「な、なんですかこの揺れはー!?」
ダークマターを撃ち抜いている最中、突如として校舎全体が大きく軋んだ。
床が波打つように揺れ、壁のひびが一気に広がっていく。
それは単なる建物の振動ではなかった。
周囲一帯――地面そのものが、地震のように激しく揺れている。
「な、何かは分からないっすけど……今はこいつらを倒すっすよ!」
イチカは態勢を崩しそうになりながらも踏みとどまり、迫ってくるダークマターへ銃口を向ける。
引き金を引くたび、黒い影が弾け、煙となって消えていった。
だが、その数は減る気配を見せない。
「閃光弾、投擲します!」
物陰からスズミの鋭い声が飛ぶ。
「皆! 一瞬、目を塞ぐっすよ!」
イチカが叫ぶのと同時に、小さな筒状の物体が放物線を描いて宙を舞い、ダークマターの群れの中央へと正確に落ちていく。
次の瞬間――
閃光が炸裂した。
視界を塗り潰すほどの白い光が一帯を包み込み、遅れて衝撃音が響き渡る。
大きな目を持つダークマターたちは、その光をまともに受けた。
まるで視界を焼かれたかのように身をよじり、苦しげに暴れ回る。
動きが、明らかに鈍る。
「皆さん、今っす!」
「お任せをー!!」
レイサは目を開くと同時に前へ踏み込み、引き金を引く。
一発。
また一発。
確実に、急所を撃ち抜く。
もがくダークマターは次々と撃ち抜かれ、黒煙となって崩れ落ちていく。
周囲に残るのは、弾ける音と、わずかに漂う焦げたような闇の気配だけだった。
だが、ダークマターの群れはまだ消え去らない。次々と空から降り注いでくる。
「チッ...」
思わず舌打ちをしてしまう。
確実にこちらが疲弊している。
このままではジリ貧で押し負けてしまうだろう。
どうしようかと考えているその時。
ポケットに入れていたスマホが揺れた。
「あーもう!誰っすかこんな時に!」
銃を撃ちながら素早くスマホを取り出し、表示された名前を見る。
「えっ!?」
そこには、「セイア」の文字があった。
「キ”ャハハハァッ!!」
喉の奥から絞り出すような笑い声とともに、ツルギはさらに一歩、距離を詰める。
対するミカもまた、吹き飛ばされかけた体を強引にねじ戻し、地面を蹴り砕くように踏み込むと、その勢いのまま右拳を振り抜いた。
ツルギはそれを紙一重で外側へと流すようにいなし、間髪入れずにカウンター気味の肘打ちを叩き込む。
だが、ミカもまたそれを肩で受け止め、威力を殺しながら踏み込みを維持することで、そのまま至近距離での殴り合いへと持ち込んだ。
拳と拳がぶつかり合い、打撃と衝撃が連続して交錯するたびに、周囲の空気が震え、大地が揺れ地面や壁に細かな亀裂が走っていく。
ツルギは、もはや避けることなどほとんど考えていなかった。
殴る。
受ける。
それでも踏み込む。
ただそれだけを繰り返す、純粋すぎる暴力の応酬。
ミカの拳がツルギの脇腹にめり込み、鈍い痛みが内側を揺さぶる。
だがツルギは、その痛みに顔を歪めるどころか笑みを深め、逆にミカの肩を掴んで引き寄せると、額がぶつかるほどの距離から頭突きを叩き込んだ。
鈍い音が響き、ミカの体がわずかに揺れる。
しかし、その直後には反撃とばかりに膝が鋭く突き上げられ、ツルギの腹部を正確に捉えた。
息が一瞬詰まる。
それでもツルギは、後ろへは下がらない。
むしろ、その衝撃すら踏み込みの力に変えるかのように前へ出ると、ミカの腕を弾きながら回し蹴りを叩き込む。
ミカに直撃し、その衝撃で地面が削れ、二人の足元に大きな亀裂が走った。
