棺の中のスノウ・ホワイト   作:ぜっけい

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熱帯夜~Hänsel~

 ……食事も終わり、風呂も入ったあとはゲーム大会が開かれた。

 ゲームはいつも通りのバトスマ……人気ゲームのキャラクターが集う格闘ゲーム……をプレイ。英二は最近ガチ対戦にハマっているらしく、アイテム禁止の実力勝負に白熱していた。

 

「ふわぁ……」

「ん、英二もう眠くなったか。子どもはもう寝る時間だからなぁ」

「まだ眠くねぇし。おれは……もう、子どもじゃないし、オトナだしぃ……もっかいバトスマで勝つまで……やめねぇし」

「あー、じゃあ早く寝ないと”抱え落とし”二度としないぞ~」

「うっ……うぅ、でも、そんなのしてくれなくなったってへいきだし……」

 

 時刻はもう11時過ぎだ。GWで久々の銀我のお泊りとあって米山夫妻は子どもの夜ふかしを許容していたが、親のしつけと英二の眠気の両方の面で、そろそろ限界だろう。

 しかし、うつらうつらと船を漕ぎながらも、英二はゲームをやめようとしなかった。焚書官だとか異端云々は別として、寝不足が理由で英二の体調が崩れたりするのは兄貴分である銀我としても良しと言えるものではない。

 

「良いのかぁ? そろそろ眠らねぇと昨日みてぇに親父もキレるぞ、母さんもだぜ?」

「だからっ! まだ眠くねぇし……父さんも母さんに叱られたって平気だし。もっかいバトスマで勝つまで……やめねぇし」

「──ほう、誰が怖くないって?」

 

 ひっ、と小さく悲鳴をあげながら英二が振り向くとリビングの入口に拓さんが仁王立ちしていた。その背には般若が浮かんでおり、ふつふつと怒りのオーラで英二を圧す。

 ……こっそりスマホで拓さんを呼ぶのは正解だった。子どもにはやはり兄弟や兄貴分より親の強権が一番なのだ。

 

「……そういうわけだ」

「年貢の納め時だ、英二」

「兄ちゃん!? ギン兄ちゃん!? 裏切るの!?」

「裏切りではない、大人の責務……その一つを2人は理解しているだけだぁ」

 英二の両脇を銀我と陽一はそれぞれ抱え(まるで捕まった小さな宇宙人のように)、暴れる英二を拓さんに引き渡す。

 

「ぎゃっ。~っ! オレはまだ遊びたいんだよ父さん!」

「だからとて親は子どもの夜ふかしを咎めぬわけにはいかんのでな。英二はもう寝かすぞ」

「……うっす」

「おまえたちも早く寝るように。遊ぶのは良いが、寝不足がどれだけ身体に悪いか知らぬわけでもないだろう」

「うーっす」

「それではふたりともおやすみ。英二も言えるね?」

「ちぇ……おやすみぃ。兄ちゃん、ギン兄ちゃん」

「おう、おやすみな。続きはまた明日やろうぜ」

「っ、絶対だよ! 絶対だからな!」

 

 ゲームの約束を取り付け笑顔を浮かべた英二は、拓さんに俵のように抱えられ二階の寝室にドナドナされていく。……そういえば、そろそろ自分の部屋で寝たいと英二は訴えているそうだが、まだベッドの用意が出来てないそうで夏休みまで夫妻の寝室で一緒に眠るらしい。

 一人で寝ることを大人への一歩へと考えているのだろう。その気持ちこそ察すれど、親との繋がりが突然に希薄となってしまった銀我にはあまりピンとこないワガママだった。

 

「さて、俺らもそろそろ寝るかぁ? ちっと早すぎる気もするが」

「そうだな、12時くらいまで駄弁りながらゲームする方向で。しっかし、英二のヤツ随分ゲームが上手くなってたな」

「そうだな。英二のやつ、ネットでコツやプロの動画なんか見てたぜ。あいつなりに特訓してたんだろ」

 

 つい最近までほとんど銀我は英二を完封し、銀我の大人気のなさに見かねた陽一が英二と協力して戦い始めるのが常だった。しかし、今日は英二に銀我は3回に1回の割合で撃墜された。陽一も手助けは不要と判断したか、パワーファイターで戦場を荒らす彼本来のプレイングに走っていた。

