桃色の軌跡   作:逆襲

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キヴォトス内で(恐らく)一番扱いが簡単な学校

「ふぅ……」

 

一通り檄を飛ばし終え、ようやく満足したのか。

ミノリは額の汗をぬぐいながら、一行のもとへ歩み寄ってきた。

 

「それでだ」

 

腕を組み、鋭い視線を向ける。

 

「この人数で……勝機はあるのか?」

 

図書館の中に、わずかな緊張が走る。

 

「う~ん……正直、楽勝って感じではないかな」

 

シグレは指を組み、考え込むように視線を落とした。

 

「外から見た感じ、本校舎の周辺にはかなりの数がいた。さっき戦ったみたいなダークマターだけなら、みんなで当たれば押し切れると思うんだけど……」

 

少し間を置き、言葉を選ぶ。

 

「たぶん、指揮してる“強いやつ”がいる気がするんだよね。ただの群れって感じじゃなかった」

 

「……確かに」

 

ノドカが頷く。

 

「動きも統率取れてたし、あれだけ学区全体に広がってるなら、親玉みたいなのがいてもおかしくないね」

 

「多分いると思う。ダークマターの中にも上下関係があるみたいだから…」

 

バンダナワドルディがそれに答えた。

 

 

 

「お前達、問題はそれだけじゃないぞ」

 

チェリノが、珍しく真面目な顔で口を開く。

 

 

「……保安委員達だね」

 

シグレが顔をしかめる。

 

「うむ。あぁ見えて、あいつらは腕も根性もある。下手に手を抜けば、こちらがやられる」

 

その場に、重い沈黙が落ちる。

 

 

「「「う~ん……」」」

 

 

誰かが口を開く前に、

全員が同じ壁を思い浮かべていた。

 

 

「……ミノリさん」

 

沈黙を破ったのは、ノドカだった。

 

「ここにいない、他の工務部の部員さんたちは……どちらに?」

 

「散り散りになった」

 

ミノリは即答する。

 

「あのダークマターとかいう連中が現れた時にな。今日はたまたま図書館の窓の修理依頼があって、我々は中で修繕費のやり取りをしていた。だが、外で作業していた者たちとは……そこではぐれてしまった」

 

「……そうでしたか」

 

ノドカは、静かに頷く。

 

 

 

「やっぱり、このまま正面から戦うには……人数が足りないね」

 

シグレに全員の視線が集まる。

 

「だから、さっき話した通り。各部活を回って、味方を増やすしかないと思う」

 

「だ、だが、保安委員が動いたらどうするんだ?」

 

 

「多分……動かない。いや、動けないよ」

 

「どうして?」

 

「敵から見たら、保安委員は“最後の盾”だから。それを簡単に前線に出したら、自分たちを守るものがなくなる」

 

「で、でも!」

 

チェリノが声を上げる。

 

「オイラを追ってきた時は、保安委員のほぼ全員が動いていたぞ?」

 

「……うん。だからこそ、だよ」

 

シグレは少しだけ目を伏せ、続ける。

 

「多分だけど、敵はレッドウィンターの内情をよく知ってる。頻繁にクーデターが起きることも、起こし返されることも」

 

「……」

 

「だから、会長を狙った時のアレは“クーデターに見せかけた動き”だったんだと思う」

 

ノドカが、はっと息を呑む。

 

「確かに…会長がいなくなれば、クーデターを起こし返す存在もいなくなる……。そうなれば、実質的に……」

 

「レッドウィンターの支配権を奴らが握り続けられる、か」

 

「そ。」

 

 

 

 

「とりあえず私達ができることは人を集めること。道中の見回りとかのダークマターは各個撃破していこう。」

 

「よし」

 

ミノリが一歩前に出る。

 

「方針は決まったな。では――」

 

ミノリは拡声器を高く掲げる。

 

『諸君、よく聞け!』

 