わずかに距離が開く。
ほんの一瞬。
だが、その“間”すら許さないかのように、次の瞬間には両者は再び踏み込み、再び衝突する。
拳が頬を打ち抜き、逆に拳が顔面を捉える。
どちらも一歩も退かない。
むしろ――
打たれるほどに、踏み込む力が増していく。
「……キヒッ!」
ツルギは血を滲ませた口元で笑いながら呟く。
「最高ダァ……ッ!!」
その言葉に応えるかのように、ミカの拳がさらに力を増し、ツルギの頬を捉えて強引に顔を振り向かせる。
だが、その反動を利用するようにツルギは身体を回転させ、そのまま裏拳を叩き込んだ。
衝撃が交差する。
音が、遅れて響く。
二人の身体が同時にぐらりと揺れる。
膝が折れかけながらも踏みとどまり、視線だけは決して逸らさずに、互いを睨み据える。
その時――
大きな声が、二人の間へと割って入った。
「ミカ様ーーー!!」
「……イチカ?」
ふと我に返ったように、ツルギの動きがわずかに鈍る。
だが、ミカはそんなことなど意に介さない。
間髪入れずに踏み込み、そのまま拳を叩き込んできた。
ツルギも反射的に応じる。
振り抜かれた拳へ、真正面から拳をぶつけた。
激突。
その一撃を起点に、衝撃波が爆ぜるように周囲へと広がり、地面を、空気を、一帯すべてを薙ぎ払った。
そしてそのまま――
連打。連打。連打。
互いに一歩も退かず、至近距離で拳を叩き込み続ける。
まるで嵐のようなラッシュ。
どこからか「オラオラ」だの「無駄無駄」だの、そんな声が聞こえてきそうな勢いだった。
「うわっ……!?」
イチカは吹き荒れる衝撃に足を取られ、転びかける。
だが咄嗟に踏みとどまり、必死にバランスを保った。
(この揺れ……まさか、お二人の戦いのせいっすか……?)
一瞬でそんなことを考え――
はっと、本来の目的を思い出す。
「ミカ様ーーー!!」
息を大きく吸い込み、腹の底から叫ぶ。
「先生がお越しになってるっすよーーー!!!」
その一言が――空気を変えた。
ピタリ、と。
それまで止まることのなかった二者の拳が、同時に止まる。
そして、ぎこちない動きで――
首が、ギギギとゆっくりとこちらを向いた。
「せ、っせ、せん……せい!?」
ツルギの表情が一変する。
狂気じみた笑みは消え、あからさまな動揺が浮かんでいた。
(あっ……ツルギ委員長にも効くんでしたね、これ……)
内心でそんなことを思うイチカ。
だが――
ミカの様子も、明らかにおかしくなっている。
≪せ……せん……せい?≫
ノイズ混じりのような声が漏れる。
同時に、頭部から黒い靄がじわりと滲み出し、不安定に揺らぐ。
まるで内側で何かがせめぎ合っているかのように、その瞳がわずかに揺れた。
「ほ、ほんとに効いてるっすね……」
『ほら、私の言った通りだろう?』
通話越しに、どこか満足げな声が返ってくる。
「でも……これじゃ、完全に戻るほどじゃないっすね」
『ふむ、そうか…。――よし、イチカ。今から言うセリフを、そのまま叫んでくれ』
「あ、はい……」
セイアの口にした内容を聞いた瞬間、イチカの表情が引きつる。
「ほ、ほんとにそれでうまくいくんすか……?」
『なに、相手は馬k…単純なミカさ。これで十分だ』
「は、はぁ……」
(セイア様…なんかミカ様の扱い雑じゃないっすかね…?)
『さあ、早くしたまえ。せっかくの効果が切れてしまう』
一瞬の躊躇。
だが、イチカは覚悟を決めるように息を大きく吸い込んだ。
(こうなったら……なるようになれっす!)
