を、神の如き高みまで押し上げた。 しかしそんな彼女にも若き乙女の燃えるような情熱には逆らえなかった。すべてのポケモンの母であるはずの自分は、一人の男に惹かれた。二人は激しく愛し合い、その中で互いが互いにとって、なくてはならない最高のパートナーとなった。
男の名はモーン。若きポケモン学者だ。ポケモンの歴史から、古い言い伝え、歪んだ時空など、その研究内容はポケモンを中心として、さまざまな分野に向けられていた。変わり者と冷やかされる事もある彼だが、自分の研究と常に真っ直ぐに向き合い、潔癖に近いほどの純粋さと炎のように燃え上がる情熱をを持ち合わせていた。 モーンとルザミーネ、2人は互いの道のために背中を押し合い、手を取り合った。時に危うい道を堂々と渡ろうとする2人に、周りはヒヤヒヤさせられたものだが、そんな視線など、若い2人にはどうでもよかった。地位、立場、財産。2人はありとあらゆるものに恵まれていたが、そのようなものに溺れる事なく、己が信じる道をただ、ただ真っ直ぐに進み続けた。
やがて2人は夫婦となり、その間には2人の子供が産まれた。男の子はグラジオ、女の子はリーリエと名付けられた。 グラジオは母譲りの高いプライドと、男の子特有の負けん気の強さを持ち合わせていた。リーリエは気が弱く、いつも何かに怯えているようだったが、時に信じられないような行動を起こし、周りを驚かせる事も多々あった。 2人の子供は良くも悪くも両親の気位の高さと、時に潔癖とまで言える純粋さを受け継いでいた。
ルザミーネは幸せだった。 財団の代表としてポケモン達と触れ合う日々、母として息子と娘に接する自分、妻として夫を支える美しい私。
「こんな日が、私が美しいって言えるこんな日が、毎日、いえ永遠に続けばいいのに・・・」
太陽の光が眩しければ眩しいほど、影はより黒いものへとなる。幸せな毎日は、ルザミーネに宿る不安を、次第に色濃く形のあるものへと育てあげていった。
そしてある日、不安を的中させるかのように事件が起こった。研究中にモーンが行方不明になったのだ。原因はポケモンが開けると言われる時空の穴を開く実験だった。モーンは時空の穴、『ウルトラホール』を開く事に成功はしたが、それを制御しきれず、穴に飲み込まれたのだという。
昨日まで当たり前だった日常が、急に色を変えた。 肌に伝わる空気は冷たく、呼吸は虚無感を身体全体に運び、まるで心を破裂させようと企んでいるように、悲しみを膨張させてきた。 だがルザミーネは泣かなかった。それはもちろん、幼い子供たちの手前でもあるだろう。しかし何より、泣くという行為を、そのプライドが許さなかった。
(私は、あの人を止める事も出来た。危ない実験をしているって知っていたのだから・・・。だから悪いのは私、美しい世界を守るために、立ち上がらなかった私が悪いの・・・。だから、今度は・・・)
状況を理解できず、それでも涙を必死で堪えるグラジオと、父親がいないという現実についていけず、すすり泣くリーリエ。 幼い子供2人にルザミーネは寄り添い、抱き寄せた。
「大丈夫。泣く必要はありません。私が、これからはどんな事があっても、あなた達を守ります」
グラジオとリーリエは、ルザミーネの強く優しい言葉から、得体のしれない恐怖を感じずにはいられなかった。同時にそれを打ち消すために、母の胸に滑り込まずにはいられなかった。
(そう、私が守らなくてはならない。私が愛するすべてを、たとえどんな手を使っても・・・。)
この世界を、私の愛するものだけで、私が美しいと感じたものだけで埋め尽くす。それがこの子たちにとっても、いえすべての人々にとっても、最高の幸せなのだから・・・。そう、美しさに差別や境界線はないのだから・・・。悲しみや怒りすらも、その領域には決して踏み込めはしないのだから・・・!
ルザミーネは、不思議と高揚し、何処か自分を取り戻したような安心感さえ覚えた。自分では気が付いていなかったが、口元は怪しくつり上がり、瞳には今までにないほどの強く、ドス黒い輝きを帯びていた。グラジオとリーリエは、その異様な雰囲気に恐怖を感じた。しかし幼い2人には、その恐怖を押し隠し、『幼い子供として、母親の胸に抱かれる』という選択しかできなかった。それが今の母親を満足させる最善の策だと、本能的に悟っていたからだ。
最後の親子を演じたその日を境に、ルザミーネは変わった。
部屋の配色をより自分好みにし、グラジオとリーリエの衣服や髪型もそろえた。財団には大量の科学者が入り、時空の穴をあけるための危険な実験が行われた。財団が保護したポケモンでルザミーネの眼にかなったものがいれば、それは冷凍保存され、彼女の私室にコレクションとして飾られた。
「美しいとものだけで、この世界を満たすのです!! それが世界を幸せにするという事なのです!! その幸せを永遠とするために、私はすべての者の母となりましょう!」
数年後、グラジオは実験で生まれたポケモン『タイプヌル』を連れて行方をくらました。後を追うようにリーリエも『コスモッグ』を連れて屋敷から逃亡した。
(あの子たちは、いったい何を考えてるのかしら。子供は親の言うことを聞いているのが一番の幸せだと言うのに)
ルザミーネはそう呟くと、部屋の隅に立てられていた、少し埃のかぶった写真を見た。それは家族4人でピクニックの時に撮った写真だった。パタンと、ルザミーネはそれを音を立てて倒した。そして冷凍保存されているポケモンが入っているカプセルに振り向き、ガラスを撫でながら怪しく微笑んだ。
「あなた達は良い子ね。そうやって何も言わず、黙って私に愛でられている姿こそ本当に美しいわ」
ポケモンは応えない。部屋は沈黙に包まれた。美しい家具が、豪勢な置物が、どことなく重く存在感を放っていた。
「私は、間違って、いない・・・。なのに・・・」
頬を伝う涙の意味が彼女には理解できなかった。 月明りに照らされたその雫は、この部屋のどんな高価な家具よりも美しかった。
あとがき
ナガレボシです。まずはここまで読んで頂き、ありがとうございます。
ルザミーネは、サンムーン、ウルトラサンムーンで、キャラが違うから書くのが難しいんですよね。しかし個人的に魅力的な女性だと思っています。狂気に染まっているようで、狂人にはなりきれない。特にウルトラサンムーンでは、ラスボスでなくなった事もあり、グラジオやリーリエを気にかける言動もチラホラ見られます。
少し私の考えを書くと、狂気に染まれるから狂人になれるというわけではないし、たとえ狂人だからといって、人の子でなくなれるわけではないのです。そういう意味ではルザミーネは、とても深く、書き応えのあるキャラでした。ちなみに彼女の戦闘曲は個人的にかなり好きです。
それでは、ここまでのおつきあい、ありがとうございました。