真っ白な空間で、意識がゆっくりと浮かび上がる。
足元の感覚は曖昧で、立っているのか、浮いているのかさえ判然としない。
視界のすべてが白に塗り潰され、自分の影すら存在しない。
ただ、どこまでも均一な白が広がっている。
「ここは……」
声を出したはずなのに、その響きは妙に薄い。
吸い込まれるように消えていき、返ってくる気配がない。
空間そのものが、音を拒んでいるようだった。
「モモイ? ミドリ? ユズ? 先生?」
名前を呼ぶ。
だが、応答はない。
本来ならすぐ近くにいたはずの存在が、どこにも見当たらない。
それどころか、“誰かがいた痕跡”すら、この空間には残っていなかった。
静寂が、じわじわと輪郭を持ち始める。
“何も存在していない”からこそ生まれる、異質な静けさだった。
そのとき――
視界の奥に、わずかな違和感が差し込む。
白の中に、白ではない何か。
いつからそこにいたのかも分からない。
気づいた時には、すでにそこへ立っていた。
真っ白な髪の少女。
足元へ届くほど長く垂れた髪は、周囲の白と溶け合い、輪郭を曖昧にしている。
肌も同様に白く、血の気という概念そのものが欠落しているかのようだった。
生きているのかすら、判別がつかない。
「こんにちは!ここは――」
声をかけようとしたその瞬間。
少女が、ゆっくりとこちらを向く。
そして――目が合う。
真っ白な世界の中で、そこだけが深く沈んでいる。
白い紙に、インクを垂らしたような黒。
そして何より、その顔は自分そっくりだった。
あの時見た、ケイの姿のように。
「えっ...」
それを認識した途端、意識は再び闇へと落ちていった。
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≪ゼロ様。ご気分はいかがでしょうか≫
声が、静かな空間に落ちる。
ゆっくりと腕を持ち上げる。
視線を落とした先にあるのは、細く、しなやかな腕。
だが、その内側に宿るものは、見た目とは釣り合わない。
触れる前から分かる。そこに満ちているのは、圧倒的な力だった。
わずかに指を動かすだけで、空気が軋むような錯覚が走る。
「ふむ……悪くない」
低く呟き、玉座から立ち上がる。
足を踏み出すたびに、空間そのものが従うように静まり返る。
背中を流れる白い長髪が、ゆるやかに揺れた。
その姿は、かつてのどの存在とも一致しない。
形を持ちながら、どこか現実から乖離している。
(力が溢れている……)
胸の内で、静かに思考が巡る。
(かの地の妖精の王……いや…)
比較対象が意味を成さないほどの手応え。
抑え込まれているはずの力でさえ、この感覚。
≪可能な限り調整は施しましたが、先程ご説明した通り……全ての力を解放できるわけではありません≫
淡々とした報告。
だが、その声音にはわずかな緊張が混じっていた。
「構わぬ。これだけの力があれば、あの桃玉を恐れる必要はあるまい」
そのまま数歩前へ歩く。
「試しに……この力を使ってみるとしよう」
白い腕をゆっくりと掲げる。
細く、儚げにすら見えるその指先に、しかし確かな“何か”が集まり始めていた。
次の瞬間――
床が、音もなく歪む。
石とも金属ともつかない床材が、内側から押し上げられるように隆起する。
砕けるでもなく、崩れるでもなく、まるで粘土のように形を変えながら、滑らかに構造を組み替えていく。
柱のように伸びたそれは、やがて先端に向かって収束し――
鋭く、細く、研ぎ澄まされていく。
やがて物体の動きが止まったとき。
そこにあったのは、小さな体格には不釣り合いなほど巨大な剣だった。
黒を基調とした刃は異様なまでに整っており、無骨さとは無縁の、美しさすら感じさせる造形。
まるで、おとぎ話に出てくる勇者の剣そのものだった。
≪おお……≫
周囲に控えていたダークマターたちから、声が漏れる。
畏怖とも感嘆ともつかぬ声だった。
だが、ゼロはそれに一切関心を示さない。
ただ静かに、己の手に生まれた剣を見上げる。
「……」
わずかに目を細める。
その刃に宿る力を確かめるように、指先で空気をなぞった。
思考の奥に、微かな引っかかりが残る。
この形、この均整――意図せず生まれたにしては、あまりにも完成されている。
(この小娘の記憶に引きずられたか)
「……まあよい」
だが、それ以上深く追うことはしなかった。
小さく呟き、剣へと力を込める。
すると――
刃は、音もなく崩れ始めた。
巨大な剣を形作っていた輝きが、砂のように細かくほどけていく。
輪郭を失った粒子は、逆流する水のように床へと吸い込まれ、やがて完全に消滅した。
