時は少しだけさか戻り、中庭にメカワニが現れる前。
「はぁ……」
デスクに突っ伏したくなる気持ちを押し殺しながら、ユウカは書類の山へペンを走らせる。
今日も今日とてミレニアムは絶賛トラブル祭り。
警備ドローンの誤作動。
エレベーターの緊急停止。
なぜか復旧するそばから起こる停電。
そして、どんなトラブルにもなぜか一緒に付いてくる爆発。
あまりに頻度が高く、もう誰も驚かなくなってきたほどだ。
「どうして毎回こうなるのよ……」
忙しすぎてC&Cやエンジニア部へ依頼したのが間違いだったのだろうか。
セミナーの仕事はここ数日ずっと火事場だった。
ここ最近は先生にもまったく会えていない。
提出する予定の書類も滞っており、心の安らぎどころか睡眠時間すらあまり取れていなかった。
――つまり、ユウカのストレスは限界値突破寸前である。
ノアは当番で外出中。
コユキは今日も反省部屋。
がらんとしたセミナーの部屋には、自分ひとりだけ。
「ちょっと休憩しようかしら……」
そうつぶやき、椅子を立ち上がったその瞬間――
背後から、建物ごと震えるような衝撃音が届いた。
「な、何!?」
驚いて振り向き、壁全体に張り巡らされた窓から中庭を見下ろす。
ユウカの視界には、噴水を派手に破壊しながら暴れまわる機械のワニが飛び込んできた。
(あれってエンジニア部のメカワニ!?また暴走したの!?)
思考が止まるほどの既視感。
そして同時に湧き上がる強烈な嫌な予感。
その予感が的中するように、部屋の扉が開かれ――
「失礼します! 機械のワニが暴れて家庭科室でガス爆発が……!」
「水道管が破裂して校舎のトイレが全部使用できなくなりました!」
「電気系統も巻き込まれて、寮の照明が!!」
次々と駆け込んでくる生徒たち。
ユウカはゆっくりと目を閉じ、
そしてぎゅっと眉を寄せた。
「 ウ タ ハ せ ん ぱ い ~ ? 」
冷気を帯びた声が、首筋をチクリと刺した。
「ユ、ユウカ!?」
ようやく振り向いたウタハの目に映ったのは――
背後に立ち、にっこり笑いながらも黒いオーラを全身にまとったユウカだった。
だが、その笑顔も一瞬で鬼のような形相へと変わる。
「またメカワニが暴走したんですか!?レジャー施設やビーチの件といい、いい加減にしてください!!」
ユウカは破壊されたタイル、割れた噴水、吹き飛んだ植え込みをバッと指差す。
「このメカワニが校内の水道管やガス管をバキバキに破壊しながら突っ込んできたんですよ!?どれだけの被害額になると思ってるんですか!!」
ウタハにじり寄るその気迫は、まさにセミナーの鬼。
「ち、違うんだユウカ!今回は本当に、本当に何もしていない!!この前のエキスポの時はそうだったろう!?」
ウタハは後ずさりしつつ、何度も手を振って否定する。
「それは……まあ、そうですが!日頃の行いというものをですね!?“またあなた達でしょ”としか言えない状況が多すぎるんですよ!!」
ユウカがさらに詰め寄る。
その様子を、ゲーム開発部の4人は遠巻きに凝視していた。
「あーーー……なんかさ、私達まで巻き込まれそうじゃない……?」
「うん……絶対とばっちり受けるやつだよね……」
そーっと、ユウカの視界に入らないように横へずれ始める。
今ならバレずに撤退できると信じて。
「マホロア! こっちにきて!」
モモイが小声で呼ぶが――
マホロアはメカワニの残骸を観察したままピクリとも動かない。
「あぁもうっ! はやく来てってば!!」
「ウワッ!? な、何!?」
モモイはマホロアの身体を抱え上げ、そのまま他の3人と一緒に撤退を開始した。
――しかし。
「あなた達、ちょっとそこで止まりなさい。」
「ゲッ……」
ウタハの方から、ユウカがこちらへ向かってくる。
アリス以外の3人が、肩をすくませる。
だがユウカは深く息を吐くと、思ったより穏やかに口を開いた。
「別にあんた達を叱りに来たわけじゃないわよ。現場にいたんだから状況を説明してほしいだけ。」
その言葉に、3人はほっと胸をなでおろす――が。
ユウカの視線が、モモイの腕の中で揺れているマホロアへ向く。
「……な、なによその人形……」
ユウカの眉がひそめられた。
「あ、え、えーっとこれはね……」
モモイの言葉が詰まる。
「……もしかして、これもエンジニア部が作ったロボット?」
と、マホロアに手を伸ばした――その瞬間。
「心外だナァ。確かにボクはキュートだけド、ロボットや人形ジャナイヨ。」
「えっ!? しゃ、喋った!?」
ユウカは全力で手を引っ込めた。
(人工知能?……確か前にエンジニア部がAIを積んだ盆栽を剪定するロボットを作ってたけど…)
混乱するユウカをよそに、マホロアはふわっと宙に浮かび、モモイの腕から飛び出した。
「ボクはマホロア。プププランドってイウ国から来たンダ。ヨロシクネ!」
(プププランド?聞いたことない国名ね…そういう設定なのかしら…?)
