『情報』とは万物に勝る『資源』で『武器』なのだ。
そして先人達からの『警告』でもある。
『対話』は良い、『
『
「……随分と感傷に浸るのですね、貴女は」
読み終わったのを確認したのか対面に着席している子が声を掛けてきた、人間との『対話』はあまり好きじゃないが礼節を弁えてる奴は話が別だ。
私は『
私達にはそれを引き継いでいかなくちゃならない『使命』があり、そして万物の書物には『敬意』を払わなくてはならない。
その事を理解しようとしない馬鹿がこの世にはあまりにも多すぎる。
その点対面の娘は及第点と言える、読書中の相手を前に『食事』を行うのはいただけないが、その所作の所々に気品がありとても静かな物、本人を前にこんな事を思うのは大変失礼だと思うがとても
「それにしても拝見した覚えがない物ですね、何方で?」
──レッドウィンターから持ち込まれトリニティの間で販売された代物よ、この件で少しだけ騒ぎになったのだけど……っと今は良いわね。
えぇっと、黒舘ハルナさん……だったわね、確か美食研究会の会長さん?
「ええ、その認識で間違いありませんわ、白百合ランカさん……いいえ、この場ではワイズさんとお呼び致しましょうか」
美食研究会……『美食』ねぇ……興味が無いわけではないのだがその昔トリニティで食の探究者が居てそいつが作った料理がその……筆舌に尽くし難い程に不味かった、『魚を刺したパイ』だとか『鰻のゼリー詰め』だとか、とても正気とは思えなかった。
『牛肉を薄くスライスした物』や『お肉とマッシュポテトのパイ』は絶品だったのだが。
私としては美食そのものよりもそのレシピ等の記録媒体の方に興味があるが……今はいい。
──それで?用件は何?
「『虚像食堂』、ご存知ございませんか?」
──たしか、口コミや雑誌で載ってる物だったかしら、えらく好評だったけれど。
「ええ確かに、口コミや雑誌だけでなくSNSでもその単語が飛び交っています、今やちょっとした話題の種なのですけれど……問題が一つ、先程貴女が仰った通りその全てが好評な発言として扱われているのです」
──今時珍しくはないでしょ、ましてや飲食業……そう言った情報操作や誘導は誰でもどこでもやってる、そうしなきゃ自分達が潰れてしまうから。
「仰る通りです、この手の手法は今や常套戦術として扱われていますわ、ですが……『奇妙』なのはここから、この好評なお店……『実在しない』のです」
──なんですって?
「キヴォトスの何処を探しても『実在しない』、なのにその存在は確かに凡ゆる情報媒体にて知られている、故に『虚像食堂』
今回貴女に尋ねて来たのはこの捜査をお願いしたいのです」
──ちょっと待って、アナタ私の事を『探偵』か何かと勘違いしちゃいないかしら?
私は単なる一市民に過ぎない、こういうのはシャーレの『先生』にでも頼った方が賢明だと思うわよ?
「確かに……この手の捜査は『先生』に頼るのも正解でしょう、ですが『ベスト』ではない、適材適所という言葉があります、この件はワイズさん……『貴女』だからこそ頼める一件なのです」
──実在しない飲食店『虚像食堂』……凡ゆる情報媒体で『情報』のみが錯綜している、即ち紙面にも当然載っている訳だけど……気に入らないわね。
これは何もかもが私と相反する、ここまで好き勝手やられてるのを見せられちゃ流石に腹が立つ、私は騒がしい奴と書物に『敬意』を払わない奴が大嫌いだ。
嘘や偽りの情報を紙面に載せる……それはつまり『敬意』の欠けた行動と同義‼︎
情報とは過去の先人達が未来の人間達に託した貴重な文献なのだ、そこには当時の人間の信念や想いが全て込められている、それを自分の欲求を満たす為だけに悪用されるのは本当に我慢ならない。
──気に入らないから、詰めるとしましょう。
「承諾頂き感謝致しますわ」
──情報によるならば……食堂の場所を知る者は居ない、しかし万物の情報には必ず源泉がある。
『火がない所に煙は立たない』と言う言葉がある様に全ての出来事には何かしらの要因がある。
私は紙面に掲載されていた情報と『対話』する事で漸くその源泉を発見したのだ、尤も酷く枝分かれしていたのもありしらみ潰しではあったのだけど。
そこはこぢんまりとした建物であり小さな事務所の様な建造物、しかし此処がキヴォトス中に広まる食堂の情報の源泉であるのは間違いない。
私はドアを乱雑に開ける、ノックは必要ない。
「あ、あんたは確か……‼︎」
──お邪魔するわよ、これから私の質問に『はい』と2回答えなさい、下手な答えはしない様に。
一つ目、『虚像食堂の情報の元は貴方達』よね?