 英二は最近の子どもらしく、動画サイトなんかでコンボや裏技を学習しているのか……銀我はバトスマに覚えはあるつもりだったが、この様子じゃ英二に追い越されるのは時間の問題だ。

 

「もうちょい特訓するかぁ……」

「おういいぜ、野球か? 柔道か?」

「ちげーよゲームにだよ。英二のヤツに負けてらんねーからな」

「そうだな、俺もここんとこ英二に負けっぱなしでよ。おかげで俺の兄の威厳も下落の一方で困るぜ」

「おまえに威厳? いつからあったんだよサボり魔」

「うっせ、反面教師も兄の威厳の内なんだよ分かるかぁ!?」

「わっかんねーよバカ」

 

 ゲラゲラ駄弁りながら銀我と陽一はゲームを続ける。

 昔のように笑いながらゲームをするのは実に楽しい。勝てば嬉しいし、負ければ悔しさを味わい次の戦いへのやる気が燃え上がる。たかが一時間なんて、昔一緒に遊んだ時と同じように、一瞬で過ぎていく。

 

「──ン、もう12時過ぎてんじゃねぇか。流石に次で最後か」

「マジか。ま、続きは明日やればいいしなぁ」

 

 最後の一戦、銀我は愛用の剣士を選び、陽一は魔王を選ぶ。

 

「てめっ、チクチクしてくんじゃねぇうざってぇ!」

「うるせーこいつはこれが一番強いんだよ。オラよボム!」

「はーっふざけんなコノヤロー! こうなったらドロップキックぶち込んでやらぁ!!」

 

 ──トトトっ

 

「……あ?」

 

 突然の異音に銀我の手が止まる。突然無防備になったキャラクターは無抵抗に場外に吹き飛んでいく。ゲームセット、最後の一戦にも関わらずあっけない幕引き。

 負けず嫌いな銀我は普段であれば再戦を要求していたが、しかし、ゲームの結果にはまったく気にせず天井を見上げる。

 

「どうした銀我? 突然手ぇ止めて天井なんか見上げてよぉ。なんかハエでもいたか?」

「いや、今トトトって変な音がしてさ……この家にネズミとかいねぇよな?」

「はぁ? そんなのいねぇよ。なんかの聞き間違いじゃねぇのか。てか、やっぱもう一回やろうぜ、こんな決着じゃつまんねぇよ」

 

 陽一はそう言ってゲームのコントローラーを握り直す。だが、もう銀我はゲームなんてやっている場合じゃなかった。

 

 ──天井はなんの変哲もない。LEDの照明が眩しい白い天井だ。

 しかし、ゲームのBGMや効果音に紛れてしまいかねないほど幽かに、けれど確かに、天井から小石が散らばるような音がした。

 どくん、どくんと心臓が跳ね上がる。嫌な可能性が、万に一つの絶望が迫ってくる気がしてしかたない。

 

「それよか、なんか暑くねぇか? エアコンつけようぜ」

「……暑い?」

 

 その言葉を聞いて銀我は困惑した。

 時期は5月。ついさっきまでゲームで白熱していたとはいえ、エアコンが必要になるほど室温は高くないはずだ。

 しかし、陽一を見れば彼の寝間着は確かに汗でじっとりと濡れていた。まるで真夏日に外に放り出されたかのような姿だ。一方の銀我は少し汗ばんではいるものの彼ほどは汗に濡れてはいない。

 ……おかしい。

 

 ──トトトっトトトっ

 

「あれ? エアコンがつかねぇな」

 陽一はエアコンのリモコンを操作してエアコンをつけようとするが、手元のリモコンはうんともすんとも言わない。

「……壊れたのか?」

「まさか、おまえも去年の秋に買い替えたばかりってこと知ってるだろ。家電が一年も待たずに壊れるわけねぇだろ……あ」

 パキっ、と軽い音をしてリモコンが壊れた。砂糖菓子のように、あっけなく、脆く、ボタンや乾電池をあたりに散らす。パラパラと、細かい破片がほんのり甘い香りとともにフローリングに落ちる。

 買い替えたばかりのエアコンの停止、そして菓子のようにあっけなく崩れたリモコン。

 ……おかしい。

 

