桃色の軌跡   作:逆襲

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あらしのあとのしずけさと

(とは言え……おじさんも、そろそろ限界かな……)

 

軽く笑うように心の中で呟く。

 

平静を装っていたつもりだった。

呼吸も、視線も、足取りも。

 

だが、体は正直だった。

力が抜け、がくりと片膝が地面につく。

砂埃が舞い、視界がわずかに揺れた。

 

 

 

 

――その時。

 

ヒナの体から、突如として黒煙が噴き上がる。

 

「うへ……まだ強くなるの……?」

 

冗談めかした声とは裏腹に、ショットガンを握る手は震えていた。

指先に力が入らない。照準もわずかにぶれる。

 

だが、それは前にも見たことのある煙だった。

カービィが倒したゴリアテが出した煙のように。

 

 

黒煙は膨れ上がることなく、逆にゆっくりと薄れていく。

渦を巻いていた黒い粒子が、霧のように散っていく。

 

 

そして――

 

煙が完全に晴れた時。

そこに立っていたのは、先ほどまでの禍々しい姿ではなかった。

 

黒は薄れ、紫の光も静まり、見慣れた姿が現れる。

その体に傷は何一つ無く、あの異形の腕も消えている。

 

そのまま。

糸が切れた操り人形のように、ぱたりと倒れた。

 

 

「……終わった、のかな」

 

 

周囲に漂っていたダークマターもいつの間にかいなくなっており、あたりに舞っていた黒い霧も晴れていた。

 

 

 

緊張がふっとほどける。

同時に、自分の体からも力が抜けそうになる。

 

「ヒナ委員長!!」

 

直後、鋭い声が空気を裂いた。

 

振り向くと、アコが全速力で駆け寄ってくる。

ホシノの存在など目に入らない様子で、真っ直ぐヒナの元へ。

 

「行政官!お待ちを…!」

 

後ろから、医療バッグを抱えたチナツが続く。

だが、ヒナの方に向かおうとしたチナツの視線がホシノを捉えた。

 

「あなたは……!?どうしてここに……いえ、その傷は……!?」

 

ようやく自分の姿を見下ろす。

制服は裂け、血が滲んでシャツが赤く染まっている。

 

「あぁ……まぁ、ヒナちゃんと戦ってね」

 

力なく笑う。

 

「おじさんのことはいいから、ヒナちゃんの方に行ってあげな~」

 

そう言いながら、一歩踏み出す。

だが、足元がふらつき、視界が揺れる。

 

「そうはいきません! すぐ手当を!」

 

チナツがきっぱりと言い切る。

 

その時。

とてとてと、小さな足音が聞こえてくる。

ホシノはチナツに抱えられそうになりながらも、音が聞こえてきた方に振り向いた。

 

「あ、カービィちゃん」

 

「ぽよ」

 

カービィがホシノのそばまで駆け寄ってくる。

大きな瞳で見上げ、心配そうに覗き込む。

 

「さっきはシロコちゃんのこと、ありがとね。なんとかなったよ」

 

そう言ってカービィの頭(?)を撫でようとするが、腕が途中で止まる。

 

カービィはじっとホシノの傷を見つめている。

血の匂い。乱れた呼吸。震える足。

 

「……ぽよ……」

 

小さく、心配そうな声。

 

「そんな顔しないの~。大丈夫大丈夫」

 

 

だがその直後、体が大きくよろめく。

チナツが素早くホシノの体を抱え上げた。

 

「大丈夫じゃありません!とにかくこちらへ! すぐに処置します!」

 

「うへ~…………」

 

無理やり体を持ち上げられ、肩に担がれたホシノ。

チナツは有無を言わさず歩き始めた。

そしてその後ろをカービィも付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――名前を呼ぶ声がする。

 

遠くから。

水の底を通して響くような、くぐもった声。

 

うるさい。

静かにしてほしい。

 

 

体が重い。

瞼も、ひどく重たい。

 

 

それでも。

何度も、何度も呼ばれるその声に、わずかに意識が浮かび上がる。

 

 

 

ゆっくりと、瞼を持ち上げた。

ぼやけた視界に、光が差し込む。

 

「ヒナ委員長……!」

 

涙混じりの声。

ようやく焦点が合う。

 

そこには、今にも崩れ落ちそうな顔でこちらを覗き込むアコの姿があった。

 

「……アコ……?」

 

大粒の涙がぽろぽろと零れ落ち、ヒナの頬へと落ちる。

 

