嘘彼氏の彼と本当の幸せを掴むまで   作:type-eclipse

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書き溜め分はこれまで。
とりあえず山場らしい山場までは一気に投稿したかった。


嘘つきのはじまりはじまり

 

 ――アタシも鬼じゃないから相手を選ぶ時間位はあげるわよ。明日の放課後までに相手決めてコクってこい。まぁないとは思うけど断られたりしたら別の相手に行って彼氏出来るまで続けてもらうけどね。

 

 昨日の出来事を思い出すと、もう止めようと思っていた溜息が思わずこぼれる。

 

 なんでこんな事になっちゃったんだろうと自問しても答えは出ない。悩みすぎてすっかり寝不足だ。あまりにも私の様子がおかしいと気づいたお母さんが、今日は学校を休んではどうかと言ってきた程だ。

 

 時間稼ぎの為にそれもありかと考えたけれど、そうする事で平良さんの機嫌がさらに悪くなるかもしれないと思えばそうは出来なかった。

 

 諦めて学校に来て、一晩考えに考えて選んだ人にノートの切れ端で作った手紙を下駄箱に入れた。そして放課後、呼び出した相手が居るはずの旧校舎の教室へやってきた。

 

 園芸部と書かれた札がそのままになっているそこは、私と呼び出した相手も所属している美化委員に宛てがわれた部屋だった。数年前に入部希望者ゼロで園芸部は廃部になってしまったけど、学校側が折角歴代の園芸部が整えていた学校の花壇が荒れ放題になるのを勿体ないと思い、その活動を委員会化して維持しようと考えたのだ。

 

 自分から意欲を持ってやっていた人達がいた園芸部時代とは比べるべくも無いけれど、今も学校の花壇には四季折々の花が綺麗に咲いていて、生徒や来校者の目を楽しませている。

 

 私が呼び出したのは、そんな美化委員の内の一人だった。部活に入っていない私には、彼氏……を作るにあたってそもそも選択肢があまり多くなかった。まずクラスメイトは論外。クラスで親しい人達と呼べるのは今のグループ以外いない

ので、そのグループの男子へ予防線を張る為の相手には選べない。

 

 嘘告白するならば、クラスメイト以外で関わりのある男子生徒。入学以降私に告白してきた人達も考えたが、彼らのギラついた目を思い出すだけでも怖くて震えるので無理だろう。そもそもそういう人達が形だけの彼氏彼女という関係を受け入れてくれるとは思えない。

 

 これから会う人はそれらの条件を満たした上で、かつ現状私が怖いと思わないお父さん以外で唯一の男性だった。つまり、これを断られたらもう後がない。失敗はできなかった。

 

 部室(委員会室だと長いので今でもそう呼ばれている)の引戸に手をかけて開ける直前、ちらと視線を横にずらすと、階段の陰から平良さんがニヤニヤしながらコチラを見ていた。

 

 扉越しに盗み聞きをして、私がちゃんと嘘告白を成功させたか確認する為だろう。

 

 意を決して扉を開けると待ち人は椅子に座って本を読んでいた。部室と言っても園芸道具の類は屋外の倉庫にしまわれているので、椅子と机以外は部室には作業の時に使うエプロンとかが掛かっているハンガーラックと、園芸関係の本や図鑑が収められた本棚しかない。

 

 後ろ手で扉を閉めると、待ち人ーー神代君は本を閉じて顔を上げた。

 

「ごめんね、こっちから呼び出したのに待たせちゃって」

「いいえ、僕もついさっき来たばかりですから」

 

 神代君はそう言って本を元の場所に戻すと、私に向き直る。改めて見ると本当に存在感が薄いというか、気を抜くと背景に溶け込んでしまいそうな人だ。

 

「それで、お話したい事があるとはなんでしょうか?」

「えっと……その、いきなりこんな事言われて困るかもしれないんだけどね……」

 

 言い淀む私を神代君はなにも言わずに待ってくれている。前髪で分かりづらいけれど、目線が下ーー私の身体に向く様子は全くない。他の男子なら話している最中だろうとチラチラと見られるのに、彼にそんな素振りはなく真っ直ぐ私の目を見つめていた。

 

 そのまま見つめられたら自分の真意を見透かされてしまいそうだったから、私は逃げ出したくなる気持ちを鼓舞する為に両手で胸元を握りしめ、目線を切る目的でお辞儀をして口を開いた。

 

「神代君の事が好きです。わたしと付き合ってもらえませんか?」

「…………」

 

