出た!ピンクの訪問者!
アビドス自治区の朝は、いつものように乾いた風が吹いていた。
舞い上がった砂が陽光をぼんやりと霞ませ、遠くの廃墟群を白く滲ませている。
銀色の髪をなびかせながら、自転車のペダルを踏む。
学校までは少し距離がある。
けれど、この荒れた道にももう慣れてしまっていた。
砂混じりのアスファルトがざり、と後ろへ流れていく。
乾いたタイヤ音だけが静かな朝の空気に響き、自転車の跡が細く長く残されていった。
(ん……?)
ごくわずかな違和感。
視界の端に映った何かに気付き、彼女はブレーキをかけた。
タイヤが砂を削り、小さく音を立てる。
道の端。
砂に半分埋もれた、ピンク色の丸い何か。
「……?」
見慣れたアビドスの景色の中では、あまりにも場違いな色だった。
彼女は自転車から降り、その奇妙な物体へ近づいていく。
(何だろう……これ……)
それの前にしゃがみ込み、恐る恐る指でつついてみる。
指先がわずかに沈み込む。
想像以上に柔らかく、思わずもう一度つつきたくなるような感触だった。
だが、いくらつついても反応はない。
眠っているのか。
それとも気絶しているのか。
そもそも生き物なのか。
彼女は少し迷った末、指先でつまんで引き抜いてみる。
すると──
案外あっさりと、それは砂の中から抜け出した。
両の掌に乗るほどの大きさ。
丸くて、ぷにっとしていて、短い手足のようなものが生えている。
中央には、ばつの悪そうにぐるぐると目を回した顔。
太陽に照らされていたからだろうか。
それはほんのりと暖かく、触れているだけで不思議と心が落ち着くようだった。
(ノノミとヒフミなら何か知ってるかな……)
生憎、自分はこういうものに詳しくない。
だが、モモフレンズが好きな二人なら、何かわかるかもしれない。
周囲を見渡してみる。
並ぶ廃墟。
傾いた標識。
風に流れる砂。
そこにあるのは、いつも通りのアビドスの景色だけだった。
もう一度、手の中のそれへ視線を落とす。
すると、不思議と笑みがこぼれた。
「……なんか先生と会ったときみたい」
あの時と重なる。
先生と初めて出会った時も、先生はアビドスの砂地で倒れていた。
放っておけないと思った。
理由はよく分からない。けれど、何か縁のようなものを感じてしまったのだ。
「とりあえず学校に持っていこう」
少し悩んだ末、彼女はその謎の生き物をそっとバッグの中へ入れる。
チャックを閉め、再び自転車へ跨った。
乾いた風がまた吹いた。
彼女はいつも通り、砂の道を学校へと走り出す。
その後には、自転車が通った細い跡だけが、長く残っていた。
学校に到着し、シロコはいつもの扉を開ける。
途端に、室内の少し賑やかな空気が耳に入ってきた。
「あ、おはようございます! シロコちゃん☆」
「シロコ先輩! おはようございます!」
入り口付近で雑談していたノノミとアヤネが、ぱっと顔を上げた。
「ん。おはよう」
シロコは軽く会釈を返しながら、部屋の奥へ視線を向ける。
ソファではホシノがいつものようにぐでーっと寝そべっており、
そのすぐ横では、セリカが椅子に座って何か作業をしていた。
「あ、おはようシロコ先輩」
「ん。なんかいい匂いがする」
シロコが視線を向けると、机の上には見覚えのあるたい焼きの袋が置かれていた。
袋越しでも、ほんのり甘い香りが漂ってくる。
「あ、これ? 昨日の晩、みんなで食べてってバイト終わりに大将から貰ったのよ。シロコ先輩の分も温めてあるから──」
セリカが少し得意げに袋を差し出そうとした、その瞬間だった。
シロコのバッグがぶるっ、と小さく震える。
次の瞬間、バッグのチャックが勢いよく開き、中から何かが飛び出した。
「うわっ!? え、何!?!?」
セリカが反射的に声を上げる。
その視線が追いかけた先。
そこにあったはずのたい焼きの袋が——ない。
代わりに。
机の上では、先程シロコが拾ったピンク色の丸い何かが、幸せそうな顔でもぐもぐとたい焼きを頬張っていた。
「なっ……何よこいつ!!」
丸い生物は器用に袋へ手を突っ込み、次々とたい焼きを取り出しては口へ放り込んでいく。
「あっ、ちょっと! それ以上食べないで!!」
慌ててセリカは袋を奪い返し、中身を確認する。
……が、時すでに遅く、袋は空っぽだった。
「はぁぁぁぁ……」
力が抜けたように、セリカは深いため息を漏らす。
その横で、シロコは丸い生物をじっと見つめていた。
「……これ、生き物だったんだ」
「もう……シロコ先輩、こいつなんなの?」
「ん。わかんない。さっき来る途中で拾った」
「拾った!?」
セリカの叫び声に反応し、他のメンバーも自然と机の周りへ集まってきた。
「わ~! この子かわいいですねぇ☆」
ノノミがしゃがみ込み、その生物と視線の高さを合わせる。
きらきらとした目で、興味津々に覗き込んでいた。
「い、生き物……なんでしょうか……? 図鑑でも見たことありませんが……」
アヤネも隣へ腰を下ろし、警戒半分、好奇心半分といった様子で観察する。
「名前はなんですか~?」
「っていうか、こいつ言葉わかるの……?」
そんな周囲の気配に気付いたのか。
丸い生物はぱちっと目を開き、ノノミの方を向いて元気よく声を上げた。
「かーびぃ! かーびぃ!」
「か、かーびぃ?」
「この子の名前、なんでしょうか?」
アヤネとノノミが顔を見合わせる。
シロコは淡々とその生物を見つめながら、小さく首を傾げた。
「ん。あなた、カービィっていうの?」
その言葉を聞いた途端——
「ぽよ!」
ピンク色の生物は嬉しそうに、ぴょんっ、ぴょんっ! と飛び跳ねた。