そして――
腹の底から、全力で叫ぶ。
「えーっ!? ミカ様がダークマターの洗脳を解いたら、ショッピングに付き合ってくれるんすかー!? しかも好きなもの何でも買ってくれるって話っすかー!?」
自分でも分かるほどの、あまりにも露骨な演技だった。
案の定、ツルギは完全に動きを止め、「は?」とでも言いたげな表情でこちらを見ている。
(ツ、ツルギ委員長……! これ演技っすから……!)
『……ふむ。謝肉祭で見た君のあの演技力は、どこへ行ってしまったのかな』
「それとこれとは話が違うっすよ! ……って、あれ……?」
イチカが通話越しに言い返しかけた、そのときだった。
ミカの体から――
黒い煙が、圧を伴って噴き上がる。
まるで内側に溜め込まれていたものが、一気に吐き出されたかのように。
濃く淀んでいた闇が、空気に溶けるように散っていく。
次の瞬間。
地面を砕く勢いで、ミカが一直線にこちらへと駆け出した。
「こ、こっちに来たっす!?」
思わず身構え、銃に手をかける。
だが――
「せ、先生はどこ!?」
飛び込んできたのは、聞き慣れた声だった。
混じり気のない、いつものミカの声。
どころか、普段以上に感情が乗っている。
先ほどまで全身を覆っていた黒い気配は、跡形もなく消えていた。
「ミ、ミカ様……ですよね?」
「へ? うん、そうだけど……なんでそんなこと聞くの?」
首を傾げ、不思議そうにこちらを覗き込むミカ。
その様子に、イチカは思わず一瞬言葉を失う。
「ミカ様、さっきまで何してたか覚えてるっすか?」
「さっきまで?」
ミカはその場で考え込むように視線を上げる。
「うーん……あれ? 思い出せない……っていうか、なんで私、トリニティにいるの? 確かシャーレにいた気が……」
言いながら、周囲へと視線を巡らせる。
そして――
「……って、何これ!?」
崩れた校舎、抉れた地面、散乱する瓦礫。
戦闘の痕跡が、そのまま景色として広がっていた。
「え、ちょっと待って……これ全部、私がやったの……?」
ミカの表情がみるみるうちに青ざめていく。
「あー……ま~……その……」
イチカは目を逸らしながら、なんとも言えない曖昧な相槌を打った。
『ふむ……やはり記憶は欠落しているようだね』
「ちょっとセイアちゃん!やはりってどういうこと? ていうか本当に何これ!? 私、なんかやっちゃった!?」
混乱と焦りが入り混じった声が飛ぶ。
『今は気にしなくていい。イチカ、とりあえずミカを安全な場所へ案内してくれ』
「了解っす!」
即座に返事をしながら、イチカはミカの腕を軽く引いた。
「ミカ様、とりあえずこっちっす!」
「ちょっと待って!? その前に先生は!?」
「……よし」
セイアは通話を終えると、スマートフォンを静かにしまい、ゆっくりと顔を上げた。
その視線の先には、同じく状況を見守っていた二人の姿。
「感謝するよ。おかげで、トリニティの方もどうにかなったようだ」
安堵を含んだ声でそう告げると、
「うへ~……それは良かった~」
「『先生』っていうワードが効いたわね……信じられないわ…」
「え~?ヒナちゃんも似たようなもんだったよ~?」
どこか気の抜けた調子で返す声が続いた。
各校のトップ同士が言葉を交わすそのすぐ傍らで――
「にっがっ!!!!」
場違いなほど大きな悲鳴が上がる。
「お二人とも、我慢して飲んでください。きちんと服用しないと、怪我が治りませんよ」
通りかかったチナツが、呆れ半分にため息をつきながらシロコとイオリへと声をかける。
「いや、にしたって苦すぎない?これ……」
顔をしかめながらフラスコを睨みつけるイオリ。
「ん……」
隣でシロコも無言になりかけながら、なんとか飲み込もうとしていた。
