幸いなるアッカーマンよ、汝は自由である   作:ヤン・デ・レェ

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意訳:終わりに向かって


Versus Finem

 

 

 

 

巨人の軍事利用に関する最古の記述は、最初のエルディア系の王によるマーレ及び自国内の他民族に対して振るわれたものである。

 

この時に無垢の巨人が観測され、以降は懲罰の一種として無垢の巨人に変えられるものと、無垢の巨人に喰い殺されるものが導入された。前者は主にユミルの民に対して執行され、後者はそれ以外の異民族に対して執行された。

 

また、対外戦争の際にはこのような要因で増えた無垢の巨人が大量に動員され、戦争の趨勢を左右する大きな戦力となった。

 

無垢の巨人を国内外の懲罰と戦争に用いるようになった背景には、初代フリッツ王とも呼ばれるこの時の王が、王権の強化の為に、独自の軍事能力を求めたことが挙げられる。

 

異なる見方を挙げれば、同時代の伝承に造詣の深い賢者達の多くが指摘するところに、フリッツ家による始祖ユミルへの復讐だとするものがある。

 

フリッツ家はエルディア人の首長を世襲してきたが、その先祖で同名のフリッツという首長は始祖ユミルの逆鱗に触れて殺されたとされており、これは殺されたフリッツの子々孫々に語り継がれてきたようである。

 

フリッツの一族は自分たちの奴隷であったはずのユミルとの立場が逆転したことで、リベラト人や他の部族に対しても譲歩を迫られ、事あるごとに不遇を託って来た、とするのがエルディア人の、殊に指導者層の多くに共有されて来た見解であるらしい。

 

このような事情はありつつも、数百年前に受けた屈辱を理由に巨人の力を正統王家から簒奪し、この力を以て苛政を敷いた、と単純に考えることは些か安直であろう。

 

とはいえ、確かな事実として初代フリッツ王はエルディア人を優遇し、これに反対したリベラト人を始めとする同輩諸族を巨人の力を行使して弾圧し、剰え百余年の均衡を破りマーレに宣戦布告したのである。

 

フリッツ王はリベラト人の首脳陣を殺戮し、返す刀で巨人の群れをマーレに差し向けた。同時に、国内に徴兵令を発布して軍勢を揃えると、マーレに向けて進軍を開始した。

 

一連の攻勢は見事に成功したが、マーレ軍の頑強な抵抗に遭ったこと、アクアヴィル氏族に対する徴兵が不発に終わったこと、攻勢が上首尾に終わった結果、土地の占領を担う兵士たちが略奪に没頭した為に軍全体が停滞したこと、目標に定められていた占領予定地域の奪取が早々に完了したことなど、複数の要因に基づいて、初代フリッツ王によるマーレ侵攻は終了した。

 

初代フリッツ王による一連の戦争行為並びに謀略による粛清行為は後世において、大国マーレによる冊封体制からの離脱を目指した独立戦争として位置付けられ、と同時にこの崇高な目的の障害となるマーレ支持者の国賊を排除する為に行われた必要悪だったと見做された。

 

一面においては事実も含んでおり、実際にマーレの冊封体制からの離脱には成功しており、マーレから奪取した領域を緩衝地帯として自国に組み込んだ後はここに八つの巨人の半数を配置して統治を盤石なものとしたことは評価されている。

 

一方で、リベラト人との共存に納得していたエルディア人の多くはこれらの弾圧に否定的であり、フリッツに対する突き上げが無かったわけでは無かった。しかし、彼らの多くは無垢の巨人に変えられるか、或いは無垢の巨人に食われることになり、この見せしめが有効に機能した結果、王権はいっそう堅固に、より専制的なものに変わったのである。

 

帰還した初代フリッツ王はマーレから収奪した財貨をばら撒くことで批判を鎮静化させると、先述の見せしめと合わせて、巧みに飴と鞭を用いたことで王権の強化に成功した。また、自身の跡目に同じエルディア系の王族を指名したことで、以降、王が生前に後継者を指名する慣習が生まれた。

 

初代フリッツの死後、二代目のフリッツ家出身の王が誕生した。ここに事実上のフリッツ朝による世襲が成立し、同時にこの王により初めて民族の名を冠した国号が制定されることになった。

 

