桃色の軌跡   作:逆襲

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デカグラ3章終わりましたね…
ネタバレになるため深くは言えませんが…あいつらなんでおるんや…。


手を取り合って

ここは――どこだろう。

 

まるで、水の中に沈んでいるみたいだ。

 

体が重い。

腕や足、翼を動かそうとしてもうまくできない。

 

声が出ない。

何も見えない。

何も聞こえない。

 

ここはただ、暗くて、冷たかった。

 

----------------------------

 

 

 

 

「あ……」

 

短い息が漏れる。

トンネルを抜けた瞬間、視界が一気に開けた。

 

石畳の広場を中心に、落ち着いた色味の建物が並ぶ街並み。

トリニティのような白亜の整然さも、ミレニアムの無機質な高層群もない。

 

良くも悪くも、雑多で、生活感のある“普通”の街。

 

肩に銃を提げ、背中に大きな武装を背負い、ホルスターを揺らしながら歩く姿。

それは誰も気に留めない、ごく当たり前の光景。

 

カフェのテラス席では、テーブルにライフルを立てかけたまま談笑している。

広場の隅では、数人が輪になって騒いでいた。

 

「課題やった?」

 

「まだやってないなー……提出いつまでだっけ」

 

「わかんない。まぁ最悪、やり忘れても他の人の課題燃やしちゃえば大丈夫でしょ」

 

どっと笑いが起きる。

 

荒っぽさはある。

声も大きいし、身振りも派手だ。

 

けれど、どの顔にも妙な陰りはない。

自由で、伸び伸びとしていて、どこか楽しげだ。

 

 

 

 

 

――だが。

 

セイアへ向けられた視線だけは違った。

 

通りすがりの生徒が、その見た目に気がつく。

一瞬だけ視線が止まり、隣の友人に小さく囁く。

 

「ねぇ……あの校章って……」

「トリニティ……?」

 

 

異質なものが紛れ込んだ、という微かなざわめき。

 

 

セイアはそれを知ってか知らずか、前を静かに眺めている。

シロコたちの乗る車は、石畳を軽やかに進む。

 

 

ゲヘナの生徒たちの間を自然にすり抜けながら、

校舎のある方角へとひた走る。

 

遠くに見える建物の影が、ゆっくりと大きくなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くに見えていた建物が、ゆっくりと輪郭を濃くしていく。

石畳の広場を抜け、その奥に構える校舎は、どこか重厚で、しかし過度に装飾されたわけでもない。

ゲヘナらしい、機能性と荒々しさが同居した佇まいだった。

 

「さて……着いたね」

 

ハンドルを握っていたセイアが、静かに息を吐く。

ブレーキが柔らかく踏まれ、車体がわずかに揺れてから止まった。

エンジン音が途切れ、微かな振動も消える。

 

 

シートベルトの外れる小さな音が重なる。

 

二人――正確には、二人と一人。

シロコがドアを開け、カービィを抱え直す。

セイアも反対側のドアから降り立ち、スカートの裾を軽く整えた。

 

 

石畳に靴底が触れる乾いた音。

車のドアを閉めた、その瞬間。

 

「お待ちしておりました」

 

凛とした声が、まっすぐに届く。

張り詰めた糸のように無駄がなく、よく通る声だった。

 

「あ……」

 

シロコが小さく反応する。

 

校舎の入り口付近。

そこに立っていたのは、一人の少女。

 

 

 

姿勢は真っ直ぐ。

手袋をはめた両手はきちんと前で揃えられ、視線は一切ぶれない。

規律そのもののような佇まい。

 

「あなたは確か……」

 

シロコが記憶を辿るように言葉を探す。

 

「今回のダークマターの件について任されました、ゲヘナ学園風紀委員会行政官、天雨アコと申します」

 

流れるような名乗り。

一切噛まず、淀まず。

そして最後に、角度まで計算されたかのような丁寧な一礼。

 

以前、二度ほど通信越しに聞いた声。

あの時は色々と感情的にはなってはいたが、実際に目の前に立つ彼女の声は、冷静で、感情を抑えた響きだった。

 

 

視線の鋭さ。張り詰めた空気。

纏う雰囲気そのものが、ある意味ゲヘナを体現している。

 

 

 

 

 

(……ん。すごい服)

 

シロコの視線が、ほんの一瞬だけ滑る。

心の中で小さく頷き、その感想をそっと心の底へしまった。

 

 

 

 

セイアは一歩前に出た。

 

「こちらこそ、時間を取ってもらい感謝する」

 

穏やかな声。

だが、その奥には確かな緊張がある。

 

アコはわずかに視線を動かし、三人を順に確認する。

 

「詳しいお話は中でしましょう。こちらへどうぞ」

 

校舎の扉が、静かに開かれる。

 

外の自由で賑やかな空気とは対照的に、

中には規律と緊張が待っている気配があった。

 

石畳から、磨かれた床へ。

 

三人は、アコの背を追って歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらです」

 

アコが足を止める。

重厚な扉の前。磨かれた金属のプレートには、端正な文字で『風紀委員会』と刻まれている。

 

一拍だけ間を置き、アコは指先で静かにノックを打ち、ドアノブに手をかける。

 

「ただ今戻りました。」

 

ゆっくりと押し開かれた扉の隙間から、整然とした室内の空気が流れ出した。

 

 

 

 

 

部屋の内部には、他に二人の生徒が待っていた。

 

 

一人は背筋を伸ばし、いかにも模範的といった佇まい。

もう一人はその隣で、どこか落ち着かない様子で立っている。

 

扉が完全に開ききると同時に、二人は揃って一歩前へ出た。

 

 

「お待ちしておりました」「……お、お待ちしておりました」

 