「ど、どうしたの……?」

 

声がかすれる。喉が乾いている。

ゆっくりと上体を起こし、周囲を見渡す。

 

抉れた地面。散らばる瓦礫。

焦げ跡と、弾痕。壁がほとんど吹き飛んでいる校舎。

なにか見覚えがある地面に埋まっている何か。

 

「それに…この荒れよう……一体何が…」

 

記憶がうまく繋がらない。

 

(確か私は…シャーレで…)

 

胸の奥が、ひどく静かだった。

アコは答える代わりに、勢いよくヒナへと抱きついた。

 

「――っ!」

 

ぎゅううう、と、息が詰まるほど強く。

 

「本当に……本当に良かった……」

 

震える声。

腕に込められた力が、恐怖と安堵を物語っていた。

 

 

 

ヒナは一瞬目を瞬かせた。

 

何が起きていたのか。

自分が何をしていたのか。

 

はっきりとは思い出せない。

 

 

けれど。

この腕の震えだけは、はっきりと伝わってきた。

 

「……大げさよ、アコ」

 

小さく息を吐く。

 

そして、そっと。

震える背中に腕を回した。

 

「でも…心配かけたなら……ごめんなさい」

 

無意識に、優しく抱き返す。

その温もりは確かで。

 

冷え切っていたはずの胸の奥に、じんわりとした熱が広がっていった。

 

アコはしばらくの間、何も言わずに涙を流し続けた。

ヒナもまた、何も言わず、その背を静かに撫でていた。

 

崩れた戦場の真ん中で。

ようやく、静かな時間が戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あとアコ、どさくさに紛れて匂いを嗅ぐのはやめてちょうだい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

医務室のドアが勢いよく開かれる。

 

「さあ、早くこちらに!」

 

半分怒っているような顔のチナツに引っ張られ、ホシノは中へと連れて行かれる。

 

扉の向こうは、まさに戦場の延長だった。

 

ベッドはすべて埋まり、空きはない。

廊下の壁際にも簡易マットが敷かれ、その上に横たわる生徒たち。

包帯、消毒液の匂い、慌ただしく行き交う足音。

 

そしてその中にはシロコやイオリの姿もあった。

二人とも意識は無く、痛みにうなされているようだった。

 

 

相当な被害。

だが、事前に情報が無かったらこれ以上の被害になっていたであろう。

最悪ゲヘナ学園が乗っ取られていたまである。

 

「あ、新しいした……いえ、負傷者ですね。こちらに」

 

「今死体って言おうとした!? おじさんまだ生きてるよ~!」

 

間髪入れずにツッコミを入れるが、セナは一切動じない。

セナはチナツからホシノを受け取るとぐい、と椅子に座らさせた。

 

「お手柔らかに頼むよぉ…」

 

 

 

 

「さて……と」

 

ホシノをセナに任せたチナツは、くるりと振り返る。

 

視線の先にはカービィがいた。

ホシノほどではないにしても、小さな体には細かな傷がいくつも走り、ところどころ青あざもできている。

 

「カービィさんも、こちらに」

 

チナツはしゃがみ込み、そっと抱き上げる。

その軽さにチナツは少しだけ驚いた。

 

 

チナツは机の上へと丁寧にカービィを乗せた。

 

「ええと……まず消毒液を」

 

棚を開け、瓶をかき分ける。

 

「ここに……」

 

だが、目当てのものが見つからない。

 

「あら……確かこの辺にあった気がしたのですが……」

 

 

 

チナツが消毒液を探しているその間。

カービィはきょろきょろと辺りを見回していた。

 

うめき声。

包帯だらけの生徒。

血の匂い。

 

小さな胸が、ぎゅっと締め付けられる。

 

「……ぽよ」

 

しょんぼりとした声。

 

だが次の瞬間、ぱっと目が輝いた。

 

「ぽよ!」

 

何かを思いついた様子で、机の上に置かれていた医療箱へと手を伸ばす。

パタン、と蓋が開く。

中には聴診器やら、ガーゼやら――様々な医療器具がずらりと並んでいる。

 

 

 

 

 

そして。

 

「お待たせしました……! まずこちらを――」

 

戻ってきたチナツの言葉が、途中で止まる。

 

「……え?」

 

机の上にいるそれを、二度見する。

 

「ええと、カービィ……さん?」

 

そこにいたのは。

 