これが世に言う『エルディア帝国』の誕生である。

 

 

 

 

 

エルディア帝国の成立に関しては、厳密に言えばユミルの民の王国との中間地点に位置する期間が存在しており、この期間は初代フリッツ王による僭称期間、ないしは『エルディア王国』時代として記録されている。

 

この名称の根拠としては、マーレ侵攻直前に発布された詔勅が引用される。

 

これはマーレの悪行を挙げ列ね、激しく批判し、これらを根拠に独立を獲得する為に戦争を行うことを宣言する内容の詔勅の末尾において用いられた、初代フリッツ王直筆の署名『エルディア王国の国王フリッツ』の表記に基づいている。

 

この詔勅の後、初代フリッツの死後に即位した二代目フリッツ王により発布された最初の詔勅で初めて用いられたのが『エルディア帝国の皇帝フリッツ』の署名であった。

 

果たして、以降はエルディア帝国の名を公式名称に定め、その名の通りにエルディア民族を中心に据えた帝国を形成していくこととなる。

 

ここで視点をアクアヴィル氏族と王家へと移す。

 

まずはアクアヴィル氏族に関してだが、徴兵拒否に対するお咎めは、結論から言って無かった。無罪放免である。

 

この時、すでに国内人口の一割近くがアクアヴィル氏族との何かしらの血縁的接点を持っており、経済においては三割近くがアクアヴィル氏族と関連したものが占めていた。

 

何よりも、アクアヴィル氏族は強力な私設軍隊を保有する軍事組織的な性格を持ち続けており、強硬な対立は王権強化の成功を無に帰す可能性さえあった。

 

加えて、初代フリッツ王が最も恐れたとされているのが、アクアヴィル氏族の皇室復帰である。王位継承権を放棄したものの、国内外において唯一、絶対的な血統の正統性を維持して来た点は簒奪者を自認せざるを得なかった初代フリッツ王にとって、引いてはフリッツ家とエルディア人全体にとっての最大の脅威だった。

 

リベラト人や他の有力諸族を弾圧した背景には、万が一にもアクアヴィル氏族が皇統に復帰した際の衝撃を減衰させる為には、機先を制して氏族に同調するであろう潜在的な敵対勢力を弱体化させる思惑があったのかもしれない。

 

結果としてアクアヴィル氏族が王権奪還の為に自由を捨てることはなく、九つの巨人の継承権はフリッツ朝が世襲していくことが既成事実化したのである。

 

 

 

 

 

フリッツ朝は二代目フリッツ王を初代皇帝に位置付けた。以後は彼の血統がフリッツ朝として皇帝を輩出していくこととなった。二代目フリッツは帝国の成立を宣言したあとは皇帝権の確立に奔走したが、アクアヴィル氏族の協力も妨害も受けることはなく、その生涯を通じて内外との折衝に尽力した。

 

先王の負債を清算することは到底叶わず、結局のところは巨人の力による高圧的な外交姿勢が取られた。外交使節の目の前で巨人になるという、巨人の力を視覚的にデモンストレーションする外交政策は、結果的に議論を交えずに相手を屈服させることに非常に有効であった。

 

この外交上の成功体験は皇帝権の確立のために必要な時間を稼いだが、同時に巨大な武力を背景にして相手に熟慮の時間を与えずに決断を迫る、非常に効果的だが非常に野蛮な外交的慣習をも確立してしまったと言える。

 

このような対外的姿勢はエルディア帝国を誕生早々に虎狼の国として認識させる大きな要因となり、また周辺国の警戒心を無思慮にも煽ることとなった。

 

外交的勝利に帝国は鼻高々だったようだが、周辺国の心情は甚だ悪しく、それは帝国への敵対を促したと同時に、謀略と奇襲により属領を収奪されて以来、帝国の不倶戴天の敵となっていた大国マーレに対する支持を後押しすることになった。

 

各国は水面化で暗躍し、挙ってマーレとの外交通路を確保するや、対帝国で利害の一致を得て、その規模は古代世界において最大のものへと成長していくのである。

 

 

 

 

 

そして、紀元前350年が来る。帝国最大の危機は勃興の好機へと変わることになったのだ。

 

紀元前350年代までのおよそ三百年間で度重なる征服戦争により肥大したエルディア帝国は一転して周辺諸国による攻勢を受けていた。

 

