桃色の軌跡   作:逆襲

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Black Suit

背後から、激しい金属音が幾重にも響いてくる。

剣と剣がぶつかり合う度に、通路の壁が震えるようだった。

 

デデデ大王たちは振り返らずに走り続けた。

背後からは時折、爆発にも似た衝撃音が聞こえる。

 

 

だが進むにつれ、その音は少しずつ小さくなっていった。

やがて金属音も聞こえなくなり、代わりに荒い呼吸だけが通路へ響く。

 

そこでようやく、デデデ大王は足を止めた。

皆もそれにつられるように足を止める。

 

「この辺りまで来りゃ十分か」

 

そう呟くと、ガウンの内側へ手を入れる。

取り出したのは小さなガラス瓶だった。

 

デデデ大王は迷いなく蓋を開けると、ぐったりとしているシグレの口へ中身を流し込んだ。

 

 

すると――

 

「ぶっ!?」

 

シグレの目が勢いよく見開かれた。

激しく咳き込みながら身体を起こす。

 

「にがっ……!な、何これ……」

 

「シグレ!」

 

バンダナワドルディが駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

 

「う、うん……」

 

まだ状況を飲み込めていない様子で周囲を見渡す。

 

「あれ…?私……さっき斬られたんじゃ……」

 

肩へ手を当てる。

そこに傷は残っているが、先程までの深刻な痛みはかなり薄れていた。

 

「念のため持ってきて正解だったわい」

 

デデデ大王は満足そうに頷き、空になった瓶を再びガウンへしまう。

 

 

 

「そうだ!」

 

突然、シグレの表情が変わる。

 

「ノドカは!?」

 

辺りを見回す。

だが、その姿はどこにもなかった。

 

バンダナワドルディが静かに前へ出る。

 

「あいつがノドカの体を乗っ取ったんだ……」

 

拳を握り締める。

 

「でも、メタナイト様ならきっと助けてくれるよ」

 

その言葉は、自分自身へ言い聞かせるようでもあった。

 

「俺様たちは俺様たちの仕事をするぞ」

 

デデデ大王が腕を組む。

 

「一秒でも早く親玉をぶん殴ってやらねぇとな」

 

そう言ったものの、周囲へ視線を巡らせる。

外見からして巨大な工場。どこまでも続く長い通路。右左に多数のドア。

 

「……とは言え、広すぎるな……」

 

デデデ大王は周囲を見回しながら苦々しく呟いた。

 

どこまでも続く金属製の通路。

分岐も多く、この巨大な工場の全容など誰にも分からない。

 

「手当たり次第探すってのも骨が折れるぞ……」

 

「ん…」

 

さすがのデデデ大王も顔をしかめる。

すると、シロコが思いついたようにカービィの方を見る。

 

「さっきみたいに、カービィなら何かわかるんじゃないかな」

 

そう言ってしゃがみ込み、カービィと視線を合わせる。

 

「ねぇカービィ。敵がどこにいるかわかる?」

 

「ぽよ!」

 

迷いのない返事が返ってくる。

そしてカービィはくるりと向きを変えると、通路の奥へ向かって歩き始める。

 

「あっちかな…」

 

シロコが立ち上がり、カービィの後を追おうとしたその時。

カービィの様子を見ていたシグレが、はっとしたように顔を上げた。

 

「……そっちって確か……」

 

全員の視線が集まる。

 

「どうかしたの?」

 

ヒナが尋ねると、シグレは記憶を辿るように目を細めた。

 

「この先に研究所みたいな部屋があるんだ」

 

「研究所?」

 

シグレは頷いた。

 

「うん、ノドカが捕まってた場所なんだけど……」

 

そこまで言うと、一度言葉を切る。

 

「あの時は助けるのに必死だったから気にしてなかったんだけど、その部屋のさらに奥から変な感じがしたんだ」

 

「変な感じって?」

 

モモイが不思議そうに聞く。

 

「上手く言えないけど……近付きたくないような、嫌な感じ。そっちの方向を向いただけで、背中に氷を当てられてるみたいな…」

 

思い出しただけで少し背筋が冷える。

 

あの時はノドカを連れて逃げるのが最優先だった。

確かめる余裕はなかった。

 

 

短い沈黙の後。

デデデ大王が鼻を鳴らした。

 

「カービィもそっちへ向かってるんだ」

 

ハンマーを肩へ担ぎ上げる。

 

「だったら行くしかねぇな」

 

「うん」

 

シロコも小さく頷く。

 

「ぽよ!」

 

先頭を歩くカービィが振り返り、皆を急かすように手を振った。

 

「よし、行こう!」

 

バンダナワドルディの声を合図に、一行は再び走り出した。

 

