美桜は光る魚がたくさん入った木の籠と共に、荷馬車で揺られている。それを月鼠《つきねずみ》のポルックスが、クレーター内の緩やかな坂を引っ張る。
カラカラと木の車輪が周り、回る度にキラキラと月の砂が舞っては後方へと流れていく。
「重くない?手伝おうか?」
美桜が体育座りをしながら申し訳なさそうに、ポルックスに問う。
「あ?大した事ねぇぜ!月鼠は人間なんかより力持ちなんだ!それよりも…ミオっつたか?お前…」
荷馬車を引きながら、ポルックスは神妙な面持ちでこちらに振り返る。
「な…なに?」
「お前…日本人か?」
突然の質問に美桜はほおけた顔をする。まさかこんな不思議な場所で、不思議な動物にこんな質問が飛んでくるとは思わなかったのだ。
「そうだけど…それがなに?」
するとポルックスはパーッと笑顔になる。
「やっぱりそうか!髪も黒いし、日本人特有の顔立ちだ!」
なんでこの生き物はそんな事を知っているのだろうか?ポルックス「そうかそうか」と頷いてスキップする様に荷馬車のスピードを上げる。
「なんでそんな事が気になるの?」
美桜の質問にポルックスは少し考える様に上をむく。
「うーん、どっから説明すっかな…月鼠は人間にとっても詳しいんだ!」
「どうして…?」
ポルックスがニヤリと笑いこう答える。
「俺達が人間の記憶を食って、生きてるからだ!」
ゾクリと悪寒が走り、冷たい汗が背中を伝う。今すぐ逃げた方が良いだろうか、美桜は辺りを見渡して逃げ道を探す。
何も考えなしに着いてきてしまったが、失敗だったろうか。
そんな事を考えていると、ポルックスはガハハと笑う。
「お前の記憶を食べたり何かしないさ!俺達が食うのは死んだ人間の記憶だけだ!」
「……どういうこと?」
ポルックスはクイッと木の籠を顎で示すと、籠の中で魚たちがピチピチ跳ねる。
「その魚だよ!」
しばらく坂を登ると月の島の表面へと出る。空は相変わらずの満点の星空で、流れ星は絶え間なく海の向こう側へと流れていく。月の光を放つ、大きな岩がゴロゴロと転がる中を荷馬車はゆっくりと進んでいく。
「俺は日本人の記憶が一番好きなんだ!映画や本の記憶がある奴は当たりだな!最近は多いぜ!ミオも見たりするか?」
「あんまり…」
父は好きだった。家にいる時は本をよく読んでいたし、休みの日は映画を一緒に見に行ったりしたが、美桜にはどれも難しい話だった。
不服そうな顔をする美桜を見て、父ははにかんだ様な顔で笑っていた。
「美桜にはまだ少し難しかったか、ごめんね…」
車輪が岩に乗り上げて、荷馬車大きく揺れて我に返る。
「おっと、ごめんよ!」
「ねぇ、記憶を食べちゃったらどうなるの…?」
ポルックスはチラリとこちらを一瞥《いちべつ》し、前を向く。
「食べてもなくならない。それに俺らが食べるのは記憶だけ、それが俺達が貰った役目だかんな」
ポルックスはそう言うと黙り、荷馬車は月の粒子を輝かせながら静かに進む。
「おい!見えてきたぞ!」
美桜が顔を上げると、ポルックスが下を指さしている。その方向に目をやると、大きな大きなクレーターの中心にこれまた大きな城がたっている。城は金色に輝いて時折、白い光が一筋空へと飛び上がり、上空でほつれ白い粒子になって夜空の彼方へと飛んでいっている。
その城の周りを取り囲むように、月の石をくり抜いた様な建築物が整然と並び城下町を作っていた。
「ようこそ!ミオ、俺らが住む月の都市クラビウスだ!」
つづく