エルディア帝国が拡大のための侵略戦争に没頭した三百年間は、そのまま周辺諸国にとっては共通の脅威の為に足並みを揃える為の、またこの脅威に対処する為の力を養う為の貴重な時間となったのである。

 

逆に言えば三百年も準備が必要であったという見方もできるが、エルディア帝国による妨害が連衡策に何らの影響も与えていなかったわけではない以上は、絶え間ない暗闘の末に結実した、乾坤一擲の策であったことは間違いなかった。

 

巨人の力は強大である。しかし、その数には限りがあり、また同時に展開される範囲にも限界があることは三百年間の戦闘記録を研究したことで究明されていた。

 

始祖の巨人により統制された巨人の群れによる攻撃は、古代世界において比類なき必殺の威力を誇ったが、同時に全体の統制を一個人に依存する関係上、必ずや戦線には穴が開く。

 

古代の戦略家の頭脳は、この小さな穴に全てを賭けたのである。

 

賢人たちは巨人と戦っても勝てないことなど痛いほど理解していた。そんなことは周知の事実であり、古代から共有されて来た認識であった。

 

であれば、巨人と戦わなければいい。

 

そう、賢人たちは考えたのである。

 

戦線を展開し、これを維持する。

 

そして、開いた穴を通じて帝国内部へと侵入し、領内を撹乱しつつ、精鋭部隊を帝国の中枢へと向かわせるのだ。

 

そして、一個の軍隊は決死隊となり、その命と引き換えに始祖の巨人の捕獲、ないしは強奪を計画したのである。

 

捕獲も強奪も叶わなければ、最終的には殲滅する覚悟であった。

 

果たして計画は実行された。

 

綿密な事前協議により定められた同時同刻に、マーレを盟主とした数十の中小部族からなる連合軍が足並みを揃えてエルディア帝国領内への浸透を開始した。

 

侵攻は粛々と行われ、兵士たちは略奪も占領も捕虜の獲得も思慮に入れず、徹底的に帝国深部への到達だけを目指して疾駆した。

 

巨人戦力に依存して慢心し、練度不足が否めない帝国市民からなる守備隊は脆弱な守りを次々に突破され、戦線は巨人部隊の救援を待つことなく早々に崩壊した。

 

道中の集落は守備兵を制圧した後で焼かれ、捕虜を取ろうとすらせず逃げる者は捨て置いた。

 

ただ前へ前へと進み続けたのである。

 

巨人部隊は始祖の巨人の号令に従い、脇目も振らずに駆けつけては次々に同盟軍部隊を各個撃破していった。

 

巨人部隊が現れると一方的な蹂躙が展開されたが、同盟軍は一歩も引かずに敢闘し、槍を握ったまま次々に無垢の巨人の腹に収まり、或いは知性巨人の理外の力と機動により引き裂かれていった。

 

しかし、同盟軍の作戦は予定通りに進行していた。

 

現に、巨人部隊は戦えば全戦全勝だったが、同時に展開できる戦線は限界まで拡大しており、中には逆侵攻のために猪突猛進する知性巨人もあった。

 

始祖の巨人を介した皇帝の指揮能力も逼迫し、常に後手を踏み続けていた。

 

だがここで何よりも問題になったのは、皇帝が密かに期待していたアクアヴィル氏族による同盟軍への攻撃が一向に始まらないことであった。

 

外敵による侵害に関しては敏感に反応し、これを撃滅するのがかの氏族の当然の反応だと考えていた皇帝は、その楽観を責められるように窮地に陥っていた。事態は刻一刻と悪化していき、同盟軍は予定よりも遥かに多くの軍勢を伴って帝都の喉元にまで迫っていた。

 

さて、当のアクアヴィル氏族はというと、皇帝の使者が再三にわたって要請しても尚、虎の子たるアカヴィリ騎士団を始祖の陵墓を防衛する配置から動かそうとしなかった。

 

加えて、早々に旧王家の血筋を保護する動きを見せた為に、権威の柱を奪われることを恐れた皇帝直属の護衛兵とは一触即発の状態であった。

 

このような八方塞がりの状況下で、この期に及んで敵の目的に勘付いた皇帝は、巨人の力が奪われることを断固拒絶し、遂には最後の理性をも捨て去ったのである。

 

