カール・フリッツ一代記 ーBefore the Wallー   作:allkeybeadeath

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第3話 即位式前日

 

 

 

カールとヨゼフ一行は一ヶ月の旅路を経て、帝都に到着した。

安全な道だけを選んで移動したため通常より遅れたが、まだ即位式は始まっていなかった。

 

 

帝都は円形の壁に囲まれていた。

帝都を取り巻く城壁は中世のマーレ帝国時代に巨人の侵攻から防衛するために建設されたもので、高い部分は35mに達していた。

 

いずれにせよエルディア帝国がこの都市を占領してからは本来の用途は失われていた。

 

「さあ、城塞に到着しました。

あの門をくぐればよいのです」

ヨゼフが言った。

 

城壁の南側の出入口では、警備兵が立っていた。

門を通行するためには身分証明書の検査を受けねばならなかった。

彼らは馬から降り、出入口の方へ歩いていった。

 

出入口を通過し、カールは城塞の風景を眺めた。

 

その中央には高い城が聳え立ち、城壁の倍はあろうか、門をくぐる前から遠くに頂上が見えるほどだった。

主に貴族間の政治争いで敗れた者たちが城の上層部に幽閉され、大抵は死ぬまで出られなかった。

 

そしてその城の前には宮殿があった。

そこがまさにカールの故郷だった。

故郷であった。

 

門をくぐり宮殿へと続く道を進みながら、

カールは市民の家々を一つ一つ通り過ぎるたびに、より強い引力を感じ、宮殿へとさらに速く駆け出した。

 

「公爵様!」

後ろから護衛のヨゼフが呼ぶ声が聞こえた。

しかしそんなものはカールの耳には届かなかった。

 

カールが急いで馬を駆ると、

左右に見える風景はますます速く過ぎ去り、

水に溶かしたインクのように輪郭だけを残して

等加速度で視界の彼方へと消えていった。

 

それと同時にカールの心の中にも

あるパノラマが矢のように彼の胸を駆け巡りながら公転していた。

それは母シルヴィアと妹カルラへの思いだった。

 

かつてあの場所で母と穏やかな時を過ごしたことがあっただろうか……?

あの場所、宮殿裏の庭園で……。

 

かつてそこで小説を読みながら、

春の陽射しの温もりを感じつつ

庭園の芝生に母の隣に座り

ぐすんぐすんと眠る妹に肩を貸したことがあっただろうか?

 

しかしこれら全てはカールにとって

記憶の引き出しの片隅に収められた手紙となって残るだけだった。

 

そんな感覚がこの街に入るとすぐに蘇っていた。

家々を通り過ぎ、街のパン屋を通り過ぎながら懐かしい匂いを感じ、

武器庫を通り過ぎ、カフェを通り過ぎ、噴水を通り過ぎ、

あのホテルのテラスを通り過ぎ、偉大なる王が建てた凱旋門を通り過ぎ、

フリッツ王の銅像を通り過ぎるたびに、

その色褪せた記憶に絵の具で重ね塗りするように、鮮明に蘇り、記憶がよみがえってくるのだった。

 

さあ、家へ帰る……

母よ、カルラ。

 

彼が言葉を止めた時、いつの間にか宮殿に着いていた。しばらくしてヨゼフも後から来た。

 

「ここだ」

「はい?」

「ここが私の家だ」

 

カールは宮殿の屋根の装飾を眺めながら白い階段を登った。

そしてついに宮殿へ入る入口の前に立った。

門では一人の従者が彼を待っていた。

 

「カール・フリッツ公爵様。

お待ちしておりました。

ご案内いたします」

 

従者はカールの傍らに立つ武士を見て尋ねた。

 

「そちらは······」

「公爵様の護衛を務めるアッカーマンです」

 

彼らは階段を上り、宮殿の長い廊下を歩いた。

 

「かなり騒がしいな。

宴でも開かれているのか?」

カールが尋ねた。

 

