桃色の軌跡   作:逆襲

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選ばれし者

じりじりと、ミネの体が後方へ押し込まれていく。

踏みしめた足が床を削り、わずかずつだが確実に後退していた。

 

ハスミも背後からその体を支えているが、飛来する斬撃の嵐は一向に収まる気配を見せない。

むしろ、時間が経つごとに密度と威力を増しているようだった。

 

「ミネ団長! 行きます!」

 

張り詰めた声と同時に、ハスミが動いた。

 

ミネの背後から一気に横へと跳び出す。

そのまま弧を描くように走り、メタナイトを円の中心に据える形で背後へと回り込もうとする。

 

斬撃の雨から離脱しつつ、死角を取るための一手。

 

 

だが――

 

メタナイトの標的が、瞬時に切り替わる。

 

無機質な視線がハスミを捉え、剣が閃く。

次の瞬間、無数の斬撃が軌道を変え、ハスミへと襲いかかった。

 

「っ……!」

 

ハスミは地を蹴り、連続して軌道を変える。

迫る斬撃を紙一重でかわし続けるが、その余波だけで地面が抉れ、走り抜けた軌跡に沿って無数の亀裂が刻まれていく。

 

つい先ほどまで彼女がいた場所が、次々と切り裂かれていく。

遅れて砂煙が巻き上がり、視界の後方を覆い尽くした。

 

「はあっ!!」

 

その瞬間、ミネが地面を強く蹴り上げる。

砕けた床片を弾き飛ばしながら一気に跳躍し、一直線にメタナイトへと迫る。

 

 

だが――

それすらも、想定内と言わんばかりに。

 

メタナイトは体の向きをわずかに変え、無駄のない動作で剣を振り払う。

 

空中では踏み込みが効かない。

受け止める術もなく、ミネの体は容易く弾き飛ばされた。

 

「くっ……!」

 

体勢を崩したまま、背中から地面へと叩きつけられる。

衝撃で呼吸が一瞬止まる。

 

その隙を逃さず――

 

メタナイトが剣を構えた。

とどめの一撃が振り下ろされようとした、その刹那。

 

「今です!」

 

ミネの叫びが戦場に響く。

 

次の瞬間、砂煙を切り裂くように――

ハスミが飛び出した。

 

「……!」

 

メタナイトの視線が、鋭くハスミを捉える。

次の動きに、一切の迷いはない。

 

静止から一転――剣が振り抜かれた。

 

空気を裂く鋭い軌跡が走る。

その刃は、ハスミの腹部から脇へと抜けるように薙ぎ払われた。

 

「――っ!」

 

思わず息が詰まる。

致命傷には至らない――だが、焼けるような痛みが一気に広がり、神経を逆撫でする。

 

それでも、足は止まらない。

 

むしろ、その一撃すら踏み台にするかのように。

 

ハスミは踏み込みをさらに強め、そのままメタナイトの懐へと飛び込んだ。

 

「はあっ……!」

 

体当たりにも近い勢いで激突する。

 

鈍い衝撃音が周囲に響き、二人の体がぶつかり合った。

 

その勢いのまま、腕を自分の腕で、翼を自分の翼で抑え込む。

逃がさないように、全身の力を集中させる。

 

「……捕まえ…ました!」

 

さしものメタナイトも、腕の自由を奪われたことで動きが鈍る。

 

「ミネ団長! 剣をお願いします!!」

 

次の瞬間、二人の体はもつれ合うように――

地面へと激突した。

 

轟音が響き渡る。

衝撃とともに、甲高い音が周囲へ弾けた。

 

 

カラン、と転がる音。

視線の先、砕けた地面の上に、メタナイトの剣が投げ出されていた。

 

 

(ハスミ……さん……!)

 

 

ミネはすぐさま駆け出す。

地面へと倒れたハスミの姿を横目に捉えながら、その剣へと手を伸ばした。

 

剣を掴もうと持ち手に指先が触れた、その瞬間――

 

「っ……!」

 

電流のような鋭い痛みが、腕を駆け上がる。

 

思わず手を引いてしまう。

だが、歯を食いしばり、無理やり握った。

 

歯を食いしばり、震える指に力を込めた。

 

 

そのまま、無理やり握り込む。

再び、激痛が全身を貫いた。

 

腕だけではない。

神経の奥まで抉られるような感覚が走る。

 

指先が震える。

握力が抜けそうになる。

 

それでも――

ハスミが、命を削って繋いだこのチャンス。

 

ここで手放せば、すべてが終わる。

 

「……っ!」

 

 

 

その時、ふと、胸の奥に浮かび上がる言葉があった。

それは、いつも自分を支えてきたもの。

 

「救護」

 

ただ、その一言。

 

――それだけで、十分だった。

 

先生を、メタナイトを――

そして、この戦場にいるすべてを救うために。

 

自分のやるべきことは、もう決まっている。

 

ミネは剣を強く握りしめる。

痛みは一層強くなるが、ミネの五指は剣から離れることは無かった。

 

