「ーーよし」
ウタハは通話の終了ボタンを押し、耳から遠ざける。
「終わったか?」
「ありがとう、お陰で大丈夫そうだ」
「おう」
少し満足気に微笑むウタハ。
だが、少しだけ心残りがありそうな表情をする。
(本当は先に彼に見せてあげたかったが...)
「それじゃ、私は戻るよ」
「ああ」
C&Cの部室から出ようとドアを開けたその時。
ものすごい勢いで入ってきたユウカとぶつかりそうになる。
後ろに転びそうになったユウカの背をウタハが抑えた。
「おっと...ユウカ、大丈夫かい?」
「あっ、はい。ありがとうございます...ってそれどころじゃなくて...!」
普段のユウカからは感じられない焦りを感じたウタハ。
「どうしたんだい?」
「ゲーム開発部のメンバーは見ませんでしたか!?」
砂嵐を巻き起こし、校庭一帯が白く霞む。
視界はほとんど遮られ、何が起きたのかすぐには判別できない。
ホシノとヒナは反射的に銃を手に取り、窓へと駆け寄った。
「二人とも。あれは敵ではないよ」
だが――背後から落ち着いた声がかかり、その動きがぴたりと止まる。
「敵じゃない……?」
「セイアちゃん、あれが何だかわかるの~?」
「ああ。先程、連絡があってね」
外では風が吹き抜け、舞い上がっていた砂埃が徐々に薄れていく。
セイアはゆっくりと窓を開け、その先を指し示した。
「あれで、敵の本拠地へ向かうよ」
「これで一通り……ふぅ」
負傷者全員に薬を配り終え、チナツは小さく息を吐いた。
机の上に置いてあるケースには、無数の空のフラスコが入れられている。
「カービィさん、お疲れ様でした。お陰で――」
そう言いながら振り返る。
だが、そこにいるはずのカービィは、いつの間にか白衣を脱ぎ、窓際に張り付くように外を見ていた。
「カービィさん? どうされましたか?」
不思議に思いながら、チナツもその視線を追う。
窓の外へ目を向けた瞬間――
「あれは……」
思わず言葉が途切れる。
そこにあったのは、今まで一度も目にしたことのない存在だった。
白く、滑らかな機体。
先端は、まるで鳥の脚や、生物の口のように不規則に開かれている。
そして後部には、翼のように広がる――虹色に輝く棘状のパーツ。
無機質のようでもありながら、有機的な不気味さと美しさを併せ持っている。
ワイルドハントの美術品として飾られていても、何ら違和感のない存在感だった。
「どらぐーん...」
窓に張り付いているカービィが小声で呟く。
「おーい、これどこに置けばいいんだ?」
カービィを見ていて、チナツはすぐ横まで来ていたイオリとシロコの姿に気が付かなかった。
手には空のフラスコが握られており、体に巻かれていた包帯は既に外されている。
「あ、ごめんなさいイオリ。こちらに」
二人からフラスコを受け取り、机の上のケースに入れる。
「ん...あれ...」
シロコも窓の外の物体に気が付いたようだ。
(確か...カービィの記憶の中で見た奴だ)
「皆~お疲れ~」
気の抜けた調子の声とともに、ホシノが手を振りながら近づいてくる。
「ほら。カービィちゃん」
ホシノはそのまま腕を広げると、
「ぽよ!」
カービィはぱっと表情を明るくし、迷いなくその腕の中へ飛び込んだ。
ホシノはそのままぎゅーっとカービィを抱きしめる。
「あ~このままお昼寝したい気分になっちゃうよ~」
「ん。私もやりたい」
そんなやり取りを横目に見ながら、チナツはホシノの後ろに続いてきたヒナへと視線を向ける。
「ヒナ委員長。お怪我の方は大丈夫ですか?」
「ええ、問題ないわ。それより――」
ヒナは短く答え、すぐに視線を窓の外へと向けた。
「先生を助けに行く手立てが、見つかりそうよ」
「校庭のあれ……でしょうか」
チナツも改めて窓の外を見る。
白い機体と、虹色の翼。
静かに佇むその姿は、ただそこにあるだけで周囲の空気を変えてしまうようだった。
「カービィさんが『どらぐーん』と呼んでいましたが……」