皇帝はなりふり構わずに全ての巨人に帝都への集結を命じるや、指揮を放棄し、可能な限りの巨大な巨人として変身して、帝都に迫る敵軍に対して先んじて攻撃を加えたのである。

 

 

 

 

 

時間を稼ぎたい皇帝と、始祖の巨人を奪いたい同盟軍は死闘と形容するのが相応しい戦いを展開したが、あまりにも規模の違う、桁違いの巨大さにより捕獲は断念された。

 

だが、捕獲を諦めたからといって、この巨大な巨人を殺す術が当時の人々にあったわけではなかった。当時としては破格の巨大さを誇る対巨人戦闘用の投石機も、この山のような巨人に対しては無力であり、皇帝による一方的な虐殺へと戦いの様相は徐々に、だが確実に変貌していった。

 

時間が経過する毎にすり潰されていくことで遂に同盟軍の士気は崩壊した。恐慌状態に陥り一目散に撤退する彼らの背に皇帝の巨人が追いすがり、やんぬるかな逃走方向からは帝都目指して全速力で駆けてきた無数の無垢の巨人と、多様な攻撃手段を持つ知性巨人が出口を塞ぐように現れたのである。

 

同盟軍の決死隊は文字通り、決死することと相成り、絶望の淵で陰惨な最期を迎えた。

 

だが、同盟軍を殲滅して尚も皇帝の怒りは収まらず、彼は全ての巨人を用いて、何の容赦もない命令を下したのである。

 

彼は見せしめにマーレをはじめとした同盟国全てにありったけの巨人を差し向けると共に、自らも帝都を空けて、山のような巨軀で先陣に立ち、無数の無垢の巨人を引率して敵国の大地を踏み均していったのだ。

 

 

 

 

 

エルディア帝国は古代の大国マーレを滅ぼし、マーレを支持して同盟に参加していた中小数えて数十にも及ぶ部族集団を隷属下に置いた。

 

古代の対エルディア帝国大同盟は、今や跡形もないほどに壊滅され、その存在自体が最早恐るべき禁忌となっていた。

 

大同盟の結成は共通の敵に対する大いなる連帯を示したが、結果、得られた成果は最悪をも凌駕する悪夢となって、実体を伴って現実に襲い掛かった。大同盟は呼び起こしてはならない怪物を呼び覚まし、この怪物に刻まれた強烈なトラウマは彼に再発防止の為の更なる苛政を許した。

 

まるで良心の呵責をも忘れた様に、帝国は国内外の敵対者に向けて徹底的な弾圧を加えたのである。

 

その弾圧は戦中に非協力的な態度を貫いたアクアヴィル氏族にも及んだが、破壊することに長ける巨人の力に対して、かの氏族は全く脅えを感じることなく、平然と変わらぬ自由を謳歌していた。

 

皇帝は知性巨人を遣わしてこれを弾圧することに決めたが、始祖の巨人を含めた全ての巨人がアクアヴィル氏族の領域に入り込んだところ、彼らは始祖の陵墓に逃げ込んだのだ。

 

皇帝と八人の貴族は巨人化してこれを追い掛けた。

 

陵墓を破壊することもできたが、皇帝の一行はそれは避けたかった。彼らは巨人の姿のままで陵墓に入り込んだ。

 

だが、足を踏み入れて石棺に触れた時点で、皇帝をはじめとした全ての知性巨人は無力化され、遂には無抵抗で縄打たれたのである。

 

九人のエルディア人は二つの石棺の前で跪き叩頭させられた後、特別の儀式もないままに陵墓の裏手に孤高として聳える古の巨木の根本へ連行されていき吊るされた。亡骸は損壊されず、清められた後でフリッツ家に返還された。

 

 

 

 

 

フリッツ朝による巨人の継承をアクアヴィル氏族が認めたわけではなかった。外からはその様に見えたとしても、彼らにとっては異なる論理に基づいて一連の処置は取られたのである。

 

彼らの論理は何一つ変わらず、巨人の力とて自由なものであり、である以上は誰が継承しようが、それは畢竟、重要ではなかった。

 

巨人を受け継げなくとも、王家の血統が存続すればよいのであり、巨人の力の継承は遺詔に含まれない、優先順位外の事項であった。

 