「明日はヴィルヘルム陛下の即位式です。

既に多くの貴族の方々が参列されています。」

 

「九家の貴族も?」

「二家のみが参列された状態です。

車力家と超大型家です。」

 

カールはその言葉を聞いて考えた。

皇帝の力が弱体だとはいえ、

フリッツ家は宗教的にエルディア人が女神として崇める始祖ユミルの血を継ぐ者たちだった。

 

エルディアの王家と宗教をつなぐ絆こそが、

九家の貴族たちによって分裂したエルディア帝国を結束させる力に他ならなかった。

 

したがって即位式には必ず九家門の貴族たちが全員参加し、

皇帝の万歳を祈願するのが慣例であった。

 

ところが彼らが来なかったということは、

貴族たちさえもエーミル二世の死とヴィルヘルムの権力継承を不審に思っているということだった。

彼らは皆、ヴィルヘルムを疑っていた。

 

「エーミル陛下は一体どう死んだんだ?」

「それは……

陛下はある日、食事に混入された毒薬を召し上がり倒れ、看護を受けておられましたが

三日目に息を引き取られました。

一体誰の仕業かは分かりませんが、宮殿の誰かが……」

 

 

「その人物は特定されたのか?」

「まだ調査中です……」

従者は言葉を濁した。

 

カールは従者の顔を見つめた。

何かを隠そうとしている様子だった。

彼もまたカールに何かを伝えたいようだが、

身分上あるいは極秘事項のため決して口にできないという眼差しを向けていた。

 

「知っていることは全て話せ。

私はフリッツ家の公爵だ。

責任は私が取る」

 

「······。」

 

従者は話したくなさそうだったが、

手をこねながらカールの視線を見つめ、

ついに口を開いた。

 

「公爵様······。」

 

ちょうどその時、廊下の向こうから男たちの集団が現れた。

 

「これはどなただ、カール・フリッツ!」

「エルドリック、久しぶりだな。」

 

カールは彼らに近づき抱擁を交わした。

 

 

彼らはヴァルター、ハルトマン、シューベルト家の男たちで、

幼い頃のカールの友人だった。

 

 

彼らの服には皆、勲章がぶら下がっていた。

 

 

「聞くところによると、先の大戦で軍功を立てたそうだ」

カールは彼らの一人に尋ねた。

 

そうして数年ぶりの再会で近況や安否を尋ねる話が始まり、

彼らはカールを連れて貴族たちの宴が開かれている方へと案内した。

 

ヨゼフは何か言おうとしたが、ぽつんと取り残された従者を見た。

 

宴会場では各国の貴族家の女たち、男たちが

老いも若きも関係なく、ひしめき合って集まり、食べ物を食べ酒を飲んでいた。

 

また別の場所では中年男性たちが集まり、

別の大陸での植民地戦争や、

東洋の近況、中東の内乱などを騒がしく語り合い、声を荒げていた。

 

「中東帝国が侵攻するはずがない!」

「誰がそんな保証をする?

艦隊を南岸に配置して防備を整えておかなければ……」

「我々の軍事顧問が伝えた情報によれば

王位継承争いで内乱の危機だそうだ……」

「だから東洋の植民地に艦隊を増強するのが得策だ」

 

「それより西の新大陸を征伐する考えを持つべきだ!

私は既に連隊一つを送ったぞ」

「その通りだ……

我々がこの大陸でぐずぐずしている間に中国で戦争が起きたら!」

「我々には同盟国があるではないか?

ヒィズル国国と連携して彼らを食い止めねばならぬ」

「黄人種をどうして信じられるというのか!」

 

この広い宴会場の反対側では

男女が互いに愛の眼差しを交わし、ささやき合っていた。

 

それを見て、カールの心の片隅が疼いた。

リーゼルを思い出した。

 

リ-ゼル······。

赤毛の神秘的な姿の女性に惹かれ

カールは愛を告白したことがあった。

 

 

もし彼の異母兄でなかったなら、

今頃あの男女たちと共にリ-ゼルとワインを酌み交わし、

手を取り合って手袋越しに体温を感じていたはずだ。

夜になれば舞踏会で共にピアノと弦楽器の音色に合わせて踊っていたはずだった。

 

ところがその女が今や兄の女、皇后になるというのか?