二つ目、『食堂の情報』……あるでしょ?
相手の体勢が整うより早く私がこの場を制した、少し拍子抜けと言った感じだが余計な手間が省けて大変良い、しかしよくみてみると此処の従業員の表情が宜しくない、どうも少しやつれている様子だ、だが私には関係ない。
「あ、あんたも『それ』についてを探っているのか……?」
──質問に質問で返すな、常識よ?
今貴方に出来る発言は『YES』だけ……『NO』は受け付けない、意味わかるよね?
「『YES』だ‼︎二つとも『YES』だ‼︎だけどこれは『忠告』だ‼︎『虚像食堂』からは手を引け‼︎あれはマジにヤバいんだ‼︎」
求めた返答は返ってきた、しかしその次に出てきた発言に逆に此方の疑問符が浮かび上がる。
汗を大量に流し息も荒くなっているソイツは、まるでこの世の物ではない物を見た反応であった、恐怖に歪みまくった表情だった。
──待ちなさい、貴方さっき『あんた
「……『行方不明』さ、消えちまったんだ、だから連絡も付かない」
私は職務柄、こう言う事柄には慣れているつもりだ、言うなればそいつは怪異に連れ込まれたのだ、百鬼夜行で言うところの神隠し……
普通ならばこの場合、この事態に対して恐怖を抱き遠ざかろうとするのだろう。
だが私はこの時の思考はまるでその逆、『未知』への『探究心』で満たされていた‼︎
最初はあまり気乗りしなかったが此処まで聞かされたならば俄然興味が湧いてきた。
──知っている事を全て吐きなさい、知ってるんでしょう?
「い、色々制約があるんだ、あの食堂は」
制約か、まぁ概ね予想通りあるんじゃないかと思っていた物だ。
──内容は?
「一つは、食堂は『一人の時』にしか現れない、理屈は分からないが兎に角『一人の時』だ」
「二つ目は、『決して出された料理を残すな』だ、出られなくなるからな」
……それは当然の事じゃないのか?出された料理を残すというのは最大限の侮辱に当たる行為だ。
「そして三つ目……『絶対に食べ過ぎるな』矛盾してる様だが、恐らく対価辺りの問題だと思う、『食堂』は『食い逃げ』を絶対に許さない」
──やけに詳しいわね、貴方……経験者?
「そ、そうだ、私は『虚像食堂』に入店して『脱出』出来た、あの口コミも警告も兼ねて出していたんだ、それがいつの間にか『真実』が捻じ曲がって伝わっていた‼︎」
──脱出方法は?
「分からない……偶然だった、奇跡と言ってもいい……携帯を触っていたらいつのまにか外に居たからな、アンタも『虚像食堂』に行くならさっきの警告を忘れないでくれよ、お願いだ」
──さてね、それは向こうの態度次第よ。
聞きたい事は聞けた、後はどうやって『入店』するかだけど……アイツはその点だけは教えてくれなかった、しかしアイツは『現れる』と表現した、店を構えてるのではなく出現する……?
