カール・フリッツ一代記 ーBefore the Wallー 作:allkeybeadeath
あの日、帝都の城門を抜け出した後、何が起きたのか?
カール・フリッツとヨゼフは必死に南部へと駆け抜けた。
皇帝暗殺に加担した反逆者カール・フリッツを捕らえよとの手配書が至る所に貼られていた。
彼らを追う数千を超える騎兵隊が迫ってきた。
カール・フリッツはただ生き延びるために走った。
あの日以来、馬に乗って逃げ出しながら、最初は激しい苦痛と憎悪があった。
ヴィルヘルム!
ヴィルヘルム!
カールは敵の名前を何度も呟いた。
そして思い浮かぶのは母の顔······。
そして母と宮殿の庭園で過ごした時間だった。
しかしその度に、巨人の口の中にあった母の引き裂かれた顔だけが思い浮かび、さらに苦痛が増すのだった。
フリッツ家が治める王領地を通り、さらに南へ進むと、追撃隊はもはや追ってこなかった。
それからは安らかに安全な道を進むことができた。
他の九つの家の軍勢もカールを追撃しなかった。
むしろ吉報が届いた。
九家門のうち、ヴィルヘルム皇帝の継承に反対する四家門が連合軍を結成し、帝都へ向けて進撃の準備を進めているという知らせだった。
皇帝直属の軍隊はその数が三万に過ぎなかった。
九家門のうちたった一つの家門でも皇帝に対抗すれば、帝位は保証されないに違いない。
長い旅を経て、カールとは出発地へと再び到着した。
顎家の領地——南部に。
カールが到着すると、妻エルザが泣きながら迎えた。
カールの義父アウレルは襲撃時に負った銃創で生死の境をさまよい、昏睡状態に陥っていた。
義父の寝室にはタク家の者たちが皆集まっていた。
アウレルの幼い息子たちは父の傍らで祈りを捧げていた。
カールが寝室を出ると、アウレル2世が後を追って出てきた。
彼はカールを意味深な眼差しで睨みつけ、廊下を歩いていった。
「父上がそうおっしゃっていた」
妻エルザが言った。
「お前が我々の家の軍を率いるべきだと。
意識がはっきりしていた時に何度もそうおっしゃっていた」
「私が軍を?」
「お前も知っている通り、数日前に車力家が我々に宣戦布告した。
彼らは反逆者であるお前を引き渡せと要求している。
あいつはそれが気に入らないんだ。
なぜ我が家が反逆者扱いされねばならないのかと」
顎家の領地のすぐ東に位置する車力家は、皇帝ヴィルヘルムの顎家攻撃命令に従った。
彼らは反逆者カール・フリッツを引き渡すよう要求し宣戦布告した。
長男アウレル2世は、父が婿に家門を率いるよう頼んだことを理解できなかった。
カールが帝都に戻り妹を救い、母の復讐を果たすには軍隊が必要だった。
義父は彼に軍隊を与えた。
今や行動するのみが残された。
義父は一時的に昏睡状態から目覚め、エルザとカールに子供を望むと言った。
カールは義父の手を握り「必ず貴国を危機から救い出す」と断言した。
妻と寝床を共にし夜を明かした。
その間、車力家の軍隊が進撃を開始した。
彼らはユミルの娘ローゼの子孫の一派で、ローゼ王国を統治していた。
過去に顎家は彼らと王国の王位継承を巡り幾度も内戦を繰り広げていた。
彼らの軍勢は強大なだけでなく、車力の巨人の戦闘持続能力ゆえに容易に手出しできなかった。
一方、顎家の軍は長年の平和で規律が緩み、騎兵の数もローゼ王国に大きく劣っていた。
数日後、カールは軍勢を率いて東への進軍を開始した。
妻は彼にキスをして見送った。
総勢8万の軍勢が彼に従って進軍した。
顎家の貴族ヴェルナー伯爵が彼を補佐し、顎の巨人の保持者アウレル2世が参戦した。
毎日数十キロを行軍し国境地帯へ移動するたび、陣営で眠るカールは母の夢を見た。
彼女の美貌は征服王である父の荒々しい性格を和らげるほど美しく、性格は優しいものだった。
娘のカルラは母の節操と父の勇気を等分に受け継いだ。
シルヴィアとカルラ、彼女たちはフリッツ家に危機が訪れた時、いかなる困難や苦難にも屈したことはなかった。
今、フリッツ家はこれまで経験したことのない内紛の危機に直面していた。
四つの家が皇帝に反旗を翻し軍を起こしたため、カール・フリッツは南方の地で皇帝側と戦わねばならなかった。
