桃色の軌跡   作:逆襲

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「先生、本日はありがとうございました」

 

「うん。あまり無理しすぎないでね」

 

「……お言葉はありがたいのですが、その言葉はまずご自身に向けていただきたいものです」

 

「ぐっ……ぜ、善処するよ……。じゃ、またね。セナ」

 

そう言って、先生は扉を開け、廊下へと歩き出した。

 

「さて、と」

 

スマホを取り出し、モモトークを立ち上げる。

 

-------------------

 

ヒナ、今大丈夫?>

 

用事が終わったからそっちに行っても良いかな?>

 

<大丈夫よ

 

<風紀委員室に来てちょうだい

 

-------------------

 

了承をもらえたのを確認し、先生は階段を上っていく。

 

途中、冬服やマフラーを手にしたままの生徒たちとすれ違った。

昨日まで、ゲヘナは真冬のような大雪に覆われていたのだ。

急に必要がなくなり、持て余しているのだろう。

 

そんなことを考えているうちに、いつの間にか風紀委員室の前へと辿り着いていた。

 

 

軽くノックをする。

 

「先生ね、入って」

 

扉の向こうから、聞き慣れたヒナの声が返ってきた。

 

「失礼するよ」

 

ドアを開け部屋の中へ足を踏み入れる。

いつも通りの位置にいるヒナ、アコ、チナツ。

イオリはいないのか……とほんの少しだけ気分が落ちる。

 

 

そして、応接用のソファに腰掛けている、ひときわ目を引くでかい生物。

昨日ヒナに見せてもらった写真、そのままの姿だった。

 

「先生、待ってたわ」

 

ヒナが椅子から立ち上がり、先生の方へ歩み寄る。

 

「「先生、お疲れ様です」」

 

それぞれが挨拶をする中、見慣れない生物が、ゆっくりとこちらを振り向いた。

 

「おお、お主が先生とやらか」

 

その生物は、重い腰を上げるようにソファから立ち上がり、

こちらへ一歩踏み出す。

 

そして、先生に向かって手を差し出した。

 

「ワシはプププランド国王のデデデ大王だ。よろしく頼むぞ」

 

「私はシャーレの先生です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

差し出された大きな手を取り、先生は静かに握り返した。

 

「ガッハッハ!敬語じゃなくてもいいぞ!気軽にデデデと呼んでくれ!」

 

(……事前に説明していたとはいえ、恐ろしく飲み込みが早いわね先生……)

 

 

 

ヒナは内心でそう思いながら、咳払いを一つする。

 

「と、とりあえず座って。話はそれからよ」

 

 

ヒナの一声で、場の空気が引き締まる。

三人は、先ほどまでデデデが腰掛けていた応接用のソファへと移動した。

 

「えっと……とりあえず、もう一度。何があったのか、詳しく聞いてもいいかな?」

 

「ええ。分かったわ」

 

ヒナは机の上に置かれていた、丁寧にファイリングされた資料を手に取り、先生へ差し出す。

 

「ゲヘナの大雪の正体は、デデデ大王がいた星から来た『アイスドラゴン』という生物が原因だったわ」

 

そう言ってから、デデデへ視線を向ける。

 

「デデデ、アイスドラゴンの説明をお願い」

 

「おう」

 

デデデは腕を組み、ゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「アイスドラゴンはな、氷の山にひっそりと暮らすやつだ。氷の息を吐いたり、つららを落としたりはするが、本来はここみたいな暖かい地域に出てくるはずがないのだ」

 

「なるほど……。じゃあ、どうしてゲヘナに?」

 

先生の問いに、デデデは低く唸る。

 

「忌々しい奴らの仕業だ」

 

「……奴ら?」

 

先生は、資料に添付されていた写真へ視線を落とす。

そこには、アイスドラゴンの周囲を漂う、小さな黒い点のようなものが写っていた。

 

「そいつらの名は、ダークマター」

 

デデデの声が、少しだけ重くなる。

 

「人や動物に取り憑いて、精神を操る能力を持っている。アイスドラゴンは洗脳されて、奴らの作戦の手駒にされていたんだ」

 

「私たちが、あと少しでも駆けつけるのが遅れていたら……」

 

ヒナが続ける。

 

「あいつらが吹雪に洗脳の力を混ぜて、ゲヘナ全土があいつらに操られていた可能性もあったわ」

 