また、彼らは遺体の返還が巨人の継承権を認める意味を持つとは考えておらず、単にフリッツ家出身の人物の遺体だから、家族の元に返しただけだったのである。

 

しかし、これらの理由はフリッツ家にとって重要ではなかった。より重要な意味を持ったのは、あのアクアヴィル氏族から、次代の九つの巨人の継承者としてフリッツ家が指名された、という外見的な事実だったのだ。

 

この事実は他の何よりも大きな意味を持ち、マーレを滅ぼした偉大な皇帝の死すらも、最早問題外だったのだ。

 

この一件は公に喧伝されなかったものの、肥大化した帝国においては暗黙の了解として知れ渡った。

 

あの神の如き力を発揮し大国マーレを滅ぼした皇帝すらをも、いとも簡単に殺してしまえる勢力が存在しており、またこの勢力が次代の九つの巨人の管理権をフリッツ家に付与したのである。

 

果たして、フリッツ家は思わぬ形で、思わぬ所からの正統性の強力な担保を得ることになり、皇帝が殺された事実は巨人の力を酷使したことによる急死として告知された。

 

フリッツ家はアクアヴィル氏族に対する硬質な態度を急激に軟化させ、より一層の懐柔政策に注力し始めた。

 

だが、新しい方針においては氏族を統制下に置くことを潔く放棄し、あくまでも一方的な贈与という形を取ることで、形式的なものだとしても自身の勢力圏内部の一角にこの集団を規定し、その上で友好を維持していくことが目標とされた。

 

このような模索を基礎に置き、新たに即位した皇帝はすかさずアクアヴィル氏族に対して一方的な名誉職の贈与を行った。

 

それが大英雄へーロスの顕彰であった。

 

最初の顕彰の具体的な内容は、『終身護民官』と『近衛隊長官』の追贈であった。

 

これに対してアクアヴィル氏族は初めて公的な反応を示したとされており、時の宗室当主から皇帝宛に届けられた書簡の内容は、端的に言えば『ありがとう、嬉しい』程度のニュアンスだった。

 

一見淡白に見られるかもしれないが、驚嘆すべきことに、フリッツ朝より以前の正統王家の時代からの全ての書簡を含めても、宗室の当主から時の君主に対して送られた公式書簡の中において、手放しでの感謝と称賛の言葉が用いられたのは史上初めての出来事だったのである。

 

これは破天荒極まる試みだったに違いなく、受け取った皇帝は人目も憚らずに欣喜雀躍し、その年の税を免除したとさえ言われている。

 

果たして、アクアヴィル氏族を懐柔することは出来ないが、しかし、氏族との関係改善の為の最高の妙手が判明したことで、以降の帝国全期間…約千年間…に亘り、大英雄へーロスの顕彰は幾度となく繰り返されるのである。

 

それは恰も君主が自身を戒める為に、自分を罪する詔(罪己詔)を発布するが如く、時には一年間で十数回に及ぶこともあったことが記録されている。

 

巨人の力による征服業で版図を拡大し、勝ち取った領土の臣民を二等市民として使役する仕組みは新たな版図を手に入れるごとに行われ、奴隷の下に奴隷を置く階層構造を進歩させた。

 

現地の臣民を二等市民として使役し、統治に慣れた属領民を市民に組み込み消費を喚起する手法は大いに活用され、マーレを呑み込み大陸の大半を支配下に置いたエルディア帝国の次なる関心は更なる周辺領域へ向かった。

 

南方の境界線の向こうに見込まれる果てしない土地と人と物に対して、底知れない欲望が帝国の底から頂点までに満ち満ちていたのである。

 

へーロスの顕彰が行われたのは、社会が閉塞感を抱く頃、経済の停滞や社会不安の多発時に乱発され、ユミルの顕彰は巨人の威力を最大化し、臣民の意識を戦争の勝利への意欲へと向わせる為の興奮剤的な方策であり、このような見込みはへーロスの顕彰が社会の鎮静化の為に用いられたことに対置された。

 

へーロス顕彰は一千年間で総計1859回にも及んだ。

 

へーロスの最終的な全称号は以下の通りである。

 