「なんにせよ、カービィはアレを知っているようだ。とりあえず、外に出てみようか」
一行は校庭へと出る。
砂埃はすでに収まり、先ほどまで荒れていた空気も静まり返っていた。
その中心に――
それは、静かに佇んでいる。
「遠くから見た時はそうでもなかったけど……」
「いざ近くで見ると、想像以上に大きいな……」
自動車ほどのサイズを持つ白い機体。
無機質な外装の中に、どこか生物のような曲線が混じっている。
後部には虹色の棘が翼のように広がり、
中心部には円形の装置――レーダーのようなパーツが埋め込まれていた。
そして機体の各所には、まるで“掴め”と言わんばかりに配置された取っ手。
「さっきまでこれ…空を飛んでいたんだよな……」
イオリが腕を組みながら、じっと機体を睨む。
「ほんとに、人が乗って動かせるものなのか……?」
「ハンドルのようなものは……見当たりませんね」
チナツも慎重に観察するが、一般的な操縦装置は見当たらない。
皆がそう話している時に、セイアはウタハから送られてきていたマニュアルを読んでいた。
「ここを触ると……レーダーが起動するんだね」
「ぽよ?」
セイアの頭の上に乗ったカービィが、興味深そうに身を乗り出しながら、機体に備え付けられた各部へとぺたぺたと触れていく。
まるで自分の知っているものかどうかを確かめるように、小さく首を傾げながら機能を順に試していく仕草だった。
「そしてここは……収納が開くみたいだね」
セイアはマニュアルに視線を落としたまま、該当する箇所へと手を伸ばす。
ボタンのようになっている箇所を軽く押し込む。
次の瞬間、機体中央の装甲が滑るように左右へと開き、内部へと続く暗い空間が口を開けた。
「ここに何かを収納するようだ――」
言い終えるよりも早く。
その奥から、突如として手が飛び出した。
「ぷはぁーーっ!!!」
勢いよく上半身がせり上がり、続けざまに三つの影が外へと飛び出してくる。
「ここどこ……ゲヘナ……?」
「やーっと出れた……もう無理……」
「うぅ……気持ち悪い……」
収納部分に肘をつきながら、三人はそれぞれ荒い息を吐く。
その姿は一目で分かるほど満身創痍で、腕、頭に包帯が巻かれており、つい先ほどまで戦闘の中にいたことを物語っていた。
あまりにも唐突な出現に、その場にいた全員が一瞬言葉を失う。
驚きと警戒が入り混じった空気が、わずかに張り詰めた。
「……ゲーム開発部? どうして君たちがここに……それに、その傷は……」
セイアが目を細め、状況を測るように問いかける。
「あっ、セイアさんだ!」
顔を上げたモモイがぱっと表情を明るくする。
「こ、こんにちは……」
ミドリもぺこりと小さく頭を下げるが、その動きすらどこかぎこちない。
一方でユズは、周囲を取り囲む見知らぬ面々に気づいた瞬間、びくりと肩を震わせると、反射的に開いたままの収納口へと身を引き、半ば逃げ込むように中へと隠れてしまった。
「と、とりあえず……降りてきたまえ。大丈夫だから」
セイアは苦笑混じりにそう声をかけるが、ユズはしばらく入口の縁にしがみついたまま、警戒するように外の様子をうかがっていた。
一行はひとまず場所を移し、保健室へと戻っていた。
並べられた三つのベッドに、それぞれゲーム開発部の面々が腰を下ろしている。
白いシーツの上に座るその姿は、どこか場違いにも見えるほど傷だらけで、包帯越しにも戦闘の激しさが伝わってきた。
「それで……どうして君たちがここに?」
傍らの椅子に腰掛けたセイアが、落ち着いた声音で問いかける。
モモイは少し考えるように視線を泳がせてから、ぽつりと口を開いた。
「私たち……正直、あんまり記憶が無いんだけどさ。ダークマターってやつらに、操られてたみたいなんだ」
「それで……ミレニアムを襲撃したようで……」
ミドリが続ける。声には申し訳なさが滲んでいた。
「幸い、Ⅽ&Ⅽが対処してくれたので、大事には至らなかったのですが……」
