「と、とりあえず……ナイトさん、今日はもう休んでください――」
ナギサがそう言いかけた時だった。
保健室に、控えめながらもはっきりとした“ぐぅ”という音が響いた。
「……すまない」
小さくそう呟いたナイトに、ナギサはふわっと表情を緩めた。
現時刻は午後三時。
外は雨雲のせいで薄暗いが、小腹が空いてもおかしくない時間だ。
「いえいえ、お気になさらず。......ッ!少し待っていてください!」
急に何かを思い出したようなナギサは、その勢いのまま保健室から走り出ていく。
「ナギサ殿……?」
数分後――
「お待たせしました。こちらをどうぞ」
戻ってきたナギサが机の上に並べたのは、華やかなティーセットだった。
(やはり……そういうことでしたか)
ミネは心の中で納得する。
最近ずっと雨が続いているせいで、ナギサはセイアやミカ、先生たちとお茶会を開けていない。さらに休校続きとなれば、お茶会自体をする相手もいない。
――久しぶりに誰かとお茶会がしたかったのだ。
「ナイトさん、こちらへ」
手を差し伸べるナギサに、ナイトは申し訳なさそうに頷いた。
「ああ、すまない」
ミネが高さを調整してくれた椅子にそっと座る。
「私も、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「もちろんです、ミネさん」
こうして、思いがけない三人のお茶会が始まった。
「……良い香りだ。ほのかにオレンジの香りがする。」
紅茶の湯気をふわりと吸い込んだナイトが、静かに呟く。
「わ、分かりますか!?」
ナギサの声が一気に明るくなる。
「うむ。……味も素晴らしい。雑味がなく、とても澄んだ味わいだ。」
「そこまで分かっていただけるなんて……!」
ナギサの羽がぱたぱたと嬉しげに揺れる。
ミネは同じように紅茶を口に含みつつ、ナイトの所作へと目を向けた。
ティーカップの持ち方、香りの確かめ方、姿勢(?)、礼儀。
どれを取っても、素人とは思えないほど優雅で洗練されている。
(……記憶喪失とはいえ、体に染みついたものは取れないのでしょうね。相当洗練されています)
ミネはそんなことを考えながら、静かに微笑んだ。
「さて、次はこちらを。」
ナイトはそっとサンドイッチへ手を伸ばし、小さく一口噛みしめる。
「うむ……こちらも非常に美味だ」
「お口に合ったようで良かったです」
ナギサは控えめな微笑みを浮かべる。
だが、その羽は嬉しさを隠しきれず小さく揺れていた。
ナイトは一度、ふっと息をついてから二人を見る。
「……お茶会なら、本来は何か話題を出さねばならないのだろうが……私は何も思い出せない。すまないが、ナギサ殿やミネ殿の身の回りのことを聞かせてくれないか?」
「はい。喜んで!」
ナギサの声は自然と弾んでいた。
ミネもカップを手に取りながら、柔らかく頷く。
「私たちでよければ、いくらでもお話ししますよ」
そして三人は、ゆっくりと語らい始めた。
初めて会ったはずなのに、不思議と穏やかな空間がそこにはあった。
お茶会の最中、ミネは彼の腕に巻かれた包帯がわずかに緩んでいることに気づいた。
「ナイトさん、失礼いたします。包帯が緩んでいますので――」
「ああ、すまない。」
丁寧にほどき、巻き直そうとした――その時。
ミネの手が、ぴたりと止まった。
そこにあるはずの、深く刻まれた傷跡が……
跡形もなく消えていた。
「……えっ。えっ……!?」
声にならない驚きが漏れる。
治療する前、確かに彼の腕には痛々しい傷がいくつもあった。
治療している最中も、その深さに眉をひそめたくらいだ。
だが今あるのは――
生まれつき傷一つなかったかのような、滑らかな肌。
「む? 何かあったか?」
ナイトは心底不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ……先ほどまであった傷が、綺麗に治っているので……どうされたのかと……」
ミネの声は困惑で震えていた。
ナイトは少し考え、あっさりと答えた。
「? 先ほどいただいたお茶菓子やサンドイッチで治ったが……」
あまりにも自然な口調で言うものだから、逆に二人は固まってしまった。
「お、お茶菓子で……傷が治る、のですか?」
ミネは引きつった笑みを浮かべ、ナギサも瞬きを繰り返すばかり。
「あ、ああ。非常に美味だったのでな。このように完治したぞ」
ナイトはそう言いながら、体中に巻かれていた包帯を外し始める。
現れた青い肌――そこには、本当に傷は一つもなかった。
「……っ!」
ナギサとミネは同時に息をのむ。
一方でナイトは、
二人の反応の理由がまったく理解できないといった様子で、
小さく首を傾げるだけだった。
「……ん?」
ふとナイトの視線が机へ向く。
そこに置かれていた“仮面”に気づき、それに無意識のうちに手を伸ばしていた。
(……なぜ、私はこれを……?)