・宮中顕官

帝国大侍従官長…268回

帝国大書記官長…263回

帝国大侍従武官長…753回

帝国大内帑官長…194回

帝国大狩猟官長…675回

帝国大儀典官長…133回

帝国大紋章官長…128回

 

・政務官顕官

最高神祇官…終身(紀元前313年〜)

終身独裁官…終身(紀元前313年〜)

首都長官…199回

内務長官…223回

法務長官…215回

財務長官…221回

造営長官…213回

翰林長官…118回

終身護民官…終身(紀元前350年〜)

 

・軍務官顕官

近衛隊長官…1093回(紀元前350〜743年)

軍務長官…314回

軍政府長官…293回

 

・その他

各政務官選出…非常に多数

凱旋将軍…1613回

アクアヴィル大公…(前230年)

マグヌス(大王)敬称…(前230年)

 

 

一度に複数項目が追加されることも多々あり、大小を含めれば上述に加えて総数は更に多い。

 

特に近衛隊長官は特筆して回数が多く、帝国が滅亡した巨人大戦終結の年である743年まで、最初に顕彰された紀元前350年から一度も途絶えることなく顕彰され続けた。

 

凱旋将軍を記念する回数は帝国が大なりとも小なりとも何らかの戦闘に勝利する度に、律儀にも加えられていった為に、これもまた非常に多数である。

 

また、一万と数千家にも及ぶ全貴族家の中で唯一の大公家の格式を認められており、文字通り別格の、下にも置かぬ遥拝するが如き扱いであった。

 

更には、千七百年の歴史を通じてマグヌス…大王…の添え名を名乗ることが許されたのは後にも先にも唯一人であった。

 

この様な顕彰が盛んに行われたのはアクアヴィル氏族との関係を良好に保つ上で必要な措置だったことに他ならないが、非常にコストパフォーマンスの高い政治的な道具として機能したという点も無視できない。

 

これらの顕彰は特権を伴って贈与されたが、この際には一切の義務を伴わなかった。凡ゆる拘束から免れており、完全に独立性があり、全面的な保護を与える、ことを皇帝の名の下に保障した…文面のみを見れば契約ですらない…正しく『大特許状』であった。

 

大帝国の皇帝ともあろう者がこのような大特許状を連発できたのは、そもそものへーロスが故人であり、どれだけ彼個人に莫大な特権を付与しようとも、逆に義務を付与しようとも、死者はその特権を行使することも、はたまた義務の履行もすることが出来ないことが自明のことだったからであり、それならばタダ同然で行使される不安のない特権だけを大盤振る舞いするだけで、恐るべき治外法権集団を手懐けられるのだから安いものであると考えられたからだった。

 

だというのに、この有名無実の詔勅はアクアヴィル氏族全体に対して、非常に効果的に、また恒常的に機能したのである。

 

つまりは、持ち出しなしでアクアヴィル氏族による自発的な消費の喚起や、医療の充実が見込まれ、この様な施策は翻ってへーロス顕彰の詔勅を発布する皇帝への、民衆による支持に直結したのである。

 

しかし、これは両者の間に致命的な誤解が生まれていたことの証左でもあった。

 

というのも、アクアヴィル氏族の公式見解として、へーロスは死んでい『ない』のである。

 

義務が伴わない、という殺し文句も有効だった。

 

政治的拘束による自由の侵害を許容しないことを第一とする氏族の倫理観に照らしても、この一方的な贈与は実利だけを携えており、実力を涵養することに貢献するという点で大いに歓迎されたのである。

 

しかのみならず、へーロスは遺詔の範疇に石棺を指定したものの、主体としての自己を指定しているわけではなかった。

 

後年に解釈が敷衍されたことにより、眠りに着いている間はへーロス個人に限り、その政治的な影響力を拡大することは認められたのである。

 

斯くして、へーロスひいてはアクアヴィル氏族は帝国の比類なき最大受益者と成ったのである。

 

 

 

 

 

帝国はその後も拡大を続けた。巨人の力は無敵を誇り、止められる者は誰もいなかった。

 

南方に広大な属州を獲得した帝国は東方への足掛かりを得たが、ここで先手を打つ勢力も現れた。

 

ヒィズル国である。

 

将軍家による軍事政権が主導するこの東方の島嶼国家は、世界を圧迫する側に立つ帝国にとっては得難い同盟相手となり得た。

 

