棺の中のスノウ・ホワイト   作:ぜっけい

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決意~Boiling~

 ──銀に輝く右腕を、銀我はゆっくりとおろす。

「これで……終わったのか」

 確認するように、銀我は呟く。

 左右を見渡す限り、異端者の気配はどこにもない。

 ただ、瓦礫の山とびゅうと静かに夜風が頬を撫でるだけである。

 

「ふぅ……っうお!? なんだよこの重さ!?」

 終わったと、ふつ、と緊張の糸が途切れた瞬間、銀我の右肩にはずっしりとした質量に困惑する。

 がくん、と右膝が折れて右腕を瓦礫の山に叩きつける。ガシャン! と、着いた手の勢いと重さで瓦割りのごとくコンクリートや木材が砕ける。……なんて威力だ、こんな力はやすやすと振るって良いものではないと、銀我は冷や汗を流す。

 

「はぁ、はぁ、でも……重さそのものは10キロくらい、か? ちょっと気合入れればなんとでもなるか」

 

 銀我の異端、後に”銀腕”と呼ばれる力は彼の手と腕の皮膚を純銀に置換するものだ。銀という金属が有する”退魔”の概念と、その冷たい質量で異端者を殴り穿つ力。銀我の言う通り、今の彼の右腕には10キログラム程度の重量がのしかかっている。重さそのものはトレーニング用のウェイトと大差はないが、しかし手が通常の10倍以上の重さとなって肉体そのものに繋がっている。銀我の右肩は悲鳴をあげ、背骨もそれにつられて傾いてさえいるようだ。

 そして、力。銀という退魔の貴金属によって象られた拳は異端を容赦なく粉砕する。それは、かつて人であったモノを殺すための力であることを意味する。死を背負うこと……その重さを、銀の腕は冷たく告げている。

 

「っ……ふぅ。支えてみせる。そのために、俺は……!」

 銀我は両足でなんとか踏ん張り、立ち上がる。重さなら踏ん張れば支えられるもの。この重さは背負って見せるが、真白のことも気がかりである。

 よたよたと、情けない格好で瓦礫の上を歩き、真白が潰されている瓦礫の側まで近づく。

 

「……真白、おい真白!! 大丈夫か!?」

 

 あれほど飛び散っていた鮮血はもうなかった。木材にへばり付いていた脳の中身も綺麗さっぱり消失している。頭だけを瓦礫から出した真白はぼう、とした生気の抜けた顔をしていた。

 

「真白! 今すぐ助けてやるからな!」

「……おねがい、するわ」

「任せろ! 今すぐやってやらぁ」

 

 銀の腕の重さは難儀だが、しかしその膂力は異端者(グリム)を消し飛ばすに足りるほど。数十数百キログラムの瓦礫さえ、難なく持ち上げることができた。

 

「真白! うご、ける……かぁ」

「ありがとう。少し、支えていて」

 

 もぞもぞ、と銀我の支えて僅かに空いた隙間から真白が這い出てくる。

 瓦礫に潰されたせいで、真白の着ていたゴシックロリータのドレスは幾つか穴が、とくにお腹のあたりはパイプかなにかに刺し貫かれていたのか握り拳くらいの大きさの穴が空いていた。衣服の破れからは真白のミルク色の白い肌がちらりと見える。どこにも血や痣はまったく見えない。

 だが、それでも真白の左目は夜闇のようにがらんの空洞になっている。義眼が砕かれてしまったせいだ、銀我はもう少し早く駆けつけていれば……と後悔を滲ませる。

 

 そのことを謝ろうと、もっと早く助けに来るべきだったと銀我が謝ろうとしたときだ。

 

「っ……いや」

 

 瓦礫から出た真白は息を乱す。

 肌に触れる冷たい空気にその小さな身体が震えだす。

 異端を短時間に何度も使用したことによる精神の負担と、過去の記憶の想起。

 髪に飛び散った液、顔を舐めるケダモノめいた吐息──この一夜に積み重なった過去の恐怖が真白の身体を侵食していた。

 

「どうした真白、なにかケガでもしたのか!?」

「っちがうわ、けど……わたしを見ないで……お願い」

 

