「でさ、この前さ……ん?」
カフェのテラス席。
昼下がりの賑やかな空気の中で、談笑していた生徒のスマホが震えた。
ピロン、と軽い通知音。
一人が画面を見るより早く、向かいの生徒のスマホも同時に鳴る。
「なに?」
ほぼ同時。
周囲の席からも、同じ通知音があちこちで重なり始める。
客席からだけでなくカフェのカウンターやキッチンからも鳴り始めた。
店内のざわめきが、わずかに揺らぐ。
二人は顔を見合わせ、スマホを開く。
通知欄の一番上に表示されていたのは――
『緊急事態:今すぐお読みください』
赤い警告アイコンが付いている。
「なにこれ?」「新手の詐欺メール?」
そう冗談を言いつつ、スマホのロックを解除する。
モモトークを開き、通知をタップする。
そこにははっきり『風紀委員会より』と、記されていた。
「風紀委員会から?」
そう言いつつも、指は迷わずメッセージを開いた。
画面いっぱいに広がる長文。
箇条書きで並べられた何かの項目。
それらに軽く目を通すと、何かについての注意事項のようなものだった。
そして一際目を引く添付画像。
黒い球体。
つやのない、光を吸い込むような黒。
そこに、不自然に貼り付けられた目。
子供の落書きのようにも見える。
「なになに……『ダークマターについて』……?」
「この黒いやつがダークマター?」
周囲の席でも、同じ単語が小さく繰り返される。
「ダークマター……なにそれ聞いたことない」
「なんかアニメで料理下手くそな人が作った料理がダークマターって言われることあるよね」
笑いが起きる。
けれど、誰も画像から目を離さない。
その時。
「んあ? あれは……なんだ?」
通りを歩いていた住人が、立ち止まり、空を見上げた。
その声に釣られるように、テラスの客も顔を上げる。
窓から店内の客が、カフェの店員までもが、次々と外の様子を見ている。
「黒い点……?」
曇り空。
厚い雲の隙間から、ぽつり、と黒い点が落ちてくる。
一つ。二つ。三つ。
次の瞬間、それは“数えられない数”に増えていた。
まるで黒い星が、地上へ降り注いでくるみたいに。
「なんだろあれ」「雨?」「今日天気予報だとずっと曇りだよ?」
誰かがスマホを構える。
黒い点は速度を変えない。
風にも流されない。
一直線に、正確に、落ちてくる。
やがて。
雨粒のように弾けることもなく。
水音も立てず。
地面に触れた瞬間、ぬるり、と形を保ったまま止まる。
そして黒い球体からは一つの大きな瞳が現れた。
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「ぽよ!」
カービィが空を指(?)さす。
その先には、無数の黒い点。
さっきまで“遠い空の異物”だったものが、
はっきりとこちらへ向かってくる。
「来た……!」
シロコの声が低くなる。
少し前に見たあの影。
忘れたくても忘れられない形。
「イオリ! すぐさま風紀委員に指示を!」
アコの声が鋭く飛ぶ。
「りょ、了解!」
椅子が倒れそうになるほどの勢いで立ち上がり、
イオリはドアを開けたまま廊下へ飛び出す。
遠くで足音が反響する。
「カービィ、私達も行こう」
シロコが短く告げる。
「ぽよ」
もはや定位置のように、カービィが軽く跳ねてシロコの肩に乗る。
開け放たれたドアをくぐり、そのまま廊下へ出る。
室内の空気とは違う、ひりついた緊張が肌に触れた。
床を蹴る音が静まり返った廊下に響く。
角を曲がり、一直線に駆け抜ける。
遠くから、銃声と悲鳴が混じったざわめきが断続的に届く。
廊下の向こうでは、すでにざわめきが広がり始めていた。
銃声。
誰かの怒鳴り声。
ガラスの割れる音。
「もうこんなに……!」
校内のあちこちに、黒い球体。
壁際に張り付き、天井近くに浮かび、廊下の中央に転がる。
ぎょろり、と目が動く。
シロコは迷いなく引き金を引いた。
乾いた銃声。
黒い体が霧のように崩れ、床に黒い染みだけを残す。
(そうだ、カービィにまた何か食べさせれば……)
視線を横へ向ける。
だが、視線の先にいるカービィはどこか元気がないようだった。
目が半分閉じかけ、少ししょんぼりしている。
「カービィ? どうかした……」
その瞬間。
ぐぅぅぅ……
肩越しに、はっきりとした振動。
シロコは一瞬だけ無言になる。
(……そういえば、ご飯食べてなかった)
さっきから戦ったり移動しっぱなしだった。
小さくため息をついた後、真正面から跳びかかってきたダークマターを正確に撃ち抜く。
黒い破片が霧散する。
(カービィが戦えないと少し厳しいかも……)
ダークマターが3,4匹程度相手なら自分一人でも戦える。
でも、あの物量なら話は別だ。
(ちょっと寄り道していこう)
そう思いシロコは一度立ち止まり、周囲を素早く確認する。
その瞬間。
「きゃあっ!?」
悲鳴。
振り向くと、ゲヘナ生が壁際に追い詰められていた。
目を見開き、迫る黒い塊から逃げ場を失っている。
パン、と一発。
ダークマターの中央を撃ち抜く。
目が歪み、崩れ落ちる。
「あ、ありがとう……」
「ん。礼はいい。」
シロコはゲヘナ生の手を取り立ち上がらせた。
「…いや、一つだけ教えてほしい。この学校って食堂とかある?」
緊迫した空気の中で、その質問は少しだけ場違いだった。
「え、あ、あるけど……あっちの角を曲がって、突き当たりに……」
「ん、ありがと」
言い終わるより早く、シロコは走り出す。
肩の上で、カービィが小さく鳴く。