 

旧友たちの手に引かれて宴会場を歩き回り、

カールは知った顔に形式的な挨拶を交わし、

安否を尋ね近況を話したが、

どこにも見せるべき顔はなかった。

 

そう、母と妹がいなかったのだ。

 

『お兄様、今回、子を授かりました。

南部の生活は平穏でしょうか?

こちらは雪が降り一日中寒いそうです……」

 

それが妹から届いた最後の手紙だった。

 

急いで母と妹を目で探す間、

宴会場に誰かが入ってきた。

すると貴族たちは皆、礼を尽くした。

 

皇帝、ヴィルヘルムだった。

 

そしてその傍らに皇后が立っていた。

 

「リ-ゼル!」

カールは赤毛の美しい女性を見て動揺した。

 

 

「皇帝陛下万歳!皇帝陛下万歳!」

貴族たちは慣例通り二度ずつ彼に敬礼した。

 

 

「ここに集まってくださった貴族の皆様に、心より感謝申し上げます。

本年も万事が平穏で、帝国に安寧がありますよう祈念いたします」

 

貴族たちはヴィルヘルムの言葉に拍手した。

彼は続けて言った。

 

「明日はついに即位式である。

明日の即位式が終われば、例年通り市内行進を行うが、

退屈な者は早く帰っても構わない」

 

貴族たちは彼のユーモアに笑った。

 

「かくも帝国を輝かせる家門が一堂に会するとは、喜びと感動がないはずがあろうか?

残念ながら六つの家門がこの場に欠席した。」

そう言うと彼は杯を掲げた。

 

「ここに来られなかった家門にも乾杯しよう。

さあ、乾杯!」

 

「乾杯!」

貴族たちはそう言いながら酒を飲み干した。

 

ヴィルヘルムの隣にいた貴族たちが彼に何言か声をかけた。

ヴィルヘルムはその言葉を聞いて、カールのほうを見た。

 

カールは彼の異母兄を見つめていた。

「我が兄弟よ……」

 

ヴィルヘルムは宴会場を横切り、カールのそばへ歩み寄った。

 

その時、カールの頭の中を無数の考えが駆け巡った。

皇帝暗殺はどうなったのか?

母と妹は?

盗賊の襲撃は?

彼に聞きたいことが山ほどあった。

 

ヴィルヘルムは近づいて立つと、

カールをがっしりと抱きしめた。

 

「我が愛しき弟よ。

ここまで来るのに苦労しただろう」

 

貴族たちは感動的な兄弟の再会を見て感動し、拍手を送った。

 

しかしカールは、自分を抱きしめる兄が震えているのを感じた。

それは殺意だった。

 

確かにカールは、自分を抱きしめるヴィルヘルムの手袋越しの手から、

彼を殺してやろうという殺意を感じ取った。

 

「では……」

 

ヴィルヘルムはそう言うと

宴会場から妻リ-ゼルと共に姿を消した。

 

カールは母と妹がいる場所を探そうと宴会場を出た。

部屋を変えていなければ、

彼が去る前の位置と同じ場所にいるはずだった。

 

その時、待っていた彼の護衛武士ヨゼフが駆け寄って言った。

 

「公爵様」

「ん?」

「先ほど従者から聞いた話ですが······」

彼は続けた。

 

 

「シルヴィア様とカルラ様は城の頂上で反逆罪の容疑で閉じ込められているそうです。

シルヴィア様が皇帝を暗殺したという容疑で。」

 

 

それは青天の霹靂のような知らせだった。

 

カールの胸がどすんと落ちた。

 

彼は異母兄に一発食らわされた。

 

家族は今、兄の罠にかかっている。

 




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