 手を差し伸ばそうとした銀我は、その真白の言葉で静止した。

 普段の氷のように冷たく、ガラスのように無感動な真白とは真逆の弱々しい姿に困惑したのは確か。

 真白がこんなに弱く見えるほど追い詰めさせてしまった自分への怒りも確か。

 それ以上に、真白の恐怖をどう収めれば良いのか一生懸命考えようとしたのが、一番の理由。

 

「あーえっと、よく分かんねーけどよぉ。俺は何っにも見てねぇから! 寒いんならこれでも着ろてろよ、真白」

 結論は、バカだった。照れとか寒さとか、あるいは見せたくない場所が見えてしまっているのかと想像して、それを解決する一番の答えがジャージの上着を投げ渡すことだった。

 ……じんわりと、体温の低い真白の身体に人肌の温もりがかかる。感覚の鈍い真白だが、この温かさは不思議としっかりと感じることができた。震えが収まる、こんな簡単なことで恐怖が和らぐなんて真白はずっと知らなかった。

 

「……ありがとう。少し、落ち着いたわ」

「おう、次に事務所で会ったら返してくれればいいぜ」

 

 真白はゆっくりと立ち上がり、ドレスの上からジャージに袖を通す。大人と子どもほどの体格差故に銀我のジャージは真白にとってオーバーサイズも良いところだ。真白は少し不思議な気分になって、ほんの少し口角をあげる。

 ジャージを羽織った真白は懐から眼帯を取り出し、空洞の左目を隠す。ぱちん、と留め具の音を聞いて銀我はようやくこの事件が終わったのだと安堵した。

 

「あ……腕が軽くなった。いつの間に……」

 

 ふぅ、と息を吐くと同時に銀我の右腕は銀から普通の薄橙色の素肌に戻っていた。軽く腕を振るが、あのような重さは霞のように消えていた。自分の力であるにも関わらず、どうして発動して、どうして解除されたのか銀我にはイマイチ分からなかった。

 

「……たぶん、緊張の糸が途切れたのが原因ね。異端を発動するには相応の集中力が必要だもの、気を抜いて腑抜けていたら維持するのも難しいわ。これからしばらくは、異端を任意で発動する修練と、意識して解除できるようにするのが課題かもしれないわね」

「そっか……なら、頑張るか」

 

 そう銀我が右手を握りしめながら頷くと、同時に強い光と車の走行音が聞こえてきた。

 視線を向けると、道路には見覚えのある軽自動車……昨日銀我らが乗っていた夏子の車が目の前で停車した。

 

「おい真白ォ! ……それと銀我ァ! 無事かァ!?」

「玄馬さん、声が大きいですよ? いくら猿渡兄弟がいたとしても、ご近所迷惑は考えるべきです」

「そうは言ってもだなぁ、夏子……ちったぁ心配するのは道理だろうが」

 

 かつん、かつんと杖をつきながら玄馬さんが足早に銀我らのいる瓦礫に歩いてくる。夏子は玄馬の焦り様を窘めながら、やはり彼女も心配そうな顔をしながら瓦礫の山に視線を向けていた。

 

「……ええ、無事よ。銀我もちゃんとここにいるわ」

「……なぜ銀我の服を着てんだ真白ォ」

「彼の優しさよ。玄馬さんと同じことをして、少しおかしかったわ」

「まあ……おまえが良いなら良いさ」

 くすり、と笑う真白の姿にグゥ、と玄馬は唸る。自分と銀我を同列扱いされて面白くなかったのだろうか。

 

「……見ての通り、俺も無事っす。……ところで、なんで俺呼ぶのちょっと間があったんすか」

「複雑な男心だ、悪いな……さて、猿渡兄弟は既に現着してこの騒動を隠蔽している。あと少しで救急車も着くはずだ。それと、銀我。被害者一族はどこにいる」

「えっと……ニ階の寝室です。あの、形の保った家の塊の部分に……」

「そうか。夏子、おまえは救助のほうに迎え」

「わかりました。玄馬さんは2人の方をお願いします」

 