片方は澄んだ声。

もう片方はわずかに間を置いて続く声は、少し硬い。

視線が一瞬泳ぎ、それでもきちんと頭を下げる。

 

 

「こちらにどうぞ」

 

アコに促され、一行はソファへと腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……まずは……」

 

アコは手元の資料へ視線を落とす。

整然とまとめられた報告書。その中には、つい先ほどカヨコから送られてきた内容も追記されている。

 

指先で一枚をめくり、視線を上げた。

 

「ダークマターについて、ですね」

 

「ん」

 

短い肯定。

 

余計な前置きはない。

シロコは一歩前に立ち、そのまま淡々と語り始めた。

 

現れた個体の戦闘能力。

弱点である目を狙う事で比較的簡単に倒せること。

 

人を洗脳する能力。

そして洗脳した者の力を使えること。

 

そして――

まるで明確な意志を持っているかのような動き。

 

一つ一つ、無駄のない言葉で積み上げられていく。

 

室内の空気が重くなっていく。

 

 

「単独でも脅威。でも、問題はそれだけじゃない」

 

そこで、シロコの視線がわずかに鋭くなった。

 

「ゼロ」

 

その名を口にした瞬間、空気が変わる。

 

ほんの僅かに、声が低くなる。

膝の上に置かれていた拳が、ぎゅっと握られる。

 

「目の前に現れたあいつが、シャーレを。そこにいた生徒達を。先生を奪っていった」

 

 

言葉は抑えられている。

叫びも震えもない。

 

感情は抑えられている。

だが、その奥にある悔しさと怒りは隠しきれていなかった。

 

 

 

室内の空気が重く沈む。

 

「チナツ」

 

アコは素早く要点をまとめ終えると、それが記載されたメモをチナツへと差し出した。

 

「こちらの情報を風紀委員へ……いえ、できればゲヘナの生徒全員に共有してください」

 

「せ、生徒全員に……ですか?」

 

わずかな戸惑い。

だがアコの瞳は揺れていなかった。

 

「はい。既に隠しておく段階ではありません。ですが、協力を求めるのではなく、あくまで自分の身を守るように伝えてください。」

 

チナツは一瞬だけその目を見つめる。そこにあるのは覚悟だった。

 

「承知しました」

 

短く答え、メモを受け取る。

そのままチナツは踵を返し、静かに部屋を出ていった。

 

扉が閉まる音が、やけに大きく響く。

 

 

 

その後セイアは、ゆっくりと口を開いた。

 

「今、この地に先生はいない」

 

穏やかな声音。だが、その奥に揺らぎはない。

 

「だが、それでも私たちは立ち止まるわけにはいかない。先生が不在でも、守るべきもの、すべきことはある」

 

その言葉に、アコの瞳がわずかに揺れる。

 

「だからこそ、私達はここに来た」

 

セイアはまっすぐにアコを見据えた。

 

「トリニティ、ミレニアム、アビドスは、これはキヴォトス全体の問題として動くべきだと意見が一致している」

 

静かに、しかし明確に告げる。

 

 

「ゲヘナの……君達の意見を聞かせてほしい」

 

 

 

 

室内の時計が、かちり、と時を刻む。

 

アコはゆっくりと資料を閉じた。

その動作には、迷いよりも決断がにじんでいる。

一瞬、視線を落とす。

 

 

「現状のゲヘナでは、確実な対処は困難でしょう」

 

はっきりとした断言だった。

 

「唯一対処をしたヒナ委員長も行方不明、ダークマターの性質は未知数。更に、そのバックにはゼロという存在がいます」

 

事実を並べる声は冷静そのものだった。

 

「ですが——」

 

アコの目が鋭く光る。

 

「だからといって、無策でいるつもりはありません。必要であれば、戦力の再編、外部との連携も視野に入れています」

 

マコトから任された(丸投げされた)この役目としての責任。

その覚悟が言葉に滲む。

 

 

 

セイアは小さく頷いた。

 

「協力体制を築ける、という認識でいいかな?」

 

わずかな沈黙。

それに対しアコは真っ直ぐに答える。

 

「ええ。今は学校間の問題よりも、優先すべき事項があります」

 

その一言で、場の緊張の質が変わる。

対立ではなく、共闘へ。

 

「改めて、よろしくお願いします」

 

アコは深く頭を下げた。

 

セイアも静かに頷く。

 

「ああ、こちらこそよろしく頼む」「ん。よろしく」

 

短い言葉。

だがそこには、確かな意思と、今この場で結ばれた連帯が宿っていた。

 

張り詰めていた空気が、ほんのわずかに緩む。

 

 

 

 

 

 

――その瞬間だった。

 

カービィが、ぴたりと動きを止めた。

丸い体がわずかに強張る。

 

 

そして、小さな足でシロコの膝の上から飛び降りると、迷いなく窓際へと駆けていった。

 

「おや……?」

 

セイアは首を傾げる。

声音は穏やかだが、その瞳は静かに細められていた。

 

 

ただの気まぐれではない。

 

カービィは窓ガラスに両手をかけ、空を見上げている。

いつもののんびりとした様子はない。

 

じっと。まばたきもせずに。

シロコの胸の奥が、わずかにざわついた。

 

 

 

 

あの時も、こうだった。

 

黒い煙が立ち上ったアビドス中心街。

崩れた建物。空を覆う、あの異質な気配。

 

カービィは、何も言わずに同じ方向を見つめていた。

 

「……来る」

 

低い声が、静まり返った室内に落ちる。

 

シロコはゆっくりと立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。

 

肌を刺すような違和感。

空気が、わずかに重い。

 

 

まだ何も見えない。

だが、これだけは言える。

 

「ダークマターが来る」




もう一つの学校は忘れてるわけでは無いですよ(小声)
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