そこには、何一つ残らない。
まるで最初から存在していなかったかのように。
静寂だけが広間を満たす。
白い指先をゆっくりと開閉しながら、自らの内に満ちる力の感覚を確かめる。
触れた感覚だけで理解できる。
これは単なる物質生成ではない。
分解し、再構築し、存在そのものを書き換える力。
まるで世界の法則へ直接干渉しているような感覚だった。
その時。
≪失礼します≫
低い声と共に、一匹のダークマターが玉座の間へ飛び込んできた。
≪どうした?今はゼロ様の――≫
咎めようとした声を、ゼロが片手で制する。
「構わん。話せ」
≪はっ……報告がございます≫
部屋に入ってきたダークマターは、その場で膝(?)をついた。
≪地上より、こちらへ向かってくる反応を確認しました≫
「ほう?」
ゼロがわずかに目を細める。
≪偵察に向かわせた部隊との通信も途絶しています。状況から見て……奴が向かってきていると考えるべきかと≫
その一言で、空気が変わった。
≪なんだと...≫≪あのピンク玉が...≫
ざわ、と周囲のダークマターたちがどよめく。
隠しきれない警戒と恐怖が広間に滲み出した。
だが――
ゼロだけは違った。
沈黙したまま、ゆっくりと口元を吊り上げる。
その笑みは愉悦に満ちていた。
「なるほど……」
黒い瞳が、静かに細められる。
白い髪を揺らしながら、ゼロはゆっくりと振り返った。
「ちょうどいい。この力――試してみるとしようか」
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「ダークマターの数が増えてきたな……」
眼下――いや、今となっては周囲の虚空を漂うように、無数のダークマターが迫ってくる。
黒い影は次から次へと現れ、まるで宇宙そのものが侵食されているかのようだった。
「だが、流石は対ダークマター用というべきか。わしらが何もしなくても、一匹残らず迎撃しとるわい」
デデデ大王が感心したように唸る。
実際、ドラグーンMk-Ⅱの周囲では、青白い光が絶えず瞬いていた。
近づいたダークマターを、自動迎撃の光弾が次々と撃ち抜いている。
爆ぜる黒。
散る光。
その光景を横目に、ドラグーンはなおも加速を続けていた。
「ぽよ~!」
先頭に立つカービィは、どこか楽しげですらある声を上げる。
だが、その視線だけは真っ直ぐ前を見据えていた。
既に大気圏は突破している。
周囲を覆う空は、完全に漆黒へと変わっていた。
遥か下方には、青い大地が小さく浮かんでいる。
「……流石に、高いわね」
ヒナが小さく息を漏らす。
普段なら冷静な彼女でさえ、眼下に広がる光景には僅かに息を呑んでいた。
「ん……あの時と、同じくらい……かな」
シロコがぽつりと呟く。
その言葉に、自然と取っ手を握る手へ力が入った。
その時。
「あれ? なんかレーダーから音鳴ってるよ?」
ミカが不思議そうに声を上げる。
ピッ、ピッ、と短い警告音。
小さかったそれは、急速に間隔を狭めていく。
「……っ!」
次の瞬間。
ドラグーンの横を、何かが凄まじい速度で掠めた。
機体が大きく揺れる。
「うわっ!?」
衝撃に悲鳴が上がる。
ミカたちは咄嗟に機体へしがみついた。
そのまま視線を横へ向け――全員が息を呑む。
そこには、黒い柱のようなものが一直線に伸びていた。
宇宙空間を裂くように貫かれた漆黒。
あまりにも巨大で、あまりにも異質な一撃だった。
「な、何が起こったの!?」
ミカの声に、メタナイトが鋭く反応する。
「この気配は……!」
マントが翻る。
「奴だ!」
直後。
再び漆黒の一撃が放たれる。
一つではない。
二本、三本と、連続してこちらへ襲いかかってきた。
空間そのものを貫くような攻撃。
回避が一瞬でも遅れれば、ドラグーンごと消し飛ばされかねない。
「ぽよ!」
だが、カービィは怯まない。
ドラグーンへ小さな手を添え、その巨体を自在に操っていく。
急旋回。
急加速。
常識外れの軌道変更を繰り返しながら、柱の隙間を縫うように駆け抜けた。
機体が鋭く傾くたび、漆黒の光条がすぐ傍を掠めていく。
もし直撃すれば、ひとたまりもない。
そんな威力を、本能が理解していた。
そのたびに、周囲の闇が不気味に軋む。
まるで宇宙そのものが抉られているかのようだった。
ドラグーンの速度はさらに上がっていく。
一直線。
黒い星へ向けて、まるで弾丸のように突き進む。
そして――
目前にまで迫った、その瞬間。
漆黒の柱が、真正面から放たれた。
次の瞬間。
