苦手な方はご注意ください...
数分前
ここはゲヘナ学園……上空。
アビドスの校章がかたどられたヘリコプターから、ひとつの影が顔を覗かせる。
(ここくらいで良いかな……)
「……シロコ先輩……大丈夫でしょうか……」
心配そうに口を開くアヤネ。
「ん?……まぁ大丈夫でしょ。カービィちゃんも付いてるしね」
銃を確認し、すぐ撃てるように準備する。
「じゃあ、ちょっとおじさん行ってくるね~アヤネちゃんはそのままアビドスに戻ってて」
「は、はい! ホシノ先輩、お気を付けて!」
ホシノは扉を開け、そのまま身を乗り出した。
その姿を確認した後、アヤネは前を向く。
「ん……?」
だが、何か違和感を感じた。
もう一度後部座席を見る。
そこには、パラシュートが入っているバックパックが残されていた。
「ホシノ先輩!?パラシュートは!?」
――そして現在。
とてとてと、ホシノの足元へカービィが駆け寄る。
「ぽよ!」
「およ、カービィちゃん」
ホシノは視線を落とし、足元のカービィを見る。
「頼みたいことがあるんだ。シロコちゃん達を連れて、ちょっと下がっててくれない?」
そう告げると、ホシノは再び視線の先に立つヒナへと目を向けた。
「ぽよ!」
何か引きずるような音が後ろでし、それがどんどんと遠くなるのを感じた。
(見た感じ……あの時のヘルメット団と同じだね)
「ちょっとヒナちゃ~ん。うちの可愛い後輩に何してんの~。ちょっと見ないうちにそんなに黒くなっちゃって」
軽口を叩くが、ヒナからの反応はない。
かつて、真逆の立場で戦ったあの時を思い出す。
あの頃のヒナはとても強く、周囲も見えず、余裕のなかった自分では到底及ばなかった。
――でも。
今のヒナからは、それを感じない。
「ま、ゆる~くやりますかぁ」
そう言った瞬間――
ヒナは銃口を向け、射撃を開始する。
紫色の弾幕がホシノへと襲い掛かる。
弾丸は地面を抉り、砂煙を巻き上げながら一直線の通り道を刻んだ。
だが。
弾幕がホシノのいた場所へ到達した時、そこにはもう彼女の姿は無かった。
ヒナが異変に気づいたその瞬間、腹部へショットガンの一撃が叩き込まれる。
そして次の瞬間には、ホシノの姿は再び砂煙の中へと溶けていた。
ヒナは一切動揺を見せず、冷静に周囲を見渡している。
すると背の羽を広げ、大きくはためかせた。
巻き起こる突風。
砂煙は一瞬で吹き払われ、周囲の視界が完全に開ける。
だが――
それでもホシノの姿は見当たらない。
その時。
ヒナの頭上から、わずかな空気の裂ける音。
砂煙が晴れる瞬間を読んでいたホシノが、高く跳躍していた。
ヒナは即座に反応し、銃口を天へと向ける。
紫の閃光が空を裂く。
だがホシノは空中で盾を展開し、弾丸を受け止める。
ヘイローの光を受けたそれは、弾丸が当たる度、火花を散らした。
衝撃に押されながらも、ホシノは重力を利用して一気に間合いを詰める。
「よっと」
盾を弾き飛ばすように構え直し、至近距離からもう一撃。
再びショットガンの衝撃がヒナを捉えた。
爆ぜる轟音。
圧縮された衝撃波がヒナの体を包み込み、足元の地面を放射状に砕く。
空気が震え、砂礫が弾丸のように周囲へと散った。
ヒナの体がわずかに後方へ押し込まれる。
制服の裾が揺れ、軋むような音を立てた。
