≪……そろそろ制圧も終わった頃合いか≫
事務局室。
ダークマターは大きな椅子に身を預け、どこか気の抜けた様子で天井を見上げていた。
≪あの御方への報告も済んだことだし……。暇つぶしにでもプププランドのプリンを再現してみるか……?≫
黒い霧の中で、そんな呑気な独り言が零れる。
完全に仕事が終わりの気分だった。
――その時。
扉が勢いよく開き、別のダークマターが転がり込むように入ってくる。
≪報告が……!≫
≪またか、騒々しい≫
≪そ、それが……!≫
言葉が続く前に、校舎全体を叩くような衝撃が走った。
床が軋み、壁が震え、屋根に積もっていた雪が一気に崩れ落ちる。
白い雪煙が窓の外を覆った。
≪な、何だ今のは!?≫
≪て、敵襲です!!校門方向から……大量の敵が――!!≫
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『進めーーー!!!!』
怒号のような号令が、吹雪の中を突き破る。
校門を越え、雪を蹴散らしながら大量の生徒たちが一斉に流れ込んでくる。
足が地面を踏みしめるたび、粉雪が舞い上がり、その一帯は白一色に染まっていく。
その光景は、もはやブレーキを失った暴走列車のようだった。
≪な、なんだあれは……!?≫
ダークマターが身構え、白煙の正体を確かめようと一歩近づいたその瞬間。
白い煙の奥から、乾いた銃声。
≪グアッ!?≫
弾丸は迷いなく飛び、ダークマターの目玉を正確に撃ち抜いた。
黒い悲鳴と共に、それは霧散するように消滅する。
間髪入れず、次の銃声。さらに次、さらに次。
白煙の中から、正確無比な弾丸が雨のように飛び交う。
≪グッ……!?≫
≪ガハッ……!?≫
抵抗する間もなく、
ダークマターたちは次々と撃ち抜かれ、黒煙へと変わっていく。
「みんなすごいね……!僕、ほとんど前が見えないんだけど……」
バンダナワドルディは目を細め頑張って雪煙の外を見ようとする。
「私たちは年がら年中この雪と一緒に生活してるからね。慣れってやつだよ」
そんな軽い会話を交わしながら、一行は足を止めることなく校舎へと迫っていく。
――だが。
校舎の正面。
そこに、影が立ちはだかった。
「あっ……!」
銃を構え、無表情でこちらを向く保安委員たち。
≪撃て!≫
ダークマターの号令と同時に、一斉に引き金が引かれる。
銃声と弾丸が雪原を刻む。
保安委員たちは一切の声を発さず、ただ命令通りに動いていた。
狙う。撃つ。
次へ移る。
その一連の動作に、迷いも感情もない。
「いたっ!」
「ぐえっ」
一人、また一人と生徒が倒れる。
雪に伏し、動かなくなる。
≪……いいぞ。その調子だ≫
背後で、ダークマターが満足げに呟く。
銃弾が正確に急所を撃ち抜き、生徒たちは次々と雪へと崩れ落ちていく。
≪ふふ……抵抗できるものならしてみるが良い。≫
――だが。
次の瞬間、別方向から銃声音。
≪何だ……?≫
雪煙の向こうから、新たな影が押し寄せてくる。
≪なっ……あれは!?≫
一人ではない。十人でもない。
百人は優に超えているであろう大群。
「前へ! 止まるな!」
「負傷者は後ろへ!!」
声が、波のように押し寄せる。
ふと前を見ると、止めているはずの集団がもう目前まで迫っていた。
≪こいつら…隊を分けたのか…!?簡単にやられたように見えたのはただの死んだふり…!?≫
ダークマターは悔しそうに体を揺らめかせた。
≪こ、これ以上奴らを近づけさせるな!≫
ダークマターの指示により、保安委員が銃を構え直す。
――だが。
横合いから放たれた弾丸が、一人の肩を撃ち抜いた。
無言のまま、体勢を崩し、雪に倒れる。
さらに、別方向からも銃声。
足音。
雪を踏み荒らす音。
銃声が、四方から重なり始める。
一人倒しても、次が出てくる。
二人倒しても、さらにその後ろに列が続く。
保安委員は命令通りに撃ち続ける。
だが、その動きには、確実に綻びが生まれ始めていた。
≪た、弾切れ……!?≫
返事はない。
命令を受け取るはずの保安委員が、次々と雪に沈んでいく。
≪くそ……! 個々の性能は上だというのに……!≫
圧倒的なまでの数の暴力。
≪数が多すぎる……!≫
返答はなかった。
ただ、引き金が引かれる音だけが重なる。
無言の保安委員が膝を折り、
そのまま、静かに雪の上へ倒れ込んだ。
≪……ガハッ……≫
ダークマターの声が、わずかに低くなる。
雪煙の中、立っている敵の姿が完全に見えなくなった。
「よし、」
ミノリは拡声器を構える。
『負傷した者は撤退!残ったもので校舎を攻め落とす!』
「「「おおおおーーーー!!!!」」」」
『作戦通りにA隊は事務局室へ!B、C、D隊は校舎内のダークマターの殲滅を!』
そうミノリが指示を出すと、塊は4つに分かれ校舎内へと入っていく。
「皆頑張って!僕はこっちだから!」
バンダナワドルディがシグレとノドカに手を振る。
「うん!バンダナ君も気を付けて!」
そして外にバンダナワドルディだけが残った。
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外から聞こえてくる声量に、校舎の窓ガラスが小刻みに震えた。
≪報告……!≫
荒く息をついたダークマターが、扉を押し開ける。
≪保安隊も全滅!侵入を許してしまいました!≫
≪……クソッ≫
ダークマターは、歯噛みするように黒い霧を揺らす。
(あれだけ簡単に制圧できた奴らなのに……!なぜだ……! なぜこうも簡単に負ける……!?)