恐らくそれがキヴォトス中の何処にも実在しないという事か、店を構えず来店者の前に『現れる』なら店が移動してる証拠になる。
入店条件の一つ目である一人は既に達成済みだから良いとして、それで探し回って出現するほど緩いわけではなさそう。
『食堂』……そう食事場だ、人は何故食事場に向かう?決まっている『食事』の為だ、何故人は『食事』を取るのか?それは『空腹』だからだ。
そこまで思考を巡らせた際に腹の音が景気良くなってしまった、そういえば今回の一件で情報を得る為に彼方此方を歩き回っていた事を改めて思い出す、こんな事なら早めに食事を済ませておくんだった。
……誰が言った言葉だったか、人は腹が空いた時はひとりぼっちであると。
成程確かに的を得ている、確かに今の私は空腹でひとりぼっちだ。
別に寂しさを感じている訳ではないが、ここ数ヶ月の間は側に『あの子』が居たのもあって久々の一人にちょっぴりだけ気が弱くなっているのかもしれない。
情報を集める前に何処かで食事を済ませるとしよう、良い店が見つかると良いのだけど……。
すると『ソレ』は現れた、店を探してほんの数秒ちょっとだけ歩いたらすぐそこに店が『現れた』のだ。
流石にここまで都合が良いと即座に看破出来る、どうやら『入店条件』を満たしていたらしい、
──これが『虚像食堂』、外見は普通の店と大差ない、入り口のドアには『OPEN』の掛札が一つ、しかし入り口にはメニューボードがない、これではどんな料理が出てくるか分かった物ではない。
これ以上の情報はないので意を決して店内に入店した。
店内は想像よりも小綺麗に纏まっており食堂というよりはレストランチックな物、内装はレストランにしては小さめだが入店条件を考えるなら一人でこの広さは十分落ち着ける範囲だ。*1
『いらっしャいまセ、本日は当店ヲご利用いたダキ、ありがとうございマス』
──ふむ、少々発音が気になるが深々と頭を下げて礼節を弁えた良いスタッフじゃない、規模から察するに恐らく個人経営だと思うのでオーナー兼料理長といった所か。
『どうぞお掛け下さイ、速やかニお料理をお持チします……』
──ちょっと待って、すぐに料理を持ってくるですって?まだメニューも決めてないのに?
此処は客の注文を聞かずに料理を提供するの?
『ハい、当店では全身全霊を持ッてお客様をおもテなし致します。
即チ、『お客様に完全なるサービスを』ソレが当店のモットーなのです。
お客様がオ求めになられタお料理を提供致しマす事を、お約束いたシます」
──成程、『お客様次第』ってわけね……そこまで言うのなら楽しみに待っていましょう。
そう言うと料理人は奥の部屋へ入っていった。
今の所怪しい所はない、料理内容が客次第というのは物凄く奇妙な点だが、味の方に相当な自信があるのだろう、私は食通ではないが折角来たのだからどうせなら美味しい物の方が良い。
『失礼します、コちら……お飲み物となってイます、どうぞご自由ニお飲ミ下さイ……直にお料理が出テ参ります』
そう言われて差し出されたのは様々な飲み物の数々──差し詰めドリンクバーといったところね。
水・お茶・珈琲・清涼飲料水に──あらあらお酒まで揃えてるのね……その上どれも見たことある代物ばかり、一般的な値段の物から高い車が買える値段がする物まで様々、その全てが『本物』であると分かる。
まぁ此処は紅茶でいいわね、値段が不明な今不注意に高価な物を取りに行くリスクは避けなくてはならないけれどやはり飲み慣れた物が良い。
いやまぁ、払おうと思えば苦もなく払えるが。
時間的にはティータイム……それもアフタヌーンティーだ、結構お腹も空いているのでローストビーフとレタスを挟んだサンドイッチ。
紅茶の風味を引き立てるスコーン、りんごのジャムも添えられていたら尚良い。