 玄馬さんの後ろにいた夏子さんは救急箱を片手にスタスタと、瓦礫の上で不安定な足場を危なげなく進み、陽一らのいる部屋へ向かっていく。

 陽一たちの無惨な姿を思い出す。陽一は心が、夫妻と英二は肉体に深刻な傷を負った。その上、異端による魂の変質がどうなってしまうのか……異端者が死ねばその変容も終わるのか、銀我はまだ知らなかった。

 

「でだ、銀我。おまえも異端に目覚めたのか?」

「っ、はい。俺の腕が銀になって、こう……異端者をブワァアって消し飛ばして……ついさっき元に戻ったんすよ」

 銀我の下手な説明を玄馬は真面目な顔で聞く。

「そうか。なら、真白に聞いていると思うが、次の修練は異端を我が物とすることだ。早ければ明日からするが……いいな?」

「はい、よろしくお願いしますッ」

 

 玄馬は銀我の頭に手を乗せる。固く、険しく、そして冷たい手のひら。そこにいったいどれだけの戦があったのか。その技術(けいけん)を知ることができれば、俺は真白を、みんなを、すべてを守れて……今日みたいに、無力なままで地獄を傍観することを無くせるのか、と銀我は思う。

 

 ──サイレンも鳴らさずに、救急車が一台往来に止まる。白い車体は夜闇に浮かんで幽霊のようだ。サイレンの明かりも音もないせいでそのイメージは加速していた。

「救急車も来たようだな。真白、銀我、おまえらは先に車に乗っておけ、小鳥遊の隠蔽が済んだらこの事件は終わりだ」

「……分かった。けど、陽一に会ってからでもいいっすか」

「友か……言っていたもんな、分かった。行って来い」

「はいっ」

 

 精神的にも肉体的にも疲弊した身体にむち打ち、銀我は陽一らの待つ寝室の残骸に駆け出した。

 玄馬はその背を、憐れむように眺めていた。

 

 

 

 ──救急隊員と共に、銀我は寝室に入り込んだ。

 寝室のフローリングには包帯を巻かれて処置された米山夫妻と英二がいた。四肢を腐らされた英二に至っては首から下はほとんどミノムシのように包帯でぐるぐる巻きだった。……未だ残る腐敗臭が、この場であった惨劇を想起させる。

 陽一は、夏子さんからなにか説明を受けたのか頭を深く下げ項垂れていた。

 

「生存者確認ッ、担架で救急車まで運ぶぞ! 夏子さん、ありがとうございます」

「いえ……私にできることはこれくらいですから……あとはよろしくお願いします」

「っ、きみは動けるな? 銀我くん、かれを救急車まで案内してもらっていいか?」

「はい、任せてください!」

 

 救急隊員は夫妻と英二を担架に乗せて、次々に彼らを救急車に乗せていく。その手際の良さは一流のソレであり、同時に異端という異常現象に戸惑わないほどの経験を感じさせた。

 銀我も任された役割を果たそうと、陽一のところに駆け寄る。

 

「陽一、もう大丈夫だ! 異端者(グリム)なら、俺がぶっ飛ばした!」

「そうか、おまえ……すげぇな」

 

 陽一は顔をあげる。

 その顔には、深い絶望がくっきりと刻まれていた。

 

「聞いたよ。異端者(グリム)ってのは、もとは人間なんだってな……人間が絶望したり、あるいは被害にあったらそうなっちまうって。なあ、銀我……教えてくれよ、俺の家族がどうなるのかさぁ」

「っ……分からない。だけど、俺はそうはならなかった。おまえの家族だってきっと」

「きっとだぁ!? ふざけんなよ、おまえっおまえ……! 手足があるくせに、よくそんなことを……ッ! 結局、みんながそうなっちまう可能性があるってことじゃねぇか! あの怪物みてぇに殺されっちまう可能性も……あるんだよッ! そうだ……おまえ、そんな力があるなら、どうしてもっと早く……ッ! 助けてくれなかったんだよォッ!!」

「うぐっ、ッでも!」

 

 陽一は絶望のままに銀我に飛びかかり、銀我を壁に叩きつける。その振動でパラパラと落ちてくる天井材の破片に夏子がきゃあと小さく悲鳴をあげる。

 胸ぐらを掴んでかかる陽一のその目を、銀我は逸らさず受け止める。立ち上がって駆けつけようとした夏子さんを銀我は手で制する。

 言っていることは全部、正しい。それは銀我が背負うべき咎──間に合わなかった罪、守れなかった罪、そして……優先順位をつけた罪。償う方法は、あまりにも少ない。それは銀我も知っている、だとしても……銀我は陽一の思いを、絶望を受け止める。

