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セイアは迷いのない足取りで廊下を進み、やがて風紀委員会室の前で立ち止まる。
内側からは、すでにただならぬ気配が漏れ出していた。
小さく息を吐き――
ドアノブを回す。
そのまま、静かに扉を開けた。
「なぜ校舎がこんなにボロボロなのだ!?」
中に入った瞬間、鋭い怒声が飛び込んできた。
室内では、アコとマコトが向かい合い、完全に言い争いをしている最中だった。
「ですから! ダークマターの危険性については事前に報告しましたよね!?」
アコが机を叩く勢いで身を乗り出す。
「それを踏まえた上でのこの被害です! むしろ、この程度で済んだなら安い方ですよ!」
「だからと言って限度があるだろう!? 校舎の半分が倒壊しているのだぞ!」
「それでも生徒の被害が最小限に抑えられているんです! 優先順位を考えてください!」
互いに一歩も引かない。
言葉がぶつかり合い、空気がぴりぴりと張り詰めている。
その少し離れた位置で――
「元気だねぇ~」
壁にもたれかかりながら、ホシノが気の抜けた声で呟く。
「……なんか申し訳ないわね…」
「いやいや~、ヒナちゃんは操られてたんだからしょうがないって」
ホシノは軽く手を振りながら、いつもの調子で返す。
そのやり取りのすぐ横で、なおもアコとマコトの言い合いは続いていた。
どちらも一歩も引かず、押しも引きもしないまま言葉を重ねていく――そんな状態が、数分ほど続いた頃。
不意に、イブキがイロハの裾をぎゅっと掴んだ。
「イブキ、どうしたんです?」
イロハがしゃがみ込み、顔を覗き込む。
だがそこにあったのは、いつもの無邪気な笑顔ではなかった。
少しだけ、不安げで、寂しそうな表情。
「……デデデ大王さんが、いない……」
ぽつりと零れたその言葉に、ヒナがきょとんとする。
「デデデ大王……?」
聞き返したその瞬間。
ヒナの中で、何かが引っかかった。
意識を取り戻した直後の光景が、ぼんやりと脳裏に蘇る。
崩れた校舎、散乱した瓦礫――そして、確かに“何か”があったはず。
その違和感を確かめるように、ヒナは無言で窓へと歩み寄る。
カーテンをわずかに払い、外へと視線を向ける。
校庭の端――
土煙の残るその一角に、妙に不自然なものが見えた。
「……あっ」
思わず、声が漏れる。
そこには、地面に半ばまで埋まったままの、見覚えのある大きな足が――ぽつんと、しかし妙に存在感を放ちながら突き出ていた。
「かぁーーっ!!!」
勢いよくフラスコをあおり、デデデ大王は中身を一気に飲み干す。
次の瞬間、体に走っていた傷がじわりと塞がっていき、裂けていた皮膚も、鈍く残っていた痛みも、まるで最初からなかったかのように消えていった。
「……ふぅ」
小さく息を吐きながら、空になったフラスコを手の中で転がす。
(やっぱり慣れんな、この味は……)
顔をしかめかけたその時。
「デデデ大王さん、怪我は大丈夫?どこも痛くない?」
心配そうに見上げてくるイブキに気づき、表情を緩める。
「ああ、お陰様でバッチリだぞ!」
そう言ってフラスコを脇に置くと、大きな手でイブキの頭を軽くぽんぽんと撫でた。
「えへへ……」
嬉しそうに笑うイブキの様子に、場の空気がほんの少し和らぐ。
それとは対照的に、
「ええいイロハ! 戻るぞ!」
勢いよく扉を開け、マコトが吐き捨てるように言い放つ。
口論が一段落したのか、それとも単に言い返せなくなったのか――いずれにせよ、その足取りはどこか苛立ちを引きずっていた。
「はぁ……」
その背中を見送りながら、イロハは小さくため息をつく。
一部始終を見ていたからこそ出る、どこか呆れたような息だった。
やがて気持ちを切り替えるように、イブキへと視線を向ける。
「イブキ。避難場所に戻りますよ」
「はーい!」
ててて、と小走りで近づき、小さな手でイロハの手をきゅっと掴む。
そしてそのまま振り返り、
「またお話聞かせてね~!」
と、無邪気に手を振りながら部屋を後にしていった。
「あー……癒されたわい」
ぽつりと零れたその言葉には、どこか本音が滲んでいた。
それを聞いたヒナが、わずかに眉を上げる。
「……随分と慣れてるのね」
「む?」
デデデ大王は一瞬きょとんとした後、肩をすくめる。
「まぁ、普段から部下どもにやっとるからなぁ」
どこか得意げとも取れる口調。
だがその言葉とは裏腹に、先ほどの手つきには、戦場の荒々しさとは違う、確かな優しさが滲んでいた。
「さて……邪魔者もいなくなっ……コホン、メンバーも揃ったことですし、一度、状況を整理しましょう」
軽く咳払いを挟みながら、アコは手元の資料へと視線を落とす。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、室内の空気が引き締まった。
「シロコさんから提供された情報によると、空に浮かぶ“黒い星”――そこが、ダークマターの発生源である可能性が極めて高いとのことです」
