カール・フリッツ一代記 ーBefore the Wallー 作:allkeybeadeath
エルディア帝国の皇帝ヴィルヘルムは、ひどい悪夢からようやく目を覚ました。
彼は息を切らしながら水を求めた。
自分がこれほど尊敬し、また好んでいた兄エーミルの息子が彼の夢に出てきたのだ。
護国卿時代、ヴィルヘルムは皇帝だったエーミルの息子を毒殺した······。
すべては瞬く間に起きた。
彼に仕える使用人たちが幼い皇帝の寝室に入り、子供の鼻の穴に毒薬を注ぎ込んだ。
彼らは何事もなかったかのように寝室を後にした。
すべてが1分もかからぬ間に起こった。
ヴィルヘルムは時折、子供の死体が自分を見上げている夢を見た。
そして死んだ兄エーミルの死体が自分に話しかける夢を見た。
『なぜ殺した?なぜ……』
ヴィルヘルムはベッドに直座りし、じっと自分の寝所を見つめながら考えに沈んだ。
「いずれにせよ、全て過ぎ去ったことだ。
今は反逆者の一味を掃討するのが先決だ。
そのために今ここへ軍勢を連れて来たではないか。
鎧家、女型家、獣家、進撃家。
皆反逆者どもだ。」
ヴィルヘルムは自ら皇帝軍2万を率い、それに抗して軍を起こした四つの家門の反逆者たちと対峙するため、軍を進軍させていた。
先日、カール・フリッツが帝都から脱出した際、彼はまずローゼ王国の国王ディーターにカール・フリッツを逮捕せよとの勅令を下した。
その代わりに、顎家との戦争を起こして占領した土地は全て認めてやるという条件だった。
そしてタイバー家は常に全ての戦争で中立的な立場を取っていた。
彼らはどちらかが優勢になるまで待ち、戦争の終盤にこっそり参戦するのが常だった。
信頼できる他の家は、彼の妻の家、つまり義父の家である超大型家門だけだった。
これを除き、他の四家門——鎧、女型、獣、進撃——が全て彼の帝位継承を認めず、軍を起こした。
それらの家門は皆、ヴィルヘルムがエーミル2世を毒殺したと信じており、自家門に利益をもたらすよう皇帝を退位させようと決意した。
フリッツ家が帝国における権力を失うと、諸侯たちはあたかも自らが帝国の主人であるかのように振る舞った。
ヴィルヘルムが独断で皇帝を毒殺し帝国の権力を掌握したため、貴族たちは牽制せざるを得なかった。
ヴィルヘルムは少年時代にあったことを思い返した。
毎日父に殴られながら軍事教本を強制的に暗記させられたあの時代を。
自分をこれほどまでに慈しんだ兄エーミルは憎むべきマーレ人に敗れ、不具となった。
全ては貴族たちが征服王への支援を断ったためであった。
巨人を受け継ぐ家門たちとマーレ人こそが、まさにヴィルヘルムの仇敵であった。
父を戦いで敗北させた彼らを、ヴィルヘルムは許すことができなかった。
「この機会に反逆者どもを皆討ち尽くす。
これまで我が家を奴隷のように使い倒した奴らを踏み潰し、帝国の真の主が誰か悟らせてやる。
30年前の兄の仇を今こそ討ってやる……!」
妻リーゼルと息子が戦場へ赴くヴィルヘルムを見送った。
ヴィルヘルムの胸中には、軍を起こした貴族たちに対処しなければならないという重圧と同時に、今こそフリッツ家の一員として威信を立てねばならないという義務から来る高揚感が同時に湧き上がっていた。
『彼らが軍勢を全て合流させれば、どれほどの数になるだろうか?
四つの家門の軍隊……
50万、いや60万にはなるだろう。
だが我が配下の軍勢はわずか3万、それも1万の軍は城塞防衛のために駐屯させている。
勝利するには、彼らが合流する前に各個撃破しなければならない。」
ヴィルヘルムは戦争に自信があった。
彼は幾度か戦争に参加し軍を指揮した経験があるだけでなく、何よりも征服王の血を引く者だった。
彼が幼少期に受けた過酷な軍事教育を思えば
彼の敵など取るに足らない存在だった。
この男は幼い頃、大砲の穴から満月を見上げていた頃から、一貫して自由を得るための権力に執着してきた。
そして彼は実際に夢を成し遂げた。
皇帝ヴィルヘルムは、過去の征服王時代の栄光を記憶する帝国の市民たちに人気があった。
マーレ人を追放し、皇家に潜んでいたマーレ人の女を処刑した。
今やこれらの貴族家門さえ制圧すれば、もはや彼の帝位を狙える者はいない。
ただ一人、カール・フリッツを除けば······。
ヴィルヘルムの兵士たちは森の中に駐屯していた。
偵察に出ていた兵士たちが陣営へと戻ってきた。
「皇帝陛下!」
彼らは焦った様子で主君を探した。
彼らが偵察した結果、敵軍が迅速な行軍速度で集結し、連合軍少なくとも8万が100km先で集結し、他の軍隊も皇帝軍を包囲しているというのだ。
完全に罠にかかった鼠の身の上だった。
2万人を包囲するため、50万人を超える兵力が大陸北部から動員されていた。
今すぐにでも兵士の一部を切り捨てて撤退すれば、帝都へ身を隠すことは可能だ。
しかしその後はどうなるのか?