衝撃の中心に立ったまま、ヒナはゆっくりと顔を上げる。
その瞳に宿る紫の光が、先ほどよりもわずかに濃くなる。
「……へぇ」
ホシノは着地と同時に軽く距離を取る。
ショットガンを肩に担ぎ直し、相手の様子を観察する。
(いや~私が言えたことじゃないと思うんだけど…ヒナちゃんタフだなぁ~)
腹部や頭部には確かに命中した。
だが出血はない。代わりに、黒い粒子のようなものが霧散し、撃たれた場所を埋めるように蠢いている。
ヒナの羽が、ゆらりと不気味に揺れた。
次の瞬間。
地面が爆ぜる。
ヒナが一歩踏み込んだだけで、足元の舗装が陥没する。
紫の残光を引きながら、ヒナの姿が視界から消える。
「おっと」
ホシノは咄嗟に盾を展開する。
直後、横合いから叩きつけられる銃撃。
防御越しに衝撃が伝わり、足が数歩滑る。
アスファルトに白い筋が刻まれた。
紫の弾丸が至近距離から叩き込まれ、盾の表面が激しく火花を散らす。
防御越しでも腕が痺れる威力。
それでもホシノは笑みを崩さない。
「ちょっとちょっと~おじさん手がしびれちゃうよ~」
そう言い終わる前に、盾を意図的に傾ける。
弾丸を一部逸らし、その隙間から滑り込むように体を捻る。
ヒナの銃身の下へ潜り込み、ショットガンの銃口を押し当てる。
三度目の爆音。
至近距離から放たれた衝撃は、空気を押し潰すような重さを伴って炸裂した。
ヒナの体が宙に浮く。
粉塵と破片が入り混じながら宙へ舞い上がり、遅れて重い音が鼓膜を震わせた。
だが、打ち上げられたはずのヒナの体が、空中で止まる。
黒く染まった羽が大きく開き、空気を掴む。
紫の光がその輪郭を縁取り、まるで空間そのものに縫い止められたかのように静止する。
ホシノの目が、わずかに細まった。
次の瞬間、ヒナの銃口が下へ向く。
空中からの射撃。
紫の閃光が雨のように降り注ぐ。
「うおっと」
ホシノは即座に後方へ跳ぶ。
だが完全には避けきれない。
着地と同時に盾を展開し、上空から叩きつけられる弾丸を受け止める。
連続する衝撃。
盾越しに伝わる重さが、腕を軋ませる。
足元の地面がめり込み、ひびが広がる。
「あいたたた」
軽口を叩きながら、ちらりと上を見る。
ヒナは無表情のまま滞空している。
先程撃った場所はもうすでに黒い煙に覆われていた。
(う~ん。こっちの攻撃があんまり効いてないのかな?)
観察は一瞬。
(ちょっとここらでしかけてみようか)
次の弾幕が来る前に、ホシノは地面を強く蹴る。
盾を前へ突き出し、あえて真正面から突っ込む。
弾丸が盾に直撃し、火花が散る。
衝撃で速度は削がれるが、そのまま押し切る。
ヒナとの距離が一気に詰まる。
ヒナの目が、わずかにこちらを追う。
その刹那、ホシノは盾を収納した。
無防備に見える一瞬。
ヒナが反射的に銃を向けた瞬間、ホシノは同時に銃身を掴み、強引に押し流す。
紫の閃光が、ホシノのすぐ横を掠めて進む。
そのまま銃身を握り込み、ヒナの懐へ踏み込む。
そうして引き金を引こうとした、その時。
ふと。
ヒナの腕から銃が離れていることに気が付く。
さっき射線を逸らした衝撃で落ちたのだろうか
いや、そこまでの力は込めていない。
むしろ、自然に“手放した”ような――
ほんの刹那の違和感。
(……?)
