このマキマは同心円じゃなくてぐるぐるおめめ。
マキマは支配の悪魔である。
人間界に生まれ落ちてからは心の赴くままに人間や小動物を支配して生きてきたが、ある程度成長してから偶然見た映画で、家族という対等な立場の存在が欲しくなった。
打算もなく、互いに愛し合い、抱き締めたら抱き締め返してくれる存在。
依存ではなく、互いを尊重し合える、そんな。
「そう……それは、支配の悪魔という私自身の存在を否定することに他ならない」
無理だ、とマキマは思う。
名が付いて生まれる悪魔というものは固有の力を持っていて、それは本能と似ているためにどうしても力を振るわなければ満たされない欲求である。
しかし、憧れてしまえば、心を止めることはできない。
「どうにか、どうにか……私も、本物の、温もりが欲しい」
であれば、不特定多数の人間に支配をかけるのではなく、特定の人間に強く支配をかけたらどうだろうか。
それとも、支配をした人間を一定期間で解放して次々に入れ替えていくのはどうだろうか。
もしくは、徹底的に支配欲を我慢してみたらどうだろうか。
マキマは自らの存在と、心を、天秤にかける日々に費やした。
「ダメ、かな……」
ある程度身体も成長し、人間社会に溶け込むには周囲と同じように働かなければならない。
彼女は悪魔だ。
戸籍が無く、ある程度の社会的立場がなければ、この先を生きていくことは難しい。
少し悩んだ後、マキマは国の中枢に関わる仕事を探すことにした。
「公安、デビルハンター……ね。 それなら私の力も使いやすいだろうし……うん、やってみようかな」
潜り込むのは簡単だった。
支配の悪魔の権能を使えば書類の偽造や面接はスルー、公安所属のデビルハンターとして就職が決まった。
それからは激動の日々。
悪魔であるマキマですら、帰宅して着替えることすらできずベッドに沈み泥のように眠ることもあった。
あまりのストレスに支配の権能をコントロールできない事すらあって。
「……今日は、比較的早く、眠れそう」
前日、いや本日は0時に書類周りが終わり公安本部を出て、1時にマンションに辿り着いて玄関で崩れ落ち、緊急連絡で飛び起きて4時から悪魔退治、それから出動書類出動書類出動書類……そして現在22時。
明日は35日振りの完全オフ日。
日本がひっくり返るような騒ぎでなければ、緊急連絡も来ない本当の休みである。
「ああ、お腹空いたな……栄養食以外食べたのっていつが最後だったかな……」
ふと、いつもの通りに明かりが見えた。
普段より早い(十分遅い時間だが)帰宅に、食堂なんてあったのかとぼんやり眺めていると。
「あら。 今晩は、お嬢さん」
「……あの、まだやってますか?」
「ええ大丈夫よ、好きなお席にどうぞ」
気付けば座ってメニューを見ていた。
なんだかもう、彼女は限界だったのだ。
温かいものを食べたのは、固形栄養食以外を口にしたのは、公安の職員以外と会話したのは、日が変わる前に帰路に着いたのは、いつだったのか。
並んだメニューは、支配の悪魔であるマキマの食欲を逆に支配していた。
「あの、ごめんなさい、はしたないとは分かってるんですけど」
「はいはい」
「生姜焼き定食と、単品でトンカツ、オムライスと、あと杏仁豆腐……瓶でビールを」
運動部の少年ですら食べ切れないであろう量を注文したマキマは少々気不味いところであったが、食堂の女将はにっこりと笑うだけだった。
すぐに瓶ビールと、良かったら食べて待っていてと突き出しの湯豆腐が出てきて、すぐに揚げ物と炒め物の良い香りと音がマキマに届く。
「あぁ……美味しい……」
マキマを知る人であればぎょっとする光景だろう。
普段は僅かに口角が上がる程度の微笑みしか浮かべないマキマが、とろりと目尻を下げ、柔らかく笑っているのだ。
そして気付く。
腹の中にある温かさは、今まで感じたことのない温かさだった。
食事について、考えたことはほとんど無かった。
ただの生命維持活動としか思っていなかった。
金銭を対価とする、ただエネルギーを摂取するための。
「ご飯がこんなに美味しいなんて……知らなかったなあ」
腹も心も満たされて帰路につく。
今まで感じたことのない満足感に、マキマは自らの支配欲が収まっていることに気付いた。
「ご飯……美味しいもので満たされるのって、愛なんだ」
愛。
求めて止まない、しかし支配の悪魔である限り手に入らないと思っていたもの。
「そっか、ただの栄養補給なら、味のことなんて気にしないもの。 美味しいものを作るっていうのは、私たちみたいな本能のものなのかな」
であれば、愛を理解し、得ることは、与えることは。
料理をして、ご馳走することで、支配とは違う関係を築けるようになる。
こうして支配の悪魔であるマキマは斜め上の進化を遂げることとなる。
マキマと公安の明日はどっちだ。