 断られたらどうしようという不安と、嘘をつくことの罪悪感で声が震えていたせいで、意図せず本物っぽい感じがでたなぁ。と他人事みたいな感想を抱く自分がいた。

 

 ーーカタ。と背後の扉から微かな物音がする。耳を立てていた平良さんが多分身動ぎでもしたのだろう。

 

 頭を下げたまま、神代君の返答を待つ。一分にも満たない時間が永遠のように感じられた。

 

「えっと……星野さん。ちょっと予想外の出来事に動揺しているのですが、まずは頭を上げていただけませんか?」

 

 神代君がそう言うので顔を上げると、神代君はこちらに向かってスマホの画面を突き出すように見せていた。

 

 自分も大概だけど、神代君も唐突に何をーーと思いつつメモ帳アプリに打ち出された文字が目に入った瞬間、私は思わず息を呑んだ。

 

『これって罰ゲームかなにかですか?』

 

 バレた! 嘘告白が一瞬で!

 

 どうしようどうしようどうしよう。昨日に引き続きパニックになりかけて声を上げそうになった私に、神代君は「しぃー」と人差し指を口当てて、静かにするようにジェスチャーをして、私を安心させるように落ち着いた笑みを浮かべるた後、ちらと私の後ろの扉の方を見ていた。扉の外に人がいる事に気づいているのだ。

 

「正直びっくりしました。星野さんとは委員会活動で同じ班という事以外特に関わりもなかったから、まさか僕に告白してくれるなんて想像もしていなかったもので……」

『やっぱりそうなんですね』

『声は出さなくていいですよ』

『とりあえずこれからは適当に会話しながら僕の質問にイエスなら右手、ノーなら左手を挙げてください』

 

 神代君は極々自然なトーンで喋りながら、並行してスマホの画面に次々と文字を打ち込み画面を見せるという器用な事をしていた。

 

 

「どうして僕なんかを好きになってくださったんですか? 自分を卑下するつもりは無いですけど、理由もなく異性に好かれるタイプでは無いと思うのですが」

『扉の外にいる人はこれをけしかけた人で合ってますか?』

 

 私はおずおずと右手を上げた。

 

「えっと、神代君って他の男子と違ってその……初めて会った時からずっと私の事やらしい目で見た事ないでしょ? 私が委員会で他の男子に絡まれて困ってる時もさりげなく助けてくれたりしてくれて……気づいたら目で追うようになってて……」

 

 これに関しては嘘ではない。神代君を嘘告白の相手に選ぶにあたって理由を聞かれた時の為に一応用意していた実際にあったエピソードだった。

 

「そうなんですか。星野さんにそんな風に思って貰えていたなんて嬉しいです」

『了解しました』

『なら不自然に会話を引き延ばすのも良くないので最後に一つだけ』

 

 神代君は穏やかな笑顔を私に向け、スマホの画面を見せながら軽く首を傾げる。

 

「とは言え困ってしまいますね。僕なんかが星野さんみたいな素敵な女の子に告白されるなんて想像すらした事なかったものですから」

『僕はこれ、断った方が都合が良いですか?』

 

 あくまでも、私にとって良いか悪いかで判断してくれるらしい。嘘告白なんてどう考えても神代君側にはデメリットしかないのに、そこまで親しくもない私に選択を委ねてくれた。

 

 そんな優しい彼にこんな面倒な事を頼んで良いの? 頭の中に一瞬だけ自問はしたけれど、私の左手は理性の躊躇いとは無関係にすっと上がっていた。

 

 昨日の平良さんに対する恐怖と、神代君以外にさっきと同じ事を言わなければならなくなる嫌悪感。

 

 それらが合わさって、私は人として最低の選択をしてしまった。

 

 神代君はこくりと頷く。

 

「神代君はなんかじゃ……ないです。素敵な人だと私は思ってます」

「そうまで言ってもらえるのは本当に嬉しいです。それならーー」

 

 窓から差し込む西陽を後光の様に背負い私に手を差し伸べて微笑む彼は、今の私にとっては天使か何か……あるいは蜘蛛の糸を垂らす仏様に見えた。

 

「星野さん。是非僕とお付き合いしてください」

 

 そう言ってくれた彼の手(蜘蛛の糸)を罪人(嘘つき)の私は掴んだ。

 

 掴んでしまった。

 

 こうして私は神代君と嘘の恋人関係になった。

 

 いつ切られるとも分からない蜘蛛の糸を手繰り寄せ、この苦しみに満ちた地獄から抜け出すために。

 

 

 

 ーーその先が今よりも苦しみに満ちた虚に繋がる事を、この時の私はまだ知らずにいた。

 

 

 

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