桃色の軌跡   作:逆襲

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さくせんかいぎ そのさん

セイアは迷いのない足取りで廊下を進み、やがて風紀委員会室の前で立ち止まる。

内側からは、すでにただならぬ気配が漏れ出していた。

 

小さく息を吐き――

ドアノブを回す。

 

そのまま、静かに扉を開けた。

 

 

 

「なぜ校舎がこんなにボロボロなのだ!?」

 

中に入った瞬間、鋭い怒声が飛び込んできた。

室内では、アコとマコトが向かい合い、完全に言い争いをしている最中だった。

 

「ですから! ダークマターの危険性については事前に報告しましたよね!?」

 

アコが机を叩く勢いで身を乗り出す。

 

「それを踏まえた上でのこの被害です! むしろ、この程度で済んだなら安い方ですよ!」

 

「だからと言って限度があるだろう!? 校舎の半分が倒壊しているのだぞ!」

 

「それでも生徒の被害が最小限に抑えられているんです! 優先順位を考えてください!」

 

互いに一歩も引かない。

言葉がぶつかり合い、空気がぴりぴりと張り詰めている。

 

 

その少し離れた位置で――

 

「元気だねぇ~」

 

壁にもたれかかりながら、ホシノが気の抜けた声で呟く。

 

「……なんか申し訳ないわね…」

 

「いやいや~、ヒナちゃんは操られてたんだからしょうがないって」

 

ホシノは軽く手を振りながら、いつもの調子で返す。

 

そのやり取りのすぐ横で、なおもアコとマコトの言い合いは続いていた。

 

どちらも一歩も引かず、押しも引きもしないまま言葉を重ねていく――そんな状態が、数分ほど続いた頃。

 

不意に、イブキがイロハの裾をぎゅっと掴んだ。

 

「イブキ、どうしたんです?」

 

イロハがしゃがみ込み、顔を覗き込む。

 

だがそこにあったのは、いつもの無邪気な笑顔ではなかった。

少しだけ、不安げで、寂しそうな表情。

 

「……デデデ大王さんが、いない……」

 

ぽつりと零れたその言葉に、ヒナがきょとんとする。

 

「デデデ大王……?」

 

聞き返したその瞬間。

 

ヒナの中で、何かが引っかかった。

 

意識を取り戻した直後の光景が、ぼんやりと脳裏に蘇る。

崩れた校舎、散乱した瓦礫――そして、確かに“何か”があったはず。

 

その違和感を確かめるように、ヒナは無言で窓へと歩み寄る。

カーテンをわずかに払い、外へと視線を向ける。

 

校庭の端――

土煙の残るその一角に、妙に不自然なものが見えた。

 

「……あっ」

 

思わず、声が漏れる。

 

 

 

そこには、地面に半ばまで埋まったままの、見覚えのある大きな足が――ぽつんと、しかし妙に存在感を放ちながら突き出ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぁーーっ!!!」

 

勢いよくフラスコをあおり、デデデ大王は中身を一気に飲み干す。

 

次の瞬間、体に走っていた傷がじわりと塞がっていき、裂けていた皮膚も、鈍く残っていた痛みも、まるで最初からなかったかのように消えていった。

 

「……ふぅ」

 

小さく息を吐きながら、空になったフラスコを手の中で転がす。

 

(やっぱり慣れんな、この味は……)

 

顔をしかめかけたその時。

 

「デデデ大王さん、怪我は大丈夫?どこも痛くない?」

 

心配そうに見上げてくるイブキに気づき、表情を緩める。

 

「ああ、お陰様でバッチリだぞ!」

 

そう言ってフラスコを脇に置くと、大きな手でイブキの頭を軽くぽんぽんと撫でた。

 

「えへへ……」

 

嬉しそうに笑うイブキの様子に、場の空気がほんの少し和らぐ。

 

 

それとは対照的に、

 

「ええいイロハ! 戻るぞ!」

 

勢いよく扉を開け、マコトが吐き捨てるように言い放つ。

 

口論が一段落したのか、それとも単に言い返せなくなったのか――いずれにせよ、その足取りはどこか苛立ちを引きずっていた。

 

「はぁ……」

 

その背中を見送りながら、イロハは小さくため息をつく。

一部始終を見ていたからこそ出る、どこか呆れたような息だった。

 

やがて気持ちを切り替えるように、イブキへと視線を向ける。

 

「イブキ。避難場所に戻りますよ」

 

「はーい!」

 

ててて、と小走りで近づき、小さな手でイロハの手をきゅっと掴む。

そしてそのまま振り返り、

 

「またお話聞かせてね~!」

 

と、無邪気に手を振りながら部屋を後にしていった。

 

 

「あー……癒されたわい」

 

ぽつりと零れたその言葉には、どこか本音が滲んでいた。

それを聞いたヒナが、わずかに眉を上げる。

 

「……随分と慣れてるのね」

 

「む?」

 

デデデ大王は一瞬きょとんとした後、肩をすくめる。

 

「まぁ、普段から部下どもにやっとるからなぁ」

 

どこか得意げとも取れる口調。

 

だがその言葉とは裏腹に、先ほどの手つきには、戦場の荒々しさとは違う、確かな優しさが滲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて……邪魔者もいなくなっ……コホン、メンバーも揃ったことですし、一度、状況を整理しましょう」

 

軽く咳払いを挟みながら、アコは手元の資料へと視線を落とす。

先ほどまでの騒がしさが嘘のように、室内の空気が引き締まった。

 

「シロコさんから提供された情報によると、空に浮かぶ“黒い星”――そこが、ダークマターの発生源である可能性が極めて高いとのことです」

 

「……ん」

 