ケーキはベリーの酸味を効かせたクリームと生地を積み重ねたミルフィーユで締める。
後はそれを嗜みながらゆっくりと『対話』が出来たなら完璧なのだけど……流石に公共の場でそんな事は出来ない、私とてその辺の良識は弁えているつもり。
『おまたセしました、此方──アフタヌーンティーセットとなっテおリます。
メニューは一段目カラ、ローストビーフとレタスのサンドイッチ。
続いて二段目にハ紅茶に合う様にスコーンを、林檎ジャムも添えさせて頂キましタ。
三段目にはベリーの酸味を効かせたクリームと生地を重ねたミルフィーユヲゴ提供致します。
どうぞご賞味クダサイ』
……随分と気が利く料理だこと、今正しく求めていた品ばかり、まさかこの店は客が思い描いた料理が出てくるとでも言うのかしら、『お客様次第』……つまりメニューを置く必要がないというのはこういう事だった訳ね。
『御理解頂ケタ様ですネ、当店ではお客様がお求メニなられたお料理を提供する事を第一の信条トしていマス、『食』は生命の源デアリ、そして魂ヲ癒す神聖ナ儀式、心ゆく迄お楽しみクダサイ」
──ええ、とても美味しそう、ゆっくりと味合わせて貰うわ。
先ずはサンドイッチを一口頬張る、パンのふわふわした食感によく水切りされたレタスの葉の奥に力強く鎮座するローストビーフに据えられたソース、そのどれもが決して主張しすぎる事もなく全てが一体となり一つの『作品』として完成されている。
──私好みの味付けだ、その
何故知っているのか、そんな言葉は出なかった、『客に対して最高のサービス』その意味を改めて思い知らされた、決して甘く見ていた訳ではないけれど、認めざるを得ないでしょう。
『サア、『お食事』ヲお続け下サイ』
残る品はスコーンとケーキの二種類……恐らくこれも私が求める理想の味なのだろう、湧き上がる食欲に抑えが効かなくなりそうだ。
嗚呼──今すぐに──本能に身を委ねて──あの至高の一品とも言える料理を我が口に──。
本能に身を委ねるより先に、私の理性が動いた。
──してやられた、という訳ね。
恐らく此処で出される『料理』は全て当人にとっての理想の味になる、それがこの店の仕組み、そして過去に食べた料理の記憶──『食歴』とでも呼べる物から抽出しているのだろう、でなければ即座に料理が出てくる理屈が合わない。
『如何ナサレましタか?まさカ……『お残シ』ヲナサルオツモリじゃないデスカ?』
随分と片言になって来たわね、どうやら私の疑念は当たっていた様で我ながらこの推理力には喝采したい物がある。
──貴方がこの店のオーナーであり、キヴォトスに点在する『虚像食堂』そのものだったってわけね。
肉体としての実体があるのは以前行方不明になった『被害者』の肉体を使っているから、そうしなきゃ怪しまれるものね?
良い歳して推理小説の探偵みたいな台詞を吐いてしまった、まぁ身内は誰もいないしこういう事をやってもいいでしょう。
そうすると先程まで温厚な雰囲気だった店員は能面の様な顔になった、最早演技する必要がないと悟ったのだ、寄生生物の癖に頭の回転は早いのね。
『ドウヤラ……オ前ハ『コノ店』のルールを『理解』シタヨウダナ‼︎
ダガマダ『一部ダケ』ダ‼︎提供サレタ料理ハマダ残ッテるンダカラな‼︎『食ベル』のか‼︎『食ベナイ』のか‼︎二つに一つダ‼︎』
──愚問ね、私は出された料理は完食する主義なのよ、それが『礼儀』であり最大限の『敬意』……
味付けも最高だというのであれば『お残し』はその二つに反する、私的にも、このお店ルール的にもね?
『……『グッド』素晴ラシイ返答ダ』
──問題は……そう、問題はまだ残っている、さっき私はサンドイッチ一品で理性が持って行かれかけた。
残り二品……食欲増進効果によって膨れ上がったこの『食欲‼︎』史上最高の味と言って差し支えない料理を食べて、次また抗えるだろうか……?