その一声で、図書館内に待機していた工務部と知識解放戦線のメンバーたちが一斉に振り向いた。

 

『我々は今から、悪しき存在に洗脳された同胞を救うために出動する!同胞のために――力を貸してくれ!』

 

「「「「「おおーーっ!!!!」」」」」

 

図書館の空気が、文字通り震えた。

本棚がびりびりと小さく揺れ、天井からぱらりと埃が落ちる。

 

「と、図書館ではお静かに……!!」

 

モミジの必死な制止も虚しく、

工務部の士気は一気に最高潮へと達していた。

 

「……ねぇ会長」

 

シグレが、少し楽しそうに声を潜める。

 

「こう言ったら、知識解放戦線も一緒に来てくれるんじゃない?」

 

「……何だ?」

 

シグレはチェリノの耳元へ近づき、こそこそと囁く。

一瞬、チェリノの目がきらりと光った。

 

「……なるほど」

 

満足そうに頷く。

 

チェリノは一歩前に出て、モミジの方へと近づく。

 

「ごほん。

知識解放戦線にも、ぜひ協力を頼みたい」

 

「え……?」

 

モミジがきょとんとする。

 

「報酬は……そうだな」

 

チェリノは少し考える素振りを見せてから、胸を張った。

 

「各部員一人につき、なんでも好きな本を一冊。オイラが責任を持って用意しよう」

 

「なっ……なんでも!?本当ですか!?」

 

急に声量が跳ね上がり、チェリノがびくっとする。

 

「う、うむ。会長たる者、約束は守るぞ」

 

その瞬間だった。

 

モミジが勢いよく壇上へ駆け上がり、ミノリから拡声器を半ば強奪するように引ったくる。

 

『知識解放戦線の皆さん!この騒動が終わったら!好きな本が!!一人一冊もらえるそうです!!!』

 

一拍の沈黙。

 

そして――

 

「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」

 

知識解放戦線の面々が、一斉に拳を突き上げた。

 

「どこも売切だった本がようやく手に入るーー!!」

「絶版本!絶版本!」

 

図書館の中が、完全にお祭り状態になる。

 

 

 

 

「……こうなった皆は、もう止まらないね」

 

シグレが肩をすくめて笑った。

 

「まったくだ」

 

チェリノも並んで溜息を吐いた。

 

「最初はどこに向かうの?」

 

バンダナワドルディが図書館にあった地図を読みながらシグレに問いかける。

 

「そうだね……じゃあ……」

 

 

--------------------------

 

 

≪ふぅ……≫

 

レッドウィンター校舎内、事務局室。

その一角で、とあるダークマターが椅子に腰(?)を下ろしていた。

 

≪案外、すんなり制圧できたな……他の地区の連中は回りくどいやり方をしているらしいが、こうした方が早いじゃないか≫

 

室内を見渡し、壁に掛けられた一枚の絵画に視線を止める。

 

立派な髭、深く刻まれた彫りの顔立ち。

堂々とした佇まいの長髪の男が描かれていた。

 

≪……こんな奴、リストに載っていたか?特徴だけなら……あのガキに少し似ている気もするが……≫

 

首を傾げるように、視線を外す。

 

そのとき、机の上に置かれたままのプリンが目に入った。

蓋は開いたまま、スプーンも添えられている。

 

≪……≫

 

興味本位で近づき、触手のような手でスプーンを取る。

一口分すくい、そのまま黒い霧の中へ。

 

≪ゲェッ!?≫

 

水で薄めたような、妙にぼやけた甘さが広がる。

 

まずい。

はっきり言って、まずすぎる。

 

プププランドで盗んだプリンの方が百倍マシだ。

いや、比べるのも失礼なレベルで出来が悪かった。

 

≪……チッ≫

 

その時。

 

≪報告が――!≫

 

背後からドアを開け別のダークマターが姿を現す。

 

≪な、何かありましたか?≫

 

≪……何もない、それでどうした?≫

 