 ──トトトっトトトっトトトっ

 

 小石を散らすような音が止まらない。いや、どんどん明確に、強くなっている。

 これは間違いない、異端だ。陽一の家族が、異端者に狙われているのだ。

 

「ウソだろ……クソ、どこにいる!? いや、違う真白に連絡を……っ、逃げろ陽一! ……早くしねぇと死んじまう!」

「あ、どうしたんだ銀我!? 何の話だ!?」

「おまえが、おまえの家族がヤバいんだよ! 今すぐ家を出ねぇと……クソッ!」

 

 銀我の豹変に陽一は困惑する。が、銀我は構う所ではなかった。懐からスマホを取り出しながら銀我は陽一の腕を掴んで庭に続く大窓に駆け寄る。

 米山夫妻や英二のことも心配だし、早く助けに行かなければいけないが、今確実に助けられるのは陽一だ。陽一のダラダラと汗で湿った陽一の身体、明らかに体温が高く異常を感じて仕方がない。

 急ぐ。この家が今まさに迷宮(ラビュリス)というものに変貌している。早く真白に連絡しないと、大事な人達が助からなくなってしまう!!

 その使命感に突き動かされるままに銀我はスマホを起動させる。パスコードを入力する手間が、アプリの暗証番号を入力する手間が酷く煩わしかった。スマホからの呼び出し音が酷く鈍く感じた。

 ……幸いなのは陽一が銀我の尋常ではない気配を感じて大人しく着いてくれることだけだった。

 

「なんだ、なんの話を言っているんだ銀我!? まさか火事でも起きているっていうのか!? だったら、早くオヤジたちを助けに行ったほうがいいだろっ」

「それはそうだが、おまえにはできねぇ! 頼むからお前だけでも──『……もしもし?』ッ真白か!? 頼む急いでこっちに来てくれ! 異端者(グリム)が──……」

 肩でスマホを抑えながら大窓の鍵を開けて汗を散らせながら叫ぶ陽一を外に放り出そうとする。

 せめて、一人を救う。それに、守る数が一つでも少ないほうが、後々の真白の戦いが楽になるはず──そういう考えで動くが、しかし。

 

「はァ──クソ、がよォ!!」

『……もしもし、カミサワくん? どうしたの』

 

 大窓を開けてもそこに庭はなかった。暗い夜の往来は見えず、ただただどこまでも飴の窓が壁となって魔女の家から逃げ出すものを閉じ込めていた。どれだけ銀我が飴の壁を蹴っても、割れることはない。さながら鋼鉄の檻となって家の中を密閉している。

 

 もはや、言い訳の余地はない。逃避の余地もない。逃げ場所は真実、どこにもない。

 

「異端者だ。陽一の家に異端者が現れたッ!!」

『場所は悠丘ね。少し待っていて、今すぐ駆けつけるから……死なないで』

 

 ──トトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっトトトっ

 

 プツ、と通話が途切れる。ツーツーとスマホの音が掻き消えるほど明確になった物音は、まったく止まる気配はない。天井の一部からしか聞こえなかった音はいつしか天井を埋め尽くすほどの、明確な異音となって空間を揺らしていた。

 小石が散らばるような……いや、違う。

「骨が、散らばる音……?」

 昔、母の遺骨を箸からこぼしたときに聞いた軽くて硬い音、そのものだった。

 

 そして──どろり、と生クリームのように濃密な甘い香りに、同時に水槽の中と勘違いしてしまいそうになるほど湿気った空気。異端による現実の侵食が一瞬のうちに終了した。

 飴細工の窓だけでない。壁はクッキー、扉はチョコレート、テーブルはドーナツに、クッションはマシュマロに……そう、絵本から飛び出してきたかのようなメルヘンな空間に瞬きのうちに変貌していた。

 

「なんだよ、これ……夢じゃねぇんだよな? なんでウチがお菓子の家になってんだよ……!?」

 

 この異常な飴の窓──いや、部屋そのものがお菓子の家に変貌したことで陽一もこれが火事や強盗なんて常識の侵略ではなく、ナニカ非常識による襲撃であることを察する。

 

「──あーあ、いけないんだぁ。よふかししたら、おばけがでちゃうのよ?」 

 

