棺の中のスノウ・ホワイト   作:ぜっけい

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家族~General~

 翌日、GW二日目。昼過ぎ、郊外のアミューズメント施設はGWということもあって家族連れや学生たちで賑わっていた。

 

「──で、バイトだけでなく、野球をやめて今度は柔道を始めるとはなぁッ! っと、なんかあったのかぁ?」

 ガッッッキィイイン! と、豪快なスイングによって140キロの剛速球が大きく弧を描く。ホームランの的から少し離れたネットに打球は突き刺さり、少年は舌打ちする。

「まあ、な。えーとな、デッドボールでかなりやらかしちまってさぁッ! 少し……野球から離れることにしたんだよ」

 ガッキィイン! と、鋭利なスイングによって130キロの剛速球もまた弧を描く。2ベースヒットの的にあたりそこそこ派手なファンファーレが鳴り響く。

 

 施設内のバッティングセンターで、銀我は友人の米山(よねやま)陽一(よういち)と遊んでいた。2人は小学生の頃から同じ野球チームに所属し、陽一は銀我の剛速球を受け止めるキャッチャーとして……同時にスラッガーとして活躍していた。

 チームを大きく躍進させ、勝利に導いた最強コンビとして中学の頃は大暴れしたものだ。

 

「デッドボールぅ? っおらよ! 死球ならおまえ小学ンときも中学ンときもヤラかしてただろーが。ほら、上谷(かみや)のロン毛や富ヶ原(とみがはら)のスキンヘッドにさぁ」

「それは試合のことだろーが、よッっと。……ちげーんだよ、暴投して投げた先に、あー、フツウの女子がいてよぉ、あれだ、流血沙汰だぜ? ぞっとしたわ」

「うっへ~そりゃ最悪だわおまえ。んで、どうしたその子、ケガは大丈夫だったのか」

「ああ……大丈夫。痕も残ってない。……ただまあ、あれだ。そんなヘマなんかやらかした俺に野球する意味なんかあるのかーって変なこと考えだしたらなぁ……とまんなくなっちまってよ」

 

 ばきぃん、ごきぃん、と会話をしながら2人はピッチングマシーンが射出する豪速球を次々に飛ばしていく。2人のどちらかが打てば決まって大小さまざまなファンファーレが鳴り出すものだから、気づけば2人の打席の周りには観客で賑わっている。

 

「ふんッ……っと、それで今度は柔道かよ。おまえらしいけどよぉ……そんなに打てんなら打者にでも転向すりゃ良いのに」

「それこそまさかってもんだろ。オラッ……おまえに勝てねぇワザ磨いたってしょうがねぇだろヨーイチ」

「そりゃそーだが……だからって柔道選ぶかぁフツー? ギンガよぉ」

 

 銀我は4月にあった出来事と近況を、異端のことを伏せたうえで、陽一に話していた。

 ウソも混じっているが、しかし銀我の本音部分はウソではなかった。

 陽一は銀我の話を笑いながら聞いていたが、バカにしているわけではない。お互いに気心を知れた仲であるために、陽一は銀我の味わった恐怖や不安を理解していた。

 

「──ま、今日はそんなこと一旦忘れちまってよぉ。パーッと楽しみまくろうぜ」

「……ああ、そうだな。なら、次はバッティングじゃねぇのがしてぇよ。これだけやってもおまえに勝てねぇからさ」

 

 10球全てが終了。プリペイドカードと共にスコアが書かれたレシートが吐き出される。銀我も陽一も尋常でないスコアであったが、銀我のスコアより陽一のスコアの方が上回っている。……流石は現役の悠丘(ゆうきゅう)第一高校のエースといったところだ。

 振り向くと観客たちが卓越したバッター2人に拍手を送っていた。

 

 銀我は陽一と遊ぶことができて心から嬉しく感じ──そして、同時に。

 異端者(ぜつぼう)が彼らを狙っている、という可能性を忘れることなんてできなかった。

 

◆◆◆

 

 一通りの遊戯を堪能し、施設を出ると辺りはすっかり夕暮れになっていた。

 ピッチング(これは銀我が圧勝した)やボーリングだの、ゲーセンのエアホッケーやレーシングゲームだの、カラオケだの、その他様々なアミューズメントを銀我と陽一は堪能した。

