桃色の軌跡   作:逆襲

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レッドウィンター編
寒空と青いバンダナ


「はぁ…今日も最高でした先生…」

 

雪山を上る足が、自然と軽くなる。

吹き荒れる吹雪さえ、今の彼女には気にならなかった。

 

「ふふふ…」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

重たいはずのリュックを背負っていても、ノドカにとっては羽のようなものだった。

シャーレ近辺からここまで、かなりの距離を歩いてきたはずなのに疲労感はほとんどない。

 

 

(今日は長めに見れたし……先生の無防備な姿も、ばっちり……)

 

脳裏に浮かぶ光景に、また口元が緩む。

 

「この調子なら、次はもっと……」

 

 

 

 

独り言を漏らしながら、いつもの帰り道――

人の気配などあるはずもない、雪に覆われた山道を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

ふと、視線の先に不自然に盛り上がった雪の塊が目に入った。

 

 

風で積もったにしては、形が不自然だ。

しかも、どこか丸い。

 

その周囲には雪が散らばっており、

まるで何かが空から落ちてきたかのような痕跡を残していた。

 

彼女は足を止め、近づいてしゃがみ込む。

 

「……何だろう」

 

手袋越しに、そっと雪を払う。

 

――その瞬間。

指先に伝わる、布の感触。

 

「……ハンカチ?」

 

慌てて周囲の雪をかき分けると、

青い布地の端が覗いた。

 

「……なにこれ」

 

さらに掘り進める。

 

そこに現れたのは、

丸い頭に短い手足、赤みがかったオレンジの色をし、顔と思わしき部分は肌色に染まっている。

 

完全に雪に埋もれていたそれは、レッドウィンターでよく見かける熊や狐、猿――

そのどれにも当てはまらない、見覚えのない姿だった。

 

 

「……ぬいぐるみ?」

 

 

そっと、指でつついてみる。

ぽよぽよと触り心地の良い感触がした。

 

「メルちゃんに聞いたりしたら分かりますかね……?」

 

じいっと人形らしきそれを見つめる。

 

 

 

 

だが、耳を澄ませると小さいながらも、確かに呼吸音が聞こえた。

 

「え………生きてる……!?」

 

慌てて雪を払い、抱き起こす。

驚くほど軽い。

 

「……なんだろう、この生き物……」

 

青いバンダナを巻いた、見知らぬ存在。

呼吸は微かで、意識もない。

それでも、寒さのせいか、体が小さく震えていた。

 

先程まで気が付かなかったが、手にはそれの体より少し大きめな槍が握られていた。

 

 

ノドカは一瞬だけ迷い――

すぐに、結論を出す。

 

「とりあえず、暖かいところに連れてってあげなきゃ……。」

 

大きなリュックを背負い直し、その生き物を両腕で抱える。

 

吹雪の中、小さな命を胸に抱いたまま、雪山を再び上り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガムテープで補強した窓ガラスが、ガタガタと音を鳴らしている。

建物の隙間から入り込む冷気が部屋の温度を奪い、廊下の天井には細長いつららがいくつも垂れ下がっていた。

 

 

その建物の一室。

簡易的に積まれた瓦礫とその辺りで拾った薪を燃料にした焚き火のそばで、

一人の少女があぐらをかいて座っている。

 

「今日はこれを混ぜてみようかな~……」

 

銀色のカンポット。

配給用の無骨な金属容器に、すり潰した木の実と、明らかに多すぎる砂糖を放り込む。

 

しゃら、しゃら、と中で何かが溶け切らずにぶつかる音。

 

そのまま蓋を閉め、両手で持って、ぶんぶんと振り始めた。

 

「……よし。」

 

蓋を少しだけ緩めると、

甘ったるい匂いと一緒に、すりつぶした木の実の酸っぱい香りが漂う。

 

「これこれ……」

 

焚き火のそばに置き、ゆっくりと温めながら少女は満足そうに尻尾を揺らした。

 

 

 

 

 

 

その時――

建付けの悪いドアがぎぃ、と軋む音を立てて開いた。

 

「ん、ノドカお帰り~」

 

「ただいまシグレちゃん。」

 

にへらとした表情のまま視線を向ける。

 

……が、次の瞬間、動きがぴたりと止まった。

ノドカの腕に、見慣れない何かが抱えられていたからだ。

 

 

「ノドカ、それ……どうしたの?」

 

 

「帰ってくる途中で拾ったんだ。ぬいぐるみみたいだけど、なんか……ずっと震えてて……」

 

青いバンダナを頭に巻いた、オレンジ色の、小さな生き物。

ノドカの腕の中で、身を縮めるように丸くなっている。

 

 

「シグレちゃん、この生き物の名前とか、わかる?」

 

「う~ん……見たことないねぇ。ていうか、こんなに丸い生き物、初めて見たかも……」

 

「そっか……」

 

 

少しだけ、ノドカの声が沈む。

 

 

「ま、とりあえず――」

 

シグレは焚き火の方を指さし、軽く手招きした。

 

「暖めてあげなよ。すごく震えてる」

 

「……うん。あ、これもすごく濡れてる」

 

ノドカは頷き、その生き物の頭に巻かれていた青いバンダナをそっと外す。

 

 

焚き火の前に寝かせ、持ってきた毛布を、丁寧にかけてやった。

小さな体が、ぱっと火の温もりに包まれる。

 

 

「……ん?」

 

シグレが、ノドカの手元に視線を向ける。

 

「それ、なに?」

 

ノドカの腕には、一本の槍。

 

「あ、これね。この子が握ってたんだ。大事な物かなって思って……一応、持ってきちゃった」

 

そう言いながら、ノドカは槍を教室の壁際へ運び、

銃掛け用のラックに、そっと立て掛けた。

 

 

シグレの視線が、自然とその槍に吸い寄せられる。

 

 

先端の刃のすぐ下には、布を巻き付けただけの簡素な装飾。

全体には使い込まれた痕があり、小さな傷や、わずかな刃こぼれも見て取れた。

 

 

 

――だが。

 

その欠けすら気にさせないほど、刃は鋭く、冷たい光を放っている。

 

 

 

(……)

 

 

 

「どうしたの、シグレちゃん?」

 

眉をひそめたままのシグレに、ノドカが首を傾げる。

 

「ん、なんでもないよ。」

 

そう言って、すぐに表情を緩める。

 

「それより……今日の先生はどうだったの?」

 

その問いかけに、ノドカの顔が一瞬で綻んだ。

 

「えへへ……今日はね、お仕事の途中でちょっと居眠りしてる先生が見れたんだぁ……」

 

「へぇ……また無茶でもしてるのかな。」

 

「その後にね、ミレニアムの生徒さんに悪戯されてたんだけど……寝ぼけてる先生は初めて見たかも……良いもの見れたぁ……」

 

 

声のトーンは、完全にいつものノドカだ。

シグレはそれを聞きながら、壁際の槍を一度だけ見つめ、そしてまた、ノドカへと視線を戻した。

 

 

「……じゃあさ、今度――」

 

 

そうシグレが言葉を続けようとした、その瞬間。

 

 

 

 

乱暴な音を立てて、ドアが押し開けられた。

 

冷たい風が教室に一気に流れ込み、焚き火の火が大きく揺れる。

 

「寒っ…!」

「お客さんかな……ってあれは…。」

 

二人は同時に入口の方へと顔を向けた。

 

そこに立っていたのは、見覚えのある白い服の小さな子供だった。

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