桃色の軌跡   作:逆襲

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くらやみのへやのなかで

角度はほとんど直角に近いまま、ドラグーンは空を貫くように上昇を続けていく。

衰えを知らない加速に押し上げられ、地上はすでに遠く、風の唸りさえ次第に遠のいていた。

 

「高度1000m突破!」

 

メタナイトの声が鋭く響く。

短い報告だったが、その声音には状況を完全に掌握している冷静さが滲んでいた。

 

足元の景色は、もはや細部を失い、色の塊へと変わりつつある。

ここから落ちれば、無事では済まない――そんな高さに、すでに達していた。

 

「まだ奴らの星は見えんな……」

 

デデデ大王が空を見上げ、低く呟く。

その視線の先に広がるのは、どこまでも続く青だけだった。

 

その瞬間だった。

 

ふと、ヒナの胸に小さな違和感が浮かぶ。

見過ごせない、しかし言葉にするには僅かな引っかかり。

 

「……ねぇ」

 

ぽつりと零れた声は、いつもよりわずかに慎重だった。

 

「私たち、これから星に向かうのよね」

 

「……? うん」

 

シロコがわずかに首を傾げる。

今さら何を?、という反応だった。

 

だがヒナは視線を空に向けたまま、静かに続ける。

 

「ということは……このまま大気圏も抜ける、ということよね」

 

その一言で、空気がわずかに張り詰めた。

 

「……あ」

 

シロコの目がわずかに見開かれる。

言われて初めて、その当然の帰結に思い至る。

 

「……このままだと、呼吸できなくなる?」

 

落ちた言葉に、小さな沈黙が広がる。

 

 

その瞬間――

ピッ、と小さな電子音が鳴った。

 

『こちらセイアだ。聞こえているか?』

 

通信越しに届く、落ち着いた声。

状況を見透かしたかのようなタイミングだった。

 

「セイアちゃん?どうしたの?」

 

『いや、通信の確認だよ。問題なく繋がっているようだね』

 

わずかに安堵を含んだ声音。

 

「ちょうどいいわ。ひとつ確認したいことがある」

 

ヒナが間を置かずに切り出す。

 

『構わないよ』

 

「このまま上昇を続ければ、大気圏を抜けるはずよね。その時、呼吸はどうなるの?」

 

『ああ、その点なら問題ない』

 

「問題ない?」

 

わずかな疑念を含んだ問い返し。

 

『ドラグーンMk-Ⅱには、周囲に生存可能な環境を自動生成する機能があるようだ。それが機能していないのなら――今頃、君たちはとっくに振り落とされている。……いや、ミカなら耐えるかもしれないが』

 

「ちょっとセイアちゃん~?それどういう意味かな~☆」

 

ミカが頬を膨らませ、不満げに声を上げる。

 

「……風」

 

シロコが小さく呟いた。

 

その一言に、全員の意識が自然と周囲へ向く。

 

確かに――これだけの速度で上昇しているにもかかわらず、身体を叩きつけるような風圧はほとんど感じられない。

髪がわずかに揺れる程度で、暴風に晒されている感覚はなかった。

 

「言われてみれば……」

 

ヒナも静かに周囲を見渡す。

違和感の正体が、ようやく輪郭を持つ。

 

『簡単に言えば、バリアのようなものだ。その内側であれば、大気圏の外に出ても問題なく行動できる』

 

「……それ、さらっと言ってるけど、とんでもないことじゃない?」

 

「まぁ、ワシらは宇宙でも問題なく活動はできるからなぁ」

 

「えぇ…」

 

ドラグーンは変わらず、迷いなく上昇を続ける。

 

見上げる先の空は、すでに青を越え、深く、どこまでも暗い色へと移ろい始めていた。

 

 

 

 

 

 

----------------------------------------

 

 

「……ん、んぅ……」

 

黒一色の闇の中で、ゆっくりと意識が浮かび上がる。

長く眠っていたのか、体の節々に鈍い痛みが残っていた。

 

視界に広がるのは、どこまでも続く暗闇。

輪郭すら掴めず、空間の広ささえ分からない。

 

手探りでスマートフォンを取り出し、ライトを点ける。

白い光が闇を押しのけ、周囲の様子をわずかに照らし出した。

 

浮かび上がったのは、無機質な壁に囲まれた狭い空間。

そして正面には、出口と思しき場所を塞ぐように――牢屋のような格子がはめ込まれている。

 

(……ここは、牢屋……?)

