カール・フリッツ一代記 ーBefore the Wallー 作:allkeybeadeath
王国軍の右翼は車力の巨人とともに丘を登って進撃し、続いて左翼と中央が進撃した。
ローゼ王国軍の左翼と中央は、彼らの半数にも満たないカール・フリッツの軍隊と対峙した。
王国軍の左翼は事実上、軍の主力であった。
数万の軍勢が大地にびっしりと埋め尽くし、一本の草も見えないほどに、軍楽隊のドラムの音と行進曲、そして雄叫びと共に驚異的な勢いで前進してきた。これはカール・フリッツの兵士たちの膝を震え上がらせた。
両軍の間には川が流れていた。
王国軍は敵と交戦しながら橋を架け、一方では川を迂回して丘へ向かって接近していた。
二時間の激戦の後、迂回した王国軍が敵に向かって突撃し押し返し、その間に川には橋が架けられ、王国軍が渡り始めた。
水のように王国軍の歩兵が橋に向かって押し寄せた。
カール歩兵は橋の方角に向けて一斉射撃で応戦したが、王国の圧倒的な砲兵火力によって倒れていった。
砲弾に撃たれた死体が転がり、士気を失った兵士たちは降伏しようと手を挙げたが、返ってきたのは銃弾の雨だった。
状況は非常に悪い方向に向かっていた。
カール・フリッツの軍はあらゆる方面から押し潰され、四方を包囲されていた。
カール・フリッツ右翼の軍隊の戦列が王国軍の歩兵と砲兵の合同攻撃で崩れると、すぐに右翼側へ王国軍の騎兵隊が突撃してきた。
彼らは川を迂回した後、二手に分かれて逃げる歩兵を殲滅した。
伝令たちが次々と馬を駆り、望遠鏡を手にカール・フリッツのもとへ駆けつけた。
各師団を指揮する将軍たちのメッセージは、もはや持ちこたえることは不可能であり、降伏すべきだというものばかりだった。
カールに残された予備隊は中央の近衛隊と少数の騎兵隊だけだった。
予備隊は戦場を見渡した。砲撃と銃撃で噴き出した煙が全戦場を覆い尽くし、その煙が晴れた先に見えたのは、赤い血に染まった大地と、戦列のまま整然と倒れた歩兵中隊たち、そして死体の山と、平原で呻く馬たちの姿だった。
敵が放った砲弾の着弾地点は次第に彼らがいる丘へと近づいてきて、あと10分もここにいれば敵砲兵の砲撃で手足が粉々に砕け散るだろうという不安な恐怖が近衛兵たちの心に押し寄せた。
「アウレル。今だ。味方の右翼を救え」
カール・フリッツの言葉を聞いたアウレル2世は右翼の激戦地へ馬を駆って駆け出した。
彼は敵の車力の巨人と同じ手法で接近し、顎の巨人へと変身した。
突然の雷鳴に王国騎兵の馬が興奮して暴れ出し、騎手を平原に放り投げて疾走した。
王国軍の騎兵の前に顎の巨人が現れたのだ。
顎の巨人は父の軍を救うため平原を駆け抜け、騎兵たちを薙ぎ払った。
馬ごと騎兵をそのまま口で噛み砕いた。
高速で走る顎の巨人は平原を駆ける無数の騎兵隊の反対方向から疾走した。
巨人は騎兵隊の側面を突破し崩落させた。
「カール・フリッツ……お前を信用はできないが、今はこの戦場で生き残ることが先決だ」
この顎の巨人の投入により、騎兵隊の突撃に予想外の変化が生じた。
騎兵隊右側の側面が顎の巨人に突破されたため、彼らの突撃方向は左へ曲がった。
左へ方向が曲がるにつれ、二手に分かれて進んでいた騎兵隊は、本来の目標であったカールの歩兵隊ではなく、王国軍の歩兵隊の方へ突撃した。
この過程で二手に分かれた騎兵隊は、途中で王国軍の歩兵隊を挟んで分断された。
騎兵と歩兵は一箇所で押し合いへし合いし、混乱した状況となった。
ちょうどその時、丘の上部に位置する砲台から、王国軍の騎兵と歩兵が絡み合っている場所に向けて集中砲撃を開始した。
砲弾が王国軍の歩兵と騎兵に向かって飛来し、大虐殺を繰り広げた。
砲撃に馬が興奮し、騎兵たちはその場を離れ、暴走しながら散り散りになった。
一部は王国軍の歩兵隊を越えて逃げたため、歩兵隊の間に隙間が生じた。
「今だ!残っている騎兵隊を全て投入せよ!」
カール・フリッツの命令で、残っていた予備隊である騎兵隊が、隙間が生じて戦列が乱れた王国軍の歩兵たちに向かって進撃した。
騎兵たちは敵歩兵の隙間を突いて進撃し、彼らを殲滅した。
混乱に乗じてカール・フリッツの歩兵隊は横隊で敵を包囲し殲滅した。
一方、王国軍歩兵隊の左側を走っていた別の王国軍騎兵隊は、敵を迂回してカール・フリッツがいる本陣を狙うため丘を登った。
しかしそこで待ち構えていたのは密集陣形を組んだカールの近衛隊だった。
