クレーターの周りを沿うように、月の石を切り出したレンガ造りの下り道をゆっくりと降りていく。荷馬車の車輪がレンガを踏む度にカーン、コーンと、ハンドベルを鳴らした時のような心地よい音が響き渡る。
「綺麗な音」
「ああ!月鼠《つきねずみ》の職人達が作った道だ!」
美桜《みお》が荷馬車から顔を出し、レンガ造りの道を覗き込む。金色のレンガが隙間なく敷き詰められて、長い道のりを寸分の狂いなく続いている。
音が鳴る度にレンガが淡くひかり、荷馬車が通った所を二本の光の筋を残していく。
そして砦のような大きな門が見えてくる。砦はどうやって作ったのか、壁が緩い曲線を描いたように、丸みを帯びていてツルツルした印象だった。門は大きく開け放たれており、舞った月の粒子が息を吸っている様にゆっくりと門の中へと吸い込まれていく。風が吹き抜けていくような構造なのだろう。
頭に西洋風の兜を被り、片耳が折れている門番らしき月鼠がぴょこぴょこと近づいて来る。
「おう!ポルックス!ご苦労さん…って人間か?珍しいなぁ」
兜の月鼠がしげしげと美桜を見つめてくる。
「浜辺で見つけたんだ!ミオって名前らしい。人間って呼ぶと怒るからやめとけよ!」
「別に怒んないし……」
兜の月鼠がガハハと笑った後にピッと敬礼をする。その動きはうさぎの動きというより、人間の軍人の様だった。
「それは失礼した!我々一同、ミオ殿を歓迎しますぞ!月の都市クラビウスへようこそ!」
そう言われ、門の中へと進み出す。荷馬車が進み出し、見えてくるクラビウスは想像とはまるで違っていた。
建物は遠くからだと分からなかったが、大きな月の一枚岩を丁寧に切り出して、西洋などで見られる宮殿のような佇まいである。それが何十何百と連なって、大きな街道の両側に整然と並んで正面の城の方へと続いている。
街道ではかなりの月鼠達が行き交っており、数は少ないが中には鳥のような別種族の生き物もいるようだった。
こちらに気が付いた月鼠達が、手を振ったり指さしている。ボールを蹴っている子供の月鼠達が気がついて、好奇心の眼差しを送ってくる。
美桜は何だか気恥しくなる。
「ミオ、これから王宮へいくぞ!」
「え!?あの城に行くの?!」
「ああ!魚達は最初に王様の元へと運ぶ習わしだ。それに人間であるミオの事も話さないとな!」
何だか偉いことになったと思う。月鼠達の雰囲気から歓迎されているようではあるけれど、何だかいたたまれない。
あっという間に金色のお城の前へとやってくる。お城の作りは他の建造物と少し作りが違っていた。何やら細かい彫刻がびっしりと掘られ、どこまでも高い塔が複数たっている。
それに城というより、父の本に書かれていたサグラダ・ファミリアのようだと美桜は感じた。
それに大きな入り口が複数ありどれも開け放たれて、その中へと風がゆっくりとだが確かな力で吸われていっている。このお城全体がまるで何かを吸い込んでいるかのようだった。
複数の月鼠の兵士と喋った後に中へと入る。
中は驚くほど広く、天井がどこまでも高い、そして風がゆっくりと上へと吹いていた。試しに美桜が荷馬車から降りてジャンプしてみると、僅かに身体が浮いた様な感じがした。
「すげー身体が軽い!」
この中は重力が弱いのかもしれない。美桜がはしゃいでいると、ポルックスが言う。
「そろそろ王様の御膳《ごぜん》だ!お優しい方だが、失礼のないようにしろよミオ!」
「わかったよ」
ポルックスと並んで歩いていくと、王座のような豪華な椅子に、白いふわふわの毛並みで立派な口ひげを蓄えた月鼠が座っている。
頭には自分の身体より大きな王冠を被っていた。
「陛下!本日の魚を納めにまいりました!それと浜に人間のミオがおりまして、連れてまいりました!」
王様は真っ白な眉毛の隙間からこちらを覗き込み、美桜を見ると優しく笑う。
「これはこれは可愛い人間のお嬢さん。クラビウスによう来た。私はこの島を統治するメトシェラと申す」
「陛下!失礼ながらミオは自分を人間と呼ばれると怒るのです!」
美桜はビクリとする。このウサギは何を言い出すのだろうか。
「やめて!別に怒んないから!」
王様がフォッフォッフォと笑い自分の白い髭を撫でる。
「それは失礼したなミオ殿。して、此度《こたび》は何故《なにゆえ》こんな所まで来られたのだ?」
「あの…電車に乗ったらいつの間にか海を走ってて、気が付いたらここに…」
王様は深く考え込むように、手を顎に当ててしばらくそうしていると、グーッといびきをかきだす。
「陛下!」
ポルックスが大きな声で王様に声をかける。
「ああ、起きておるぞ!」
この王様は大丈夫だろうかと美桜は少し不安になる。
「ミオ殿は元いた世界に帰りたいかの?」
突然の王様からの質問に美桜は返答に困る。
私は元いた場所に帰りたいのだろうか、正直分からない。大好きだった父はもう居ないし、母は…分からない。きっと帰ってもこの喪失感はなくならない。
「この世界にやってくる生きた人間の殆どが、元いた世界の自分の居場所から逃げ出したいと思うとる…」
王様は高い天井を見上げ、美桜もつられて見上げる。すると白い何かがたくさん天井付近を飛んでいた。それらは綺麗に群れをなしバサバサと翼を羽ばたかせながら、天井に空けられた穴の中へと吸われていっている。
「あれらは人間の魂じゃ。我らの使命は彼らを次の島へと送り出すこと…」
「人間の魂…?」
王様は王冠を落とさぬ様に、器用に頷く。
「うむ、彼らは儚くも色鮮やかな人生を送り、肉体を脱ぎ捨ててこの世界にやってくるのじゃ。じゃが、魂になった彼らにとって記憶は重すぎる…」
王様の前に置かれた、木の籠の中の淡く光る魚達が跳ねて反応する。
「我らは彼らの記憶を食べる事で、その身に残る柵《しがらみ》を解いてやるのじゃ。そうすれば彼らは思い残すこと無く、飛んでいけるからの…」
王様が椅子に座り直し姿勢を正す。
「ミオ殿、このクラビウスに滞在する事を許可しよう。月が沈むまでゆっくり考えてみなさい」
つづく