桃色の軌跡   作:逆襲

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ちょっとだけ流血表現あります。
苦手な人がいたら申し訳ございません。


トリニティ編
青き翼と白き翼


雨音が、まるで校舎全体を包み込むように響いていた。

窓に叩きつけられる激しい雨脚は弱まる気配を見せず、遠くでは絶え間なく雷が唸り続けている。

 

普段なら廊下や教室で雑談する生徒の声や、聖堂に向かう生徒たちの足音で朝から賑わっているはず。

だが今は、雨や雷以外の音が全く聞こえない。

 

校舎内の廊下は薄暗く、

人気のない広い空間がやけに広く感じられる。

 

 

ここはトリニティ総合学園。

ミレニアム、ゲヘナと肩を並べる、キヴォトスでも屈指のマンモス校である。

 

しかし今、その広大な学園には不釣り合いな静寂が漂っていた。

 

「……はぁ。これだけ雨が続いては、流石に気分も沈みますね」

 

校舎の一室、ティーパーティーの生徒に与えられている部屋。

書類の山を前に、桐藤ナギサが小さく溜息をこぼした。

 

ここ最近、トリニティ自治区では雷鳴を伴った異常な大雨が昼夜を問わず降り続いていた。

 

奇妙なのはその雨雲。傘を指していない生徒は時折視線を感じることもあるのだとか。

その視線を感じた直後にその生徒に向かって雷が落ちてくるらしい。

 

その影響で、トリニティ総合学園はついに休校措置を決定。

普段なら学生たちの声が響き渡るこの学園も、今や校内に残っているのは、片手で数えるほどの生徒だけだった。

 

(ミカさんは奉仕活動で寮の掃除、セイアさんは体調が優れずとのことですが……一人で仕事をするのは久々ですね……)

 

ナギサもまた、そんな状況でも容赦なく積み上がる事務仕事を一人片付けていた。

 

 

その時だった。

 

突如、空一面を白く染め上げる閃光。

次いで鼓膜を揺さぶる轟音が校舎を震わせた。

 

「っ……!」

 

思わず羽がビクッと跳ねる。

今の雷は、明らかに校舎のごく近くに落ちていた。

 

「随分と近い場所に……?」

 

ナギサは席を立ち、カーテンをそっと手で払って外を覗く。

 

「……校庭に落ちたのでしょうか」

 

校庭の様子を見るが、特段変な様子は無かった。

 

 

だが、その次の瞬間。

雨に煙る校庭の上空に、急に何もない場所で空間が裂けた。

 

「な……あれは、一体……!?」

 

空間が引き裂かれたかのような隙間から、

黒い影が弾き飛ばされるように姿を見せ――

そのまま激しい衝撃とともに校庭へ叩きつけられた。

 

地面に横たわった“それ”は、微動だにしない。

 

「なんでしょうか……人、ではなさそうですが……」

 

もし通常の授業日であれば、正義実現委員会や自警団、あるいは野次馬の生徒たちが勢いよく駆けつけていただろう。

 

だが今は休校中。

この異常に気づいたのは、ナギサただ一人だった。

 

「確認だけでもしておくべきですね……」

 

傘を片手に、雨の校庭へと足を踏み出す。

近づくほどに、落下物の輪郭がはっきりしていく。

 

「これは……」

 

まるで人形のような――しかしどこか生々しい存在。

顔と思しき部分は大きな仮面で覆われ、

丸みのある小さな体に、手足。

そして肩当て、手袋、立派なマントまで身につけている。

 

その精巧な装飾から、安価なものではないことは明らかだった。

 

(こういったものに詳しいのは……ヒフミさんでしょうか……)

 

そう考えた瞬間だった。

 

地面に伏せていたそれの体が、わずかに震えた。

 

(い、今動きましたか!?)

 

ナギサの羽が反射的に跳ねる。

恐る恐る近づくと、遠くから見て気が付かなかった呼吸音のようなものが聞こえた。

 

すぐさま地面にしゃがみ込んで手を伸ばした。

 

「大丈夫ですか!? 聞こえますか、意識は――!」

 

小さな体を抱き起こし、軽く揺らす。

だが返ってくる反応はない。

 

至近で見ると、装飾に隠れていた身体には

深い傷がいくつも走り、赤い液体が雨に溶けて流れていた。

 

「……ひどい怪我。すぐに手当てをしなければ……」

 

考えるよりも先に、ナギサの身体は動いていた。その小さな来訪者を抱え上げると、激しい雨の中、校舎へ向かって走り出した。

 

 

 

 

ナギサは保健室のドアを勢いよく開けた。

 

「ミネさんっ……!」

 

保健室の中には、いつものように薬品類を整理していたミネがいた。

 

「あら、ナギサ様? そんなに慌ててどうなさ――」

 

言葉の途中で、ナギサの腕の中でぐったりと力を失っている“何か”が目に入った。

 

「はぁ……はぁ……、こ、この方の手当てをお願いします!」

 

普段の清楚な立ち振る舞いの彼女からは想像もつかないほど息が荒く、状況を説明する余裕すらない様子だった。

 

「ナギサ様、こちらに。」

 

ミネはすぐに真剣な顔になり、ナギサの腕からその小さな生物を丁寧に受け取る。

 

(…見るまでも無く重傷ですね…ですがこの方は一体…)

 

至近で見てもやはりこの生物に見覚えはなく、その奇妙な姿と重症ぶりに、さすがのミネも眉をひそめた。

 

「ナギサ様、この方は一体どこで?」

 

問いかける声には、医療従事者としての冷静さと、事態を測りかねる不安が混じっている。

 

ナギサは呼吸を整えながら、必死に言葉を紡いだ。

 

「あ、ええと……説明が難しいのですが……。実は先程、校庭の上空に裂け目のようなものが現れて……そこから、この方が落ちてきたんです。」

 

にわかには信じがたい話にミネは耳を疑った。

 

「裂け目……ですか?」

 

「はい、遠くからだったのでよく見えませんでしたが、空間が裂けてこの方が中から……」

 

だが、ナギサがこんな時に嘘をつく人物でないことはミネもよく知っている。

 

「……わかりました。まずは救護を優先しましょう。話はそれからです。」

 

曇った表情の奥に、確かな信念が宿っていた。




追記
ミネからナギサの事を呼ぶ際に「ナギサさん」と書いていましたが正しくは「ナギサ様」でした。申し訳ございません。
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