先生は言葉を失い、思わず息を呑む。

 

「想像しただけで、怖いね……」

 

先生の呟きに、ヒナは一度小さく頷いた。

 

「それで、私たちでそのアイスドラゴンとダークマターを倒して……とりあえず、ゲヘナ全土の雪は解けた、という感じね」

 

「ありがとう。よく分かったよ」

 

先生は手元の資料を軽く揃え、机の上に置いた。

整理された紙束とは裏腹に、内容はどれも重い。

 

 

「それで……用件としてはデデデさんの仲間探し、だったよね?」

 

「ええ」

 

ヒナは腕を組み、少しだけ考えるように視線を落とす。

 

「昨日、風紀委員会でゲヘナ自治区を一通り捜索したのだけれど、結局手がかりは見つからなかったわ。となると、他校の自治区にいる可能性が高いの。ただ……私たちが直接動けば、学校間の問題に発展しかねない。だから――先生。この件について、あなたの力を貸してほしいの。」

 

「分かった。協力するよ」

 

「助けてもらってばかりですまんなぁ……お礼はしっかりとさせてもらうぞ!」

 

デデデが大きく頭を下げようとしたその瞬間――

先生のスマホから、軽い電子音が鳴った。

 

「あ、マナーモードにしてなかった……」

 

言いながらスマホを取り出す。

一応目を通しておこうと画面を確認した瞬間、表示された名前に眉がわずかに動いた。

 

(シグレ……?)

 

ロックを解除し、モモトークを開く。

そこには短いメッセージと、一枚の写真が添付されていた。

 

「あっ!」

 

思わず声が漏れる。

 

「どうしたんだ?」

「何かあった、先生?」

 

ヒナとデデデの視線が、一斉にこちらへ向く。

 

「これ……確か昨日、ヒナが送ってくれた絵の……」

 

先生はそう言いながら、スマホの画面を二人へ向けた。

 

そこに映っていたのは――

ノドカと、その隣でバンダナワドルディが、こちらを振り向いている写真。

 

「ああっ!!!」

 

デデデが勢いよく立ち上がり、半ば奪い取るようにスマホを手に取る。

 

「バンダナワドルディ!!無事だったか!!」

 

その声と表情には、はっきりとした安堵が滲んでいた。

 

「ヒナの読み通りだね」

 

先生はデデデの様子を見て少し笑いながら言う。

 

「他の人たちも、トリニティやミレニアムにいる可能性が高まった。私から連絡してみるよ」

 

「……ええ、お願いするわ」

 

ヒナは頷き、その表情には確かな手応えが浮かんでいた。

 

 

-----------------------------

 

 

地面にわずかに残った水たまりが、差し込む太陽の光を受けてきらめいている。

雨に洗われた石畳はまだ湿り気を帯び、空気はひんやりと澄んでいた。

 

メタナイトは、セイアに連れられる形でトリニティの庭園にいた。

白いベンチに二人が並び、緩くふく風が二人のマントや髪を撫でていく。

 

「……」

 

言葉はほとんど交わされない。

だが沈黙が気まずいわけではなく、むしろ互いにこの静けさを受け入れている。

 

整えられた植え込みの間を抜け、白い花々が風に揺れる。

その穏やかな空間に、メタナイトも不思議と肩の力が抜けていた。

 

ふと気づくと、メタナイトの頭部や肩当てに、小さな影が一つ、二つと舞い降りる。

 

それらに警戒する様子もなく、二匹、三匹ととまり、丸い体をふくらませている。

 

「……」

 

メタナイトは動かず、ただその重さを静かに受け止めていた。

 

 

 

――と、その静寂を破るように、スマホの通知音が鳴った。

 

「……すまないね」

 

セイアは小さくそう言ってから、端末を取り出した。

 

「気にすることはない」

 

必要最低限の言葉だけを交わし、セイアは画面に視線を落とす。

そこに表示されていたのは、どこか懐かしさを覚える名前だった。

 

--------------------

 

<シーフ王!お元気ですか!

 

<アリス達は今、人探しのクエストをしています!

 

-------------------

 

(人探し…?)

 

読み終える前に、間を置かず次のメッセージが届く。

 

-------------------

 

<写真4枚

 

<こんな人達を探しています!