「ぽよ……」
どこか緊張感のないカービィ。
校舎が戦場となる中、それをよそに二人は食堂へと向かった。
(ここか……)
廊下に漂うダークマターを撃ち抜きながら進むこと数分。
黒い残滓を踏み越えた先に、『食堂』と書かれたプレートが見えた。
「こっち来ないで!!」
扉の向こうから悲鳴が聞こえる。
シロコは迷わずドアを押し開けた。
広がった光景は、悲惨そのものだった。
倒れた椅子、散らばった食器、割れたコップや窓ガラスが辺り一帯に散らばっている。
そして、壁際に追い詰められた二人の生徒。
「も、もうダメです~!」
数匹のダークマターが、じりじりと距離を詰めている。
パン。
乾いた銃声が響く。
一発。
二発。
正確に撃ち出された弾丸が、正確にダークマターを撃ち抜く。
黒い体が煙のように崩れ、空気に溶ける。
「……大丈夫?」
シロコが短く問いかける。
「た、助かったわ……」
「ありがとうございます!」
二人は息を荒くしながら頷く。
よく見れば、その二人はエプロンを身に着けていた。
手にはおたまやフライパンを握ったまま。
シロコは周りを確認し、周囲にダークマターがいないことを確認すると、二人に話しかけた。
「ごめん、今ちょっとそれどころじゃないのはわかってるんだけど……少しご飯を分けてもらえないかな……」
「ご、ご飯?」
場違いな言葉に、二人が目を瞬かせる。
「ん。」
シロコは肩のカービィを軽く指す。
ぐぅぅ……
「ぽよ…」
小さいが、はっきりとした空腹の主張。
「あら……少し待っていてください!」
片方の生徒がはっとして立ち上がり、厨房へと駆けていく。
残ったもう一人が、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい……さっきちょうど料理を始めようとしていたところなの。だから……多分……あっ」
言いながら、ふと何かを思い出したように姿勢を正す。
「ごめんなさい、自己紹介が遅れたわね。私はフウカ。見ての通り、ゲヘナの給食部よ」
そして厨房の方へ視線を向ける。
「さっき走っていったのがジュリ。あなたが来てくれなかったら、本当に危なかったわ……」
「ん。私はシロコ。それで、こっちがカービィ。」
いつもなら元気よく手を振るはずのカービィ。
けれど今は、しょんぼりと肩にしがみついたまま。
「ぽよ……」
声にも覇気がない。
「カービィ……? なんだか昨日、デデデ大王って人が食堂に来ていたけど……」
フウカが首を傾げた、そのとき。
「せんぱーい!!」
厨房から声が響く。
ジュリが、大きなかごを抱えて戻ってきた。
中にはトマト、キャベツやきゅうりにレタス。
水洗いされた、まるごとそのままの野菜たちがぎっしり詰まっている。
「作り置きが見つからず……こちらでもよろしければ、どうぞ!」
差し出されたかご。
一応どれもそのまま食べることはできるが、正直これだけで即戦力になるとは思えない。
シロコは一瞬だけ考える。
(……これで足りるかな)
その瞬間。
カービィの目が、ぱあっと輝いた。
「とまと!!」
次の瞬間、シロコの肩から飛び降りる。
一直線にかごの元へ。
小さな手でトマトを掴み、迷いなく口へ。
カービィの頬がふくらみ、幸せそうに目を細める。
「カービィ、トマトが好きなの?」
「ぽよ!」
シロコがそう聞くとカービィはにっこりとした笑顔で答えた。
そういえばカービィの頭の中を見たときも「M」と書かれたトマトがあったような気がした。
ほほえましく思った、その数秒後。
気づけば、かごの上にあった野菜はすべて消えていた。
結構沢山あった野菜は影も形もない。
「……吸い込むように飲み込んでいったわね……」「この体のどこに消えたんでしょうか……」
当の本人は――
ぽん、と軽くお腹を叩き、舌をペロリと満足そうな顔。
さっきまでのしょんぼりはどこへやら。
「カービィ、行けそう?」
シロコがそう尋ねると、
「ぽよ!!」
と元気な声が返ってきた。
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廊下の先、正面入り口へと続く通路はすでに戦場だった。
共有された情報が回っているおかげで、弱点は理解されている。
狙うべき位置も、対処法も。
撃てば倒せる。
だが――
一匹撃ち抜けば、背後から二匹。
横から、天井から、足元から。
押し返しているはずなのに、こちらはじりじりと後退していく。
「撃て!」
一列に並んだ風紀委員が、一斉に引き金を引く。
乾いた銃声が重なり、廊下を震わせた。
統率された見事な射撃。
中央を正確に撃ち抜かれたダークマターが、まとめて霧散する。
黒い残滓が床に広がる。
「よし、今だ――」
そう言いかけた、その直後。
外から、天井から、壁や床から。
ぬるりと、まるで最初からそこに“待機していた”かのように、
再び黒い影が湧き出る。
それらは再び波のように押し寄せる。
「くっそ……! キリがない……!」
息が荒くなる。
委員長がいれば、あの圧倒的な火力と統率があれば。
イオリは一瞬だけ、歯を食いしばる。
いない以上、自分たちでやるしかない。
「2射目、準備!」
震えそうになる声を押さえつけ、号令を飛ばす。
銃を構える音が揃う。
迫る黒い群れ。
無数の目が、こちらを見ている。
「撃て!」
再び、銃声が廊下を貫いた。
だが、誰もが目の前にいる状況に必死で、空から2つの大きな黒い塊が降ってきていることに気がついていなかった。