そのまま剣を振り上げる。

そして、声を張り上げた。

 

「戦場に――救護の手を!!」

 

その叫びに応えるように、剣が眩い光を放つ。

 

閃光が刀身から溢れ出し、周囲一帯を白く染め上げた。

それは閃光弾のように鋭く、それでいて――どこか温かみを帯びた光だった。

 

 

 

 

その光の中で――

どこからともなく、声が響いた。

 

『我は――ギャラクシア』

 

唐突に告げられた名。

 

低く、静かで。

それでいて、抗いがたい重みを持った声だった。

 

空気そのものが震えるような、圧。

 

ミネは思わず息を呑む。

 

『それが汝の覚悟か それが汝の正義か』

 

自分を試すような、値踏みするような響きを帯びている。

 

(試されている……)

 

そう直感する。

 

 

だが、ミネは迷わず声を張り上げた。

 

「ええ。 これが私の――」

 

誰の声なのか。

どこから響いているのか。

 

そんなことは関係ない。

 

今ここで答えるべきは、ただ一つ。

自分の信じるものを。

その一言に、すべてを込めて。

 

「救護です!!!」

 

 

――静寂。

光の中で、時が止まったかのように、音が消える。

 

 

『……そうか』

 

やがてその声は、どこか納得したように応じた。

 

 

 

『ならば――我を……メタナイトの元へ……』

 

 

 

その言葉が届いた直後。

 

剣から溢れていた光が、ゆっくりと収束していく。

暴れていた輝きは静まり、刀身へと吸い込まれるように収まっていった。

 

気づけば――

先ほどまで全身を走っていた痛みが、跡形もなく消えている。

 

それどころか、体の内側から満ちてくる、確かな力。

 

 

剣は、もはやミネを拒んでいなかった。

 

それどころか――

ミネの意志に応えるように、静かに、だが確かに光を宿している。

 

(先程の声は…この剣から………)

 

剣をじっと見つめる。

だが、すぐさまハッと息を呑み、ハスミの方へと振り向いた。

 

「ハスミさん!」

 

その視線の先で、メタナイトがハスミの拘束を振りほどく瞬間が目に入る。

腕を強引に引き剥がし、その手には――いつの間にか別の剣が握られていた。

 

「っ……!」

 

なおも食い下がろうとするハスミ。

だが、すでに力は残っていない。

 

逆に腕を掴まれ、ハスミはそのまま投げ飛ばされる。

 

「――!」

 

ミネは即座に踏み込み、その落下地点へと滑り込む。

持っている剣が当たらないよう体をひねりながら、ハスミを受け止めた。

 

「ミネ……団長……」

 

かすれた声。

 

制服は大きく裂け、露わになった腕や頬には痛々しい裂傷が走っている。

 

だが、致命傷では無かった。

瞬時に判断を下す。

 

腰のポーチから清潔な布を取り出し、素早く患部に当て、最低限の止血を施す。

手際は迷いなく、正確だった。

 

「ハスミさん。少しここで休んでいてください」

 

そう言って、ハスミの体を静かに地面へと横たえる。

 

「すぐに終わらせます」

 

 

そう言った直後――

隙を逃さぬように、メタナイトが踏み込んできた。

 

空気を裂く音。

迫る刃。

 

だがミネは一歩も引かない。

 

「――次はあなたです!」

 

踏み込みと同時に、ギャラクシアを振るう。

 

光を帯びた刃が軌跡を描き――

メタナイトの体を、弾き飛ばした。

重い衝撃音とともに、距離が開く。

 

メタナイトはすぐに空中で体勢を立て直し、着地する。

 

だが――

わずかに動きが鈍い。

苦しむように、体を震わせている。

 

 

ミネは剣を握り直す。

 

(この剣……ギャラクシアをこのまま当て続ければ……!)

 

刃物の扱いなど、包丁やメスなどはともかく剣は心得ていない。

それでも、不思議と、迷いはなかった。

 

まるで導かれるように、次に取るべき動きが分かる。

ハスミへと視線を一瞬だけ向ける。

 

(ハスミさんを巻き込むわけにはいきません)

 

その意志とともに。

ミネは地を蹴った。

 

メタナイトのいる方向へと、大きく距離を取るように跳ぶ。

 

間合いを取り直し、すぐさま踏み込む。

 

ミネの振るうギャラクシアは、メタナイトのそれとは対照的に大ぶりだった。

洗練された斬術とは言い難い――だが、その一撃一撃には確かな意志と力が乗っている。

 

振り下ろし。薙ぎ払い。切り上げ。

 

そのすべてを、メタナイトは受け流し、弾き、どうにか捌いていく。

だが――動きが鈍い。

 

かつての鋭さはない。

ただ受けるだけで、精一杯といった様子だった。

 

(やはり…!この剣が効いている…!)