かつての征服王の気概を受け継いだ義父アウレルも今や生死の境を彷徨っている。
この状況下で、顎家とフリッツ家の運命は完全にカール・フリッツの手にかかっていた。
しかしカールはその日の記憶を思い出し、怒りで歯を食いしばった。
幼い頃の思い出を胸に、憂いの海の底深く沈み、毎夜を過ごしていた。
その海の底には恐怖という怪物が潜んでいた。
強大なローゼ王国の軍勢は、その数が顎家の二倍に達していた。
勝てないかもしれない。
そして敗れれば反逆者として捕らえられ、母が遭ったのと同じ方法で処刑され、妹も救えないだろう。
しかしその恐怖を覆い隠すのは、常に憎悪という波だった。
あらゆる他の搾取的な思考を吹き飛ばす怒りの波が押し寄せ、カールを前方の道へと導いた。
これはほとんど条件反射的なもので、むしろ敵軍に近づくほど、剣は現実の世界へと沈み込んでいった。
ある日、ローゼ王国軍が国境の要塞を陥落させたという知らせが届いた。
「ここから撤退すべきです!」
ヴェルナー伯爵が言った。
「彼らの軍勢は我々の倍だ。
ここでは退却し、まず要塞で敵の進撃を食い止めねばならない」
「伯爵の言う通りだ。
我々は騎兵も砲兵も不足している。
それに車力の巨人たちは一日中戦闘を続けられる。
巨人の力の前では数百千の軍勢も無力化する」
アウレル2世が言った。
カールはテーブルに広げられた地図を見ながら悩んだ。
地図上に敵を示す赤い馬が要塞を突破し、顎家の公国へと押し寄せていた。
その数と勢いは圧倒的で、進撃の速度も速かった。
参謀たちは皆、彼らを止めるのは不可能だと考えていた。
「いや」
カールが言った。
「我々は国境近くへ進撃する。
奴らに我々の土地を明け渡すわけにはいかない」
その言葉を聞いた参謀たちは、カールが狂ったと思った。
軍事について何も知らない婿という男が彼らの司令官となり、公国の軍勢を死へと駆り立てようとしていた。
「我々がここで撤退すれば、村々は焼き払われ、農民と都市の市民は餓死し殺害されるだろう。
要塞の兵士たちは我々の支援を待ちながら包囲され、ゆっくりと餓死するだろう。
そんなことは許せない。
これ以上、誰の命も失わせはしない。」
「しかし、公爵様。
敵は数で我々を圧倒しています。
騎兵と砲兵も……!」
「伯爵、戦争は馬や大砲で戦うものではない。」
参謀たちは地図上に置かれた味方の駒を見た。
もしカールの言う通りに進撃するなら、味方は必ず敗北し、そのうちの2割でも敗走して戦力を温存できれば幸運だった。
「戦争は人が行うものだ。
人を救うために行うのだ。
軍を保存し領土を守ったところで何の役に立つ?
民を守れない軍隊に何の意味がある?
今日の会議はここまでだ。」
参謀たちは互いの目を見つめ合い、ため息をついた。
「明日から軍隊の行軍速度を上げる。
一日40kmだ。
おおよそ三日あれば敵軍と遭遇できるだろう。」
その夜、顎家の配下の貴族たちで構成された参謀たちは密かに集まり、カール・フリッツの暗殺を議論した。
「あいつは反逆者だ。しかもマーレ人だ」
「その通りだ。
他家の争いに我々が血を見ることなどない」
「我々が奴を殺せば、ローゼ王国も軍を引くだろう」
彼らの言うには、軍事を知らないカール・フリッツは狂人に他ならなかった。
このまま彼の命令に従っていれば、軍隊も台無しにし、公国の首都は敵軍に陥落するだろう。
そうなれば反逆者カール・フリッツは処刑され、顎家の者たちも反逆罪で処刑されるか、帝都の城に投獄され、自分たちは流刑になるかもしれない。
いずれにせよカール・フリッツという反逆者めは死ぬのは同じだが、それなら今彼を殺した方がましではないかという話が行き交った。
またカール・フリッツを総司令官に任命したタック家の当主アウレルは瀕死の状態にあった。
カール・フリッツを暗殺し軍を率いて撤退し首都に戻る頃には、すでに死んでいるかもしれない。
それでは彼らに責任を問える者は誰もいない。
結局彼らは司令官を暗殺しようと意見を集めた。
自軍の進撃を遅らせ一日も早く首都に戻るためには、カールを急いで暗殺すべきだと決めた。
彼らは具体的な計画を立てながら、行動を実行するために彼らの後ろ盾になってくれるアウレル2世に同意を求めに行った。