近衛隊の射撃に騎兵隊の突撃は撃退され、さらに追い打ちをかけるように別のカールの歩兵隊が彼らを包囲しようと試みたため、彼らは川向こうへ逃げて敗走した。
「我が軍の左翼が壊滅しております、殿下!」
「騎兵隊が敗走しております!」
「顎の巨人が我々の兵士たちを······!」
ディーターは状況を見て愕然とした。
確かに、ついさっきまで自軍は敵を包囲しようとしていた状況だった。
それが、顎の巨人の出現が混乱を引き起こし、完全に戦況を逆転させていた。
その間、顎の巨人はそのまま走り、敵が渡河している橋へと突進した。
巨人は橋を破壊し、渡っていた歩兵たちを水中に落とした。
橋が崩れ落ちると、王国軍の左翼は川の向こうで孤立してしまった。
この隙を逃さなかったカール・フリッツは、残る右翼の全兵力を動員して彼らを殲滅した。
「くそっ!あの取るに足らない連中に我々の兵士が切り刻まれている!」ディーターが叫んだ。
「殿下!しかし渡河していない兵力が残っています。「まだ勝機はあります」
「残っている左翼の軍勢を右翼へ回せ。村を占領している歩兵隊及び車力の巨人を助け、丘を登らせるのだ。左翼には顎の巨人を食い止める最低限の兵だけ残せ!」
橋が崩れ落ち、王国軍中央と左翼は川を渡ることを諦め、右翼の軍隊を助けることにした。
彼らは村側の丘の激戦地へと進軍した。
一方、反対側では王国軍右翼の兵士たちが戦闘を続けながら丘の砲台を占領しようとしていた。
王国軍の歩兵が肉壁となり砲台の砲が歩兵を狙っている間に、車力の巨人が瞬時に突進して砲台を破壊し無力化した。
「よし。このまま押し切れば我々の勝利だ!」ディーター国王が言った。
「殿下!左側で顎の巨人の姿が見えません」
「体力の限界で巨人化が解けたようだな。顎の巨人は強力とはいえ、我々の車力のような持続力はない。敵の運はこれで終わりだ。これ以上この戦場に変数は存在しない」
車力の巨人が砲台を占領すると、砲台を守っていた兵士たちは蹂躙された。
巨人との戦闘では、もはや将校たちの統制は不可能だった。
巨人の攻撃で空を舞う死体となった戦友たちを見て、兵士たちの心を恐怖が支配した。
巨人には銃弾も無力であり、騎兵の斬撃も無意味だった。大砲は安易に味方がいる激戦地へ発砲できず、兵士たちはただ無残に虐殺されるばかりだった。
その後、王国軍の歩兵が前進しながら鉛弾を雨あられと浴びせた。
「このままじゃ全員死ぬぞ!」
「望みはない!」
カール・フリッツの歩兵たちは戦意を失い、逃げ出した。
「退却するな!」彼らを指揮していた伯爵が叫んだが、無駄だった。
彼らは完全に敗北する危機に瀕していた。
その時、カール・フリッツが逃げ出す兵士たちの行く手を阻んだ。
彼は親衛隊を直接指揮し、激戦地に現れた。
「退くな!ここで退けば、諸君の故郷は蹂躙される!父母と兄弟姉妹を思え!」
カールの親衛隊は側面から敵を包囲し攻撃した。
旗を掲げていた親衛隊の旗手は銃弾を受け、カールの目の前で倒れた。カールは彼が掲げていたフリッツ家の紋章が刻まれた旗を手に、馬に乗って前へ進んだ。
「退却は許さぬ!突撃せよ!」
カールの方へ逃げていた兵士たちは、その旗を見上げた。
兵士たちは幼い頃に学んだ伝説に登場する始祖ユミルを思い起こし、その神聖な血を引く王家のフリッツ公爵が銃弾の雨をものともせず先頭で突撃している姿を見て、方向を変えて彼と共に突撃し始めた。
敵が斉射すると、カールの頭の両脇を鉛弾が空気を切り裂き、矢のように飛んでいった。
再びの斉射で、カールが乗った馬が数発の銃弾を受けて倒れた。
地面に投げ出され、土まみれになったカール・フリッツは骨折した腕を押さえながらも旗を掲げた。
「突撃せよ!」
兵士たちと共に突撃するカールの頭には、母が巨人に引き裂かれて食われる光景がよぎった。
そして明るく笑う妹カルラの姿が過ぎ去り、城に幽閉された彼女の姿が過ぎ去った。
彼女を救い出さねばならない。
カールは止まることができなかった。
むしろ敵がその勢いに驚くほど、カール・フリッツは最前線に立ち、弾丸が飛び交う戦場へ突撃しながら兵士たちを率いた。
彼に従う兵士たちは、恐怖心とフリッツ家への宗教的な畏敬の念、そして彼に従って突撃する興奮が入り混じった混乱した感情の中で、銃剣を掲げて突撃した。
その時、車力の巨人、クラウス公爵は丘の上を見上げた。
そこに反逆者カール・フリッツが駆け寄ってくるのが見えた。