 

「──もし、そうなっても俺は止める。おまえの家族は殺させない、死なせはしない! 今はまだ分かんねぇけど、無いかも知れねぇけど……治療するための方法があるならぜってぇ探す! 見つける! それが、俺にできるみんなへの恩返しだ」

「……それは、おまえに力があるからか?」

「そうだ。間に合わなかった、守れなかった馬鹿げた力だけど……それでも力だ。この力で、俺は全部を守ってみせる」

「……やっぱ、おまえってバカだよ」

 

 陽一は両手の力を緩め、息苦しさから銀我は解放された。

 陽一の目にはやはり深い絶望の色が残っていた。だが、同時に強い決意が宿っていた。

 

「なら、俺も得るよ。力を……家族みんなを守るための力を。おまえみてぇな間に合わなかった力じゃねぇ、誰かが傷つくその前に……守れる力を、俺は……」

「陽一……」

「わりぃな。……おまえのせいじゃねぇ、分かっている。けどよ……この憎しみは、止められねぇんだ」

 

 陽一が銀我の肩に手を置く。肩に伸し掛かる力は、今までのやり取り、試合に勝って肩を叩かれるものとはまるで違う……煮えたぎるような熱だけが残る。そのまま陽一は寝室を出て、手を貸そうとした夏子を拒否し、自分の足で家族の待つ救急車に向かっていった。

 野球を長く続けた末の、タコで固くなった手のひらが遠ざかって──ああ、もう、こいつと野球をすることは無いんだと……銀我は思った。

 

◆◆◆

 

 ゴールデンウィークが明けた、最初の登校日。

 銀我は難しい顔をしながら席に座っていた。ときおり筋肉痛で悲鳴をあげる身体を擦りながら、ホームルームが始まるのを待っていた。

 普段は明るく振る舞う銀我とは真逆の姿に、隣の席の高橋(たかはし)(あおい)は不思議そうな顔で銀我に声をかけた。

「上沢くん、ゴールデンウィークでなにかあったの?」

「……えーっと、ちょっと難しいことがあってさ。友人の家族が事故っちゃってさ、数日たったけどまだ目覚めなくて……それで友人がひどく落ち込んでて、なのになにも声をかけられなかったのが心苦しい」

「それは……大変だったね」

 

 葵はありきたりな言葉しか言えない自分を呪った。銀我も、本当のことを言えないのがもどかしかった。

 

 あの後、陽一の家族は病院に搬送されたが目覚めることはなかった。事件から数日経った今日も米山夫妻も、英二も目が覚めることはなかった。おそらく異端によるケガと脱水症状の影響が強いだろう、というのが医師の見解だ。回復すれば目が覚めるのか、目が覚めたとて正気でいられるか……最悪の場合、異端者になる可能性すらある。

 陽一は病室にずっといた。眠らず、じっと、石のように家族が眠る姿を見張っていた。銀我も一度見舞いに来たが、陽一とはついぞ一度も会話をすることができなかった。何を言っても、陽一はただ無言で家族の眠るベッドを見ていた。

 

「ほんと、……心苦しいよ」

 

 この言葉が本音だった。あんなに一緒だったのに、友情は酷くあっけなく途切れてしまった。

 あの夜の選択に後悔はないとはいえ、友だちを続けるためには間違っていたのかもしれない、とどうしても思ってしまう。

 

「え、えーと、じゃあ他の話をしよっか! ……そういえば、さっきからずーと身体を擦っているけど、どうして?」

「それは……最近始めた柔道の修行ってやつ、か? 友人になにも出来ないでムシャクシャして……ゴールデンウィークのほとんどを道場で修行してた。自分も志願したとはいえさ、とにかく師匠がとにかく俺に厳しくてさ。師匠の……娘ってわけじゃないけど、気にかけている女の子が俺を気に入っているのが気に食わないらしい」