自らの天幕に訪れた将軍たちの言葉を、アウレル2世は真剣に聞いた。
明らかに彼も同意するところだった。
彼はカール・フリッツの進撃計画を聞いて驚愕した。
父は老衰で、自分の孫を作ってくれる無能な婿を信頼してしまったのだ。
今や父が育成した軍隊は、カール・フリッツの指揮下で紙切れのように引き裂かれてしまうだろう。
「カール・フリッツを暗殺する……」
「仕方ありません。
我々に残された道はそれだけです」
「私はそんな計画は受け入れられない。
いずれにせよ、父上が下した命令だ。
父上が亡くなられ、私が爵位を継ぐまでは、我々は彼の命令に従わねばならない」
将軍たちの表情が歪んだ。
「たとえ味方が死に、我々も死ぬ身だとしても。
我々は主君の命令に従わねばならない」
将軍たちはアウレルの死の知らせだけを指折り数えて待っていた。
一日、二日が過ぎても、そんな知らせは届かなかった。
結局、ローゼ王国軍に近づけば近づくほど、彼らは死を賭して戦うしかなかった。
家に帰るためには必死で生き延びねばならなかった。
だから敵軍をどう対処するか、戦略を練りながら議論を始めた。
東へ向けて軍は進撃した。
休む間もなく太鼓の音が響いた。
兵士たちは長い行軍で疲弊していた。
この行軍を続けるより、勝とうが負けようが急いで戦闘を繰り広げ、戦争を終わらせたいという考えだけを抱いていた。
そしてついに、ローゼ王国軍の軍勢の目前まで進撃した。
数で圧倒する敵軍は、敵の本隊及び二つの軍団に分かれていた。
二つの軍団は剣の軍勢の両側面から退路を塞いでいた。
カルが狙うのは中央に位置する敵の本隊だった。
敵の主力部隊を壊滅させ、敵指揮官と車力の巨人を捕らえれば、敵軍はこれ以上進軍できなくなる。
しかしそのためには、この圧倒的な劣勢を克服し勝利しなければならなかった。
結局、たった一つの戦闘でこの戦争は決着がつくことになるだろう。
カールは幼い頃に軍事教育を受けていた頃を思い出した。
カールは兄、ヴィルヘルムの軍に従い一度小規模な紛争に参加したことはあったが、戦闘に参加するのは今回が初めてだった。
しかも彼が総指揮を執らねばならなかった。
それだけでなく、兵力の劣勢、砲兵と騎兵の劣勢をどうにかして状況を逆転させる策が必要だった。
彼は幼い頃から軍事教育を受け、父が軍隊を訓練する様子を見て学んだ。
カールの頭の中には、すでに過去の時代の戦闘戦術が刻み込まれていた。
また、彼が2年間訓練した砲兵隊は、熟練度が大きく向上していた。
会議で参謀たちは、二つの劣勢を克服しなければならないと述べた。
第一は騎兵の不足だった。
この時代の騎兵は銃の前では既に威力を失っていたが、それでも戦場を揺るがし、陣形が崩れた歩兵を処理するために不可欠な兵科であった。
つまり、一度味方の陣形が崩れれば、敵軍の押し寄せる騎兵によって瞬く間に戦列は崩壊する。
味方の騎兵がこれを食い止めねばならなかった。
しかし数の不足で分散配置できなかった。
敵の両翼のうち一翼の騎兵を食い止めるのも精一杯だった。
結局、もう一方の翼では味方騎兵が相対的に劣勢に立たされ、それを克服せねばならなかった。
第二に、車力の巨人の存在である。
車力は戦闘持続力が高く、短時間しか使用できない長男アウレル2世の顎の巨人に対し、戦場で活用できる時間が長い。
この場合、自軍の左翼と右翼のどちらに車力の巨人が攻撃してくるかが鍵となる。
これに対抗し、顎の巨人をどちらに投入するかが問題だった。
二体の巨人が遭遇すれば、顎の巨人の高速移動は車力の巨人を圧倒し戦闘不能に追い込むだろう。
しかし顎の巨人が体力の不足で巨人化を解除すれば、車力の巨人と敵騎兵によって左翼が圧倒される。
瞬く間に戦場は阿修羅場となり、味方は敗退するかもしれない。
結局この顎の巨人の使用が戦闘の核心である。
戦闘が繰り広げられる前夜、カールは夜空の満月を見上げた。
「そういえば月はフリッツ家を象徴していたな……」
ローゼ王国の軍勢を食い止めねばならない。
そして妹を救い出し、母の仇を討たねばならない。
そのためにはまずこの戦争に勝利しなければならない。
「待ってろ、ヴィルヘルム」
明日、全ての運命が決まる。