帝都で攻城戦が繰り広げられ、数十万の軍隊に囲まれた帝都の壁の中で、市民たちは一日も早く戦争を終わらせようと皇帝の宮殿に侵入し、君主の首を斬り落として差し出すだろう。
退却はできない。
退却は死である。
しかし前進は名誉ある死である。
「進撃せよ。」
皇帝軍の参謀たちは、皇帝の言葉に耳を疑った。
「進撃せよ!
ここで反逆者の群れを討ち、汝らの君主を守れ!
皇帝軍の武勲を今ここで示せ·······!
退却は許さぬ!
フリッツ家のために立ち上がれ!」
フリッツ家の旗を掲げ、皇帝軍は進撃した。
彼らは確かに精鋭軍であった。
征服王の時代、数多の戦争で鍛えられた軍隊だった。
しかし数十倍の兵力差という劣勢を、どう覆せようか?
そして敵には四体の巨人までいる。
それに対し、ヴィルヘルムの始祖の巨人は、かつてエルディアの王が始祖の力を恐れた貴族たちと結んだ⌜盟約⌟によって使用が制限されていた。
つまり⌜座標⌟に接近する道が根源的に封鎖され、ユミールの民を支配する能力そのものが失われていたのだ。
始祖の巨人によって巨人化して敵と戦ったとしても、敵は四つの巨人を持っており絶対的優位に立っていたのだ。
ヴィルヘルムと皇帝軍は彼らの墓場となる戦場へと進軍した。
行軍中に既に脱走者が発生し、将校たちは彼らを銃殺して処刑したが、その処刑された数は百を超えた。
ヴィルヘルムの権力継承を支持した貴族たちは、自らの権力と命も彼にかかっていたため、死を予感しつつも、いずれにせよ貴族家門の第一の粛清対象となるなら、皇帝に従い戦場で死ぬことを名誉と考えた。
二日後、両軍は遭遇した。
まさに皇帝軍は一握りにも満たない兵力だった。
彼らは可能な限り有利な位置、すなわち森の中で陣を構えた。
ここなら騎兵もその利点を活かせないばかりか、砲撃からも比較的安全である。
さらに天が皇帝を助け雨が降り、森周辺は泥沼と化し、敵歩兵は接近しづらかった。
戦闘開始から二時間の間、皇帝軍は予想外に敵の攻撃をうまく防ぎながら出血を強いた。
砲撃が森の木々をすべて引き裂き、2万に達する大規模な騎兵の群れが森の周囲をぐるぐると回りながらラッパを吹き、心理的脅威を与えたが、皇帝軍には死を賭して戦う以外に選択肢はなかった。
死んでも皇帝のために死んだという名誉さえ残せる。
始祖ユミル の家門のために死ぬなら、死んでも天国へ行ける。
そうして彼らは殉教者の心を持って戦いに臨んだ。
むしろ兵士たちは死を望んだ。
死が訪れるのをひたすら待ち続けた。
皇帝軍が予想通り瞬時に敗北して全滅するのではなく、ある程度持ちこたえると、生きていることが焦燥感に変わった。
しかし、そのような殉教者の崇拝さえも、下水道の汚物にも劣るものにしてしまう心――それは根源的恐怖である。
根源的恐怖が皇帝軍の前面に広がった。
まず南方から女型の巨人が現れた。
それは木々を一つずつ踏みしめながら、彼らに向かって近づいてきた。
兵士たちは涙と鼻水を流し、小便を漏らしながら、ついさっきまで考えていた殉教と来世への信仰は全て忘れたかのように狂い、平伏して巨人の前で命乞いをした。
女型の巨人はその巨大な足で兵士たちをそのまま踏み潰した。
兵士たちは足・頭・腕・脚が圧縮され、缶詰を踏まれたような姿となった。
そして東から鎧の巨人が現れた。
兵士たちはそれに向けて全ての砲を集め砲撃を加えたが、砲弾は跳ね返されるだけだった。
瞬く間に大地は血に染まった。
死者の沈黙と死にゆく者の悲鳴だけが響いていた。
ヴィルヘルムは驚愕し、さらに驚愕して、もはや無感情になってしまった。
整列したままの中隊の歩兵たちが、将校たちが、下士官が平面状に押しつぶされている様は、人間の頭では到底受け入れられない地獄の光景だった。
