来年に向けて少し忙しくなるので投稿ペースが不定期になってしまいます。
本当に申し訳ございません...
「……あ」
先頭を歩いていたシグレが、思わず足を止めた。
一行は森を抜け、緩やかな斜面の先へと出る。
それまで視界を塞いでいた木々が途切れ、目の前に一気に景色が広がった。
そこからは――
レッドウィンター学区の全景が、はっきりと見渡せた。
「……うわ……」
ノドカが、思わず息を漏らす。
校舎群の上空。
中庭や通路、建物と建物の隙間――
あらゆる場所に、黒い球体がふよふよと浮かんでいた。
「……こんなに……」
数は一体や二体ではない。
まるで黒い霧が、学区全体を覆っているかのようだった。
≪……≫
≪……≫
風に紛れ、微かなざわめきが耳を掠める。
「あいつら……」
チェリノが、歯噛みするように呟いた。
シグレは視線を走らせ、目的の建物を探す。
「……あった」
学区の端寄り。
他の校舎よりもやや低い位置に建ち、雪に半ば埋もれながらも、その輪郭ははっきりと残っている。
「……ん?」
ノドカが目を細めた。
「なんか……変じゃない?」
四人は斜面を下り、建物の陰を使いながら、図書館へと慎重に近づいていく。
足音を極力殺し、雪を踏みしめる感触にまで神経を張り巡らせながら。
やがて、図書館の様子がはっきりと視認できる距離まで来た。
「あれ……」
シグレが、小さく息を吸う。
図書館の周囲を漂っていたダークマターは、
窓や入口へ近づくたび――
まるで壁に阻まれるかのように、弾き返されていた。
苛立つように周囲を漂うだけで、ダークマターが中へ侵入する気配はない。
「……中に入れないみたいだね。窓ガラスとかも全部板で塞がれてる。」
ノドカが、小さく呟く。
「誰かが内側から、バリケードでも張ってるのかな」
「ってことは中に誰か確実にいるね……」
バンダナワドルディはその言葉に応じるように、静かに槍を構え直す。
「急ごう!」
ダークマターは、確実にこの場所へ集まり始めている。
先ほど自分たちを襲ってきた個体も、すでに合流しているだろう。
「……とは言っても、どこから入ろう……?」
ノドカが周囲を見回す。
「ねぇメル、図書館に裏口とかないの?」
「あるけど……この様子だと、そこも塞がれてそう」
その時――
「あっ!」
チェリノが、何かを思いついたように声を上げた。
「内部のヤツに、連絡を入れるのはどうだ?」
「中にいる人に?」
「そうだ。少しの間だけバリケードを開けてもらうんだ。それなら、気づかれずに中へ入れるんじゃないか?」
「……確かに」
「いい案かもね」
シグレはメルの方に視線を向ける。
「じゃあメル、モミジに連絡お願いできる?」
「あい任された!」
メルはすぐにスマホを取り出し、モモトークを起動する。
一覧からモミジの名前をタップし、素早くメッセージを入力していった。
その間に一行は、敵に見つからないよう身を低くしながら、図書館の裏口へと移動を開始する。
━━━━━━━━━━━━━━━
<図書館が襲撃されてます!! -20分前
<助けてください…! -15分前
モミジ、今裏口のドアって開けられる?>
━━━━━━━━━━━━━━━
「よし!送った…!気づいて…!」
するとポンと音を立て通知が届く。
━━━━━━━━━━━━━━━
<先輩!無事でしたか!?
崖から落ちてたけど無事だよ。>
今裏口の方に向かってる>
<崖から!?
<と、とりあえずバリケードどかしますね…!
━━━━━━━━━━━━━━━
「よし! モミジ、ドア開けてくれるって!」
「やった……! これで合流できるね!」
――あと、この角を曲がれば裏口だ。
そう思いながら、慎重に角から顔を出した、その瞬間。
ガチャリ――
金属の外れる音が、はっきりと響いた。
「きゃあっ!?」
━━だが、それと同時に。
悲鳴のような声が、耳を打つ。
「モミジ!?」
視界に飛び込んできたのは――
裏口から、滑り込むように侵入しようとするダークマターの姿だった。
「やばい!」
全員が一斉に駆け出す。
雪を蹴り、半開きのドアへと飛び込むように辿り着き、中を覗いた。
「ひいっ……!」
《なぜか分からんが、ドアが開いてて助かったぜ……》
《まずは……お前からだな……》
数匹のダークマターが、じわじわとモミジへ距離を詰めていく。
「モミジ……!」
メルが銃口を向ける。
――だが、この距離では間に合わない。
「チェリノ! 僕を投げて!」
「むっ!? ……分かった!!」
一瞬の迷いの後、チェリノは頭の上にいたバンダナワドルディを両手で掴みスローイングのように、全力で投げ放った。
「おりゃあっ!!」
宙を舞い、槍が閃く。
最初の一匹を、正面から貫いた。
《グアッ!?》
着地する前に槍を引き抜き、壁に足を掛ける。
《なんだ、コイツ!?》
《お前……さっきの!?》
次の瞬間――
壁を蹴り、勢いのまま突進。
《ガハッ……!?》
