カール・フリッツ一代記 ーBefore the Wallー 作:allkeybeadeath
要塞陥落まであと四日というタイミングで、軍は全面撤退を開始した。
攻城戦を続ければ、獣家の軍と要塞に前後から包囲される。
そうなれば全滅だ。
カール・フリッツは軍権を失い、兵士たちと共に顎家の公国へと撤退した。
軍は複数の軍団に分かれて迅速に移動した。
すでに一部の獣家の軍隊が彼らの公国の地を踏んでいるという知らせが届いていた。
全ての兵士たちの暗い表情から、深い絶望と無力感を読み取ることができた。
敗北。
完全なる大敗だった。
今回の侵攻で2万人を超える死傷者が出た。
一部の兵士の間ではカール・フリッツの能力に対する疑念が広がっていた。
『ちくしょう……』カールは思った。
その時、さらに最悪の状況が展開された。
彼らが山脈方面へ撤退していた時だった。
カール・フリッツは他の軍団が追随していないことに気づいた。
ただ彼と同行している軍団、2万人だけが撤退していた。
カール・フリッツに届いた知らせは、アウレル公爵がローゼ王国と交渉しているというものだった。
その交渉内容は、反逆者カールとクラウス公爵を引き渡す条件で戦争を終結させようというものだった。
「アウレルが私を裏切った!」
アウレルは計画通りカール・フリッツを裏切り、彼を皇帝に引き渡して戦争を終結させるつもりだった。
アウレル2世はカール・フリッツを裏切り、ディーターと交渉した。
兵士たちは右往左往し、混乱に巻き込まれた。
依然として多くの兵士がカール・フリッツを擁護したが、少なくない数が主君の意思に従い戦争を終結すべきだと主張した。
侵攻作戦が失敗し、カール・フリッツは発言力を失った。
軍団長はカール・フリッツを反逆罪で逮捕した。
以前の戦闘開始前にカール暗殺を謀った者たちであった。
彼らをカールで捕らえ、アウレル公爵の部隊へ移送する準備が整った。
その時、軍隊の山脈の向こうから別の軍隊が現れた。
獣家の軍隊だった。
彼らは顎家の軍隊を襲撃するために近づいてきていた。
このまま行けば、彼はディーター国王に引き渡された後、ジェドへ連行され、母シルヴィアと同じ方法で処刑されるだろう。
カール・フリッツはアウレルに深い裏切りを感じながらも、黙々と従ってきた兵士たちを見つめ、これまでの戦争で自分があまりにも多くの若者の命を奪ってきたことに気づいた。
ふと兵士たちの顔を見つめるカールの頭の中に、一人の女性の顔がよぎった。
それは母シルヴィアの顔だった。
母は幼い頃、いつしかカールにこう教えた。
「カール、フリッツ家として、やがてお前が背負わねばならない義務とは何だ?」
「父のように功績を立て、異民族王朝を征伐し、海の彼方へ帝国の領土を広げることではないでしょうか?」
カールの答えにシルヴィアは首を振りながら言った。
「功績を立てることも、大業を成し遂げることも、領土を広げることも、どれも偉大で称賛に値するだろう。
しかしカール、このことだけは肝に銘じておきなさい。
民の安寧と地上の平和に反するいかなる価値も、それ以上に重要ではないのだ。
先帝は民から征服王と称賛されたが、故郷を失った異民族の民は彼を憎んでいる。
わかるか、息子よ。
侵略者の命は、圧迫される民の命とは比べものにならない。
侵攻して拡大した領土は、民が失った生活の基盤とは比べものにならない。」
「心に刻みます、母上。」
マーレ王族であったシルヴィアは、夫である征服王の性格を和らげ、晩年には征服戦争を中止させた。
また息子カール・フリッツは彼女の思想を受け継ぎ、全ての民族を公平に扱い、平和を大切にする男に成長した。
カール・フリッツは平和のためだと信じて、これまで顎家の軍隊と共に動いてきた。
しかし自分だけが消え去れば、この帝国に平和が訪れるはずだった。
顎家の民の命と自分の命、どちらがより重いのか?
悩む必要もなく、即座に民の命だとカールは答えられた。
カール・フリッツは軍団を見つめながら言った。
「皆、よく頑張った。
諸君、私と共にいてくれて……心から感謝する」
結局、彼は妹を救えなかった。
巨人によって食われた母の恨みも晴らせなかった。
全てが失敗に終わったのだ。
ついに皇帝ヴィルヘルムは反逆者を処断することに成功した。
一つの重い絶望の波が彼の心臓の中で押し寄せ、妻エルザと、エルザが宿した子と、義父アウレルの家門を導いてほしいという願いと、その他すべての家族と過ごした思い出、父征服王の伝説と共に洪水の中に消えていった······。
軍団長は手足を縛られたカール・フリッツを馬車に乗せた。
彼は兵士たちに、この戦争は両君主の交渉で終結し、山脈の向こうの獣家はその我々に攻撃しないと告げた。
もちろん、その家の軍隊が顎家の領地を攻撃中であることを知らない兵士は一人もおらず、その言葉を完全に信じる兵士もいなかった。
御者が馬車に乗り込み、カール・フリッツを移送する準備をした。
馬車が出発する直前、勇猛で正直な若い将校たちが軍団の前に立った。
その中の一人の大尉が言った。
「なぜ誰も彼を救おうとしないのか?
これは不当な扱いだ!」
兵士たちは息を殺して彼を見つめた。
「去る夏、野原で十万の敵軍と戦ったのは誰だったか?
侵略軍に立ち向かい祖国を守ったのは誰だったか?
どうしてこれほど簡単に裏切れるのか!」
軍団長は彼を制止せよと叫んだが、動く者は誰もいなかった。
「我々のために自ら身を挺し、弾丸と砲弾が飛び交う戦場で指揮を執ったのは誰だ!
どうして彼を見捨てられるのか……
お前たちが止めなければ、公爵様は処刑台へ連行されるだろう。
公爵様が死ねば、敵軍は再び祖国を侵略し蹂躙するだろう」
彼の説得に心を動かされた数十名の下士官と兵士たちが将校と共に馬車を囲み、地面に伏せて叫んだ。公爵を裏切るなら、まず自分たちを殺せと。
彼らを見て、全ての兵士たちは心変わりした。
彼らは馬車に乗ったカール・フリッツに向かって叫び始めた。
「公爵様!」
カールは馬車の窓越しに外を見た。
兵士たちはフリッツの名前を繰り返し叫び続けた。
『まだ一度の敗北に過ぎない。
この戦争はまだ終わっていない』と彼らの眼差しが語っていた。
軍団長は御者に向かって早く出発しろと叫んだが、御者は自分を阻む兵士たちの叫び声にどうすることもできなかった。
やがて兵士たちは御者を引きずり下ろして放り投げると、カール・フリッツを馬車から引きずり出した。
カール・フリッツの拘束が解かれると、彼は自分を見つめる軍隊を見渡した。
二万の軍隊は今や孤立していた。
前方には獣家の軍勢約五万、後方にはアウレル公爵の軍勢約五万が迫っていた。
限りなく絶望的な状況だった。
「命令を下してください!
我々は戦い続けます!」
「諸君の勇気に私は感服した」カールは言った。
兵士たちは皆、眼前の皇族を見つめながら思った。
この方がまさに我らの救世主であるに違いないと。
ユミルが授けた奇跡だと。
「進め、諸君!
汝らの祖国と帝国を守れ!
それが神が授けた運命だ!」
その言葉に歓声を上げた軍勢は戦いを再開し、山脈の敵に向かって進撃した。