だけど『お残し』も許されない、そして私の推測が正しければこの何気なく選んだ紅茶も『判定』に入っている‼︎
クソ……興味本位で首を突っ込むヤマじゃなかった、しかし‼︎この経験は必ず『記録』させてもらう‼︎
二品目……スコーン、それも本格的なスコーンだ、シラトリ地区で売られている様な様々なフレーバーが入り乱れた様な代物ではなく、バターの風味を効かせたトリニティ仕様だ。
これだけは言っておくけれど私はシラトリ地区で売られている方も『好き』だ、ただ此方の方が食べ慣れているというだけ。
味は最早言うまでもなく美味い、紅茶も良く進む物だ、添えられているジャムもいいアクセント、この三つの要素からなる『合作』は最早芸術の領域だ。
三位一体という言葉がこれ以上相応しい物もそうないだろう、私の母校であるトリニティよりよっぽど上手く『調和』している。
──さぁ来たぞ、溢れんばかりの食欲増進効果だ、コイツに負けた瞬間、私は獣同然となる、『食欲』を……『本能』を制するんだ‼︎
二品目ともなれば、しかも紅茶と合わせて行ったからか、さっきよりも効力が凄まじい‼︎不味い、このままでは呑まれて──‼︎
『……『食』ハ、全テノ生物ガ求メル、当然ダナ……『食ワネバ死ヌ』これが摂理であり絶対的なルール。
故ニコソ『食欲』を刺激スル罠ハ強力ダ……結局オ前も『コイツ』と同ジク、『本能』に囚ワレタナ。
ダガ恥ジル事ハナイ、コレは『必然』ダッタノダ、オ前も『生物』デアル以上避ケラレナイ、言ウナレバ『運命』ダッタノダ
サア、『最後ノ料理』ヲ食べルト良イ……文字通リ、最後の晩餐ダガナ』
──ええ、まだ
『……驚イタナ、マサカ戻ッテコレタノカ?完全に『食欲』ニ呑マレタと思ッテイタガ……』
──『食欲』に勝る『欲求』で上書きしたのよ、同じ欲求ならば、私の根底にある『知識欲』であるならば『食欲』を押し退ける事は出来て当然。
この
『『グッド‼︎』マサカ再ビ舞い戻ッテ来ルトハ‼︎素晴ラシイゾ‼︎サア最後の料理ヲ食スンダ‼︎
ソレヲ『完食』シタ後、オマエガ正気デイラレタなラバ、オマエの『完全勝利』ダ‼︎』
──三品目、私の大好物のミルフィーユ、アフタヌーンティーを食す時は必ず最後にこれを食べる、そうする事で心身共に満たされ確かな癒しの時間を我が身に与える。
そう、食事とは心身を満たし、その生物に活力を与える儀式なのだ、言うなれば『安心』……
人間からその心構えが消え去ったのはいつからだろう、最早人間社会では飢えは最も遠い『不安』となった、野生社会では今この瞬間も命の巡り合いが行われているというのに……
人間だけがそのことを忘れてしまった。
きっと『虚像食堂』はそれを思い出させてくれる場所なんだ、『食』への『感謝』と『礼儀』……更にそれに関わる者への『敬意』……
それがこの店の『本当の脱出条件』
恐らく携帯端末の食べログ等でも脱出出来るがその場合はまた別の対価が必要になるのだろう。
一口、また一口とよく噛み締めて味わう、涙が込み上げてくる程美味しかった。
幼少の頃母が誕生日の時に作ってくれたミルフィーユケーキ……いや、このケーキだけじゃない、サンドイッチも、スコーンも、そのどれもが私の一番大事な記憶から抽出された物だったのだ。
──『
私としたことが、こんな大事な『食歴』を忘れていたなんてね。
『……カツテ人間ニトッテ『食事』ハ、ソノ日を生キ抜イタ祝祭ノ様でアリ、マタ生命ヘノ感謝を表ワス『儀式』ダッタ。
シカシ、時ガ流レルニツレテ人間カラハ『感謝』ノ心が消えてイッタノダ。
私ハカツて人間が創り出シタ……言うナレバ『食ノ願望機』トモトレル者、『食』を求メル者ノ前に現レ、その者ガ求める食を提供する……
それだけが私の役目だったのだ」
──貴方……声が
「感謝する、白百合ランカ……お前が『本当の脱出条件』を満たした今、『
──此方こそ、とても有意義な時間をありがとう、もう会う事は……無いのでしょうけど。
「その方が良い、『虚像食堂』は、食への敬意を忘れた者の近くにこそ忍び寄るのだからな」
出された料理を完食し、最後に店の主人に一礼を済ませて私は店を出た。
ドアを潜り抜け、振り返ってみればそこに店は無くその名が表す様に虚像を掴まされた気分だ。
──以上が、『虚像食堂』の記録の全てよ、ご満足頂けたかしら?