短く頷くシロコ。

その視線は既に次の行動を見据えている。

 

「そしてその星に構えている"ゼロ"という存在。こちらが昨日シャーレに襲撃をかけた張本人です」

 

「ゼロ...」

 

デデデ大王は歯を嚙み締めた。

かつて二度に渡ってカービィが倒した存在が生きていたという事実に。

 

「その星へ到達する手段として……先ほどミレニアムから提供された機体――」

 

一瞬だけ言葉を探すように視線が泳ぎ、

 

「……『ドラグーンMk-Ⅱ』を使用します」

 

その名を口にした瞬間、何人かの表情がわずかに変わる。

 

「まさか……あの伝説のエアライドマシンを、再現どころか実用化してしまう者がいるとはな……一度会ってみたいものだ」

 

低く呟いた声には、驚きと呆れが半分ずつ混じっていた。

 

「ぽよ」

 

その横で、シロコの肩にちょこんと乗っているカービィが、小さく頷く。

まるで「それくらい当然」とでも言いたげな、どこか誇らしげな仕草だった。

 

「はいは~い、しつも~ん」

 

場の空気を和らげるように、ホシノがゆるく手を上げる。

 

「その“ドラグーン”ってやつに、何人くらい乗れるのかなぁ」

 

気の抜けた調子とは裏腹に、問いの内容は極めて現実的だった。

 

アコは一度資料へと視線を落とし、確認する。

 

「マニュアルによりますと……搭乗可能人数は、およそ五名です」

 

「それに加えて――」

 

横からセイアが静かに言葉を継ぐ。

 

「中央部に収納スペースがあってね。体格次第ではあるが、小柄な者であれば三名ほどは収まる余地があるようだ」

 

その補足に、何人かが小さく頷いた。

 

「なるほどねぇ……」

 

ホシノは顎に手を当て、ゆるく目を細める。

 

「では――」

 

アコが資料を閉じ、視線を上げる。

 

「搭乗する人員を、ここで決定します」

 

その一言で、室内の空気が再び張り詰める。

 

誰が行くのか。誰が残るのか。

その選択が、この先の戦局を左右することは明らかだった。

 

「――わしとカービィは、行かねばならん」

 

静寂を破るように、力強い声が響く。

振り向いた先で、デデデ大王が腕を組み、堂々と立っていた。

 

「こちらの世界に迷惑をかけた以上……ケリはワシ達で付けたい」

 

その言葉には、いつもの豪胆さだけでなく、はっきりとした責任の意志が込められている。

 

 

「ん。私も行く」

 

短く、しかし迷いのない声。

シロコが一歩前へ出る。

 

その動きに、イオリが思わず眉をひそめた。

 

「大丈夫なのか?……認めたくはないけど、相手は委員長以上の強さかもしれないんだぞ?」

 

わずかに滲むのは、苛立ちというよりも警戒と心配だった。

 

「敵が強いからって、指を咥えて見てるだけなんてしたくない」

 

シロコは静かに言い返す。

その瞳には揺らぎがない。

 

「先生を助けたいの」

 

その一言は、余計な言葉を一切必要としなかった。

ただ真っ直ぐで、誰よりも強い理由だった。

 

「私も行くわ」

 

続けてヒナが前に出る。

その足取りは静かだが、確固たるものだった。

 

「先生を助けたいのは、皆一緒よ」

 

短い言葉。だが、その中に含まれた責任と覚悟は重い。

 

「ん」

 

シロコとヒナの視線が交わる。

言葉はなくとも、互いの意志を確認するには十分だった。

 

「ホシノ先輩も行こう?」

 

シロコが振り返る。

その声には、どこか当然のような響きがあった。

 

だが――

 

「いや、おじさんは遠慮しとくよ」

 

ホシノは肩の力を抜いたまま、軽く手を振ってみせる。

その口調はいつも通り気の抜けたものだったが、その目だけはわずかに鋭さを帯びていた。

 

「なんで?」

 

シロコが首を傾げる。

 

「おじさんだって先生を助けたいのは山々だよ」

 

ホシノは一度視線を伏せ、ゆっくりと続ける。

 

「でもさ、もしも――シロコちゃん達が負けちゃった時のこと、考えてみて」

 

その言葉に、場の空気がわずかに重く沈む。

ホシノの目が、静かに細められる。

 

「ヒナちゃんが操られちゃったとき、おじさんが戦って何とか元に戻せたでしょ?」

 

軽く言っているようで、その裏にある緊張は誰もが理解していた。

 

「でも――おじさんまで操られちゃったら……」

 

そこまで言いかけて、言葉が止まる。

 

その先は、言わなくても分かる。

だからこそ、誰も口を挟まなかった。

 

「つまり……最悪の結果を事前に止める、と」

 

アコが小さく呟く。

整理するようなその言葉に、ホシノは軽く肩をすくめた。

 

「そ。それとさ、地上にまだダークマターが攻めてこない保証も無いしね~」

 

あえて軽い調子で付け加える。

だが、その選択がどれほど重いものかは、誰の目にも明らかだった。

 

「私もここに残る。慣れた場所の方が戦いやすいし」

 

短くそう言って、イオリも壁に背を預ける。

その横顔には、戦場を見据える者の冷静さがあった。

 

「了解しました。では……残りのメンバーは――あら?」

 

アコが言葉を続けかけた、その瞬間だった。

 

窓の外、遠くの空を横切るように――

キラン、と鋭い青い光が一閃する。

 

一瞬の出来事。

だが、その光は確かに何かの存在を示していた。

 

誰もが思わず視線を向ける。

張り詰めていた空気が、別の緊張へとすり替わった。

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