そこに進撃の巨人が反対側から森の中へ入ってきた。
巨人たちは兵士たちを一つ一つ踏みつけながら虐殺を続けた。
大砲の砲撃は森に遮られて外れた。
騎兵たちは全く役に立たなかった。
このような状況では手榴弾を持った擲弾兵たちだけが役に立った。
手榴弾を持って鎧の巨人の方へ駆け寄り投げつけると、鎧の巨人の足元の硬質化部分が砕けた。
皇帝軍の精鋭擲弾兵たちは、勇敢な勇気をもって数発の手榴弾を足元へ投げつけた。
鎧の巨人はよろめき、バランスを崩すと歩兵隊の方へ倒れ込み、無数の死傷者を出した。
足元へ手榴弾を投げる擲弾兵たちを発見した女型の巨人は、砲弾が積まれた箱を持ち上げ、敵部隊へばら撒いた。
死の雨が降った。
天から降り注ぐ鉄球を避けるため、歩兵たちはあちこちへ飛び回った。
戦列は崩壊し、四方は混乱に陥った。
それは単なる虐殺劇だった。
三体の巨人が一方的に数千の兵士を虐殺した。
ヴィルヘルムは無意識に口元へ手を当てた。
「ここで巨人化を……
巨人化したところで、あの三体の巨人に敵うだろうか?
全て無意味ではないのか……」
ヴィルヘルムは大虐殺劇に戦意を失った。
まもなく彼は反逆者たちに捕らえられ、巨人も帝位も奪われるだろう。
「しかし私は名誉ある死を遂げる。
始祖の巨人は誰にも奪い取らせはしない。
自ら命を絶ってやる」
彼は短剣を首に当てた。
ちょうどその時、
天地が揺れ動き、空は赤く染まり、灰と塵が全天を覆った。
巨人すら危ういほどの強風が吹き荒れた。
ヴィルヘルムと兵士たちが森の外を見ると、そこにはキノコのような巨大な雲が生まれ、煙と炎を噴き出していた。
その炎の暴風で連合軍の兵士数百名が空へ吹き飛ばされた。
そして一つの巨大なクレーターが大地に生まれた。
その上に、非常に大きな巨人、筋肉だけが目に見える巨人が立っていた。
超大型巨人だった。
超大型巨人は連合軍の兵士たちを踏みつけながら前進した。
巨人の足跡ごとに死体がぐちゃぐちゃに潰れていた。
巨人から噴き出す蒸気は兵士たちの体を焼き尽くした。
巨人が一度身をかがめて兵士たちをひと掴み掴むと、虚空で炸裂させ、骨と肉片が混ざった赤い雨が降り注いだ。
そして超巨人の両脇からは赤い服を着た数万の騎兵たちが溢れ出た。
「敵を殲滅せよ!」
同時に森にも数万の赤い服を着た兵士たちが到着した。
その姿を見た進撃、女型、鎧の巨人は急いで森から抜け出し後退した。
連合軍の軍隊は壊滅を免れるため超大型を避けてあちこち逃げ惑ったが、ばらばらに散った歩兵たちはそのまま赤い騎兵たちの餌食となった。
「ああ……」ヴィルヘルムは安堵のため息をついた。
一人の男が馬に乗って彼の前に現れた。
「お前が来るのは分かっていた」
「陛下。お怪我はございませんか」
彼は40代の中年に見えた。
「あの人が······。」皇帝軍の兵士たちがざわついた。
男性は赤い帽子を深くかぶり、赤い手袋と赤い軍服を着ていた。
彼は超大型家の当主であった。
彼は救援軍を率いてこの地に到着したのだ。
ヴィルヘルムは彼の顔をじっと見つめた。
火傷の瘢痕が顔中に広がっていた。
手袋を脱いだ彼の手にも火傷の傷が覆い尽くしていた。
過去に何度か会ったことがあったが、見るたびに傷痕に覆われた彼の体は見るに慄然たるものだった。
全身が火傷で覆われ、美醜を論じる前に既に人の形相ではないように見えたからだ。
「あの男が超大型家の赤の公爵だ」兵士たちが言った。
この戦いが終わると、平原には4万人を超える死体が、形すら判別できないほど炎に焼かれ、焼け焦げていた。
その後、超大型家の救援軍は連合軍に対して連戦連勝し、進撃家と獣家が条約を結び、皇帝の軍門に降伏した。