「えっと、そっちのことはあんまり詳しくないけど……それは、ちょっと良くないお師匠さんじゃないかな?」

「……やっぱり、そうだよなぁ」

 

 葵の言葉に銀我は深く頷く。前に玄馬がぶっちゃけたことは銀我の心に彼へのちょっとした不信を与えていた。こと異端に関することで玄馬以上に信頼できない人はいないと思うが、しかし鍛錬に関する部分ではまったく信頼できなかった。……いわゆるモンペだ、真白を大事に思いすぎるあまりの当てつけには銀我もうんざりする。

 

「と、とにかく! 疲れているのはわかるけど、もうすぐホームルームの時間だよ。元気ださないと!」

「わかってるっての。眠りはしねぇから安心しろよ」

 

 葵の言葉通り、少しした後に三浦(みうら)先生が教室に入ってくる。痩せぎすの、常にくたびれた気配を纏う担当教師はGW明けでもやはりいつものように憂鬱そうな顔をしている。

 生徒たちはいそいそと自分の席に座るものの、ゴールデンウィークの楽しさが忘れられないのか、私語がちらほらと狭い教室に残っていた。

 

「おまえら! GWで浮かれるのはいいが、授業が始まったら真面目に受けろよー!」

「はーい」

「ったく、小学生じゃねぇんだ。高校といえば大人への階段を昇る場所、いつまでもそんな私語をしてんじゃないぞ」

「はぁい」

 

 と、やはりいつものやり取りをして、いつも通りすぐにホームルームは終わるかと思いきや、「さて」、と先生は疲れた顔に少しだけ真面目そうな顔に切り替える。生徒たちは何か話が……例えば、先生の結婚の話とか、あるいは中間試験や受験の話がくるかと身構える。

 が、生徒らの予想は大きく外れていた。むしろ、好奇心をくすぐるニュースだった。

 

「少し時期はずれだが、この教室に転校生が来る。突然のことだがみんな仲良くしてほしい。……じゃあ、入ってくれ」

 

 転校生!? と教室はざわめき出す。銀我もまた、学校生活で指折りにレアなイベントに少しテンションが上がり、前の扉に注目する。

 

 がら、と建て付けの悪い引き戸が音を立てながら開く。

 一歩。想定よりも背丈が低く、制服のスカートはその少女の脛まで隠している。僅かに見える足も黒いストッキングで素肌を完全に隠している。上のブレザーに至ってはぶかぶかすぎてぎりぎりその少女の手が見えるくらい。

「……うそでしょ?」

 と、教室の誰かがぽつりと呟く。その言葉はある意味真実だ。なにせ、その少女は驚くほどに……あるいはぞっとするほどに美しかった。ぶかぶかな制服も、少女が着れば幼さと制服特有の静謐が不思議と調和し魅力に変わる。普段はストレートに背中を隠す黒髪も、学校ではレース生地の黒いリボンでツインテールに結ばれている。

 ただ、月のように白い顔は、漆黒の眼帯で欠けていた。完璧な少女でありながら、そこだけが欠落していて……それがなおさら少女に神秘を与えていた。普段は喧しい教室も、彼女が現れたせいか、呼吸することさえ忘れていうような静けさに包めれていた。

 

 ただ、一人。銀我だけは、その少女を知っていた。彼の困惑は、少女の美貌ではなくいる理由の方。

 

「初めまして、加賀美真白です。短い間になると思いますが、よろしくお願いします」

 

 真白が黒板の前で一礼する。一拍遅れて教室に拍手という歓迎のリズムが刻まれる。

 銀我も拍手をする。むしろ真っ先に拍手をしていた。ただ、ただ、胸中には真白が同じ学校に通う嬉しさと、あの男への怒りだけが渦巻いていた。

 

(な・ん・で、教えてくれなかったんだよぉ! 玄馬さんッ!?)

 

 苛立ちと歓迎、二つの感情を込めて雷のように大きな拍手をする銀我。

 真白は、そんな銀我の姿を見て小さく、よくよく見なければわからないほどに、彼女自身も気づかないほどに、小さな笑顔を浮かべた。

 

「……よろしく、お願いします」

 

 真白がもう一度礼をする。

 戸惑いが満ちていた教室はゆっくりと、真白の存在を受け入れ始めていた。

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