「……ん」
短く頷くシロコ。
その視線は既に次の行動を見据えている。
「そしてその星に構えている"ゼロ"という存在。こちらが昨日シャーレに襲撃をかけた張本人です」
「ゼロ...」
デデデ大王は歯を嚙み締めた。
かつて二度に渡ってカービィが倒した存在が生きていたという事実に。
「その星へ到達する手段として……先ほどミレニアムから提供された機体――」
一瞬だけ言葉を探すように視線が泳ぎ、
「……『ドラグーンMk-Ⅱ』を使用します」
その名を口にした瞬間、何人かの表情がわずかに変わる。
「まさか……あの伝説のエアライドマシンを、再現どころか実用化してしまう者がいるとはな……一度会ってみたいものだ」
低く呟いた声には、驚きと呆れが半分ずつ混じっていた。
「ぽよ」
その横で、シロコの肩にちょこんと乗っているカービィが、小さく頷く。
まるで「それくらい当然」とでも言いたげな、どこか誇らしげな仕草だった。
「はいは~い、しつも~ん」
場の空気を和らげるように、ホシノがゆるく手を上げる。
「その“ドラグーン”ってやつに、何人くらい乗れるのかなぁ」
気の抜けた調子とは裏腹に、問いの内容は極めて現実的だった。
アコは一度資料へと視線を落とし、確認する。
「マニュアルによりますと……搭乗可能人数は、およそ五名です」
「それに加えて――」
横からセイアが静かに言葉を継ぐ。
「中央部に収納スペースがあってね。体格次第ではあるが、小柄な者であれば三名ほどは収まる余地があるようだ」
その補足に、何人かが小さく頷いた。
「なるほどねぇ……」
ホシノは顎に手を当て、ゆるく目を細める。
「では――」
アコが資料を閉じ、視線を上げる。
「搭乗する人員を、ここで決定します」
その一言で、室内の空気が再び張り詰める。
誰が行くのか。誰が残るのか。
その選択が、この先の戦局を左右することは明らかだった。
「――わしとカービィは、行かねばならん」
静寂を破るように、力強い声が響く。
振り向いた先で、デデデ大王が腕を組み、堂々と立っていた。
「こちらの世界に迷惑をかけた以上……ケリはワシ達で付けたい」
その言葉には、いつもの豪胆さだけでなく、はっきりとした責任の意志が込められている。
「ん。私も行く」
短く、しかし迷いのない声。
シロコが一歩前へ出る。
その動きに、イオリが思わず眉をひそめた。
「大丈夫なのか?……認めたくはないけど、相手は委員長以上の強さかもしれないんだぞ?」
わずかに滲むのは、苛立ちというよりも警戒と心配だった。
「敵が強いからって、指を咥えて見てるだけなんてしたくない」
シロコは静かに言い返す。
その瞳には揺らぎがない。
「先生を助けたいの」
その一言は、余計な言葉を一切必要としなかった。
ただ真っ直ぐで、誰よりも強い理由だった。
「私も行くわ」
続けてヒナが前に出る。
その足取りは静かだが、確固たるものだった。
「先生を助けたいのは、皆一緒よ」
短い言葉。だが、その中に含まれた責任と覚悟は重い。
「ん」
シロコとヒナの視線が交わる。
言葉はなくとも、互いの意志を確認するには十分だった。
「ホシノ先輩も行こう?」
シロコが振り返る。
その声には、どこか当然のような響きがあった。
だが――
「いや、おじさんは遠慮しとくよ」
ホシノは肩の力を抜いたまま、軽く手を振ってみせる。
その口調はいつも通り気の抜けたものだったが、その目だけはわずかに鋭さを帯びていた。
「なんで?」
シロコが首を傾げる。
「おじさんだって先生を助けたいのは山々だよ」
ホシノは一度視線を伏せ、ゆっくりと続ける。
「でもさ、もしも――シロコちゃん達が負けちゃった時のこと、考えてみて」
その言葉に、場の空気がわずかに重く沈む。
ホシノの目が、静かに細められる。
「ヒナちゃんが操られちゃったとき、おじさんが戦って何とか元に戻せたでしょ?」
軽く言っているようで、その裏にある緊張は誰もが理解していた。
「でも――おじさんまで操られちゃったら……」
そこまで言いかけて、言葉が止まる。
その先は、言わなくても分かる。
だからこそ、誰も口を挟まなかった。
「つまり……最悪の結果を事前に止める、と」
アコが小さく呟く。
整理するようなその言葉に、ホシノは軽く肩をすくめた。
「そ。それとさ、地上にまだダークマターが攻めてこない保証も無いしね~」
あえて軽い調子で付け加える。
だが、その選択がどれほど重いものかは、誰の目にも明らかだった。
「私もここに残る。慣れた場所の方が戦いやすいし」
短くそう言って、イオリも壁に背を預ける。
その横顔には、戦場を見据える者の冷静さがあった。
「了解しました。では……残りのメンバーは――あら?」
アコが言葉を続けかけた、その瞬間だった。
窓の外、遠くの空を横切るように――
キラン、と鋭い青い光が一閃する。
一瞬の出来事。
だが、その光は確かに何かの存在を示していた。
誰もが思わず視線を向ける。
張り詰めていた空気が、別の緊張へとすり替わった。