そのわずかな遅れが、致命的だった。
次の瞬間。
ヒナの片腕が――裂けた。
否。
“開いた”。
まるで最初からそういう構造であったかのように、肘から先が縦に割れる。
そこにあったのは肉でも骨でもない。
鋭く尖った牙のような突起が幾重にも並んでいる。
巨大な顎のようなそれは、ホシノ左右へと開き――
閉じた。
「っ――」
鋭い痛み。
ホシノの体がその間に挟み込まれる。
すかさず展開した盾によって前側はどうにかなったが、背中側に牙のような突起が食い込む。
鋭い痛みが、背骨をなぞるように神経を駆け抜ける。
圧迫。
黒い顎のような腕が、容赦なく締め上げていた。
(……ちょっと、これはまずいかも……)
冗談めかした思考とは裏腹に、状況は深刻だった。
内臓を直接握り潰されているような重圧。
肋骨が軋み、肺が押し潰され、強制的に空気が吐き出される。
視界の端が白く滲む。
だがホシノは歯を食いしばり、無理やり腕をこじ入れた。
牙のような突起の隙間へと手を差し込み、全力で押し広げようとする。
皮膚を裂く感触。
制服がさらに破れ、血が滲む。
それでも力を込める。
「……ぐっ……!」
わずかに、締め付けが緩む。
だが次の瞬間。
ヒナの腕が大きく振りかぶられた。
絞め殺せないと判断したのか――あるいは、もっと確実な方法を選んだのか。
重圧が一瞬だけ消えたかと思うと、
視界が反転した。
体が宙を舞う。
まるで軽いボールのように、無造作に。
地面が砕け、クレーターが生まれる。
衝撃で周囲の瓦礫が跳ね上がり、砂煙が再び舞い上がった。
ヒナはゆっくりと、異形の腕を閉じる。
裂けた部分が、ぐちり、と音を立てながら元の形へ戻っていく。
まるで何事もなかったかのように。
紫の光が、その輪郭を淡く縁取っていた。
砂煙の中心。
瓦礫に埋もれたホシノの姿は、動かない。
静寂が、わずかに戦場を支配する。
だが――
崩れた瓦礫の下から、かすかな笑い声が漏れた。
「……今のは、ちょっと痛かったなぁ」
砂が崩れ落ちる音。
クレーターの底から、ゆっくりと影が立ち上がる。
ホシノは肩を回し、軽く首を鳴らす。
裂けた制服の下で、ヘイローの光が淡く瞬き、衝撃を受け止めきった証のように揺れていた。
「ちょっとヒナちゃ~ん。それ何~? 先生が見たらびっくりしちゃうよ~」
わざとらしく明るい声。
痛みをごまかすための軽口。
――の、はずだった。
その瞬間。
ぴたり、とヒナの動きが止まる。
風も、黒い粒子の揺らぎも、ほんの一瞬だけ静止する。
≪……!≫
喉の奥で何かが詰まったような音。
今まで至近距離でショットガンをいくら撃ち込まれても、ほとんど反応を示さなかったヒナが、唐突に胸を押さえる。
ヘイローの光が、不規則に明滅する。
羽が震え、黒い表皮の下で何かが軋む。
≪……せ…ん…せい……≫
掠れた声。
それは苦鳴とは違う。
まるで、無理やり口をこじ開けられた内側から、別の声が浮かび上がろうとしているかのようなものだった。
ホシノの目が細くなる。
ヒナは頭を抱えるように俯き、片膝をつく。
≪……や……め……ろ……≫
低い、二重に重なった声。
一つは冷たい無機質な響き。
もう一つは、かすかに震える本人の声。
「……へぇ」
ホシノは銃を下ろし、近づいていく。
「おじさんは"先生が見たらびっくりする"って言っただけなんだけどなぁ」
その言葉に、ヒナの肩が跳ねる。
紫の光が激しく乱れ、黒い粒子が暴れるように膨れ上がる。
まるでその単語を拒絶するように。
≪……黙れ……!!≫
叫びと同時に衝撃波が弾ける。
瓦礫が吹き飛び、砂煙が巻き上がる。
ホシノは盾でその衝撃を受け止めながら確信した。
(先生に反応してる……?)