メガネをかけ、額帯鏡をぴしっと装着し、両手には液体が入ったフラスコ。

背後には更にいくつものフラスコが煙を出しながら並んでいる。

なぜか白衣のようなものまでまで身に着けていた。

 

その姿は、医者や研究者そのものだった。

 

「ぽよ」

 

やけにキリッとした声。

 

そしてそのまま、フラスコの口を自分の口へと入れる。

液体がどんどんとカービィの中へ入っていく。

 

 

「ええっ!?」

 

チナツが慌てて止めようとする。

 

だが――

それを飲み込んだ瞬間。

 

カービィの体に走っていた傷が、みるみるうちに消えていく。

傷が塞がり、青あざが薄れ、元のピンク色が戻る。

 

 

「ぽよ!!」

 

姿こそは違うものの、体つきは戦闘前のカービィとほとんど変わらない。

傷もあざもすっかり消え、つやつやのピンク色に戻っている。

 

 

 

「うへ……」

 

背後から、包帯でぐるぐる巻きにされたホシノが、よたよたと歩いてきた。

顔を隠せばミイラと勘違いしそうな程、腕も胴も頭も白い包帯で巻かれている。

 

「あれ、またカービィちゃん何か食べたの?」

 

当然のようにそう言うホシノに、チナツが戸惑いながら振り向く。

 

「ええと……これについて、お伺いしても……?」

 

困惑の視線がホシノへと向けられる。

 

「ああ、カービィちゃんが何か食べると、食べたものの能力を使えるようになるんだよ」

 

さらっと説明するホシノ。

 

「私が見たのはねぇ……手から爆弾を生み出して投げたり、自分が強力な爆弾になって突撃したり……さっきはハンマーを持ってたかなぁ」

 

「ええ……?」

 

視線を落とすと、机の上の医療箱が開いている。

医療箱にあった聴診器や薬品が無くなっていることに気が付く。

 

(まさか……これを食べて……?)

 

カービィはというと、何やら真剣な顔つきでフラスコの中身をくるくると混ぜ合わせている。

 

「今のカービィちゃんは、お医者さんみたいなことができるって感じだろうねぇ」

 

「ぽよ!」

 

元気よい声が聞こえる。

 

「お?なんかできたのかな?」

 

二人が視線を向ける。

カービィはフラスコを手に持ち、ホシノの方を見ていた。

 

「どしたの、カーb…」

 

ホシノが言い終わる前に、カービィがホシノの方へと跳ぶ。

そのままホシノの口へとフラスコをぐいっと突っ込んだ。

 

「「!?!?」」

 

反応する暇もない。

とろりとした液体が、そのままホシノの口へ流れ込む。

 

「ひょっほ!はひほれ!?(ちょっと!何これ!?)」

 

フラスコの中でくぐもった声がこだまする。

液体はどんどんとホシノの口の方へ近づいていく。

 

それが舌に触れた瞬間。

電流が流れるようにびりっと全身が震えた。

 

 

(苦っっっっ!!!!)

 

 

思わず体をのけぞらせる。

舌に広がったのは、想像を遥かに超える苦味だった。

 

目の奥がきゅっと締め付けられるような感覚。

思わず涙が滲む。

 

今までの人生で飲んだどんな薬よりも、圧倒的に苦い。

 

「んぐっ……!?」

 

反射的に顔を背け、フラスコを払いのけようと手を伸ばす。

 

だが、それをカービィがしっかりと押さえていた。

小さな体なのに、意外なほど力が強い。

 

「ん、んんっ……!」

 

逃げようとしても逃げられない。

そのまま無理やり、最後の一滴まで流し込まれる。

 

 

 

 

数秒後。

 

 

 

 

ようやくフラスコが口元から離れた。

 

「げほっ、げほっ……!」

 

涙目になりながら咳き込むホシノ。

喉の奥にまだ苦味が張り付いているようで、思わず顔をしかめる。

 

「もうカービィちゃん…なにこれ…」

 

そうぼやきながら、滲んだ涙を拭こうと腕を上げたその時。

 

(……ん?)