研究所のさらに奥。

この騒動の元凶が待つ場所へ向かって。

 

 

 

 

 

---------------------------

 

 

ハッと意識が覚める。

 

辺りは薄暗く、天井や壁に埋め込まれた電球が弱々しい光を放ち、部屋の中を不気味に照らしていた。

 

四肢は頑丈な拘束具で固定され、首には冷たい鎖が巻き付けられている。わずかに身じろぎするだけで金属音が鳴り、思うように動くことはできない。

 

視線だけを巡らせると、そこは研究所のような場所だった。

 

机の上には見たこともない薬品や機械が雑然と並び、壁際には用途の分からない装置が無数に設置されている。

 

自分が置かれた状況は理解できない。

それでも、途切れ途切れになった記憶を必死に手繰り寄せた。

 

(確か……シャーレにいて……そうだ、あの白い玉みたいなのが急に……)

 

そこまで思い出したところで、記憶は霧がかかったように曖昧になる。

その時だった。

 

視界の端に、見覚えのある物と人物が映り込む。

 

「なっ……!」

 

思わず声が漏れた。

しまった、と咄嗟に目を閉じ、気絶したままを装う。

 

耳を澄ませるが、足音も物音も聞こえない。

数秒待ってから恐る恐る目を開き、周囲に誰もいないことを確認する。

 

 

そして改めて視線を向けた先には――シッテムの箱が置かれていた。

見慣れたタブレットからは何本ものケーブルが伸び、その先は大型モニターへと接続されている。

 

そして、その隣には壁へ片腕を鎖で繋がれたナギサの姿。

目立った外傷は見当たらないものの、意識を失っているのか微動だにしない。

 

 

その時、モニターがジジジ……と不気味なノイズを発した。

画面が乱れ、その中央に黒い影が浮かび上がる。

次の瞬間、影は液晶をすり抜けるように画面の外へと現れる。

 

(あれは確か……ヒナが言ってたダークマター……?)

 

先生は半目のまま気絶したふりを続け、その様子を静かに窺う。

 

《駄目だな……充電ケーブル越しなら侵入できると思ったのだが……》

 

苛立ちを滲ませるその声を聞き、先生は少しずつ状況を理解し始める。

どうやらシッテムの箱へのアクセスを試みていたものの、上手くいかなかったらしい。

 

 

その言葉をきっかけに、失われていた記憶が少しずつ蘇ってきた。

 

(そうだ……あの時)

 

どこかも分からない暗い空間で、あの白い玉に言い寄られていたのを思い出す。

 

--≪どうだ?極めて価値のある実験だとは思わんかね≫--

 

奴らはシッテムの箱を使って自分の野望を果たそうとしている。

だが、目の前の様子を見る限り、その試みは失敗したようだ。

 

おそらく自分を利用した認証も突破できず、今は逃げられないよう拘束したまま別の方法を探しているのだろう。

 

(とりあえず、シッテムの箱が無事ってことは……アロナ達も無事、なのかな)

 

胸の奥に小さな安堵が広がる。

だが、それも束の間だった。

 

今の自分は拘束され、身動きすら満足に取れない。

先生は静かに思考を巡らせる。

 

(どうにかして……アロナに、私がここにいるって伝えられないかな……)

 

その時だった。

 

突如、部屋全体が眩い白色に包まれた。

 

「……っ!」

 

思わず声を上げそうになり、先生は慌てて息を呑む。

薄く目を開けて様子を窺う。

 

照明が明るくなったわけではない。

天井の電球も、壁に埋め込まれたライトも先ほどと変わらないままだ。

 

それなのに、どこからともなく溢れ出した白い光が部屋全体を照らし、昼間のような明るさを作り出していた。

 

《な、なんだ……!?》

 

ダークマターも突然の異変に動揺を隠せないようだった。

周囲を見回しながら警戒していると、勢いよく扉が開く。

 

数体のダークマターが慌ただしく部屋へ駆け込んできた。

 

《侵入者を確認した!至急、迎撃へ向かうぞ!お前も来い!》

 

《りょ、了解!》

 

短いやり取りを交わすと、ダークマターたちは足早に部屋を飛び出していく。

最後に残っていた一体も舌打ちするように影を揺らし、急いで後を追った。

 

 

 

 

扉が閉まる音が響き、室内は再び静寂に包まれる。

聞こえるのは機械の低い駆動音と、拘束具がわずかに軋む音だけ。

 

 

先生は気配を探るように耳を澄ませ、静かに息を吐く。

そして、できるだけ小さな声で呼びかけてみた。

 

「アロナ……!」

 

廊下へ聞こえないよう抑えつつ、それでもシッテムの箱へ届くことを願って呼びかける。

 

