美桜《みお》は電車の中を隅《くま》なく探ったが車掌はおろか、人一人いない。携帯もずっと圏外で打つ手なしだった。
諦めて運転席と呼べるか分からない、何の操作機器もついてない運転席へ座る。
「本当、どうなってんだ?帰れんのかコレ…?」
自分で言った「帰れるのか?」に苦笑する。
あの母親の元へ帰るくらいなら、いっそこのまま…
そんな事を考えていると不意にチャポンッ!と音が聞こえた。何かが海面に落ちたのだ。
それを見ようと美桜は横の窓を見るが、電車は構わず進んで行き見る事が出来ない。
だがすぐにそれがなんだったのか分かる。星空から幾つもの流れ星が降ってきてるのだ。空に一瞬の光の曲線を残し、海に小さな光が落ちてきている。光は海の中で身動《みじろ》ぎして次第に泳ぎ出す。両手に収まるほどの光の魚が空からたくさん降ってきているのだ。光の魚たちは次第に群れをなし、電車と併走するように着いてきている。
「綺麗…」
美桜の口からそう漏れる。
その魚群は赤や青、白などに薄く発光しており、かつて父と見た天ノ川の様だった。天ノ川を走るこの電車は一体どこに向かっているのだろう。
「美桜、母さんを頼んだよ」
去年、天ノ川を見る父は私の頭をわしゃわしゃと撫でながらそういった。あの時はまだあんなに元気だったのに、病気になった父はみるみるやせ細って死んでしまった。
「父さん…」
しばらく電車が走ると正面の水平線向こうから大きな月が昇り出す。金色に輝く満月は半分だけ顔をのぞかせたまま動かない。だが、電車が進む事に大きくなっていく。美桜は気が付く、この月は夜空の彼方にあるのではなく、この海に浮いているのだ。
月の半分が海に沈み、もう半分が顔を出している。そして、この魚たちとこの電車の目的地なのだと美桜は直感する。
どんどんと月は大きくなって、大きなクレーターの様な穴へと、電車と光の魚たちが入っていく。中も月の優しい光が満ちており明るい。しばらく進むと金色の月の浜が見えてくる。電車がゆっくりとスピードを落としてその浜へと止まる。魚たちは嬉しそうに水の中でバシャバシャと跳ねている。
ピィポーン、ピィポーンと軽快な音がして扉が開き、美桜は恐る恐るその浜へと降りる。砂浜に足を落とすと月の砂がキラキラと舞った。
どこか幻想的なその場所は月の光を溜め込んだ隠された浜辺のようだと美桜は感じた。
周りを見渡すとクレーターのような横穴や縦穴が大小様々あり、その内のひとつを覗くと何処までも続いている。
美桜が顎に手を当てて、どうしたものかと悩んでいると足元近くにある小さなクレーター穴から白く長い耳が出ている事に気が付く。じっと見つめていると、ぴょこりと顔をのぞかせる。真っ白い毛並みに小さな鼻をひくつかせ、何故か頭にタオルを巻いたウサギだった。
「かっ…可愛い!」
美桜がそう言うとウサギはぴょんと穴から飛び出して、クルクルと宙を舞って美桜の前へと降りてくる。美桜の膝上ぐらいの大きさだがウサギにしてはかなり大きい。それに二足歩行で立っている。ウサギは美桜に向かって鼻ひくつかせた後に2本の前歯が見える口を動かす。
「何で生きた人間がここにいる!?」
美桜は驚き後退りすると、キラキラと砂が舞い上がりウサギがゲホゲホと咳をする。
「ウサギが喋った!!」
「おい人間!俺はウサギじゃねえ!月鼠《つきねずみ》のポルックスだ!」
ポルックスと名乗る月鼠は頭に着いた砂を手で払う。美桜が固まっているとポルックスが浜に止まる電車に目を向ける。
「これに乗って来たのか?でもどうやって…」
「あ…あなたは…なんなの…?生き物?」
まじまじと電車を観察するポルックスが振り返り、ため息を吐く。
「生き物以外に見えるか?俺はこの月の島の住人だ。漁師をしている!」
ポルックスがそう言うと、電車の脇にある杭のような物を外す。杭に結ばれていた紐をよいしょよいしょと引っ張ると、大きなネットに入った光の魚たちが海の中からバシャバシャと音を立てながら出てくる。
「これ食べるの…?」
美桜が多種多様な色に光る魚を指さしながら言う。
「ああ!俺達はこの魚を食べて生きてんだ!逆に人間は色んなもんを食ってるよな!めんどくさくねぇのか?」
ポルックスが慣れた手つきで、網から魚を出して木でできた籠へと移していく。大きな穴に停めてある手押し荷馬車にその籠を乗せる。
「乗りな! 人間!街まで案内してやるよ!」
「人間って呼ぶの辞めてくれる?美桜よ!月鼠さん!」
つづく