それは単なる友誼のみならず、この海洋国家が有する海運ノウハウや航海技術、造船技術という魅力に惹きつけられたが為でもあった。

 

そのような期待が込められていたとはいえ、両国の友誼は帝国の滅亡まで途切れることはなく、両者は陸軍国と海軍国という双方の強みを活かして、世界の中でも一際広大な経済圏を数百年間にも亘り保持し続けたのである。

 

だが、この様な友好国は例外的であり、現実の帝国は孤立しており、世界各地に敵対勢力を抱えていた。

 

過剰肥大した結果、巨人の力で管理できる範疇を遥かに超える国土と人口、そして長大に過ぎる国境線を保持することになったのである。

 

大抵の陸軍国家は国境線の維持に苦心する宿命にあるのだが、帝国の苦労は他の比ではなかった。

 

潜在的な反抗勢力は内外に犇めいており、苛烈な圧政が長く続いたことで軍事費が財政を圧迫する様になっていた。

 

帝国の富とは巨人の力で軍事費を極めて低額に抑えることができたからこそであり、その有り余る余剰をあらゆる投資に回していたことが繁栄の秘訣であった。

 

しかし、国土が矮小であり、守るべき市民も少なく、敵対勢力も軽微である場合と比較して、巨大化した世界帝国が維持すべき事、物、人は以前からは隔絶した規模に上った。

 

パンとサーカスが市民に十分に供給されることはなくなり、教育水準も加速度的に落ちていった。辺境では治安の悪化により棄民や流民が後を絶たず、複雑化し利権の温床になった軍隊と官僚組織は十分な給料が支払われないことが原因となり末端の官吏にまで腐敗は瞬く間に広がった。緩和政策の為の予算は払底し、各地で不満が暴動となって噴出した。治安維持の為の手段には暴力が選ばれ、軍事予算は更に増大した。貴族は私兵を養う様になり、皇帝を世襲するフリッツ家所縁の有力諸侯は選帝侯を僭称して始祖の巨人の継承者に自己を推薦し、各々が世襲してきた残りの八つの巨人すらも、他家の物を自家に加えるべく奪い合った。

 

内政も外政も惨憺たる様相を呈しており、その渦中にあって尚も変わりなく立ち続ける者は、最早アクアヴィル氏族を置いて他にはいなかった。

 

アクアヴィル氏族は、終ぞ在り方の変節を迎えることなく隔世の秩序を保ち続けた。

 

彼らは始祖の遺詔を遵守して、必要な分を除いて、余ったものを惜しみなく、なすがままに晒した。

 

彼らは強欲ではなかったが、必要な分と見做した量を確保する為には如何なる手段も厭わなかった。彼らは飢えることを断固として拒否するものであった。世界が如何なる惨状の中に揺れようとも、氏族の暮らしは変哲なく、温かく、穏やかで、豊かであった。

 

食卓には常に肉とパンと酒が並び、果物と野菜も食べられるだけ籠から取ることができた。彼らはへーロスとユミルに祈りを捧げてから食事をした。食べ終わると、彼らは食べ切れなかった分を綺麗に箱に詰め直し、次の日食べる分を除いて全てを望む者に委ねた。誰が食べても構わなかった。腐るとしても構わなかった。それは自由であった。これはアクアヴィル氏族の一般的な家庭での話であり、より富裕な者はその富裕に応じて同様のことをした。

 

多くの人々が飢えから救われた。中には子供を売る寸前で、氏族から無利子で金を貸してもらった者もいた。返済は何年先でも構わないとのことだった。人々は感謝して、この頼もしい人々に新しい希望を見出した。

 

 

 

誰かが叫んだ。

 

「我々にはへーロスが必要だ!」

 

それは哀願であり、希求であり、切望であった。

 

 

 

だが、彼らの反応は淡白だった。

 

「へーロスは未だ眠っておられる。まだその時ではない」

 

彼らはそう言い、それだけ言うと元の暮らしに戻った。

 