苛立ちを押し殺すように、室内を見渡す。
机。壁。立て掛けられた絵画。崩れかけた資料棚。
――そして。
≪……ハッ≫
部屋の隅。
床に横たわる、一人の少女。
情報を引き出すために洗脳されたまま、意識を失っている。
≪……これなら……≫
黒い霧が、ゆっくりと蠢く。
その時だった。
≪まずいです!!≫
別のダークマターが、ほとんど転げるように駆け込んでくる。
≪もう……もうそこまで来ています!!このままでは――!!≫
窓の外から、再び響く怒号と足音。
校舎全体が、確実に取り戻されつつあった。
ダークマターは、床に伏した少女へと視線を落とし――
低く、歪んだ笑い声を漏らした。
≪……ならば、使わせてもらうとしよう≫
事務局室の前。
壊れかけた扉の向こうから、黒い霧が漏れ出している。
「……ついに…たどり着いた…」
チェリノが小さく呟く。
ミノリはそれに頷き、銃を握りしめた。
「突入する。準備はいいな」
誰も異論はなかった。
「行くぞっ!!」
扉が蹴破られる。
木片が弾け、黒い霧と埃が舞い上がる。
「――動くな!!」
銃口が一斉に向けられる。
だが。
その中央に立っていたダークマターは、逃げも隠れもせず、むしろ自分たちを待っていたかのようだった。
≪来たか≫
低く、湿った声。
そして、ゆっくりと――
その腕(?)の中から、一人の少女が姿を現す。
「……っ!」
チェリノは息を飲む。
ダークマターの傍に気力なく気を失っている少女。
間違いない。あの時自分をかばってくれたトモエだった。
ぐったりとした身体。
だが、意識はあるのか、かすかに呼吸が揺れている。
≪さて……≫
ダークマターは、どこからか一本の万年筆を触手のようなもので拾い上げる。
カチリ、と音を立ててキャップが外れた。
次の瞬間――
そのペン先が、トモエの喉元に当てられる。
「……っ!」
チェリノの声が、低く震える。
ペン先が、わずかに食い込む。
血は出ていない。
だが、それが刃物と同じ危険を持つことを、この場の全員が理解していた。
キヴォトス人の身体は衝撃に強い。
銃で撃たれたって爆弾が爆発したって高いところから落ちたって死傷にはなりづらい。
だが、急所を突く刃は別だ。
注射針も、包丁も、ペン先でさえ――容易く皮膚を貫く。
「人質で脅せば私達が怯むと思ってる?」
(まずい…このままじゃ撃てない…!)