しかし、返事はない。

もう一度、今度は少しだけ強く呼ぶ。

 

「アロナ!プラナ!」

 

それでも反応は返ってこなかった。

 

(駄目か……まさか眠っているなんてことはないだろうし、プラナまで反応しないとなると……)

 

距離の問題なのか、それとも別の理由があるのか。

考えを巡らせても答えは出ない。

 

近付きたくても、この拘束では身動きが取れない。

 

どうにかできないものかと思案していた、その時だった。

 

ダークマターたちが去っていった方向とは反対側の扉が、静かな駆動音と共にゆっくりと開く。

 

先生は反射的に再び目を閉じ、気絶したふりを続けようとした。

――だが、現れた人影を見た瞬間、その考えは吹き飛んだ。

 

「なっ……!?」

 

思わず目を見開く。

 

黒いスーツを身にまとった男。

顔の半分は煙のように揺らぎ、今にも掻き消えそうな輪郭を保っている。

 

できることなら、二度と顔を合わせたくない相手。

細かな違いこそあれど、その立ち振る舞いも声も、見間違えるはずがなかった。

 

「おや、先生。もうお目覚めでしたか」

 

穏やかな口調で微笑む男を見て、先生の脳裏に過去の出来事が鮮明によみがえる。

 

「……黒服!」

 

その名を呼ぶと、黒服は驚くどころか嬉しそうに小さく会釈した。

 

「お久しぶりです。確か……空が赤く染まったあの日以来、でしたね」

 

「お前、ここで何をしているんだ!」

 

鋭く問い詰めても、黒服は肩をすくめるばかりだった。

 

「おやおや、そんな声を荒げないでください。…っとそうでした。私がここで何をしている、でしたか。ふむ…」

 

少し考えるような仕草を見せた後、静かに口を開く。

 

「強いて申し上げるなら……私なりの自由研究、といったところでしょうか」

 

まるで学会で研究成果を発表するかのような口調で、淡々と続ける。

 

「キヴォトスの生徒に宿る『神秘』。そして、かつてこの地に存在した技術。それらは果たして、キヴォトスの外に存在する生命にも応用できるのか、それらは、このキヴォトスにどのような影響を及ぼすのか。」

 

視線が部屋の実験器具をなぞり、最後に先生へ向けられる。

 

「それらを検証するため、あの御方たちに協力していただいているのですよ」

 

(あの御方……ヒナが言っていたダークマターのことか)

 

先生が警戒を強める一方で、黒服は相変わらず穏やかな笑みを崩さない。

 

「本来であれば、私も先生とは敵対したくありません。……今回は、一つだけお願いがありまして」

 

ゆっくりと歩み寄りながら、壁にもたれ掛かったまま意識を失っているナギサへ一瞬だけ目を向ける。

 

「先生は、生徒の皆さんを救いたい。違いますか?」

 

その問いに、先生は何も答えない。

黒服はそれを肯定と受け取ったように続けた。

 

「でしたら、私にお見せいただきたいのです」

 

「…何を…」

 

「そんな警戒しないでください。私が見たいのは、あの御方をどう打倒するか――ただ、それだけです」

 

黒服はどこか楽しげに微笑んだ。

 

「私自身の実験は、すでに概ね終了しています。しかし先生、以前にも申し上げましたが、私はあなたという存在に非常に興味を抱いている。幾度となく死線を越え、私が幾度となく忠告した“あのカード”を使いながらも、それでも必ず生徒たちと共に帰ってくる。その奇跡とも呼べる在り方を、一度この目で間近に見届けたいのです」

 

静かな声だった。

だが、その言葉には純粋な好奇心と狂気が同居しているようにも聞こえた。

 

「……本当に、それだけか」

 

先生は低く問い返す。

 

疑念は拭えない。

目の前にいるのは、生徒を実験台にすることすら厭わない男だ。

そんな相手を簡単に信用できるはずがなかった。

 

だが同時に、これまでの出来事も脳裏をよぎる。

 

ホシノの件。

ウトナピシュティムの本船の一件。

少なくとも黒服は、少なくとも黒服は、自分に語った約束や事実について、嘘をついたことはなかった。

 

「……」

 

短い沈黙が流れる。

拘束具の軋む音だけが静かな研究室に響き、先生は考え込むように視線を落とした。

 

信用しているわけではない。

むしろ警戒はこれまで以上に強い。

 

それでも、八方塞がりのこの状況で状況を動かせる可能性があるのは、皮肉にも目の前の男だけだった。

黒服は急かすことなく、ただ静かに微笑みを浮かべたまま先生を見つめている。

 

やがて、その沈黙を破るように口を開いた。

 

「さぁ先生――返答は、いかがなさいますか?」

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