彼らは貯め込まなかったが、在庫が払底することはなかった。彼らには見渡す限りの世界が自由の対象だった。彼らは自分たちで土地を耕し、魚を獲り、獣を狩り、パンを焼いた。彼らの尊厳に挑むことは死を意味したが、彼らに頼めば腹が膨れるまで食べることができた。そのことを長い歴史の中で理解していた多くの人々は、この斜陽の帝国に暮らしていて耐え切れない飢えに直面した時は、挙ってアクアヴィル氏族に縋ってきた。

 

帝国が最早手のつくしようもないほどに、理性も知性も倫理も、物も、人も、時間も枯渇した状態に陥った時、貧しい平民が頼れるのは、得体の知れない彼らだけだった。

 

彼らはアクアヴィル氏族を社会の中の癌の様なものだと考えていた者も多かった。彼らは税を納めず、法律に従わず、兵士として戦うこともない。

 

だが、極貧の中で縋った相手の中で、彼らだけが躊躇いも見せずに手を差し伸べた。

 

彼らは腕の良い医者で、金を払う人からは受け取ったが、金を払わない人からは受け取らなかった。断ることもあったが、礼儀を尽くせば大抵は診てくれるものだった。

 

彼らは銀行の経営者であり、困った人がいれば金を貸した。多くの場合は無利子で、期間も途方もなく気の長いものが多かった。返せない人を脅すことはなかったし、返してくれた人には大抵の場合は様々な親切を返してくれた。

 

彼らは実に様々な場所にいた。生活の様々な場面で出会う存在だった。

 

帝国の市民の多くは、彼らの理外の怪力や頑丈な体を恐れ、その豊かな暮らしぶりに嫉妬していた。

 

嫌われることはなかったが、結局のところ、彼らの多くは異物の扱いであった。

 

そのことに、彼らは頓着しなかったが、ずっと彼らのことを軽蔑してきた人々は、自分たちのしてきたことに頓着せずにはいられなかった。

 

飢えから救われた多くの人々に共通して言えることは、そこだった。

 

彼らは過去の過ちを清算して、楽になりたかったが、それさえも言ってしまえば自分のためのことだと、多くの場合は気づくことすらできず、気づいたとしても他に何もなかったのだ。

 

彼らは彼らの生きている規範の中で、最も尊い行為を選択したつもりであった。

 

だが、それは氏族にとって余計なお世話以外の何者でもなかった。彼らはこのようなしがらみから拘束されない為に、政治からの距離を置いてきたのである。

 

だのに、彼らはエルディア帝国を今度はアクアヴィル帝国に取って替えようと言うのである。

 

それは、アクアヴィルとて不都合になれば入れ替えるという節操の無きことを、他の何よりも如実に表していた。

 

そのことに、氏族の誰もが気づいていたが、しかし、憤ることはなかった。

 

ただ、彼らの切実な思惑に従順になり、その期待を叶えてやるほどの浅慮は、誰一人として持ち合わせてはいなかったのである。彼らの血は、彼ら自身のものであると同時に、最初から最後までへーロスとユミル、唯二人だけのものなのだ。

 

何人も、この二人に取って代わることは許されなかった。

 

 

 

アクアヴィル氏族の淡々とした反応にもかかわらず、人々の期待は際限なく膨れ上がった。

 

そして、いつからか人々の間でへーロスが一人歩きし出したのだ。

 

民衆はへーロスが悪しき帝国を打ち倒し、困窮する人々の救世主として正しい世界を取り戻すことを夢想した。

 

彼らの声は、奇しくも、帝国の頂点の耳に届いていた。

 

エルディア帝国の第145代皇帝カール・フリッツの耳に。

 

例え彼に未来視の力が無かったとしても、世界が遠からず行き詰まりを見せることは明らかであり、それは他ならぬ彼の足元で起こることだった。

 

最早、避けられないことを悟った彼は、しかし、殉じる覚悟が無かった。

 

彼は民草の叫び声を遠くに聴きながら、ふと思いついた。

 

「我々にはへーロスが必要だ」

 

彼は股肱の臣下であり、フリッツ家に特に近しい係累のタイバー家の当主を招き入れ、一晩掛けて語り合った。

 

タイバー家の当主は戦鎚の巨人を世襲してきた有力貴族家であり、皇帝に最も親しい諸侯の一人だった。

 

彼らは幾つかの議題について議論し、そして結論を導き出したのである。

 

帝国に、黄昏が迫っていた。

 

 

 

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