そこで一拍置き、少しだけ表情を曇らせる。
「でもさぁ!これはちょっとやりすぎだと思う!」
モモイがすかさず食いつく。
「いくらなんでもやりすぎでしょ!? もうちょい加減ってものが――!」
言いかけて、じわりと脇腹を押さえ、顔をしかめた。
「いっ……てて……」
「お姉ちゃん…落ち着いて……」
その様子に、場の空気がわずかに緩む。
(……なるほど。ミカと同じ状態、か)
セイアは内心でそう整理しながら、静かに視線を落とす。
だが、次の瞬間。
小さな違和感が引っかかった。
セイアは顔を上げる。
「……そういえば。アリスの姿が見えないが……?」
その問いが落ちた瞬間、三人の表情が一斉に引き締まった。
先ほどまでの軽さが消え、代わりに張り詰めた空気が漂う。
「……それについて…ですが」
ミドリが静かに口を開く。
「どうやら……私たち三人しか、いなかったみたいで……」
モモイが言葉を継ぐ。
「アリスはさ、何て言えばいいんだろう……不思議な力があるんだ。だからさ、敵に捕まったままなんじゃないかって」
最後にユズが、小さな声でそう付け加えた。
不安を押し殺すように、シーツをぎゅっと握りしめている。
短い沈黙が落ちる。
やがて、モモイがゆっくりと顔を上げた。
「……それでさ。三人でアリスを助けに行こうってなったんだ」
その声には、迷いはなかった。
「ちょうどその時、ウタハ先輩があの機体を整備してるのを見つけて……」
ミドリが言葉を引き継ぎながら、窓の外――校庭に置かれた機体へとちらりと視線を向ける。
「……勝手に使うのはよくないとは思ったんですけど……」
少しだけ言い淀む。
「……ま、まぁ……時間なかったし!」
間を断ち切るように、モモイが言い切った。
「とにかく中に潜り込んで、そのままここまで来たってわけ!」
説明を終えた三人は、それぞれ小さく息を吐く。
疲労の色は濃い。それでも――
「わ、私たちも……戦います……!」
ユズが、ぎゅっとシーツを握りながら声を絞り出す。
その瞳には、確かな意志が宿っていた。
その様子を見つめていたセイアが、静かに頷く。
「……なるほど。事情は理解した」
一拍置き、口元をわずかに緩める。
「今はこちらも人手が欲しい状況でね。正直、助かるよ」
その言葉に、三人の表情がぱっと明るくなる。
「だが」
セイアの声音が、わずかに低くなる。
「その怪我で前線に出すわけにはいかない」
空気が引き締まる。
「こ、こんなのすぐ治るよ!!」
モモイが思わず声を上げる。
「そうです、問題ありません!」
ミドリも続く。
ユズも小さく頷きながら、震える声で何か言おうとするが、その言葉を遮るように、セイアは静かに首を横に振った。
「無理は禁物さ。焦りは判断を鈍らせる」
淡々とした口調。だが、その視線は鋭く、三人の奥底にある“覚悟”を見極めるように向けられている。
「仮に――その状態で戦いに出たとしよう。君たちの誰かが……いや、もし全員が倒れてしまったら」
言葉は静かに、しかし重く落ちる。
「残されたアリスは……どう思うだろうか」
「「「……っ!」」」
三人の呼吸が、ぴたりと止まる。
その意味を、理解してしまったからこそ、何も言えない。
拳を握りしめる者。視線を落とす者。唇を噛みしめる者。
それぞれが、それぞれの形でその言葉を受け止めていた。
保健室に、重い沈黙が落ちる。
――だが。
「……それでも行きたいというのであれば」
セイアの声が、わずかに柔らぐ。
「その覚悟とやらを――試そうじゃないか」
そう言って、背後へと視線を送る。
その意図を、チナツは一瞬で汲み取った。
言葉を交わすことなく棚へと歩み寄り、迷いなく三つのフラスコを取り出す。
中で揺れる薬液は、見るからに強烈な色をしており、わずかに光を反射して不気味にきらめいていた。
セイアはそれを受け取り、三人の前へと差し出す。
「これを飲み干せたなら。キミ達の出撃を許可しよう」
三人の顔を見据えながら、静かに告げた。