焦る気持ちを押し殺しながらシグレが問いかける。
他の皆も銃を下げていない。
だが同時に、動けなかった。
≪どうした?撃つなら撃て!≫
ペンが、さらに強く喉へ押し当てられる。
≪……この女がどうなるか分からんがな?≫
「くそっ…!」
チェリノの声が漏れる。
その反応を見てダークマターは満足げに霧を揺らす。
≪この女がどうなってもいいのなら私を撃つと良い。…だが、その代償はしっかり払ってもらうぞ…!≫
一歩、後ずさる者が出る。
流石のミノリも、この状況になってしまっては迂闊に命令を出せない。
≪随分とお人好しな奴らだ…。まったくあのバカ共と同じだな……!≫
何かを思い出したように、ダークマターは低く笑う。
≪おい、お前ら。入ってこい≫
その直後。
ガシャン、と窓ガラスに何かがぶつかる音。
ゆっくりと窓が開き、外から複数の黒い影が姿を現した。
≪……流石です≫
≪ククク……≫
≪さて、形勢逆転ってところか≫
ダークマターたちの視線が、動けずにいる一行へ向けられる。
≪おい。さっさと――≫
「今だ!!」
ダークマターが言葉を発している途中、チェリノが突如叫んだ。
≪妙な真似をするな!こいつがどうなっても…!≫
≪ガハッ!?≫
≪ギャアッ!?≫
突如背後で悲鳴が聞こえる。
ダークマターは、増援がいる方向へ振り返った。
黒い霧の、さらに奥。
窓の向こうに――
それとは明らかに違う輪郭が浮かんでいた。
小さな体躯。
だが、研ぎ澄まされた闘気。
空気が、一瞬だけ張り詰める。
「――月落とし!!」
その声が届いた時には、もう遅かった。
増援として現れたダークマターたちは、抵抗する間もなく貫かれ、
次の瞬間には、ただの黒い霧となって崩れ落ちていた。
≪なっ……!?≫
トモエを押さえつけているダークマターが思わず声を漏らす。
突如現れたバンダナワドルディの存在に、一瞬だけ――ほんの一瞬だけ、判断が遅れた。
(まずい――)
そう悟ったのか、トモエの喉元に当てていた万年筆を握る手(?)に、力を込めようとする。
だが――
バン!!
乾いた銃声が、室内に響いた。
≪ガッ!?≫
「ふぅ……」
ミノリの低い声。
ダークマターの手から、万年筆が弾き飛ばされる。
金属音を立てて床を転がる万年筆。
ペン先は、トモエの喉から完全に離れていた。
ミノリのアサルトライフルの銃口から、白い煙がゆらりと立ち上る。
「さてと……」
シグレが、ゆっくりと口角を上げる。
「これで、“形勢逆転”だね♪」
「こういう演技は疲れるから嫌なんだけど……でも、ようやく終わるね」
ノドカも、静かに銃を構え直す。
その視線は、はっきりとした敵意を宿している。
ミノリは拡声器を取り出し、口元へ。
それと同時に、室内にいるほぼ全員が、一斉に銃口をダークマターの方へ向けた。
ダークマターにもう逃げ場はない。
≪ま、待て…!仲間ごと撃つつもりか……!?≫
人質が横にいるというのに銃を構える一行にダークマターは動揺する。
だが、ダークマターがトモエの方を見るともうその姿は無かった。
「ここだよ~」
窓の方を見ると、自分の体の数倍の大きさはあるであろうトモエを頭の上に担いだバンダナワドルディがいた。
「みんな!後はお願い!」
「ああ!」
チェリノの声には、迷いはなかった。
それを合図にするかのように、ミノリが拡声器を強く握りしめる。
『――総員、撃てーーーっ!!!!』
一斉に放たれた銃弾が、室内を埋め尽くす。
無数の閃光が走り、その全てが、ただ一つの標的――ダークマターへと集中する。
≪こ……こんな……馬鹿な……!≫
黒い身体が、次々と撃ち抜かれていく。
逃げ場も、反撃の余地もない。
銃声が重なり、やがて一つ、また一つと増えていき――
最後の一発が響いた時。
そこにはもう、黒い霧の欠片すら残っていなかった。
割れた窓から、冷たい風が吹き込み、火薬の匂いとともに、室内をゆっくりと撫でていく。
いつの間にか、傾きかけた夕日が窓の向こうに顔を出していた。
「終わった…のか……」
赤く染まった光が、荒れ果てた事務局室と、立ち尽くす生徒たちを静かに照らしていた。
バンダナワドルディは事務局の部屋の窓の外でずーっとスタンバってました。
吹雪のせいで増援のダークマターに気づかれなかった感じですね。
少しストーリーが無理やりになってしまい申し訳ございません。
お仕事が相当忙しく執筆の時間が取れませんでした。
本当は校内の闘いやバンダナ君が外にいる理由がわかる作戦会議もお話にしたかったのですが…話の数が多くなるのもありカットという感じになりました。
それで、クオリティを上げるため毎日投稿ではなく2~3日に投稿に変更しようと思います。お楽しみにしていただいている方には申し訳ございません…。