 

ミネは確信する。

 

だが、対するメタナイトも、黙ってはいない。

わずかに体勢を立て直すと、剣を突き出した。

狙いは一直線――ミネの喉元。

 

鋭い一突き。

 

 

 

その速度は――

 

「……遅いです!」

 

先ほどまでの剣筋とは、まるで別物だった。

 

ミネは一歩踏み込みながら、刃を切り上げる。

その一撃が、正確にメタナイトの剣を弾いた。

 

甲高い金属音。

軌道を逸らされた剣は、空を切る。

 

 

胴(?)が空いた。

 

「これで――終わりです!」

 

その姿勢のまま、ギャラクシアを握り返す。

振り上げた勢いを乗せ、全身の力を込めて振り下ろした。

 

光が走る。

その軌跡だけが、確かに空間に残った。

 

 

 

 

――辺りに静寂が満ちる。

戦場から音が消えたかのように、すべてが止まる。

 

 

やがて。

 

パキリと、乾いた音が静かに響く。

仮面にできた亀裂。

 

それはゆっくりと、しかし確実に広がっていく。

ひびは深く、鋭く――

 

やがて、ひびが反対側に到達する時。

力を失ったかのように、仮面は真っ二つに割れた。

 

メタナイトの体は、支えを失い――

糸の切れた操り人形のように、宙から静かに崩れ落ちた。

 

体からは黒い煙がボンッと噴出され、空へと消えていった。

 

音を立てて地面に落ちるその姿を、ミネは一瞬だけ見つめる。

呼吸も、気配も――もはや敵意は感じられない。

 

「……」

 

わずかに息を吐き、すぐに意識を切り替える。

倒れたメタナイトのもとへ駆け寄り、その体を抱え上げる。

 

ミネは手にしていたギャラクシアを静かにメタナイトの腰(?)についている鞘へと納めた。

刀身は淡い光となって収まり、まるで役目を終えたかのように静まる。

 

気絶しているようだが、確かに息はある

 

「……大丈夫そうですね。次は…」

 

小さく呟き、すぐに視線を後ろへ。

その先には、膝をつきながらもこちらを見ているハスミの姿があった。

 

「ミネ……団長……」

 

声はかすれているが、意識ははっきりしている。

ミネはその様子にわずかに安堵しつつ、すぐに駆け寄った。

 

「お待たせして申し訳ございません。すぐに寮へ戻りましょう」

 

返事を待たず、片腕でメタナイトを支えたまま、もう片方でハスミの体を抱き起こす。

 

「っ……」

 

傷に触れたことで、ハスミの表情がわずかに歪む。

 

「痛むと思いますが、もう少しだけ我慢してください!」

 

ミネはそう言いながら、しっかりと二人の体を支え直す。

 

そのまま顔を上げ、戦場の奥――激しい衝突音と砂煙が巻き上がる方向へ視線を向けた。

 

ツルギとミカの戦いは、まだ終わっていないようだった。

 

「ツルギ委員長!」

 

声を張り上げる。

 

「こちらは片付きました! ハスミさんとメタナイトさんを治療するため、一度下がります!」

 

その返答の代わりに届いたのは、轟音と――

 

「キ”ャハハハハァァァッ!!!」

 

耳をつんざくような狂気じみた笑い声。

もはやどちらが敵かわからないようにも思える。

 

それが合図であるかのように、さらに激しい衝撃が走る。

 

 

次の瞬間には、ミネは二人を抱えたまま全力で駆け出す。

戦場から離れるごとに、背後の音はわずかに遠ざかっていく。

 

それでもなお、その激しさは衰える気配を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

額を伝う血を、袖で乱暴に拭い取る。

 

肺が焼けるように熱い。

それでも――口元は、抑えきれないほどに歪んでいた。

 

普段は味わえない、拮抗した戦い。

自分と同じか、それ以上の強さをぶつけてくる相手。

 

ツルギの心は、確かに高鳴っていた。

 

ミカを止めなければならない。先生を救わなければならない。

頭では理解している。猶更先生を助けるのならすぐに終わらせるべきだ。

 

 

――それでも。

この瞬間が、楽しくて仕方がなかった。

 

どれだけ撃ち込んでも。

どれだけ拳を叩き込んでも。

どれだけ蹴り飛ばしても。

 

ミカは倒れない。

何度でも立ち上がり、何度でも向かってくる。

 

その姿に、思わず笑みが深くなる。

 

相手の拳もまた重い。

ただの力任せではない、確実に急所を狙った一撃。

 

調停式の襲撃以来――久しく感じていなかった“痛み”。

 

それすらも、今は心地よかった。

 

「……ッ!」

 

次の瞬間。

 

ミカの拳が、真正面から振り抜かれる。

ツルギもまた、同時に踏み込んでいた。

 

真正面から、ぶつかり合う拳と拳。

 

鈍い衝撃音が響き、二人の顔面に同時に打撃が叩き込まれる。

衝撃で視界が揺れ、身体が大きく仰け反る。

 

 

だが――

 

ツルギは即座に足を踏みしめた。

崩れかけた体勢を力任せに引き戻し、地面を強く踏み鳴らす。

 

「……キヒッ」

 

短く息を吐く。

その目は、ミカの目の奥を捉えていた。

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