 施設を出た銀我はソーダ(陽一が奢ったもの)を、陽一はコーラ(これは銀我が奢ったもの)を片手にバスに乗る。

 

「ちっ、野球をやめたくせに全然バケモンみてぇな球を投げんじゃねぇかよ。お陰でソーダを奢る羽目になったぜチクショー」

「俺もボーリングで負けておまえにコーラを奢っただろーがよ。お相子なんだから文句を言うんじゃねぇよバカ」

 

 悠丘(ゆうきゅう)地区の見慣れた町並みを眺めながらバスは市街地の方へと進んでいく。

 少し温くなったソーダは銀我の喉に刺激と爽やかな甘さを焼き付ける。

 

「そういえば、千鶴さんは元気にしているのか。今日、世話んなることちゃんと言ってるんだよな」

「おう、ちゃんと言ってあるぜ。昨日電話で言った通りオカンもオヤジも英二もおまえに会えることを楽しみにしてるぜ。英二なんかゲームで勝つんだって意気込んでさぁ、昨日なんか夜ふかししてでも練習しようとしてオカンに怒られていたぜ」

「あっははは……なら、ギン兄ちゃんは本気で相手しねぇとダメだな」

 

 バスの中でも会話は弾んだ。

 高校が別で、こうして会うのはほとんど一ヶ月ぶりだというのに、まるで昨日ぶりのような感覚で銀我は陽一と楽しい時間(不安のないわけではないが)を過ごせている。それが、銀我は嬉しかった。そして、万が一の可能性を無視できなくなった。

 

 ──銀我と陽一は小学校の頃からの友人だ。

 中学に上がる頃……正しくは、銀我の母が死に、上沢家が崩壊するまで……はよく銀我は陽一の家に遊びに行っていたし、逆に陽一が銀我の家に遊びに来ることも……ときには弟の英二も連れて来たこともあった。

 

 中学に上がってからは少し様子が変わる。銀我がよく米山家にお世話になるようになったのだ。理由は上述したように家庭の崩壊だ。銀我の母が死に、息子に関心を持たない父のせいで銀我はネグレクトの被害にあっていた。別に放置しているとはいえ父は金を出すし、その頃には銀我も多少の家事の心得はあるから生活はできる。

 だが、たかが中学生にできることは限られている。どんどん荒んでいく銀我を心配し、陽一の母……千鶴(ちづる)さんが銀我をよく家に招くようになったのだ。

 

 当時の銀我にとって、米山家は逃げ場というよりもう一つの家……心温もる場所だった。

 野球部の活動を終えて陽一と一緒に帰り、そしてエプロン姿の千鶴さんが笑顔で迎えてくれる。

 父の(ひろむ)さんは厳しくも、尊敬できる大人として自分の息子だけでなく銀我もよく見て導こうとしていた。弟の英二は生意気だが銀我によく懐き、ギン兄ちゃんなんて呼んで銀我と一緒によくテレビゲームをしていた。

 そんな米山家の日々は中学生の頃の銀我に間違いなく救いになっていた。

 高校に進学し、異端の事件に巻き込まれたことで少し疎遠になっていたが、あの日々は”異端”という非常識に巻き込まれてもなお断絶すること無く自分の中に続いている。

 ──その事実だけで、銀我は心がいっぱいになった。

 

 それを喪うことだけは、絶対に防ぐ──そんな覚悟を改めて自覚する。

 

「だからまあ──なんか悩んでいることとか、困っていることがあったら俺達に頼れよ」

「…………ああ、そのときは頼るさ」

 このことは、異端のことは絶対に巻き込まない。

 言葉とは裏腹の真実は、やはり銀我の心に暗い影を落としていた。

 

 ……バスが停車する。バス停から六分も歩けば陽一の家はあった。

 米山家に着く頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。

 

「──いらっしゃい! お久しぶりね」

「久しぶりです、千鶴さん。……本日は、お世話になります」

 

 玄関を開けると千鶴さんが迎えてくれた。

 朗らかでおおらかな微笑み。夏子さんとはまた別の余裕を持った大人の姿だ。

 エプロン姿のままなところを見るに、夕飯の支度をしている最中だったのだろう。

 