 

小さく息を呑みながら、格子へと近づく。

冷たい鉄に触れ、その隙間から外の様子を覗き込んだ。

 

だが見えるのは、同じように暗い空間だけ。

物音も気配も乏しく、ここがどこなのか手がかりは何一つ得られない。

 

(確か……メタナイトさんの仲間と合流するために、シャーレに……)

 

そこまで思い出したところで、記憶が途切れる。

それ以降が、まるで切り取られたかのように思い出せなかった。

 

その時――

かすかに、何かの音が響いた。

 

足音のような、あるいは何かが擦れるような音。

静まり返った空間の中で、それはやけに大きく感じられた。

 

反射的にライトを消す。

視界は再び闇に沈み、何も見えなくなる。

 

すぐさま体を低くし、先ほどまで倒れていた場所へと身を伏せた。

息を殺し、気配を消すようにじっと動かない。

 

やがて――

闇の向こうから近づいてきた気配は、そのまま格子扉のすぐ目の前で止まった。

目に見えないはずなのに、そこに“何か”が立っていると、肌で分かる。

 

息を殺す。

 

胸の奥がじわじわと苦しくなり、それでも微かな呼吸すら漏らさないよう必死に抑え込む。

 

どれほどの時間が経ったのか分からない。

 

数秒にも、あるいはそれ以上にも感じられる沈黙の中――

肺が限界を迎えかけた、その時。

 

≪……異常無し≫

 

低く、無機質な声が聞こえる。

直後、足音が遠ざかっていく。

 

気配もまた、ゆっくりと闇の奥へと溶けていった。完全にそれが消えたのを確かめてから、ようやくナギサは溜め込んでいた息を吐き出す。

 

「はぁ……はぁ……」

 

肺が焼けるように熱い。だが、それ以上に胸の内に残ったのは、はっきりとした確信だった。

 

(この気配……)

 

以前にも感じたことのある、あの禍々しさ。

 

「やはり……ダークマター……」

 

小さく呟き、乱れた呼吸を整えながら状況を組み立てていく。黒い牢のような空間、見回りをしている存在、そして先ほどの言葉。加えて、自分は意識を失っていた。

 

(となると……)

 

導かれる結論は一つしかない。

 

(私は……いえ、シャーレにいた人員すべてが、攫われた……?)

 

胸の奥がざわつく。

 

そこにいたのはキヴォトスでも一二を争う力を持った生徒。

それらを洗脳されてしまえばひとたまりも無いだろう。

 

だが、ナギサは更に別の事に気が付く。

シャーレにいた中で、戦闘力の低い人物。セイアより力が無く体も脆い人物。

 

嫌な予感が、はっきりとした形を持つ。

 

「先生……!」

 

思わず零れたその名と同時に、最悪の想像が頭をよぎり、心臓が強く脈打った。

 

気づけば、ナギサは立ち上がっていた。

だが、この部屋から出られなければ何も始まらない。扉と思しき格子に手をかける。冷たく重い感触が指先に伝わるが、どれだけ力を込めてもびくともしない。

 

鍵穴らしきものも見当たらない。

 

(鍵で閉じられている……というより……)

 

指先に伝わる違和感に、わずかに眉をひそめる。

 

(何かの力で、押さえつけられている……?)

 

目には見えない圧のようなものが、格子全体を覆っているようだった。単なる物理的な拘束ではない。その事実が、この空間の異様さをより際立たせている。

 

ナギサは静かにホルスターへ手を伸ばした。

 

(……銃は奪われてはいないようですね)

 

冷たい感触と共に引き抜かれた銃は、幸いにもそのまま残されていた。

 

その事実に小さく安堵する。もっとも、それが油断から来るものなのか、あるいは別の意図があるのかは分からない。

 

ゆっくりと格子へ視線を向ける。

 

(これで……接合部分を破壊できれば……)

 

だが、その考えと同時に、別の現実が頭をよぎった。

 

発砲音は確実に響く。この静寂の中ではなおさらだ。見張りが駆けつけてくるのに、そう時間はかからないだろう。

 

もし見つかれば――何をされるか分からない。

 

ここがどこなのかも不明。敵の数も、戦力も、何一つ把握できていない。そもそも銃で扉を開けられるかどうかも分からない。

そんな状況で自らの存在を知らせるのは、冷静に考えれば愚策に近かった。

 

それでも。

この場に留まり続ければ、今この瞬間に先生を見捨てることになるかもしれない。

状況が好転するようにも思えない。

 

ナギサは静かに息を吸い込む。

そして、引き金に指をかけた。

 

銃口がゆっくりと持ち上がり、格子と壁の接合部へと照準が定められていく。

呼吸を抑え、わずかな手の震えすら押し殺しながら、引き金にかけた指へと意識を集中させる。

この一発で状況が動くか、それとも――すべてを悪化させるか。

静まり返った闇の中で、その選択だけがやけに重くのしかかっていた。

 

 

 

そのときだった。

すぐ隣の空間から、ごく微かな物音が響く。

 

反射的に身を低くする。

床に体を伏せ、息を潜める動作は、もはや考えるより先に体が動いていた。

 

だが――先ほど感じたような、あの禍々しい気配はない。

張り詰めていた神経が、わずかに違和感を拾い上げる。

 

 

 

やがて、その沈黙を破るように、小さなうめき声が漏れた。

 

「……う、う~ん……」

 

かすれた声が、隣の闇から滲み出るように響く。

その一言だけで、曖昧だった輪郭がはっきりと形を結んだ。

 

ナギサは息を潜めたまま、静かに目を細める。

胸の奥で、確信がゆっくりと沈み込んでいく。

 