黒い一撃が、ドラグーンの下腹部を正面から撃ち抜いた。
「ぽよっ!?」
衝撃。
機体全体が激しく軋み、バランスを大きく崩す。
ドラグーンが横転するように傾き、そのまま制御を失った。
「きゃあっ!?」
「くっ!しっかり掴まれ!」
悲鳴と怒号が入り混じる。
視界いっぱいに黒い星が迫り――
そのまま、ドラグーンは凄まじい勢いで墜落した。
「っ……いたた……」
鈍い痛みと共に、ヒナがゆっくりと顔を上げる。
視界の先では、砂煙にも似た黒い粒子がふわりと漂っていた。
墜落の衝撃は未だ大地に残っているのか、足元から微かな震動が伝わってくる。
「皆、無事か!?」
真っ先に立ち上がったメタナイトが、鋭く声を飛ばした。
「問題……ないわ」
ヒナが額を押さえながら短く答える。
「うん……なんとか……」
「ん……平気」
シロコたちも、それぞれ身体を起こしていく。
幸い、大きな怪我は無い。
だが、流石にあの速度での墜落だ。誰もが顔をしかめ、衝撃の余韻を引きずっていた。
メタナイトは小さく周囲を見渡した後、ゆっくりと振り返る。
そこには、黒い地面へ頭から突き刺さるように停止したドラグーンの巨体があった。
船体の後部だけが斜めに飛び出しており、どう見ても無事とは言い難い姿である。
(……よく爆発しなかったものだ)
半ば呆れたように呟きながら、メタナイトは格納庫のハッチへ向かう。
「三人とも、無事か?」
勢いよくハッチを開く。
すると――
「な、なんとか大丈夫だよぉ……」
「は、はい……怪我は……ありません……」
ふらふらとした足取りで、モモイとミドリが顔を出した。
そして、その後ろでは。
「……うぷ……」
ユズが完全に目を回していた。
今にもその場へ倒れ込みそうな顔色である。
「無事なら良かった」
メタナイトが短く息を吐いた、その時だった。
背後から、何やら騒がしい声が響く。
「ぽよー!」
「いだだだだっ!! おいカービィ! もっと優しく引っ張らんか!」
振り返る。
そこには、黒い地面へ頭から突き刺さったデデデ大王と、その両足を掴んで全力で引っ張るカービィの姿があった。
「ぽよ?」
カービィは不思議そうに首を傾げる。
だが、引っ張る力は全く弱まっていない。
「首がもげるわい!!」
(……やれやれ)
メタナイトは呆れたように肩を竦めると飛び上がり、デデデ大王の足を掴んだ。
そして、勢いよく、一気に引き抜いた。
間の抜けた音と共に、デデデ大王の身体が地面から引き抜かれる。
「ぶはっ!」
黒い砂を撒き散らしながら、デデデ大王が着地する。
「……最近ワシ、埋まりすぎではないか……?」
疲れたように呟くデデデ大王。
「いつもの事だ、気にするな」「ぽよ」
「……さてと」
シロコが静かに周囲を見回した。
広がるのは、どこまでも続く黒い大地。
岩も、建物も、草木すら存在しない。
見渡す限り“何もない”景色が広がっていた。
寂しい――という感覚すら薄れるほどの虚無。
だが、不思議と完全な暗闇ではない。
遥か上空で瞬く星々の光が、わずかにこの星を照らしていた。
その淡い光によって、地面だけがぼんやりと浮かび上がっている。
あれだけいたダークマターも、周囲には見当たらなかった。
「敵は……どこにいるんだろう……」
シロコが小さく呟く。
すると。
「ぽよ」
カービィが、すっと腕を前へ伸ばした。
まるで何かを指し示すように、そのまま迷いなく歩き始めた。
「あっち……?」
シロコが目を瞬かせる。
「皆の者、出発するぞ」
メタナイトが短く告げる。
その声に合わせるように、一行も動き出した。
「ユズちゃん、大丈夫?」
「う、うん……まだちょっとふらふらするけど……」
モモイとミドリに支えられながら、ユズもなんとか歩き出す。
気付けば、デデデ大王やメタナイトたちも、当然のようにカービィの後ろへ続いていた。
その様子を見ながら、ヒナがぽつりと口を開く。
「ねぇ、本当にこっちで合ってるの?」
問いかけられたデデデ大王は、腕を組みながら「む」と唸った。
「分からん」
あまりにも即答だった。
「えぇ……」
「だが、わしもこの先にいそうな気もする」
デデデ大王は、前を歩く小さな背中へ視線を向ける。
「奴らと何度も戦ってきたからな、何となくだがわかるような気がするんだ」
そう言って、デデデ大王も再び歩き出す。
黒い大地に、足音だけが静かに響いていた。
この小説を作ってる途中でデカグラ編の更新が来たため、本来の設定とは異なる点も出てくる可能性があります。予めご了承ください。
設定としては、変わらずアビドス3章後の設定を使用します。(最終編終了後)