『あの男が皇帝を暗殺したカール・フリッツだ……! あの男さえ殺せばこの戦争は終わる』
クラウス公爵は残りの砲台を占領することもなく、真っ直ぐにカール・フリッツへと丘を駆け上がった。
数名の近衛兵が銃剣を掲げ必死にそれを阻もうとしたが、当然の結果として真っ二つに裂かれた死体となるだけで、障害物にもならなかった。
「死ね!」
奇妙な巨人の声が大地を揺るがした。
ついに車力の巨人の手が敵指揮官の手を掴み取ろうとしたその時、馬に乗った一人の男がそこへ駆けつけた。
彼はアウレル2世だった。
彼は即座に顎の巨人へと変身し、車力の巨人の背に飛び乗って首筋を引き裂いた。
それと共に車力の巨人の動きは止まった。
車力の巨人の首筋には、引き裂かれたクラウス公爵の下半身だけが残されていた。
「何てことだ……!」
車力の巨人が顎の巨人の急襲を受けたという知らせを聞いたディーターは、驚愕した。
明らかに顎の巨人は反対側で戦っているはずだった。
そして体力を全て使い果たしたと思っていた。
実は全てがカール・フリッツの作戦通りだった。
カールはわざと一方に顎の巨人を投入した後、体力を最大限温存させて馬に乗り反対側へ直行し、車力の巨人を攻撃させたのだ。
「殿下! 今こそ撤退なさってください!」
「いや。まだ戦いは終わっていない。我々が数的に優位にある!」
その時、ディーター国王の耳に届いたのは、敵の突撃を告げる金属製のラッパの音だった。
左翼でカール・フリッツの騎兵隊が敗走する王国軍騎兵隊を撃破した後、川を渡ってディーターがいる本隊へと突撃してきたのだ。
激戦が繰り広げられる中、カール・フリッツの工兵たちが橋を建設し、騎兵たちが川を渡った。
ヨゼフ・アッカーマンは彼らを指揮し、自らの前にいる王国軍の兵士たちを皆殺しにした。
驚異的な彼の武力と、彼に従う騎兵隊の勢いを見て、王国軍は混乱に陥った。
「こんなことが!こんなことが……!」
当然ながら、左翼の軍勢の大半を右翼に回したため、駆け寄る敵騎兵隊と王国軍の間には予備隊しかいなかった。
ディーター国王はすぐに馬に乗り、騎兵隊を避けて逃げ出した。
駆け寄る騎兵隊を、残っていた予備隊が防ごうとしたが、騎兵隊は彼らを迂回した。
ローゼ王国の貴族たちはサーベルを持ち、どうにか騎兵隊の突撃を防ごうとしたが、皆、馬の突進に轢かれて倒れた。
王国軍全軍に撤退命令が下った。
彼らは敗北し、急いで戦場から抜け出そうと逃げ出した。
カール・フリッツの騎兵隊が彼らを追撃し、薙ぎ払った。
一方、戦場近くにあった第2軍団と第7軍団は、味方が敗走するのを見て王国軍の敗北を悟った。
戦場北側にいた第2軍団は彼らと共に撤退したが、南側にいた第7軍団は撤退中にカール・フリッツの軍と遭遇し壊滅した。
戦闘が終わると兵士たちはカール・フリッツとアウレル公爵の名を声をからして叫び称えた。
カール・フリッツは旗を掲げ兵士たちの間に立ち、共に勝利を満喫した。
配下の将軍たちは、彼らが勝利したことが信じられないというように見つめていた。
決して勝てないはずの戦いを、兵士たちの間に立つあの男が成し遂げたのだ。
アウレル2世も全く同じ反応だった。
カール・フリッツが自家の軍を指揮し、当初は彼を信用できず、父の軍を死地に追い込んでいると思っていたが、実際に彼は驚くべき結果を直接示したのだ。
『果たして征服王フリッツの血が流れているというのか······。』
アウレル2世は勝利した事実に一瞬喜びを感じたが、
義兄であるカール・フリッツが彼の家の兵士たちに称賛される姿を見ると、心の奥底から不安と焦りが湧き上がった。
この戦いで車力の巨人が捕虜となった。
首筋から上半身だけ引き裂かれたクラウス公爵は即座に縛られ、鉄格子の中に拘束された。
しかし戦いの被害は甚大だった。
この戦いで味方の死傷者だけで1万4千余名に達した。
砲弾の破片に当たった兵士たち、騎兵の斬りつけで体に大きな裂傷を負った者たち、
そして銃弾に当たり手足を鋸で切断された者たちの呻き声が戦場を満たした。
そして、自軍死傷者の二倍に及ぶ治療を受けられないまま
敵軍の負傷者と死体が平原に散乱していた。
今回の戦闘で特に自軍の騎兵隊が壊滅的な損害を受け、
逃走する王国軍を十分に追撃できなかった。
これは王国軍の兵力がそのまま温存されることを意味し、
ローゼ王国との戦争は終結せず継続されることを暗示していた。