ユウカは半拍遅れて会釈した。
「あ、えぇ……丁寧にどうも。私はユウカって言うわ。」
だが顔にはまだ、ロボットとかじゃないのかという疑いがしっかり残っていた。
その表情を見て、モモイが助け舟を出す。
「さっきまであったんだけど、空に裂け目みたいなのができてて、マホロアはそこから落ちてきたんだよ。」
「えっ!?」
ユウカの声が一段階跳ね上がる。
「あなた達、冗談は…」
「本当だよ。マホロアが落ちてきたクレーターもあるし。」
「はい! アリスがマホロアを助けました!!」
ミドリとアリスも次々と頷きながら証言する。
(アリスちゃんまで…)
「ま、まぁ分かったわ。とりあえず……ここで何があったか、順番に聞かせてくれない?」
ユウカは深く息を整え、表情を引き締めて4人へ向き直った。
「うん、えっと…」
ミドリが一歩前へ出て、落ち着いた口調で説明を始める。
さっき噴水の上に現れた裂け目のこと。
そこから落ちてきたマホロアのこと。
アリスが救助した瞬間のこと。
そして、暴走したメカワニとの戦闘のこと。
ミドリが淡々と話すたび、ユウカの表情は少しずつ険しさを増していく。
途中、モモイやユズが「うん」「そうそう」「本当だよ!」と補足を入れ、
アリスは終始「すごかったんです!」と身振りを交えて説明する。
「……って感じ。……ユウカ大丈夫?」
説明を終えたミドリが心配そうに尋ねた。
「え、えぇ……ありがとうミドリ。とりあえず……」
ユウカはこめかみに指を当て、軽く頭を抱える。
「まぁ...メカワニが暴走してそれをマホロアさんが倒したって事までは何とか理解できたわ…」
そう言って顔を上げると、ユウカは視線をマホロアへ向けた。
「ごめんなさい、もう少し詳しい話を聞かせてもらっても大丈夫ですか?」
「ウン、構わナイヨ。ソレに敬語じゃなくテモ全然イイヨ?」
妙に柔らかく、懐に入り込むような声音でマホロアが言う。
「そ、そう……」
ユウカは一瞬だけまばたきをし、わずかに引き気味に眉を動かした。
(警戒すべきかどうか判断が難しい……けど少なくとも敵意はなさそうね……)
彼女の胸の奥に残る警戒心は、まだ完全には霧散していなかった。
それでもユウカはひとつ息を吐き、マホロアへ正面から向き直る。
「一応“お客様”って扱いになるわけだし、ここで立ち話するのも変よね。こっちへ来てちょうだい。」
「わかったヨ。」
そのまま歩き出そうとしたユウカは、後ろの気配に目を細める。
「あなた達もよ!」
「ギクッ!?」
音も立てずに退散しようとしていたゲーム開発部の4人は、完全に捕捉されて固まった。
観念したように肩を落としつつ、マホロアと共にユウカへ引っ張られていく。
そして一同は、校舎の中へと消えていった。
「はぁ……」
ユウカにみっちりしぼられた後、ウタハはエンジニア部の部員たちと共に、中庭に散らばったメカワニの残骸を片付けていた。
いつもなら失敗しても賑やかに指示を飛ばす彼女も、今日は元気がない。
ヒビキとコトリが、ほうきを動かしながら心配そうにささやいた。
「……部長、相当ショックだったみたいだね…」
「ですね…。今日の部長、明らかにテンション低いです。あっでもテンションと言えば……」
ウタハは黙ったまま、散乱した部品を一つ一つ手に取りながら思考を巡らせていた。
(どうして……電源にも触れていないのに暴走した?エキスポの時みたいに誰かがハッキング……?いや、それも考えにくい……)
その時、鉄くずの隙間からひらりと何かが落ちた。
「ん?」
ウタハは部品をそっと置き、落ちたものを拾い上げた。
「…メモ?」
折りたたまれたそれを開いた瞬間、ウタハの目が大きく見開かれる。
「これは……!」