元の日常に戻った私は、あの時食べたメニューと同じ物を対面に座る黒舘ハルナと共に食しながら『虚像食堂』について語り合っていた。
──勿論、『食』への『感謝』と『敬意』も忘れずに。
「成程……それが『虚像食堂』の真実でしたか」
──貴女達の前に姿を現さないのも納得ね、四人一組じゃ現れないもの。
「加えて私達は一時たりとて『食』への『感謝』と『礼儀』、そして『敬意』を忘れた覚えはありません、『美食研究会』たるもの基本を疎かにするなど言語道断です。
でもまあ……私にとっての理想の味というのは少々興味がありますが……」
──止しなさいな、何の為に貴女だけに全てを話していると思ってるの、正直にいうけれど、一手間違えたら二度と食を楽しめなくなる所でもあるのよ?
「──ええ、十分に理解しています、ですから──『虚像食堂』の件から美食研究会は手を引きます」
──それが一番ね、それから……あの情報源の奴はどうなったかしら、結局あんまりアドバイスが役に立った訳じゃないのよね。
「……?ワイズさん、貴女……誰の事を話していらっしゃるんですか?」
──……だから、例の雑誌の情報源の人間が居たでしょ?説明もしたし……住所も。
「その住所ですが……以前から空き地になって久しいのですけれど……ワイズさん?」
──……
「……」
──この話は止めましょうか、『食』への『敬意』が薄れるわ。
「そう、ですね」
まさかあの事務所までもが『虚像食堂』の一部に組み込まれていたのか……
クソ、最後の最後に一杯食わされた。
ソレははるか昔からキヴォトスに存在していた。
最初は飢えに苦しむ人間達の前に現れては食糧を恵んでいたのだ、人々はそれを天からの恵みであるとし、神々は深く感謝した。
しかし月日が流れるにつれ人間から食への敬意が失われるにつれソレも形と在り方を変えて行く。
今では人間の底知れぬ食欲が織りなすある種の願望機の様な代物と成り果てたのだ。
一つ、決して食への敬意を怠ってはいけない。
一つ、敬意無き者には食の記憶を対価とする。
食への冒涜は命の冒涜に等しい、冒涜者の末路はその店の奴隷として働かされる。
そうして人間達の食欲を刺激しながらソレは存在し続けてきた、情報媒体に上手く溶け込み、効率よく人間を外から寄せ集めるのだ。
主人公は本当の退店方法で出たがそれ以外では携帯で食べログ等に虚像食堂を記載すれば退店出来る。
その際は過去の食歴を『食べた料理の数だけ』対価として支払わなくてはならない。
今回の場合、紅茶、サンドイッチ、スコーン、ケーキの4品分である。
また、食べ切れない量を注文し『お残し』をする、或いは食い逃げを行おうとすると問答無用で店の奴隷となる、奴隷者は解放者が現れるまで食を楽しめない。
虚像食堂は善でも悪でもない、至って中立である。