「そんな他人行儀しなくて良いって言っているじゃないの~。あ、もしかしてまた背が伸びた感じじゃないの?」

「そんな一,二ヶ月で背は変わらないっすよ千鶴さん……」

「んなことより今日の夕飯は何だよ母さん」

「カレーよヨウちゃん。二人とも手洗いうがいしたら夕飯の支度手伝ってくれる?」

「へいへい、っと。んじゃあ、銀我はゆっくりしてくれよ」

「ああ、いつも通りに、な」

 

 玄関の扉を閉めると、キッチンからのいい匂いを強く感じられる。

 カレーの匂いだ。銀我にとって、千鶴さんのカレーは好物の一つで、いわゆる家庭の味とも言っても過言ではない。隠し味にケチャップを仕込み、酸味の効いた中辛のカレーはスプーンを動かす手が止まらなくなる絶品なのだ。

 

「あっギン兄ちゃんだ! おりゃあっ」

「うおっエージか! 久しぶりだな~!」

 リビングに入ると少年が銀我の腰にタックルしてきた。

 米山英二だ。陽一の年の離れた弟で、よく一緒に遊んだり宿題を教えてやったりしていた。

「うっわ、ギン兄ちゃん全然ビクともしねぇ……パパはこれでぶっ倒れたのに」

「こいつ柔道始めたんだってよ。足腰の強さは前よりやべぇ」

「えっそうなのギン兄ちゃん!?」

「まあ、な。それで、これが柔道の奥義ッ抱え落としだ~!」

「うわっ、あはははは!!」

 

 英二の両脇を掴んで持ち上げる。いわゆる、たかいたかいだ。小学四年生を持ち上げるのは難しいかと思ったが、存外楽勝だった。とはいえ、真白より重たく感じるあたり、真白の儚さが分かる。ゆっさゆっさと上げ下げするたびに、英二はきゃあきゃあと嬉しそうにはしゃぐ。

 

「抱え落としってなんだよ……それで、母さん。俺らは何をすれば良いんだ?」

「とりあえず食器を並べてくれる? ギンちゃんの食器も忘れないでね」

「分かってるってーの。おい英二ぃ、おまえも手伝えよ」

「え~。どうしよっかなぁ。あとで兄ちゃんもやってくれる?」

「おうおう100回でも200回でも”抱え落とし”をやってやるよ」

「マジ? やったぁ!」

 

 言質をとった英二は銀我の手から飛び降り喜び勇んでキッチンに向かいお手伝いを始める。それを呆れた表情で陽一が見守りながら、落としかけたコップを掴んでお盆に戻す。

 

「あ、ギンちゃんは鍋の様子を見てくれるかしら? 適宜、混ぜてくれると助かるわ」

「わかりました。手伝います」

 もちろん、銀我も手伝う。お玉を混ぜれば、とろみの強いカレーが鍋の中でぐるんと混ざる。いい香りで、グゥと銀我の腹の虫も暴れ出す。

 

「おお、銀我か! 久しぶりだな!」

「あ、拓さん。お世話になります」

「いいさいいさ。存分にくつろぎなさい。……しっかしでっかくなったなぁ銀我ぁ!」

「そんな変わってませんって……」

 恰幅の良い初老の男性がリビングに現れる。米山(ひろむ)、この家の大黒柱だ。たいてい、いつも仕事で忙しそうだが、GWなこともあって今日は家でゆっくりしていたようだ。

 

「いやいや、背丈もそうだが、しばらく見ないうちに男の顔になったんじゃないのか、えぇ?」

「……そうっすかね。そうだったら嬉しいっす」

「まあ、俺に比べればまだまだガキだがな。ぐわはっは、時間はあるんだ。ゆっくり成長して大きくなれよぉ。陽一、おまえもしっかりしろよ!」

「うっす、精進します!」

「うっせ。分かってるってぇの」

 

 拓さんは、身一つで大きな企業で出世しまくった自負があるからか、銀我と陽一のどちらにも期待を寄せている。そのせいで説教臭いきらいがあるものの、父親にこうも強く言われる経験すらほとんどない銀我にとっては、生きる指針の一つになる。

 拓さんは、銀我にとってやはり尊敬する大人の一人なのだ。

 

「カレー、もう良いですかね」

「ええ、もういい具合よ。じゃあ、ご飯をよそうから、順番にお願いするわ」

「うっす。わかりました」

 

 カレーも完成した。久々の賑やかな食卓に、銀我は思わず笑顔が溢れてしかたなかった。

 

 

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