「はぁ〜……あったかい……」
ノドカはそう呟くと、そのまま部屋のベッドへとバタリと倒れ込んだ。
反発するマットレスに身を任せ、全身から力が抜けていく。
「……生き返るぅぅぅ……」
部屋の中は、しっかりと暖房が効いていた。
冷え切った227号特別クラスの部屋とは、もはや別世界。
天と地ほどの差がある。
「すごい……部屋にシャワーまで付いてる……まるでホテルみたいだね……」
ベッドに寝転んだまま、ノドカは天井を見上げる。
「あーもう……ここから、いずれ出なきゃいけないの嫌なんだけど……」
ここは、レッドウィンターの生徒たちが暮らす寮――
……ではない。
校舎内に用意された、いわゆる“ゲストルーム”だった。
「……バンダナ君は?」
ふと思い出したように、ノドカが尋ねる。
「会長のところに行ったはずだよ。もうそろそろ戻ってくると思うけど……」
その時だった。
「ただいまー!」
間の抜けた、やけに元気な声。
二人が揃って入り口の方を振り向く。
――が。
そこにあったのは、ドアではなかった。
その下、ペット用の小さな出入り口から。
むにっ、と顔を押し込むバンダナワドルディ。
そのまま、すぽん、と音を立てて部屋の中へと転がり込んでくる。
「「……ぷっ」」
一拍置いて。
「「あはははっ!!」」
二人は、同時に吹き出した。
「え、なに!? どうしたの!?」
事情が分からず、首をかしげるバンダナワドルディ。
「いや……なんでもない、なんでもない……っ」
「うん……ちょっとね……っ」
笑いを堪えきれないまま、ノドカが続ける。
(ペット用じゃなくて……バンダナ君専用のドアだね……!)
部屋の暖かさとは、また別の意味で。
一気に空気が和らいだ瞬間だった。
ひとしきり笑った後。
バンダナワドルディは、部屋の中で二人と向かい合って話し始めた。
「なるほど……」
「バンダナ君の仲間探しを手伝うのが、私たちの役目ってことね」
「その間、この部屋を使っていいって話だよ」
ノドカは、改めて部屋を見渡す。
「……ノドカ。流石にだめだよ」
「まだ何も言ってない!!」
シグレに心を読まれたようで、ノドカは慌てて否定した。
「それで……バンダナ君。君の仲間って、どんな見た目をしてるの?」
「えっとねぇ……メモとかあるかな?」
「あるよ。はい」
シグレが引き出しからメモとペンを取り出し、バンダナワドルディへ渡す。
――指は無いはずなのに。
なぜかその手のひら(?)に、ぴたりと吸い付いた。
二人は、深く考えないことにした。
それから、バンダナワドルディは次々と仲間の絵を描いていく。
自分と同じ形の、丸いやつ。
また同じ体型で、剣を持った丸いやつ。
体が大きい、ペンギン……?のようなやつ。
宙に浮かぶ、丸いやつ。
最初は少し困惑していたノドカも、
途中からは、もう何も言わなくなっていた。
「……こんなところかな。何か分からないことある?」
「私は大丈夫。ノドカは?」
「うん。ちょっとだけ引っかかるところはあったけど……大丈夫だよ」
ノドカがそう言った、その直後。
ぐぅ〜と間の抜けた音が静かな部屋に響いた。
「……ごめん。お腹すいちゃった……」
バンダナワドルディは、少し照れたようにお腹(?)に手を当てる。
「ちょうどお昼時だしね。配給貰いに行こうか」
「そうだね。案内する――」
立ち上がろうとした、その瞬間。
床の奥から突き上げるような衝撃が、校舎全体を揺らした。
「「「うわあっ!?」」」
二人は思わず体勢を崩し、バンダナワドルディは、ころんとひっくり返る。
シグレも「何だ?」といった様子で、窓の外へ視線を向ける。
その直後――
遠くから、はっきりと聞こえてきた。
『水を混ぜてないプリンを配給しろーーー!!』
『約束された報酬の本を、今すぐ寄越せーー!!』
「……あぁ」
その様子を見て、シグレが納得したように頷く。
「公務部と、知識解放戦線だね……」
さらに飛び交う怒号。
『必死に戦った我々に対する侮辱だ!!』
『水を混ぜるなー!混ぜるならフルーツとかチョコにしろー!!』
『絶版本はどうした!!』
『あの時の約束はどうなった!!』
「いつものだね……」
シグレは肩の力を抜き、ノドカの隣に座り直した。
「え、えっと……?」
一方。