ヒナの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れる。
黒に染まりきらない、元の色。
黒い腕が再び蠢く。
顎のような裂け目がゆっくりと開き、その奥に紫の光が凝縮していく。
空気が震え、耳鳴りが走る。
「そっかぁ」
ホシノは小さく息を吐く。
「ちゃんと聞こえてるんだね、ヒナちゃん」
軽い調子のまま。
けれど声の奥には、ほんの少しだけ温度がある。
「その腕さぁ……先生が見たら、たぶん真っ先に心配するよ?」
ヒナの肩がぴくりと揺れる。
ホシノは小さく首を傾げた。
「あー……いや、でも先生のことだからさ」
わざとらしく少し考える仕草をして、
「『え、なにそれカッコイイ!!』とか普通に言いそうなんだよねぇ~」
かすかに笑う。
「ヒナちゃんは先生がどういう反応すると思う?」
返事はない。
紫の光が不規則に瞬く。
黒い粒子がざわつき、羽が小さく震える。
ホシノはさらに一歩、近づく。
「びっくりするかな?それか怒ってお説教?」
少し間を置いて、
「……それとも、いつも通りにさ」
「"先生"は、私達の選択を尊重してくれるのかな」
その言葉に、ヒナの喉がひくりと鳴る。
呼吸が浅く、速くなる。
≪……その…名前を…言うなぁーー!!!!≫
裂けた腕の奥で集束していたエネルギーが、一気に解放される。
紫の奔流。
それはビームとなって一直線にホシノを飲み込む。
光が視界を塗り潰し、周囲一帯が昼のように照らされる。
地面が抉れ、爆ぜ、建物の残骸が蒸発する。
拒絶。
だがそれは外側へ向けた怒りではない。
何かが、必死にその名前を封じ込めようとしている。
黒い粒子が暴走し、ヒナの背後に巨大な圧力が集束する。
羽が歪み、影が揺らぐ。
≪ハァ……ハァ……≫
荒い呼吸。
エネルギーの奔流が次第に細まり、やがて消える。
裂けていた腕がゆっくりと閉じ、元の形へと戻っていく。
黒煙が辺り一帯を覆う。
焼け焦げた匂い。
砕けた地面の熱。
静寂が訪れる。
だが、突如風がその場を吹き抜けた。
黒煙が裂けるように晴れていく。
≪……!?≫
そこには、盾を構えたホシノの姿があった。
「うへ……前喰らったのに比べれば……大した威力じゃないねぇ……」
スカートの裾はボロボロに裂け、制服にはいくつもの切り傷。
額から流れた血が、頬を伝い、顎からぽたりと地面に落ちる。
それでもホシノは立っている。
「ヒナちゃん、皆、待ってるよ」
風にかき消されそうな声。
けれど確かに届くように、まっすぐに。
「先生を、一緒に助けよう?」
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ここは――どこだろう。
まるで、水の底に沈んでいるみたいだ。
腕も、足も、翼も、思うように動かない。
水圧のような何かが、全身を押さえつけている。
声を出そうとしても、口すら開かない。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ暗くて、冷たくて、静か。
沈んでいるのか、止まっているのか、落ちているのか、それすら分からない。
ここにいる理由も、思い出せない。
その時、どこか遠くで、微かに揺らぎが走った。
暗闇の奥で、かすかな光が滲む。
最初は錯覚かと思った。
けれど。
その光が、もう一度、瞬いた。
その瞬間。
胸の奥に、じんわりと何かが広がる。
冷え切っていたはずの心に、温度が流れ込む。
懐かしいような、安心するような、そんな感覚。
光は、また瞬く。
その度に、胸の奥が温かくなる。
凍りついていた腕や足が、少しずつ動かせるようになっていく。
断片的な言葉が、泡のように浮かぶ。
誰の声かは分からない。
けれど、知っている。
大切な名前。
もう一度、光が強く瞬いた。
今度ははっきりと。
暗闇の中で、そこだけが確かな存在を持っている。
ようやく動くようになった体を、必死に動かす。
水を掻くように、闇をかき分けるように。
無我夢中で腕が動く。
翼が、わずかに広がる。
光へ。
ただそれだけを目指して。
近づくたびに、温度が増す。
冷たかった世界に、色が差し込む。
そして――
光のすぐ目の前まで辿り着く。
それは柔らかく、揺らめいている。
まるで差し伸べられた手のように。
震える指先をゆっくりと伸ばす。
触れたら、何かが変わる?
それは分からない。
けれど。
それでも。
触れるべきだと思った。
そうしてそのまま、その光にそっと触れた。