その様子は、この部屋だけに留まらない。
廊下の方からも、
「苦いっ!!」
「これ全部飲むの……?」
「うぇ……無理……」
といった、半ば悲鳴のような声が次々と響いてくる。
つい先ほどまで戦場だったとは思えない、妙に騒がしい光景だった。
けれど――
空気は確かに変わっていた。
あれほど漂っていた血の匂いはすでに消え失せ、代わりに広がっているのは、消毒液と薬品が混じった清潔な香り。
まるで戦いの名残を洗い流すかのように、空間そのものが落ち着きを取り戻しつつあった。
「さて――これからどうしようか」
静けさが戻りつつある中、ぽつりと落とされた言葉。
「シロコの話だと、空に浮かぶ黒い星……そこに敵の親玉がいるらしい」
「星、ね……」
現実味のない単語に、わずかな間が生まれる。
「う~ん……うとなぴなんちゃらの船はもう無いし……どうやって行けばいいんだろ」
ホシノが気だるげに頭をかきながら、ぼやくように呟いた。
その時――
セイアのスマートフォンが、再び小さく震えた。
(……イチカが到着したのかな)
そう思いながら画面へと目を落とす。
だが、表示されていた名前は――想定していたものとは違っていた。
「……すまない。少し席を外すよ」
短くそう告げると、セイアは静かに部屋を出る。
廊下に出て、通話開始のをボタンを押す。
『おーい、聞こえっかー?』
「ネル? どうしたんだい?」
『こっちも一段落してよ。んで、お前らに用があるって奴がいるんだが……』
「私たちに用?」
わずかに眉をひそめる。
『ああ。ほら、代わるぞ』
がさり、と音がして、通話先が切り替わる。
『もしもし、聞こえるだろうか』
落ち着いた、聞き覚えのある声。
「ああ、聞こえるよ……って、もしかして君は……」
『やぁ、ウタハだ。この前のビーチ以来だね』
その名前を聞いた瞬間、セイアは一瞬だけ無言になる。
……今すぐ電源を切りたい、そんな衝動を、なんとか抑え込んだ。
「……それで、何の用だい?」
『ネルから聞いたよ。空に浮かぶ星に行く必要があるんだってね』
「ああ、その通りだが」
短く答える。
すると――
『ふっふっふ……実はね。マホロア……ええと、カービィとやらのお仲間さんと共同で、ちょっとした物を開発してね』
思いがけない名前が出て、セイアの思考が一瞬止まる。
『ちょうど君たちの状況に、ちょうど噛み合う代物だと思うよ』
どこか楽しげな声音で、ウタハはそう言った。
『ついさっき射出したばかりだからね。あと少しで到着するはずさ』
「……待ってくれ、“ついさっき”だって?」
セイアは思わず聞き返す。
その言葉の意味を頭の中で整理する前に――
『ああ。ミレニアムとゲヘナの距離なら、おおよそ十分といったところかな』
あまりにもさらりと告げられた内容に、セイアの眉がわずかにひそめられる。
ミレニアムとゲヘナ間の距離は、自動車で2,3時間程かかる距離なのだ。
その時だった。
窓の外――空の一角に、何かがよぎる。
「……っ、あれかい……!?」
視線を上げると、こちらへ一直線に向かってくる影が見えた。
それは車ほどの大きさをした飛行体。
機体の両側からは、まるで翼のように広がる虹色の光が尾を引いている。
ただ飛んでいるのではない。
空気そのものを切り裂くような速度で、一直線に突っ込んできていた。
「まさか……あれかい!?」
思わず声が上ずる。
通話の向こうで、ウタハが満足げに笑った。
『ふふ……見えたみたいだね』
一拍置いて、誇らしげに告げる。
『それこそが……対ダークマター用エアライドマシン』
わずかに間を置き、
『“ドラグーンMk-Ⅱ”だ!!』
次の瞬間。
轟音とともに、その機体が校庭へと急降下していった。