理由もわからぬまま、
ナイトは仮面をじっと見つめる。
「ナイトさん、どうかされましたか?」
ミネがそっと声をかける。
「ああ、そちらの仮面はナイトさんが付けていたものです。治療の際に一度外しましたので、そのまま机に置いておきましたが……何かありましたか?」
ナイトの表情が妙に神妙だったため、ミネも自然と姿勢を正していた。
「いや……なぜか包帯を外したらこれに手を伸ばしていたのだが……」
ミネは一度うなずく。
「では、一度付けてみましょうか。何か思い出せるかもしれません」
そっと仮面を手に取り、ナイトの顔(?)へ装着する。
「どうでしょう? 何か、思い出せますか?」
「ううむ……何かが……掴めそうではあるが……。今浮かんでくるのは……仮面がよく割れていた、ということくらいだ」
「……割れていた?」
ミネは思わず仮面に触れた。
触れた感触は硬質で、簡単に割れる材質には見えない。
ナイトは少し黙り込み、そして突然顔を上げた。
「……そうだ。運動場……体を動かせる場所はあるか?」
唐突に話題を変えたナイトに、
仮面を凝視していたミネが顔を上げる。
「運動場……でしょうか?」
「うむ。この剣について……少し確かめたいことがあってな」
ナギサは軽く考え、すぐに答えを返した。
「であれば、体育館が良いかと。使い古された射撃訓練用の標的がいくつか残っていますので、それでしたら使用しても問題ありませんよ」
「感謝する。……すまないが、案内を頼めるか?」
ナイトが軽く頭を下げると、
ナギサは周囲を見渡しながら、静かに頷いた。
「では、私はこのお茶会の後片付けをしていますので。ミネさん、案内をお願いできまか?」
「はい、かしこまりました」
ミネは礼儀正しく一礼する。
「ナイトさん、こちらへ。足元にお気をつけください」
そう言いながら、ミネはドアを静かに開けた。
ナイトは椅子から軽やかに飛び降りると、羽織っていたマントをふわりと身体の前へ巻きつけるように整えた。
その動きは、まるで長年の習慣であるかのように自然だった。
(……それも、染みついた癖なのでしょうか)
ミネは無意識にそんな感想を抱く。
廊下には雨音だけが規則的に響き、
蛍光灯の白い灯りが薄く床を照らしていた。
ナイトは一度だけナギサの方へ振り返る。
「ではナギサ殿、後ほどまた」
ナギサは穏やかに微笑み、軽く頷いた。
「はい。お気をつけて。体育館は外に出ず、この廊下を真っ直ぐ進んだ先ですので」
「うむ、心得た」
そしてナイトとミネは保健室を後にし、
静まり返った廊下へと並んで歩き出した。
遠くで鳴り続ける雨音が、
まるで二人を導くように、ぽつり、ぽつりとリズムを刻んでいた。
よく考えたらご飯を食べて体力回復ってなんだろう
ってかブルアカの世界でも同じことしてました(集中指揮の時に出てくるラーメン)