(確か……メタナイトさんのお仲間の……バンダナワドルディさん……でしたか)

 

同じ場所に囚われた存在。

その事実は、孤立していた状況にわずかな繋がりをもたらすが、同時にこの場の異様さをより濃く浮かび上がらせた。

 

(どうにかして、あちらに私の存在が伝われば……)

 

思考を巡らせた、その直後だった。

 

再び、あの音。

乾いた床を擦るような、不快な気配が複数、ゆっくりと近づいてくる。

 

≪えーっと……次は……奥のあいつだな≫

 

低く、気だるげな声。

先ほどとは別の個体だが、空間を満たす不気味さは変わらない。

 

ナギサは微動だにせず、そのままやり過ごす。

気配は何かを引きずるような音を伴いながら進み――

 

彼女の牢の前を通り過ぎ、隣で止まった。

 

「あっ……! お前!……とシグレ!?」

 

弾けるような声。

拘束されてなお、その反応には一切の迷いがない。

 

≪ちょうど目が覚めたか…また眠らすのも面倒だ。このまま連れていくか≫

 

淡々としたやり取り。

その軽さが、逆に底知れない不気味さを帯びていた。

 

「なんの話だ! シグレに何をした!」

 

怒声が響く。

格子を叩く激しい音が、閉ざされた空間に反響し、空気を震わせる。

 

≪騒々しいな……おとなしく付いてこい≫

 

無機質な声と同時に、金属が擦れる音。

格子が開かれた気配が、はっきりと伝わってきた。

 

「やめろ!離せ!」

 

引きずられる音。

抵抗する声が、通路の奥へと引き延ばされていく。

 

(このままでは……!)

 

思考が、一点に収束する。

迷いはなかった。

 

ナギサは音を立てないよう、ゆっくりと体を起こす。

指先に意識を集中させながら、スマートフォンを構える。

 

狙うのは――一瞬。

 

気配が、自分の牢の正面を横切ろうとした、その刹那。

 

指先が、鋭く動いた。

 

闇を裂くように、強烈な光が放たれる。

スマートフォンのライトが最大出力で点灯し、閉ざされた空間を一瞬だけ白く染め上げた。

 

≪ぐっ……!?≫

 

唐突な光に、ダークマターの動きが止まる。

ほんの一瞬、わずかな隙。

 

その機を、ナギサは逃さない。

 

すでに手にしていた銃を、滑らかに持ち上げる。

照準は迷いなく定まり、呼吸もまた静かに整っている。

 

脳裏をよぎるのは、あの時の光景。

メタナイトを守るため、余裕もなく引き金を引いたあの瞬間。

 

だが今は違う。

これは、自分の意志で選び取った一手。

 

引き金が、引かれた。

 

≪があっ!?≫

 

銃声が、閉ざされた空間を鋭く切り裂く。

弾丸は狙い違わずダークマターの中心を撃ち抜き、大きくのけぞった。

 

「うわっ!?」

 

衝撃で拘束が緩み、バンダナワドルディと、もう一つの影が床へと崩れ落ちる。

鈍い音が重なり、静まり返っていた闇に短く響いた。

 

(あの制服…レッドウィンターの…?いえ、今は関係ありません!)

 

ナギサは銃口を下ろさない。

視線を逸らすこともなく、そのまま声を張る。

 

「バンダナワドルディさん! 今のうちに、その方を連れてお逃げください!」

 

張り詰めた声が、闇の中をまっすぐに貫いた。

 

≪ぐっ……! させるか……っ!≫

 

よろめきながらも、ダークマターが再び二人へと手を伸ばす。

その動きは鈍いが、執念だけは失われていない。

 

「させません!」

 

間髪入れず、引き金を引く。

二発目の銃声が重なり、弾丸は再びダークマターを撃ち抜いた。

 

≪ぐあっ……!?≫

 

衝撃に、その身体が大きく揺らぐ。

わずかに生まれた空白の時間。

 

「早く! 私が押さえているうちに!」

 

切迫した声が、背を押す。

 

「誰だか思い出せないけど……ありがとう! 必ず助けに戻るから!!」

 

バンダナワドルディは叫びながら、倒れているシグレを抱え上げる。

そのまま迷いなく身を翻し、通路の奥へと駆け出した。

 

足音が遠ざかっていく。

乾いた音は次第に小さくなり、やがて完全に闇の中へと溶けていった。

 

残されたのは、再び静寂。

だが、その静寂は長くは続かない。

 

≪き……さ……ま……!≫

 

低く、掠れた唸り声。

怒りを滲ませながら、ダークマターがゆっくりと体勢を立て直していく。

 

ナギサは小さく息を整える。

銃口は、すでに次の一手を待つように据えられていた。

 

「普段から、お部屋は明るくしておくことをお勧めします」

 

皮肉を込めつつ、再び指を引き金へとかけた。

 

「……致命的な見落としを、してしまうかもしれませんから」




暗いステージにもワドルディが出るので、ほぼオリジナル設定としてワドルディは暗くても見える設定を取っています。
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