《グエッ!?》
二匹を一直線に貫く、一撃。
《クソッ……!》
生き残ったダークマターが、図書館の奥へ逃げ込もうとする。
だがバンダナワドルディは壁、本棚、柱を蹴り、ダークマターを縦横無尽に追い詰める。
《や……やめ……っ!!》
その声が消えるより早く。
上空から振り下ろされた槍が、最後の一匹を貫いた。
静寂。
「……ふぅ」
槍を引き抜き、周囲を見渡す。
床からはプスプスと煙が上がっていた。
「これ以上は……いないかな?」
振り向き、モミジの姿を確認する。
「キミ、怪我はない?」
「は、はい……!あ、ありがとうございます……」
モミジは、状況をまだ飲み込めていない様子のまま震える声で頭を下げた。
「ごめんね、モミジ〜!」
メルが勢いよくモミジの肩を掴む。
「うわっ!? せ、先輩!!」
「裏口に着いてから開けてって言えばよかったね…ごめんよぉ…」
「い、いえ!結果的には大丈夫でしたので…!」
その背後では、バリケードを組み直していた残りのメンバーも合流してきた。
「怪我はなさそうだね。よかったよかった」
「さ……寒い……バンダナ……早くオイラの頭の上に……」
「……あ、そーいやそうだったね」
バンダナワドルディは、言われるままチェリノの頭の上へと戻る。
「227号の皆さんも、無事でしたか……!」
「モミジ、知識解放戦線のメンバーは?」
「はい! トモエさんのお陰で、異変に早めに気づけました。ほとんどのメンバーは無事です!」
「トモエさん……ここまで根回ししてたんだ……」
「図書館に籠もってたのが、結果的に正解だったか」
モミジは一度息を整え、続ける。
「あと……数十名ですが、工務部の部員も保護できました。そのおかげで、バリケードも比較的早く組めました……ですが……」
「……? どうしたの?」
「あちらの方で……突然、デモを始めてしまって……その……会長のことを……」
「…………」
嫌な予感が、全員の脳裏をよぎる。
一行は図書館の奥へと進んだ。
『我々がここに閉じこもらねばならぬのは!すべて、あの独裁者――チェリノのせいである!!』
『我々の自由はどこへ行った!?
あの黒く、正体不明の存在を野放しにし、街を混乱に陥れたのは誰だ!!』
図書館の一角。
即席の演壇の上で、ヘルメット姿の少女が拳を振り上げていた。
「……ミノリさん……何してるんですか……」
ノドカが、呆れを隠さず声をかける。
「ノドカ?先ほど人員確認をした際はいなかったと認識していたが……」
ミノリが、怪訝そうに声の方に視線を向け――
そして、言葉を失う。
「……む?」
そこに立っていたのは。
つい先ほどまで、自らが激しく糾弾していた存在。
だがその姿は、いつもの威風堂々とした会長のものではなかった。
雪と煤に汚れ、服は破れ、見るからにボロボロだ。
その姿を前に、ミノリは一瞬だけ言葉を失う。
だが――
その沈黙は、ほんの刹那だった。
「……なるほど」
ヘルメットの下で、ミノリの目が細められる。
「傷ついた“ふり”をして、同情を買おうという算段だな!!」
拳を握り、声を張り上げる。
「その手には騙されんぞ!!」
「ミノリさん……」
ノドカが、思わずため息をこぼした。
「そもそも、そんな薄着で外から入って来られるわけがない!もしや最初から図書館に潜み、裏で糸を引いていたのではあるまいな!?」
その時。
≪……≫
ミノリの背後。
本棚の影から、黒い影が、音もなく滲み出す。
「……あっ!!」
それに気づいたのは、バンダナワドルディだけだった。
ミノリの背後へ――
ダークマターが、じわりと距離を詰める。
触手のような影が伸び、ミノリの身体に絡みつこうとした、その瞬間。
「……邪魔だ!!!」
振り向きざま。
鈍い音が響き、ミノリの拳がダークマターを真正面から叩き飛ばした。
《ガッ!?》
黒い球体は大きく弧を描き、本棚に叩きつけられて、霧のように霧散する。
「「「ええっ!?」」」
一同が、揃って声を上げた。
「話の途中だ! 勝手に割り込むな!!」
ミノリは拳を軽く振り、何事もなかったかのように言い放つ。
「……ねえ、ちょっとだけいいかな」
その横で、シグレが一歩前に出た。
「なんだ?」
「今、レッドウィンターの実権を握ってるのは……チェリノ会長じゃない」
「……何?」
「今あなたが殴り飛ばした黒いやつ。あれはダークマターって言ってね。今のレッドウィンターは、事実上――あいつらに支配されている」
図書館が、静まり返る。
「……つまり?」
ミノリが、ゆっくりと問い返した。
「あなたが今批判すべき相手はチェリノ会長じゃない。やるとするなら、あいつらの親玉じゃないかな?」
再び数秒の沈黙。
そして――
「……なるほど!!」
ミノリは、勢いよく拡声器を取り出した。
『では! 我々が今すべきことは一つ!!』
拳を突き上げる。
『ダークマターとかいう連中をぶっ倒す!!!』
公務部の扱いが簡単すぎる……