 

------------------

 

送られてきた写真には、すぐ隣に立つメタナイトの絵。

そして、メタナイトが描いた仲間とよく似た姿の者たちが並んでいた。

 

セイアは何も言わず、ゆっくりと横を向く。

そのままメタナイトにスマホを向け、軽くシャッターを切った。

 

「……む」

 

わずかに反応するメタナイト。

 

「急にすまない。だがどうやら、君の仲間の手がかりが掴めそうだ」

 

------------------

 

これかい?>

 

写真>

 

<!!!!

 

<流石シーフ王です!!

 

------------------

 

セイアは、写真を送信した後、アリスから送られてきた写真を一枚ずつ確認する。

そこには、メタナイトが描いた仲間たちの姿は並んでいたが、「マホロア」に該当する情報だけが欠けていた。

 

「……どうやら、君が言っていた仲間の一人の“マホロア”は見つかったようだ」

 

セイアがそう言って、メタナイトの方を向く。

 

「マホロアか……」

 

低く呟いたその声に、わずかな残念そうな気が混じる。

 

「どうしたんだい?」

 

「……いや、何でもない。では、すぐにでもー」

 

言葉を切ったその時だった。

 

こっ、こっ、と石畳を軽く蹴る足音が近づいてくる。

その気配に反応したのか、二人の肩や頭にとまっていたシマエナガたちが、一斉に羽ばたいて空へ散った。

 

庭園の入り口に人影が現れる。

こちらの姿を確認すると、足取りを速めて駆け寄ってきた。

 

少し息を切らしたその人物が、声を上げる。

 

「ここにいらっしゃいましたか……!」

 

「ナギサ殿?」

 

「どうしたんだいナギサ。そんなに慌てて」

 

ナギサは息を少し整えてから口を開いた。

 

「今しがた先生から連絡が入りまして……メタナイトさんのお仲間が見つかったそうです!」

 

そう言いながら、ナギサは急いでスマホを取り出し、画面をメタナイトへ向けた。

 

「……!」

 

そこに映っていたのは、見慣れた赤いガウンの姿。

デデデ大王だった。

 

 

その瞬間、メタナイトの瞳の奥の光が、わずかに揺らぐ。

 

「それから、バンダナワドルディさんも、居場所の見当がついているそうです」

 

「……二人とも、無事だったか」

 

 

胸の奥に溜まっていたものが、静かに抜けていく。

メタナイトから、小さく息が漏れた。

 

 

だが――すぐに、その表情が引き締まる。

 

「……いち早く合流したい。申し訳ないが、今すぐ出発することは可能だろうか?」

 

ナギサは一瞬言葉を探し、申し訳なさそうに首を振った。

 

「申し訳ございません。トリニティが保有している車両は、先日の大雨の影響で現在すべて整備中でして……」

 

「……そうか」

 

落胆を隠しきれない声音。

それを横目で見ていたセイアが、ふっと口を開いた。

 

「なら、私が車を出そう。私の車は、つい先ほど整備が終わったと連絡が来ていてね」

 

その一言で、空気が変わった。

 

「それは助かる! では早速――」

 

そう言いかけて、メタナイトはナギサの様子に気づく。

 

「……ナギサ殿? どうかしたのか?」

 

「い、いえ!何でもございません!」

 

ナギサは、目を泳がせながら慌てて首を横に振った。

一拍置いて、恐る恐る付け足す。

 

「……ち、ちなみに……運転は、セイアさんが……?」

 

「勿論さ」

 

セイアは、さも当然といった様子で微笑んだ。

 

「私の車なんだ。私が運転するに決まっているだろう?」

 

「……そ、そうですね……」

 

ナギサはどこか引きつった笑みを浮かべ、そっと視線を逸らす。

 

「一応、ミカも呼んでおこうか。私たちだけで行ったと知ったら、後が面倒だからね……」

 

そう言いながら、セイアはナギサの様子を特に気に留めることもなく、椅子から立ち上がった。

 

「ナギサ。ミカを呼んできてくれ。私たちは校門前まで車を回しておく」

 

「……は、はい……」

 

ナギサは力なく返事をすると、肩を落としながら、とぼとぼと歩き出していった。

 

 

 

そんなナギサの姿を見送ってから、セイアはメタナイトの方を向いた。

 

「さて、我々も行くとしようか」

 

「うむ」

 

気づけば日は傾き、庭園に咲く花々や地面に残った水たまりを、薄いオレンジ色に染め上げていた。

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