 声がした。背中、リビングの扉……チョコレートに変わっていた扉の前にいつの間にか小さな少女……いや、幼女がクツクツと笑いながら立っていた。

 銀我は驚く。その幼女が真白や英二のような小学生の体格よりずっと小さい……ともすれば保育園児程度にしか見えなかったからだ。毛先が酷く荒れた髪の毛に、幽霊じみた白い肌、着ている服は数年前の変身ヒロインがプリントされたパジャマだ。

 

「しってる? しょくじのとちゅうでね、そとにでるのはいけないのよ?」

「おまえ、おまえが異端者(グリム)なのか?」

「グリム? さっきからなにを言ってんだよ銀我ぁ! あの女の子は知り合い……いや、この異常事態の犯人なのか!? どういうことだよ!!?」

「せいかい! でもね、あなたはスープなのよ。なべのなかでね、かきまぜられるお肉のスープなの!」

 

 ──あなたはもう、にえて

 

「うぐぅ! 暑っ……お菓子の家でサウナかよっ!?」

 その言葉で、コンロの火勢が増す。異端に対する耐性を持つ銀我も感じられるほどに家の中の暑さが増していた。例えるならサウナか真夏日といったところか……一般人なら数十分もいれば熱中症や高体温症で命の危機になる。そして、銀我が暑さを感じたということは、陽一はそれ以上の熱を感じているということだ。

 

「あ、ぐぅう……なんだ、なんだよ……いったい……ク、そっ」

「陽一!? 陽一大丈夫か!?」

 

 突然がくん、と陽一が倒れる。吹き出る汗のせいで陽一を掴んでいた手がずるりと外れる。

 陽一の手足の先は痙攣し、顔は異常に赤くなって火照っている。熱中症だ、この暑さにとうとう限界を迎えたのだ。

 

 銀我はなんとなく察する。

 この異端者の”捕食”とはつまり、調理なのだ、と。

 迷宮(ラビュリス)という逃げ場のない鍋とこの真夏日のような熱を使って、じっくりと丁寧に人体をドロドロのスープになるまで腐敗させていく──そう、ヘンゼルを食べるために火を焚く魔女のように。

 

「おにいちゃんはまだへいきなんだね。なんでだろう?」

「……これでも焚書官だからな」

「なにそれ、みっちゃんにはわかんない……まあ、いっか

 ぜーんぶ、ぜーんぶ、ぐつぐつにしてしまえばいいもね!!」

 

 ごぽり、と音をたてて幼女の中身が裏返る。ドロドロに溶解し、皮膚を内に、肉と骨を表にするグロテスクな変貌。

 その姿はテディベア、肉を布に、骨を縫い目に、皮膚と体毛を綿にした異形の熊が笑い出す。

 舌の足りないあどけない声だが、そこにあるのは絶望だけだった。ただ、ただ、救いようのない怪物が目の前にいた。

 

「ダカラ──イタダキマァアスッ」

 

 その言葉で異端が決壊した。肉は腐るもの、あのベッドの上の屍のように──異端者の腕が液状に溶解して投網のように広がって倒れた陽一と銀我を捕まえようとする。

 

「ッ──ちくしょうッ」

 

 銀我は咄嗟に身を投げ出し陽一の盾となろうとする。異端能力という剣がない銀我にできることはそれくらいであった。

 明確な死が目前に迫る。昨日に何度も見たベッドの上のドロドロに溶解した家族の屍を想起する──酷い死だ。

 せめて、真白たちが間に合うことだけを祈りながら銀我は目を閉じ──

 

 ひゅっ、と、どこからか銀我の首筋に細い糸状のものが巻き付く。

 

「鏡よ鏡、世界(いのち)を映せ──ッ!!」

「──ギャアアアッ!!」

「……えっ」

 

 バリンッ!! という鏡が砕ける轟音と共に、夜の少女が魔女の家に舞い降りる。

 異形の熊はドロドロと腐敗した肉片を撒き散らしながら少女の銀の一瞥で消滅する。

 

「……待たせたわね」

「真白……? どうして」

 

 かつん、とブーツがクッキーの床を踏みしめる。

 黒い長髪、漆黒のドレス、銀の瞳は満月のように異端を照らす。

 ──焚書官”鏡の射手”、加賀美真白がそこにいた。

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