 

違和感に気づいた。

 

 

さっきまで体を貫き続けていた痛みがない。

鈍く疼いていた肋骨の奥の痛み。

踏み込むたびに引きつっていた太腿の筋肉。

 

 

 

――それが、綺麗さっぱり消えている。

体を少し動かしてみる。

 

肩を回す。

腰をひねる。

足を踏み込む。

 

どこにも痛みがない。

 

それどころか、体が妙に軽い。

視界も、さっきまでよりくっきりと冴えている気がする。

 

「……あれ?」

 

ホシノは不思議そうに自分の体を見下ろす。

 

そして、恐る恐る包帯に手をかけた。

ぐるぐるに巻かれた包帯を、無理やりほどいていく。

 

 

それを見たチナツが慌ててホシノの手を止めようとする。

 

「あっ!まだ駄目ですよ! 安静に――って、ええっ!?」

 

だが次の瞬間、言葉は驚愕に変わった。

床へ落ちた包帯の隙間から露わになった肌を見て、思わず目を見開く。

 

 

 

そこには――

 

さっきまで確かにあったはずの深い裂傷も、青黒く腫れ上がっていた痣も、どこにも存在していなかった。

 

あるのは、まるで最初から何事もなかったかのような、綺麗な肌だけ。

 

「おぉ……」

 

ホシノは感心したように声を漏らし、傷があった場所をぺたぺたと触る。

 

「すごいねこれ……。全部治っちゃった……」

 

まるで他人事みたいに呟くホシノ。

対してチナツは、まだ状況が飲み込めないといった表情で固まっていた。

 

 

医学の常識では説明できない。

あり得ない速度での完全治癒。

だが――

 

 

デデデ大王の一件に始まり、

今この場所で起きている出来事は、すでに常識の範囲を大きく越えている。

 

(……もう、考えるだけ無駄ですね)

 

チナツは小さく息をついた。

そして机の上にいるカービィの前にしゃがみ込み、視線の高さを合わせる。

 

「カービィさん」

 

真剣な声で呼びかける。

 

「お願いしたいことがあります」

 

「ぽよ?」

 

カービィは首をかしげる。

 

「先程の薬を、たくさん作っていただくことは可能でしょうか?」

 

ほんの一瞬の沈黙。

それから――

 

「ぽよ!」

 

元気よく頷くカービィ。

そのまま懐をごそごそと探り始める。

 

そして次の瞬間。

取り出したのは――

先ほどのフラスコより、さらに巨大なフラスコだった。

 

明らかにカービィの体より大きいサイズ。

どう考えても懐に入る大きさではない。

 

だがもう、そこに疑問を挟む者はいなかった。

 

「ありがとうございます。では、薬の作成をお願いします。何か私達に手伝えることがあれば、遠慮なく言ってください」

 

姿勢を正し、丁寧に頭を下げる。

 

「ぽよ!」

 

カービィは元気よく返事をすると、

巨大なフラスコを机の上に置き――

まるで料理でも作るかのような軽い手つきで、どこからともなく取り出した薬品を次々と注ぎ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡る。

ゲヘナ学園にヒナとデデデ大王が現れる、ほんの少し前――。

 

「怪我をされた方はこちらに!焦らず行動してください!」

 

「打撲ですね。それではこちらを」

 

「少し染みますが、我慢してくださいね」

 

ここはトリニティ総合学園。

 

寮の一角は臨時の病床として開放され、簡易ベッドが隙間なく並べられている。

そこには無数の負傷した生徒たちが運び込まれていた。

 

救護騎士団の面々は、次々と搬送されてくる負傷者たちに対し、的確で無駄のない処置を施していく。

包帯が巻かれ、薬が配られ、指示が飛ぶ。

 

慌ただしい空気の中でも、その動きに迷いはない。

 

以前襲来したダークマター。

 

その経験により、トリニティ全体で対処方法は共有されていた。

被害は出ているものの、ゲヘナ学園のような大規模な被害にはまだ至っていない。

 

 

空には、うじゃうじゃと蠢く黒い影。

それらを狙い、対空用の榴弾砲が次々と撃ち上げられていく。

 

空中で炸裂する砲弾。

激しい火花が散り、砲煙とダークマターのものと思われる黒煙が入り混じって広がった。

 

無限に湧き続けるかのようだったダークマターも、いつの間にか数を減らし始めている。

 

 

あと一息。

 

そんな空気が、トリニティ全体を包み始めていた。

 

 

 

 

――だが。

その時、空の遥か上空から落下してくる二つの影があった。




コピー能力:ドクター
コピー元:医療箱の中にあった薬とか聴診器とか色々

ほうふな ちしきを 持ち、
新たな 研究や 発明をし、
クスリや 科学を あやつる。
見た目によらず、多さいで すばやい
こうげきを くり出す エリート。
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