部屋の中央でひっくり返ったままのバンダナワドルディは、
きょろきょろと落ち着かない様子で二人を見上げていた。
「……何が起きてるの?」
「んー……」
シグレは少し考える素振りをしてから、あっさりと言う。
「チェリノ会長に不満を持った生徒たちが、いつものデモをしてるだけだよ」
「……ふ、不満?さっき言ってたプリンとか、本とか……?」
説明を聞いても、バンダナワドルディの表情はますます困惑する。
「でも……なんか、思いっきりおっかない言葉とか聞こえるんだけど……」
「安心して」
ノドカが、慣れた口調で付け加えた。
「ここじゃ日常茶飯事だから」
「えっ!?」
「そ。逆にデモが起きてない日の方が少ないよ」
「えぇっ!?」
外から再び、大きな揺れ。
ガタンッ、と棚の上のカップが跳ねる。
「……これがレッドウィンターの平常運転なんだよ」
ノドカは苦笑した。
「う、うーん……」
バンダナワドルディは、言葉を失ったまま唸るしかなかった。
「でも、これじゃ食堂もデモで襲撃されてそうだね……」
ノドカが窓の外をちらりと見て、ため息交じりに言った。
遠くから聞こえてくる怒号は、さっきよりも明らかに増えている。
金属音。銃声。何かが倒れる音。
「間違いないだろうね」
シグレが即答する。
「貯蔵してるプリンを盾に籠城してる可能性もあるし、下手に近づくと巻き込まれるかも」
「えぇ……」
バンダナワドルディは思わず身を縮めた。
「で、でも昨日は皆一緒に戦った仲間なんじゃ……」
「そうだよ」
「え、えぇ……」
「さっきも言ったでしょ?これがレッドウィンターの日常なんだよ」
一拍置いてシグレが軽く手を叩き、立ち上がる。
「とりあえずレッドウィンターの外に出よっか。バンダナ君の仲間も探さないとだしね。」
「そうだね」
ノドカもシグレと同じように立ち上がった。
「ま、銃声の量とかは外でもあんまり変わらないけどね」
「ちょっと物騒過ぎない……?」
三人は荷物をまとめ、部屋を出る準備を始める。
――と、その時。
(あ)
廊下に出る直前で、シグレがふと思い出したように足を止めた。
(そういえば……先生に、まだ連絡してなかったな)
シグレがスマホを取り出す。
「二人ともー。」
「「?」」
ノドカとバンダナワドルディが振り返る。
その瞬間、パシャっとシャッターの音が鳴った。
「写真?」
「そ。記念に撮っておこっかなって。私の"友達"をね。」
「ちょ、ちょっとシグレちゃん!」
ノドカが恥ずかしそうに顔を少し赤らめる。
反対にバンダナワドルディは喜んだような表情をする。
「えー?いいじゃんこのくらい」
「もう……」
頬を膨らませるノドカを横目にシグレはスマホを取り出し、モモトークの画面を開く。
親指が画面を軽く叩き、数個メッセージを入力していく。
写真を添付して送信ボタンを押した。
「……よし」
スマホをしまい、シグレは振り返った。
「じゃ、行こっか」
「うん!」
「行こう!」
三人は顔を見合わせ、頷き合う。
外では今も、怒号と銃声が鳴り響いている。
だがそれを背に、彼女たちは静かに歩き出した。
レッドウィンターの外へ――
ほんの少しだけ、落ち着ける場所を求めて。
-------------------------
かつてとある戦士に二度敗れ、闇の奥底へと砕け散ったはずの存在。
失われた片翼と、砕かれた天使の輪は、無機質な機構と神秘によって再構成されていた。
金属と闇に覆われたその姿は、かつての神性を否定するものではない。
人の理解を超えた形へと研ぎ澄まされ、新たな位相へと昇華している。
それは奇跡でも、単なる技術の産物でもない。
祈り、願い、執着、そして歪んだ信仰。
無数の感情が堆積した果てに顕現する――
キヴォトスにおける、神秘の結晶。
とある生徒は、死の力を。
とある生徒は、予言の力を。
とある生徒は、記憶の力を。
神秘は、等しく与えはしない。
それぞれの在り方に応じ、異なる力としてその身に宿る。
闇の力でありながら、その輝きはどこか神々しく、破壊と救済を同時に想起させる。
そして、その中心にある“器”。
人でもなく、天使でもなく、神秘を宿すためだけに用意されたその存在は――
今、この瞬間。
完全に、満たされた。
≪ これが……神秘か…… ≫
――レッドウィンター編 完