≪は、はい!それが、侵略中のA地点の図書館の部隊が壊滅!そして現在、侵略済みのB地点に図書館にいたと思われる者達の攻撃を受けています!≫

 

≪何だと!?≫

 

そして間髪入れずもう一匹のダークマターが現れる。

 

≪報告!C地点が何者かの襲撃を受けています!洗脳した人員達が次々と洗脳を解かれ...!≫

 

≪クソッ…!何が起こっているというのだ!?≫

 

 

---------------------------

 

≪グアアッ!?≫

≪ギャアッ!?≫

 

銃声が、雪の積もった通路に連続して響き渡る。

 

火花。悲鳴。

黒い霧が弾ける音。

 

宙に浮いていたダークマターが次々と撃ち抜かれ、同時に洗脳されていた生徒たちも倒れ込んでいく。

 

「見た感じここにはもう敵はいなさそうだね。」

 

バンダナワドルディは槍を下げ周囲を素早く確認する。

 

「うん。思った通り、見回り役はそこまで強くないね」

 

シグレも銃口を下げながら頷いた。

 

「これなら、道中で人を助けながら進めそうだ」

 

 

 

 

 

床に倒れていた工務部の生徒が、頭を押さえながら身を起こす。

 

「痛たた……あたし、一体……何を……」

 

「目が覚めたか」

 

その声に、少女がはっと顔を上げる。

 

「ぶ、部長!?」

 

「すまない、いきなり気絶させる形になってしまって」

 

ミノリは倒れていた部員の手を取り、いつもの調子で言った。

 

「事情は後で説明する。だが今は――私達に力を貸してくれないか?」

 

 

一瞬の沈黙。

 

それから、工務部の部員の目が、ぱっと輝いた。

 

「は、はい!!もちろんです!!」

 

勢いよく立ち上がり、もう片方の手でしっかりと手を握る。

 

「感謝する。」

 

ミノリは満足そうに頷く。

 

 

少し離れたところで、シグレがぽつりと呟く。

 

「ミノリさんって、こういう時ほんと便利だよね…」

 

「……何か言ったか?」

 

「いんや、何も言ってないよ〜」

 

軽く笑って、シグレはその場を誤魔化す。

 

「まぁまぁ、結果オーライってことで」

 

「……ん?」

 

その時、ノドカのスマホが短く通知音を鳴らした。

 

「あ、知識解放戦線の皆が行ってた第三公共食堂の方も、もう制圧終わったって!」

 

画面を見ながら、少し安心したように続ける。

 

「洗脳されてた人も、ほとんど目を覚ましたみたい。怪我人も軽傷だけだって」

 

「いい感じだね」

 

シグレが頷く。

 

「この調子なら、人手の問題はだいぶ解消できそう」

 

図書館の中に、ほんのわずかな安堵の空気が流れた。

 

その時だった。

 

ミノリが、片手に持っていた拡声器を口元へ引き寄せる。

 

『よし、次は――』

 

 

 

 

その瞬間、凄まじい爆音と光が部屋中に満ちる。

 

壁の一角が、内側からではなく外側から叩き潰されるように吹き飛んだ。

レンガと木片が雨のように降り注ぎ、床に叩きつけられる。

 

 

 

悲鳴と怒号が入り混じる。

 

粉塵が舞い、視界が一瞬で真っ白になる。

拡声器が床に転がり、キィンと嫌な音を立てた。

 

「どうした!? 何が――」

 

ミノリが叫ぶが、その声も煙に呑まれる。

 

やがて、重たい音と共に瓦礫が崩れ落ち、

ゆっくりと煙が晴れていく。

 

 

 

 

そこにいたのは――

 

白い装甲に覆われ、低く丸みを帯びた砲塔から、無骨な砲身をこちらへ向けた一台の戦車。

 

白であるはずなのに、そこから立ち上る黒い煙が、異様さを際立たせていた。

 

「あ、あれは…!」

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